54.狩り
美咲の指名依頼は受け付けられた。
狩った地竜からはマックが部位ごとにブロックで肉を切り出し、その場で茜に渡すこととする。
魔石はマックとジェガンとフェルと茜のものである。
不足があれば、別途支払う用意もあるとのたまう美咲に、ゴードンは首を横に振った。
「魔石だけで釣りがくる。しかし、その場で肉を渡す理由ってなんだ?」
「新鮮な内に自分達のものにしたいだけです。魔石で十分ってことなら、残ったお肉は、なんなら傭兵組合に卸しましょうか?」
「まあ、持ってこれるなら是非買い取りたいが、どうやって持ってくる気だ? 子供の地竜だって、下手すりゃ収納魔法じゃ入り切らんぞ」
「私と茜ちゃんとフェルがいるんだから、3人で分ければ収納魔法で入り切ると思いますよ。私と茜ちゃんは魔素量、多いから」
「そうなのか? なら残った肉は出来るだけ持ってきてくれ」
◇◆◇◆◇
4日後、美咲達一行は町を出て、北東の森に向かった。
以前、地竜が大量発生して溢れ出してきた森だ。
予定通り、ジェガンが偵察に出て地竜を探す。
地竜の痕跡はすぐに発見された。
足跡から、それほど大きくはない地竜が近くにいるらしい。
美咲達を乗せた荷馬車は森の入り口で待機し、ジェガンが単独で地竜の誘引に向かった。
「ミサキから指名依頼って、何かと思ったよ」
フェルの呟きにマックが馭者台から振り向いた。
「まさか地竜の肉が欲しくて狩りに出るとはな」
呆れたような声音に、美咲はつい言い返してしまう。
「そう言いながらもマックさんだって、依頼、受けてくれたじゃないですか」
「ミサキには借りがあるからな。それに報酬も悪くない」
「何か貸してましたっけ?」
「フェルと一緒に町を守ってくれただろ?」
「それは、報酬貰ってるんだから貸しとは思ってませんよ。フェルだってそうでしょ?」
話を振られ、フェルは頷いた。
「そだね。ちょっと多過ぎるくらいの報酬貰ったね。ところで、さっきから茜は何してるの」
フェルの視線の先には、馬車から降りて地面に耳を付けている茜がいた。
「あー、多分足音が聞こえないか試してるんだと思う」
「もしかして、エルフである私の聴力に対する挑戦とか?」
「多分、そういう意図はないと思うよ。茜ちゃん、汚れるからもう戻ってきなよ」
むくり、と茜が起き上がった。
ふるふると頭を振って髪についた枯葉を払う。
「美咲先輩、何か足音が近付いて来てるかもです」
「本当? フェル、どう?」
「ん? ……森の奥から何か聞こえるね。一応、攻撃準備だけしておこうか」
少しすると、美咲の耳にも足音らしき音と、木々が擦れるような音が聞こえてきた。
そして、脚力強化のアーティファクトを使ったジェガンが茂みから飛び出してくる。
「マック! 連れてきたぞ!」
「おう! ミサキ、フェル、攻撃準備を! ジェガンと茜は馬車に乗れ!」
マックの指示で美咲とフェルは荷台で立ち上がり、ジェガンと茜は荷台によじ登った。
ほどなくして茂みを突き破るようにして地竜が姿を見せた。
森から出た地竜は、一旦立ち止まり、不思議そうに周囲を見回したが、その視線が馬車に向かったところで止まった。
「フェル、鼻先に行くよ。魔素のライン!」
「炎槍!」
地竜の鼻先に直撃した炎槍により、地竜の顔の半分が焼失した。
しばらくバタバタと動いていた地竜だが、やがて動きを止めた。
「未成熟な地竜とは言え、一撃か」
「それじゃマックさん、解体お願いしますね」
「各部位ごとにブロックを取るんだったな。ジェガンは魔石の取り出しを頼む。フェルは一応周りの警戒をしててくれ」
マックの指示で各自が配置についた。
死んだ地竜からは魔素が抜けるため、普通の刃物でも十分に刃が通る。各部位ごとにブロック肉を切り出してはマックは茜にそれを渡す。
ブロック肉を受け取った茜は美咲に駆け寄り、肉を渡して革の小袋を受け取っている。
なお、革の小袋の中身は金貨である。これで美咲が茜から地竜の肉を買い取ったことにしているのだ。
ブロック肉を受け取った美咲は、それを収納魔法で収納する。
フェルは御者台の上で周囲の警戒。
ジェガンは地竜の頭に回って額部分に埋まった魔石を慎重に取り出す。
「ミサキ、一通り、肉は切り取ったぞ。ジェガンはどうだ?」
「こっちも魔石は外した。大丈夫だ」
「それじゃ、収納魔法でしまうから、ちょっと離れてて」
「入るのか?」
「子供だからね。私一人で十分だよ」
実際のところ、美咲の収納魔法の容積は美咲自身正確に把握できていない。
分かるのは、とにかく大きいということだけだ。
地竜を収納しても、利用可能な容積が減ったようには感じられなかった。
「本当に入るとは。それでどうする? もう一頭狙うか?」
「フェルはどう思う?」
「え、私? そうだね、多分、この辺りにはもういないと思うよ。本来、地竜のテリトリーは結構広いからね」
街道まで地竜が溢れるような事態であればともかく、通常、地竜は群れで行動するような生き物ではない。
そばにもう一頭いるとは考えにくい。
「それじゃ帰ろう」
「了解。ジェガンは走り回って疲れただろうが、楽な狩りだったな」
「白狼の時ほど走り回っちゃいないよ。まあ、そう思うんなら、後で酒でも奢ってくれ」
◇◆◇◆◇
傭兵組合に戻った美咲は、依頼票に依頼達成のサインをしてマック、ジェガン、フェル、茜に手渡した。
「ありがとうね。これで久し振りに地竜が食べられるよ」
「それじゃ、魔石はこっちで売らせてもらうからな」
「お任せするね」
ジェガンは買取窓口で地竜の魔石を売り、売上金をマック、ジェガン、フェル、茜で4等分にした。
美咲も買取窓口に行き、地竜があると告げると、買取窓口の受付の男性に傭兵組合裏手の買取倉庫に案内された。
「ここに出せば良いんですか?」
「ああ、頼む」
「ええと、それじゃ出しますね」
地竜を出すと、買取窓口の受付の男性が査定を始める。
肉を切り取ってはいるが、元々が大きいため結構な量が残っている。
「こりゃ、結構な分量だな。済まんが少し時間を貰えるか?」
「ええ。というか額はお任せしますから、後でお金を貰いに来るってことで良いですか?」
「ああ、それじゃ、明日にでも来てくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
◇◆◇◆◇
ミサキ食堂に戻った美咲は、厨房に入り、地竜の肉を呼び出した。
「呼べた。良し!」
思わずガッツポーズをする美咲。
呼び出した地竜の肉のブロックを包丁でスライスし、焼き肉のたれを用意する。
「茜ちゃん、地竜の肉で焼き肉するよー」
「はいはーい。じゃ、厨房で食べましょうかね。椅子持ってきますね」
厨房の調理台のそばに椅子を持ってくる茜。
「トカゲの肉、本当に美味しいんですかー?」
「うんうん。私もそう思ってたよ。騙されたと思って食べてみて」
「まあ美咲先輩がそう言うなら」
パクリ。
一口食べた茜の表情が変わった。
あぐあぐと咀嚼し飲み込んで、暫くはプルプル震えていた。
「……なんですかこれはー! 口に入れて噛んだら溶けるってこれ本当に肉ですか? なんで焼いた肉がこんな柔らかいんですか! お代わりくださーい!」
「いっぱい焼いたから沢山食べてね」
「勿論です!」
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