49.儘ならない
朝食後、2人は調理台の上にある品を見ながら、作戦会議を開いていた。
「ラーメンをなくして、パスタ・オンリーにしましょうよー。その方が効率よく回せますよー」
「でもラーメンも根強いファンがいるからね。あと、単品のスープも結構人気なんだよね」
現在の一番人気はカレーパスタである。
最初に美咲が作ったパスタの注文は極めて稀になっていた。それが美咲がメニュー刷新をしようと思い立った理由である。
だが、ラーメンは今でも毎日少数ながら売れている。また、サイドメニューのスープも同様に出ているのだ。
これを失くしてしまうのは、食堂のファンを裏切るようで、美咲には決心しきれなかった。
「じゃあ、パスタのメニューのみ刷新ですか?」
「そうだね。ミートソース、カルボナーラ、ペペロンチーノ、ナポリタン、アラビアータ。あと、レトルトカレーの高いやつがあるから、これをソースにしようと思うんだけど、どう思う?」
「鍋一つでソース全種類を温められるわけですねー。回転も速くなりそうだし、良いと思いまーす」
美咲は壁に貼られたメニューに目を向けた。
「問題は、なんと説明するかだね」
「そのままミートソース、とかにして、辛口、甘口って説明だけにしましょーよ」
「んー。説明求められたら?」
茜の答えはシンプルだった。
「例えば、日本のトマトって野菜をベースに、挽肉を味付けしたもの。とかで十分だと思いますよ。それ以上聞かれたらレシピは秘密ですからって言えば良いですし」
「あー、なるほど。正直に言っちゃうわけだ。こっちには茜ちゃんがいるから、流通はそっち経由でってことにすれば、ばれないか」
流通経路については、商業組合でも無視できない茜と言う存在が居る事が強味になっている。何かあっても、茜経由で入手したと言えば、それ以上強い追及はしにくくなるからだ。
なお、美咲自身は気付いていないが、美咲も商業組合からすれば無視できない商人となりつつあった。
何しろ、継承順位こそ低いものの、王都から王族が訪ねてくるほどの御用商人なのだ。下手に手を出せば、出した方が大火傷を負う危険性がある。
「ところで、いつから新しいメニューにするんですかー?」
「メニューとかの準備が出来たらだから、早くても3日後くらい?」
「10日後くらいにして、それで、メニュー刷新しますって壁に張って宣伝して、ついでにカウントダウンの板を張りましょー」
「あ、いいね。それ」
「あと、1日30食の制限を取り払ってー」
「それはしません。ご近所の食堂とは共存共栄で行きます」
◇◆◇◆◇
ミサキ食堂がメニュー刷新に向けて動き出している頃、傭兵組合ではゴーレムの調査が行われていた。
偵察隊が足跡を逆向きに辿ったところ、そこには大きなマーブル模様の岩があった。
そして、その岩は、毎日昼頃になるとゴーレムへと変容し、湖周辺の岩を齧っては湖の北西部に戻って来る。
戻って来るまでの間に、食べた岩は砂粒にまですり潰され、湖に砂が吐き出され、それが終わるとゴーレムは猫が丸まるように丸くなり、マーブル模様の岩に変容した。
そうした行動規則は分かった物の、ゴーレムの弱点や、来歴は未だに解明されていなかった。
ゴーレムの設置場所は、ミストの町より王都寄りであったため、傭兵組合は、王都へ当該ゴーレムに付いて問い合わせを行う事となった。
◇◆◇◆◇
同じ頃、王都の魔法協会では、先の魔素酔いの原因物質。つまり、微細な魔石の特定に成功していた。
特に魔素酔い患者が多かったエリアを、魔素感知に優れた者が調査したところ、肉眼では見えない微細な魔石を幾つも抽出したのだ。
動物を使った実験では、微細な魔石を取り込んだ動物は、人間の魔素酔い患者と同様に体内に魔素溜まりが出来、薬を飲ませると快復した。
微細な魔石は、魔石と言いつつも、魔素の供給が断たれると、時間を掛けて蒸発することも分かってきた。
また、小川の実験の結果、濃厚な魔素が集中すると、魔素が魔石化する現象も確認された。もっとも、そうやって作られた魔石は、2、3日程で蒸発して魔素になってしまうほどに小さな物だったが。
「オガワ君の予想した通りとなったな。これは大発見だよ」
「ありがとうございます。自然界で偶然、魔素の濃度が極端に上昇し、魔物の増加や、魔素の魔石化が引き起こされた物と結論付けましたが、その対策についてはまだ研究が必要です」
「うむ。王宮もこの結果は無視できまい。予算はつくと期待してくれたまえ。それでオガワ君、もう魔物の大量増殖は起こらないと考えて良いのだろうか?」
小川は、今後、大量増殖は起こらなくなるのだろうと考えていた。
だが、美咲の受けた神託や、美咲のスキルについて説明をせずに理解を得ることは難しいため、首を横に振った。
「分かりません。なぜ、魔素が極端に増えたのかは謎のままですので」
◇◆◇◆◇
傭兵組合や王都魔法協会での諸々とは関わりなく、ミサキ食堂の日常は過ぎていた。
メニューが刷新されてから暫く経ったある日、ミサキ食堂の閉店後、カウンターでフェルが管を巻いていた。
プリンを食べながらの愚痴を、管を巻くと言うのであればだが。
「うぅ……ミサキに裏切られた気分だよ」
「人聞き悪いこと言わないでよ。フェルには今まで通り、閉店後ならスイーツ出すんだから」
「メニュー刷新って言うから、プリンがメニューに加わると期待したのにぃ」
ミサキ食堂のメニュー刷新の噂を聞きつけやって来たフェルは、メニューを見て失望の色を隠せず、閉店後に再びやってきてプリンを注文して、愚痴を零していたのだ。
「何なら今度、プリンアラモード作ってあげるから、プリン食べて管を巻かないでよ」
美咲の言葉に、むくりと起き上がり、カウンター越しに詰め寄るフェル。
「何それ美味しいの? プリンアララド?」
「ア・ラ・モード。プリンを色んな甘いもので飾り付けるんだよ。多分、私が作れる中では、最高峰のスイーツなんだから」
パフェも作れなくはないだろうが、美咲はガラスのパフェ・グラスに入っていないパフェを、長い銀色のパフェスプーンを用いていないパフェを、パフェと認める気はなかった。
そして、パフェグラスやパフェスプーンを美咲は買った事がなかったのだ。
プラスティックの容器に入ったパフェ風アイスなら呼べなくもないが、美咲にとってそれは、変わり種のアイスでしかなかった。
その点、プリンアラモードであれば器にそこまでの拘りはないし、必要な素材も呼ぶことが出来る事は分かっている。日本にいた頃に余った生クリームの処分の為と称して作った経験もある。
「ミサキの、最高峰のスイーツ?」
「そ、味も見た目も悪くない筈だよ。作るの大変だから、滅多に作れないけどね」
「いつ作ってくれるの?」
「ちょっと準備もあるし、5日後の閉店後かな」
「期待してるよ!」
「はいはい」
◇◆◇◆◇
そんなある日。
風呂上り、美咲が頭にタオルを巻いたまま、アイスを食べていると、茜が寄ってきた。
「あ、茜ちゃんもアイス食べる?」
「後でお願いします。それより美咲先輩、出来ましたよー」
茜は後ろ手に隠し持っていたそれを美咲に突き付けた。
「……ブラスター?」
「ドライヤーですってば」
「あ、もう出来たんだ。どんな具合? ていうか、なんでトリガーガードが付いてるの? 銃口の上に照準器まで付いてるし」
「自分で試した分には結構よく出来てると思いましたよ。トリガーガードがないと、しまった時に誤作動しちゃうんですよね。コンセントいらないから。あと、これは照準器じゃなく切り替えスイッチでーす」
スイッチを入れ、自分の腕に温風を当てると、茜は美咲の後ろに回った。
「というわけで、髪、乾かしますねー」
タオルを解き、髪をかき分けて頭皮にドライヤーの風を当てる茜の手付きに、うっとりとした表情で身を任せる美咲。
「ありがと。あー、久し振りだな。この感覚」
長い髪の毛を、上から下まで揺らすように温風を当て、全体的に乾いたところで茜はドライヤーの先端にあるスイッチをオフにした。
「んー、冷風も出るんだね」
「温める魔道具のスイッチを切っただけです。美咲先輩が照準器って言ったのが温風、冷風の切り替えスイッチなんです」
万遍なく風を当てながら、茜はそう答えた。
「へー、温風モードにしたまま風を止めたらどうなるの?」
「風を止めたら、全体のスイッチがオフになるようにして貰いました。はい、出来上がりですよー」
「んー、気持ち良かったよ。ありがとね」
「いえいえ。それじゃ、ドライヤー、洗面所に置いておきますねー」
◇◆◇◆◇
ドライヤーは雑貨屋にも並ぶことになった。
この世界には、温風を当てて髪を乾かすという考え方がなかったため、まずそこから説明が必要だったが、宿屋からのまとまった注文が入るなど、それなりの売れ行きを見せていた。
また、雑貨屋では他にも缶詰の販売が開始されていた。
缶詰の味は基本的に濃い味なので、単独で食べるよりも料理の具材兼調味料として使われるようになっていた。
具体的には、缶詰の内容物を鍋にあけ、大麦と水を加えて煮込んだり、パンに挟んで食べると言った食べ方が主流となったのだ。
また、果物のシロップ漬けは、日本とは全く別の進化を遂げる事となった。
果物はパンなどに挟んで食され、シロップは調味料として砂糖の代用品のように使われるようになったのだ。
美咲にとって、これは予想外の事態だった。
野営時に、味も素っ気もない干し肉とパンを食べるよりは缶詰を。という美咲の願いとは裏腹に、缶詰は町中のちょっとした贅沢品となってしまったのだ。
茜としても、この状況は驚きだった。
「売る時に携行食だって説明したんですけどねー」
「まさか、シロップを調味料代わりにされるとは。これって砂糖売ってるのと同じだよね?」
「お砂糖を売るよりはマシだと思いますけど、でも失敗しましたー」
「儘ならないねぇ」
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