55.魔法開発
美咲は町を守るための、新しい魔法について考えていた。
イメージで魔法を形成できると知った以上、SFファンとしては色々と考えてしまう。と言った方が正しいのかも知れない。まず、最初に考えたのはバリアだった。
守りを固めると言う意味では、それが最適であるように思われた。
多くのSFでも何気にバリアは使われている。
例えば宇宙船の船首をデブリ等から守る方法として、斥力フィールドやエネルギーシールドの様な物が仕込まれている作品は少なくない。記載がなくとも、それらがなければ亜光速で航行するのはかなりの危険を伴う行為となるだろう。
「入力された力に対して、同じ力で反発するようにすれば、あ、それだと止めるだけだから停滞フィールドに近いか」
入力された力よりも大きな力で反発しなければ、ぶつかってきた物を弾く事は出来ない。
しかし、敵の侵入を防ぐという意味では十分に効果が期待できる。
「でもバリアで守れる範囲は狭いよね。ゴーレム一体だけなら止められるだろうけど、複数いたり、動きが速かったら、避けられちゃうか」
町全体を覆うようなバリアを形成出来れば別だが、一人で扱える魔素の量には限界がある。そんなに大きなバリアを形成するのは無理があるように思えた。
「となると攻撃系か。攻撃は最大の防御って言うし」
最強の攻撃手段は何か。美咲の中ではほぼ一択だった。
「反物質をぶつける、かな」
魔法では氷という物質を生成することが出来た。ならば反物質を作り出す事も出来るのではないか。
それを磁場で固定して射出すれば、通常の防御が無意味な攻撃力となるだろう。
「あー、でも強力すぎるかな。私の最大射程、50mから100mでそんなの使ったら、爆風で私が死んじゃうか」
インフェルノは発射時に輻射熱を感じる事はなかったが、着弾後の的はかなりの熱量を保っていて、近付けた木の棒が発火した。
魔法発動時は魔法の安全装置が術者を守ってくれそうだが、爆風までもカバーしてくれるかは実際に試してみないと分からない。
美咲には、そんな危険な賭けをする気はなかった。何しろ試してみて駄目だった場合、美咲はこの世にいないのだ。
「反物質以外だと、粒子ビーム……は、加速する長さが50mじゃ足りないし、レールガン……ああ、そっか。射程距離外に、魔法由来じゃない、リアルな物質を投射する魔法ならいけるかも」
魔力由来の物質や反応は、魔素が尽きると消失する。だが、それで吹き飛ばされた破片は射程距離に関係なく飛び散っていく。それを意図して使うのであれば、レールガンは良い着想であるように思えた。
「レール部分を魔法で生成してそこに風の抵抗を受けにくい形状の弾体を装填して発射。うん。これはいけるかも。問題は、弾体への電流の供給だけど、そこは魔法の不思議パワーに期待かな」
◇◆◇◆◇
新魔法の開発をするとは言っても、町中で試し撃ちをするわけにはいかない。
また、通常の魔法に存在する射程距離を無視する魔法であることを考えると、魔法協会の実験場では心許ない。
そのため、美咲の新魔法は、イメージが完成しただけ、という状態になっていた。
そんなこんなで秋が過ぎ、冬になり、小雪がちらつく日も出始めた頃。
美咲は忙しそうに走り回る茜を捕まえた。
「茜ちゃん、忙しそうなところ悪いんだけど、ちょっと良い?」
「はいなんでしょー?」
何やら丸めた紙筒を持って表に駆けだそうとしていた茜は、美咲の前に戻ってきた。
「茜ちゃん、王都に戻る用事とかない?」
「んー、特にありませんけど、どうしました? おにーさん達が恋しくなったとか?」
ないない、と手を振って美咲は否定した。
日本人なら茜がそばにいるのだ。日本恋しさのホームシックに掛かる筈もない。
2人には暫く会っていないが、元気にしてるかな。位の感慨しかわかなかった。
「そろそろ年末じゃない。年末年始の物資を渡して来なかったなぁって思ってね」
「おせち料理とかお餅ですか? 蕎麦は乾麺を渡してましたよね?」
「うちだと年越し蕎麦はザルと天蕎麦の2種類を作るんだよね。で、テンプラとかも渡さなかったなぁって。それに地竜の肉も渡しておきたいし」
「そーですねー。それじゃ年末年始は王都に行きましょうか? 日本人らしくみんなでお正月とかどーですか?」
「あ、いいね。年末年始休みにして王都旅行」
「それじゃ、いつ行くか決めたら教えてくださいねー」
そのままパタパタと走り去る茜を見送り、美咲は首を傾げた。
「何で、あんなに忙しそうにしてるんだろ?」
◇◆◇◆◇
日本人にとって、年末行事と言えば大掃除である。
だが、この世界の大掃除は美咲の考えるそれとは色々違っていた。
そもそも、普通の家庭では冬のさなかに大掃除を行ったりしないのだ。
冬が終わった頃に、屋内に溜まった煤を払って春を迎える、それがこの世界の大掃除だった。
年始よりも春に重きを置くのは、女神ユフィテリアの目覚めの季節だからだそうだ。
美咲には、年末は大掃除をするものという習慣が根付いているため、屋内だけは綺麗にしたが、フェル達からは奇異の目で見られていた。
茜も、孤児院の子供達を雇い、年末の内に雑貨屋アカネの大掃除を済ませていた。
この辺りは日本人の性なのだろう。
大掃除を終えた2人は、王都に向かう馬車に乗っていた。
今回は最初からタオルクッション満載である。
馬車の中は外より暖かいとはいえ、吐く息が白くなるほどだ。
着ると暖かくなるシャツやダウンジャケット、使い捨てカイロに毛布まで使って美咲達が暖を取っていると、茜がアイテムボックスからドライヤーを取り出した。
「美咲先輩、これで暖かくなりますよー」
「そっか、コンセントいらないんだ。茜ちゃん偉い!」
狭い馬車である。ドライヤーによる熱は、それだけで十分に馬車の内部を暖かくしてくれた。
魔素が切れたら美咲がいる。ある意味、美咲がコンセント状態である。
当初の思惑では、王都に向かう途中で空にでも向けて魔法の試射を行うつもりだったのだが、寒いから、という理由で取り止めにした。
◇◆◇◆◇
王都への道のりは、小雪がちらつく状況であることを考えると順調過ぎるくらいで、美咲達は夕刻には王都の門に到着していた。
「案外早く着いたね」
「そうですねー。馬車も少ないみたいだし、入るのも早そうです」
季節柄か、それとも雪のせいか、門の前の馬車の列は前に王都に来た時よりも短く、美咲達はすぐに王都に入ることが出来た。
小雪がちらついているものの、石畳の敷かれた王都の道は、まだ積雪もなく、馬車はのんびりと進んでいく。
馬車が茜の屋敷の馬車寄せに停車すると、玄関のそばにいたメイドが玄関を開けて出迎えた。
「お帰りなさいませ、アカネ様。いらっしゃいませ、ミサキ様」
「そか、今回は急に来ちゃったから、セバスさん、来るって知らないんだ」
「そーですね……急で悪いけど、今日から年明けまでこちらで過ごします。セバスに伝えておいてね」
「かしこまりました」
「茜ちゃん、地竜の肉をロバートさんに渡してくるね。2名増えたんじゃ食材の調整も大変だろうし」
「そーですねー。あ、ちょっとやることあるので、先に行っててください」
美咲が厨房に入ると、ちょうどロバートが夕食の仕込みを始めようとするところだった。
「ロバートさん、お久し振りです」
「あ、ミサキ師匠。お久し振りです」
「師匠って……ま、いいか、これ、新鮮なうちに。地竜の肩と腿の肉です」
「……今、地竜と? このブロックが?」
「ええ、残しておいても仕方ないので、今日中に使い切ってくださいね」
ここまで新鮮な地竜の肉を、ロバートは見たことがなかった。肉の質もかなりのものだ。ここまでの品質だと、買おうと思って買えるものではない。
ロバートはブロック肉を手に取ってみた。
使用人まで回しても、なお余りそうな分量である。
しばらく肉の状態を見ていたロバートは、美咲を放置していたことに気付いてばつの悪そうな表情を見せた。
「その、何か、ご希望のメニューはございますか?」
「お任せで。いいよね? 茜ちゃん」
遅れて厨房にやって来た茜に問い掛けると、茜は頷いた。
「そーですねー。久し振りだからロバートさんの腕前見たいし」
「承知しました。それでは、ステーキとシチューにさせて頂きます」
◇◆◇◆◇
「美咲先輩、美咲先輩。ちょっと面白いもの作ったんですけど、見て貰えませんか?」
厨房を出ると、茜は美咲の手を引いてリビングに向かった。
「何? 洗濯機でも出来たの?」
「あれはもうすぐ完成予定です。そうじゃなくて、こっちです」
茜に手を引かれてリビングに入ると、そこには。
「コタツだ」
絨毯の上にコタツが鎮座していた。
「そーなんですよ。ドライヤー作ったじゃないですか、あの魔道具を改造して、コタツにしてみたんです」
「入ってみても良い?」
「勿論です」
美咲はコタツに足を入れてみた。
そのまま背中が丸まり、ぬくぬくと温まり始める。
「あー、茜ちゃん、これは駄目だよ、ダメ人間製造機だよ」
「いやいや、まだ入ったばかりじゃないですか」
「いや、これで床が畳だったら最高だね。もうここから出ないで生活したくなるね」
ふかふか絨毯も悪くないね。と。絨毯を撫でながら美咲は呟く。
「そう言って貰えると、作った甲斐があるんですけどねー」
「これ、ミストで作って持ってきたの?」
「あ、はい。そうなんですよー。作ったは良いけど、ミサキ食堂だとリビングがないじゃないですか。置き場所がなかったから、こっちに持ってきたんです」
「うんうん。分かったから茜ちゃん、座って座って。えーと……卓上に置く背の低い籠。と、ミカン」
美咲はコタツの上に籠を置き、そこにミカンを入れた。
「おー、やっぱり冬はコタツにはミカンですねー」
「日本人の心だよねぇ」
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