50.暴走
美咲流のプリンアラモードは、中央に生クリームを乗せたプリンを配し、周囲にアイスや様々な果物を添えたものである。
本来であれば生の果物を使う所であるが、フェルへの説明を簡略化するため今回は缶詰の果物を用いている。
「さあ、これがプリンアラモード。ご賞味あれ」
「おおお、なんか色々乗ってて豪華だね。頂きまーす」
パクパクと食べ始めるフェルを眺めながら、美咲は残った材料で、もう一皿プリンアラモードを作り始めた。
「茜ちゃんも食べるでしょ?」
「いーんですか?」
「材料が余ってるからね」
作ると言っても、果物の加工が不要なため、皿に盛り付けるだけだ。
手早く作り上げたそれを茜に渡し、美咲は紅茶を淹れてフェルと茜の前に出した。
「ありがとーございまーす。いただきまーす」
フェルと並んでプリンアラモードを食べる茜を眺めながら、美咲は紅茶を一口飲み、溜息を吐いた。
「はぁ、平和って良いなぁ」
「どーしたんですか? 急に」
「んー? 平和な日常を噛みしめてたの……茜ちゃん、何、複雑そうな表情してるの?」
「えーと、フラグにならないといいなーって」
◇◆◇◆◇
美咲が平和な日常を堪能している頃。
王都魔法協会では、本年4つ目の大事件が発生していた。
1つ目は各地での魔物の急増。
2つ目は魔素酔い騒動。
3つ目はインフェルノとアブソリュートゼロの発見。
そして、4つ目。
王都南東の湖の畔に設置された、恐らくは虎を模したゴーレムの発見である。
ミストの町の傭兵組合からの問い合わせを受けて調査を行ったところ、このゴーレムは、60年以上前に湖畔のリゾート化を計画した魔法使いが設置した物だと判明したのだ。
このリゾート化計画だが、ルイスという名の魔法使いが単独で計画し実行、頓挫したもので、計画の記録が残っていたのは、リゾート開発が成功した際に権利を主張する為のものだった。その為、計画の概要は記載されていたのだが、ゴーレムの設計に付いては殆ど触れられていなかった。
魔法協会が驚いたのは60年以上前のゴーレムが未だに動作を続けているという点であった。
魔法生命とも呼ばれるが、大きな分類ではゴーレムは魔道具の一種である。魔法式が刻まれ、供給された魔素を利用して稼働する。
もしも60年間、毎日動作し続けていたとすれば、とっくに魔素は切れていなければならない。
それが今も動いているという。
最近になってたまたま動き出した可能性も否定は出来ないが、仮に60年間毎日動作していたとすれば、それは魔道具の概念を大幅に書き換えることになる大事件となる。
永久機関の可能性を、そのゴーレムは秘めていたのだ。
◇◆◇◆◇
傭兵組合に、王都魔法協会からのゴーレムに関する返事が届けられた。
該当するゴーレムの正式な記録は残されていないが、50年ほど前に亡くなった魔法使いが設置したゴーレムである可能性が高いとの回答であった。
また、それだけ長期間に渡り、何のメンテナンスもなく動作し続けたゴーレムは例がないため、魔法協会でゴーレムの調査を行い、適切に処理を行うと書かれていた。
「ふむ。まず害がないことを確認してもらわねば処理を任せるわけにもいかんな。下手に手を出して暴れられましたでは話にならん」
手紙を読んだゴードンは呆れたように呟き、手紙を持って商業組合に向かった。
◇◆◇◆◇
「なるほど。つまり、代官として、魔法協会に釘を刺してほしいということかね?」
ビリーは手紙を読み、暫く考えてからそう言った。
「ああ、面倒だろうが、この件は王都側で設置したゴーレムが、ミストの町側の湖畔に出張って来てるんだ。あっさり片付けられるなら良いが、手を出した結果ミスト側に被害が出たりしたら、な」
「ふむ、分かりました。設置場所は王都寄りでしたね。越境して来ているのであれば、その時点で苦情をあげるには十分です。傭兵組合で調査に掛かった費用も、私からではなく、王都から出るように掛け合いましょう」
「ああ、その辺りは任せる」
◇◆◇◆◇
ゴードンとビリーの会談は、しかし遅きに失した。
王都魔法協会は、ミストの町に手紙を送るのと同時に、手が空いている研究員を動員してゴーレムの回収に動いていたのだ。
最初は外観の調査だった。
白と黒の縞模様の岩の塊にしか見えないそれを外部から見て、継ぎ目や特徴的な模様がないかの調査では、何も見つけることは出来なかった。
正午頃に動き始めたゴーレムの外観チェックでも特徴的な部位は発見できなかった。白と黒の縞模様は、虎の模様のように腹側にはなかったが、腹側にも特異な点は見られなかった。
工事用のゴーレムと言うことから、安全運転が設計されているとの推測の下、魔法使いがゴーレムの進路に立った際は、ゴーレムは回避行動を取った。
これにより、ゴーレムの危険性は低いと見積もられた。
その判断から、ゴーレムが所定の位置で丸くなったところを狙い、サンプル回収が試行された。
サンプル回収班がゴーレムの一部を削り取ろうとしたところ、ゴーレムは再起動し、自己防衛の為か、暴走とも取れる挙動をとった。
それは、ミストの町方面に向けての移動だった。
◇◆◇◆◇
「何だと? もう一回言ってくれ」
「虎のゴーレムがミストの町方面に向かって移動中です。速度は人が速足で歩く程度。このままの進路と速度を維持した場合、恐らく、あと1日でゴーレムはここ、ミストの町に到達します」
王都魔法協会の職員からの連絡を受けたゴードンは頭を抱えた。
「くそっ! 魔法協会では止められんのか!」
「足止めは失敗しました。魔法により表面を僅かに削りましたが、動きに変化はなかったそうです。今も足止めをしている筈ですが、あのサイズの岩の塊が相手では、火も氷も役には立たないかと」
「ゴーレムに魔剣は通用するか?」
「……効果はある筈ですが、岩が相手です。魔剣がどこまでもつか」
「シェリー! フェルとミサキを招集! 大至急だ。それと、後で構わないからマックも呼んでくれ」
「は、はい!」
◇◆◇◆◇
閉店後、茜と一緒に皿洗いをしてた美咲は、食堂に駆け込んできたシェリーに驚かされた。
「あ、ミサキさん! 良かった居てくれて。あの、ゴーレムが暴走してミストの町に接近しているって。指名依頼です。傭兵組合に来てください」
「ゴーレムってあの虎の? え? 誰か何かしたんですか?」
「詳細は傭兵組合でゴードンから。えーと、フェルさんはいないか」
食堂内にフェルの姿がないのを確認し、シェリーは残念そうに呟いた。
「今日は来てませんよ」
「分かりました、それじゃ、ミサキさん、宜しくお願いしますね」
シェリーが踵を返すのを見送り、美咲は着けていたエプロンを外してクルクルと丸めた。
「美咲先輩、お出掛けですか?」
「うん……そうだ、茜ちゃん、力を貸して貰えないかな」
美咲の言葉に、茜は首を傾げた。
「ゴーレム退治ですか? 私で出来る事なら手伝いますけど。私は何をすれば良いんですか?」
「インフェルノとアブソリュートゼロ。あれならゴーレムにダメージを与えられると思うんだ。でも一人じゃ多分手数が足りない。危険なことに巻き込んじゃうけど」
「いーですよ。私だってこの町、結構気に入ってるんですから」
◇◆◇◆◇
会議室に通された美咲とフェルは、渋面のゴードンに迎え入れられた。
「来てくれたか。まずは座ってくれ」
椅子に座るなり、フェルは事態を確認した。
「経緯はシェリーに聞いたけど、ゴーレムが暴走してるって本当ですか?」
「ああ、こっちに向かってきているそうだ」
「確実なの?」
「分からん。方向はミストの町方面だが、町をそれるかも知れんし、町の手前で止まるかもしれん。だが最悪、1日後には塀を突き破り、町を横断する」
今迄にない挙動から暴走と呼んでいるが、ゴーレムの動作が計画されたものなのか、暴走なのかも分かっていない。
暴走だとしたら、魔素が尽きるまでは直進し続ける可能性があるが、計画されたものだとすれば、ゴーレム作成時期に開発されていたミストの町を破壊するようなことはないだろう。
だが、実際にどちらなのかは、蓋を開けるまでは分からないのだ。ミストの町としては、暴走であった場合に備えなければならない。
「前にも言ったけど、私とミサキが組んでもゴーレムは壊せないと思います」
「……だが、2人がこの町の最大火力だ。試してみては貰えないだろうか。例えば、足を破壊するとか、せめてゴーレムの足元を凍らせて足を滑らせて転倒させるとか」
ゴードンは、幾つかの戦い方を提案する。だが、どれも効果が望めるとは思えない物だった。
それを聞き、美咲は覚悟を決めた、
「あの、私が受けた場合、傭兵じゃないんですが、もう一人連れて行っても良いですか?」
「傭兵じゃない? そいつもミサキのように魔素を使えるのか?」
「いえ、私と茜ちゃんは、この前王都で開発されたばかりの新しい魔法を使えるんです。あの魔法なら岩も壊せる筈です。効果範囲は炎槍と同じくらいだから、一発では仕留められないと思うけど、2人が揃えば足の一本位は何とか」
「何だと!」
絶望の中、一筋の光明を見出したゴードンは美咲の言葉に食いついた。
美咲の言葉を受け、フェルもフォローに回った。
「実際にミサキが鉄の的を蒸発させるのを見てます。岩が溶けるかは不明ですが、今現在、ミストの最大火力はミサキとアカネですよ」
「お前ら、そんな大事な事は最初に言ってくれ……」
「茜ちゃん、今、依頼の掲示板の辺りで待ってます。連れてきて良いですか?」
「おう! 勿論だ!」
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