53.食欲の秋です
微睡祭が終わってみると、薩摩揚げは単価が低かった為、売上金額こそ低かったものの、それなりの数が売れていた。
後片付けを終えた2人は、食堂のテーブルで祝杯をあげ、美咲は毎晩恒例の大量呼び出しを行ってから眠りについた。
翌朝、美咲は広場を回り、小麦粉、卵、牛乳を手に入れた。
それに加え、呼び出した砂糖を壺に移し替えた物を持ち、茜を伴って孤児院に向かった。
「こんにちはー」
勝手知ったる何とやらで、美咲が裏手に回るとシスターが小さな畑の世話をしていた。
「おや、ミサキさん。どうされましたか?」
「今日はちょっとお菓子を作ってみようと思って来たんですよ。みんないますか?」
「ええ、昨日の微睡祭でみんな遅くまで起きていたから、みんなさっき起きたところですよ。いつもありがとうございます」
「お台所、お借りしますね」
台所に入った美咲は、コンロの魔道具に魔素を込め、ホットケーキの材料を混ぜ合わせ始めた。
茜は起きてきたグリン、ミリー、メール、ショーにゴーレム退治のお話を面白おかしく話して聞かせて盛り上がっている。
ホットケーキが焼きあがる頃には茜の話も終わり、グリン達は美咲の後ろからホットケーキが焼けるのを覗き、今か今かと待ち構えている。
「ん。出来たよ、みんな席についてね」
「「「「はーい!」」」」
「それじゃ、シスター、どうぞ」
「ありがとうございます。神の恵みとミサキさんに感謝を。さあ、頂きましょう」
「「「「感謝を」」」」
一斉にホットケーキに齧り付く子供達。
予想以上に甘かったようで、満面の笑顔で食べている。
「アカネさん、グリンはちゃんと働いていますか?」
「品出しに在庫管理。グリンには頑張ってもらってますよ。ねー、グリン」
茜の言葉に頷きつつも、今忙しいから話しかけるなとばかりにホットケーキに食らい付くグリンであった。
◇◆◇◆◇
「美咲先輩、今日はどうして朝から孤児院に行ったんですか? いつもは午後なのに」
「ん? 微睡祭の売上の半分は孤児院に寄付するつもりだったからね。残りは茜ちゃんが好きにして良いよ」
「もー、そういうことは先に言ってくださいよー。分かってたら寄付してきたのに」
2人とも、普通に生活するには十分なお金を持っているため、お金に対する執着が人よりも薄いようである。
「ところで今日は食堂、開けないんですか?」
「開けるよ。お客さん、並んでるだろうし。今から準備だから、ちょっと大変かもだけど」
カレーパスタを商うようになって以来、ミサキ食堂は開店前から人が並ぶようになっているため、余程のことがない限り、当日臨時休業はしないと美咲は決めていた。
美咲の指示で、コンロをフルに使ってお湯を沸かし始める茜。
パスタにしてもラーメンにしてもカップスープにしてもお湯が必要なのだ。なお、魔道具としての魔法瓶は存在するが、高価な割に保温性能は今一つで、お湯を沸かすにも時間が掛かる為、美咲は導入を見送っている。
お湯の準備が出来たのを確認し、美咲は看板を表に出した。
◇◆◇◆◇
食堂のラッシュは1時間ほどで、30食が出て終わりを迎える。
目が回るような1時間が過ぎ、食器洗いを終えた2人は自分たちの食事の準備をするでもなく、テーブルに突っ伏していた。
「今日は疲れましたねー」
「そだね。寒くなってきたからか、ラーメンも結構出てたしね」
「今日はお昼何食べましょーか」
「味噌ラーメンとかどう?」
「あー、塩ラーメン以外も呼べるんですねー」
「味噌って好みが分かれるからねぇ。生麵とスープがばら売りのだよ」
「あー、それは美味しそーですねー」
グダグダしつつも美咲は起き上がって味噌ラーメンとモヤシ、チャーシューを呼び出して味噌ラーメンを作り始める。
茜もお湯を沸かしてモヤシを洗って茹で始める。
麺が茹で上がったらモヤシと切ったチャーシューを乗せて出来上がり。
手抜きと言うなかれ。1時間で30食も作れば、疲れてこんなものである。
「んー、この麺の食感、久し振りだなぁ」
「今晩の夕食はおでんで良いかな。スーパーのセット売りのやつ」
「寒くなって来たし、良いですねー。ところで美咲先輩が今まで食べた中で一番美味しかったのって何ですか?」
「んー……地竜かな」
「地竜って、私が来る前に大増殖したっていう地竜ですか?」
「狩ってすぐのは柔らかくて、口の中でとけるみたいで、でも噛むとしっかり歯ごたえもあって……あれはまた食べたいなぁ」
地竜の味を思い出したのか、美咲の頬が緩む。
「買ったのなら呼べるんじゃないんですか?」
「狩ったんだから無理だよ。大体、こっちの世界のだし」
暫し考え、茜は手を叩いた。
「あー! もしかして購入ではなく狩猟?」
「そうそう。あれ? 私のスキルって、日本で買った物を呼ぶんだよね?」
「いえいえ、それまでに買った物ですから、こっちに来てから買った物も呼べますよ」
「え?」
「え? あれ? 鑑定した時に言いましたよね。それまでに自身で購入した事がある物を、質量相当の魔素と引き換えに購入時点の状態で入手する能力って」
「じゃあ、今朝広場で買った小麦粉とかも……あ、呼べた」
美咲は、自身の能力について、日本で買った物を呼ぶ能力だと思い込んでいた。
だが、初めて茜と会った時、確かに茜は、美咲の能力について正しく鑑定し、説明をしていた。
完全に美咲の勘違いだった。
「じゃあ何? もしも私が地竜のお肉を買っていたら」
「呼べたでしょうねー」
「……うわぁ……今度見掛けたら絶対買おう」
◇◆◇◆◇
その日の午後、そして翌日午前中、美咲は地竜の肉を求めてあちこちの露店や店舗を覗いて回った。
しかし、飼育されているわけでもない地竜の肉が、普通の食肉として店頭に並ぶことは極めて稀であり、また、仮に並んでも、美咲が食べた物より新鮮な肉がある筈もなかった。
何となく、あったら買おうで始まった地竜の肉探しであるが、ないとなると余計に食べたくなる。
ミサキ食堂で忙しく働きながら美咲は考えた。
どうしたら地竜の肉を手に入れられるのかと。
そして美咲は決心した。
売ってなければ狩ってくれば良いと。そしてそれを買っておけば、いつでも茜達に食べさせてあげられる。と
「あ、ミサキさん、こんにちは。今日も依頼を見に来たんですか?」
傭兵組合に美咲が足を踏み入れると、目敏くシェリーが見つけてきた。
つかつかと、シェリーの方に歩み寄る美咲。その目は真剣そのものである。
「え? どうしたんですか? 何か問題でも?」
慌てるシェリーに、美咲は微笑みかけると。
「指名依頼をお願いします。マックさん、ジェガンさん、フェル、茜ちゃん。目的は地竜のお肉。ジェガンさんが偵察。狩りは私とフェルが行い、マックさんは荷馬車で私とフェルを運ぶ役と、地竜を解体する役。茜ちゃんは万が一の時の火力です」
と言い放った。
◇◆◇◆◇
「まあ落ち着け、いいから落ち着け」
組合長室に連れてこられた美咲は、ゴードンになだめられていた。
「落ち着いてます。その上でしっかり考えた結果です。駄目ですか?」
「いや、確かに寒くなってきたから、地竜を狩るには良いシーズンだがな、お前さんが行く必要はないだろう」
地竜は冬になっても冬眠しないが、寒くなると動きは鈍くなる。
そのため、来る冬に向け、秋の地竜は脂が乗っている。肩の部位などは高級食材である。
雪が積もっておらず、気温が低い今の季節は、地竜狩りには最適な季節と言える。
「地竜を倒すには魔剣3本が必要で、この町には魔剣は3本しかないんですよね。私とフェルのコンビ以外で、地竜を安全に倒せる人がいるなら任せても良いですけど、地竜のお肉は新鮮な程美味しいんです。だから私も絶対についていきます。傭兵組合が依頼を受けてくれないなら1人でだって頑張りますよ」
「……まあ確かに肉が喰いたいなんて理由で魔剣は運用出来ないが、1人で地竜を倒せるわけがないだろう?」
美咲は自分の首元にある傭兵のペンダントを指差して言った。
「ゴーレムのことを忘れたんですか? 私の火魔法は岩を溶かし、あらゆるものを凍らせます。火を通し過ぎたり、凍らせたりするとお肉の味が落ちるので、それは最後の手段ですが」
「……何がお前をそこまで駆り立てるんだ」
「食欲の秋です!」
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