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47.虎

檻を足跡が発見された場所のそばにセットし、マック達は撤収して行った。

檻のそばには大きな足跡がある。ネコ科の足跡だと言われればそんな気もするが、美咲にはイヌ科の足跡との見分けが付かなかった。

檻の中にはテントが2張り張られている。片方はトイレで、もう片方が寝るためのテントである。


「これはないよね……」


トイレという名の、深めに掘った穴を眺めて美咲は深い溜息を吐いた。

幸いフェルが鍵を持っているので、我慢できないときは外に出てしよう、と美咲は決心した。


「こんな生活、4日間も耐えられるのかな……とにかく飲食は最低限に済ませよう」


 ◇◆◇◆◇


ほぼ寝転がったままの生活は既に3日目を迎えていた。

動けばお腹が空いて食事が増え、結果的にトイレに行く回数が増えるので、寝たまま周辺を警戒する。

周辺の警戒とは言っても、大きな足跡が残るほどの巨大な生き物の移動である。地面の振動に注意していればそれで十分なので、むしろ寝転がった方が効率が良い。

時折、鹿や猪がそばにやってきて、檻の中に閉じこもった人間を不思議なものを見るような目で眺めて行く。


「ミサキー、ちょっとトイレ行ってくる」

「うん。気を付けてね」


フェルが出て暫くすると、遠くの方から地響きが聞こえてきた。


「フェルー! また足音!」

「すぐ戻るよ!」


『また』である。

美咲達が檻に入ってから、毎日、遠くの方で、ズシン、ズシンという微かな足音が響いてくる。それは寝転がっていなければ気付かないほどに微かな音、いや、音と言うよりも振動だった。

その足音は、いつも突然始まり、突然終わる。近付いてくるでも遠ざかるでもなく、遠くの方から足音だけが響いてくる。それが毎日2回発生していた。

だが、今回は少し違った。


「フェル! 近付いてくるよ!」

「分かってる!」


茂みから飛び出してきたフェルは、檻の中に入ると鍵を掛けた。

そして、音に一番近い鉄格子に近付き、鉄格子に耳を押し当てた。


「近付いて来てる? ……けど、ちょっと逸れてるっぽい……ミサキ、一応準備をお願い」

「わかった」


起き上がり、フェルの隣に並ぶ美咲。

その視線の向く先にある木の梢が、足音に同期するように微かに揺れていた。

気付けば先程まで聞こえていた鳥の声は聞こえなくなっていた。

痛いほどの静寂の中、足音の振動だけ響き、それは唐突に止まった。


「……止まったね」

「また外れか。いるのは確かなんだから、いっそ足音に向かって行きたいわね」

「危ないよ、フェル」

「分かってる。やらないよ」


そして、何か硬い物がぶつかるような音が響いてきた。


「何の音だろ? フェル、分かる?」

「……暴れてるのかな、それにしては音が妙に響くけど」


2人は鉄格子に寄り掛かるように座り込み、耳を澄ませる。

暫くすると音が消え、すぐに2回目の足音の振動が響いて来る。振動が遠ざかっている事から、どうやら帰っていくようだ。


「ねぇフェル、虎ってあんなに重たそうな足音響かせるものなの?」

「サイズが大きければそうなるんじゃない? そこに見えてる足跡だって随分深いし」

「でも、あの足音だと、獲物狩れないんじゃないかな?」


これだけ振動があるのでは、肉食獣が狙うような獲物は接近される前に逃げてしまうだろう。


「そうだね。何食べてるんだろ? 狩りをしているような足音は響いてきたことないしね」


足音は遠ざかっていき、やがて、静寂が戻った。


 ◇◆◇◆◇


翌日。

虎駆除の最終日である。

最終日という事で、美咲は食事制限を解除する事にした。

つまり。


「フェルー、パスタあがったよー」

「おー、赤いパスタだね。これ何?」

「ミートソース、で、こっちのはカルボナーラ」


レトルトのパスタソースを使ったパスタパーティーが始まった。

器具や材料は収納魔法から取り出した物だ。

足音が聞こえてくるのはいつも正午付近なので、時間帯はブランチである。


「ミサキー、そっちの一口頂戴」

「うん。チーズと玉子とか使ってるけど大丈夫?」

「チーズは大好物だよ……ん、美味しー」


暫し歓談の時が流れる。

食後のお茶を飲んで、2人は再び鉄格子の床に寝転んだ。


「食べてすぐに横になるとか、お行儀悪いんだけどね」

「これもお仕事だからね。帰ったらまたカルボナーラ食べたいな」

「んー。そろそろメニュー刷新しようかな。カルボナーラとミートソースと……」

「プリンね!」

「カレーパスタが人気だからプリンはちょっとね……来た?」


美咲は目を閉じて鉄格子に耳を当てる。

足音が地面を通って響いてくる。


「ミサキ、最後のチャンスだからね」

「分かってる……あ、近付いて来てるね?」


地を伝わる振動だけだった足音が、空気を震わせる音として耳に届く。

美咲は起き上がり、フェルの横に立った。


「ミサキ、虎が見えたら、頭部か胴体に魔素のラインをお願い」

「うん、分かった……」


それは木々の向こうから突然顔を出した。


「フェル、虎じゃないよ、あれ」

「……そうだね、どう見ても虎じゃない」

「ゴツゴツしてるね。まるで岩みたい」


それは、岩の塊の様に見えた。

よく見れば手足もあるし、顔もある。

岩に白と黒の縞模様が付いているので虎と言われれば、そのようにも見えなくもない。


「いや、みたいじゃなくて、多分岩だよ、あれ」

「岩? ……ケイ素生命体?」

「けーそ? いや、普通に考えてゴーレムだと思うけど」


『それ』は美咲達の檻を無視し、岩場まで歩くと、大きな口を開けて岩に齧り付いた。


「ゴーレムって何?」

「魔法使いが作った魔法生物ね。材料は色々。あれは岩石で出来てるね」

「……石で出来たロボット?」


『それ』は、岩を齧り、貪っていく。

フェルは我に返った。あれが虎なら駆除対象だ。


「ろぼ? まあ、何でも良いけど、とにかく獲物だから。ミサキ、魔素のライン」

「待ってよ、岩で出来たあのサイズを、炎槍で倒せるの?」

「……ちょっと無理……かな」

「かなり無理があると思うよ……攻撃して反撃されたら、あのサイズの岩じゃ、こんな檻、踏みつぶされちゃうよ。それに依頼は虎の駆除であって、ゴーレムの駆除じゃないでしょ」


依頼は虎の駆除である。

こんな巨大なゴーレムが相手とは聞いていない。

そもそも、急所がどこにあるのかもわかない状態では、ゴーレム相手は分が悪い。


「でも、倒さないと被害が……」

「良く分からないけど、作られたって事は誰かに制御されてるんでしょ?」

「うん、まあ、そうだろうね」


頷くフェル。


「それなら見境なしに人間を襲ったりしないんじゃないかな。実際、私達も襲われてない訳だし」

「そう、なのかな? でもそうなると……依頼失敗かぁ」

「や、そもそもあんなの倒せないよ。害がないなら、放置で良いと思うんだけど。それに、依頼内容が間違ってるんだから仕方ないよ」


岩を貪り食った『それ』は、そのままの体勢で、来た時の足跡を辿るように後ずさり始めた。


「仕方ない。相手の正体を確認して持ち帰るだけでも十分な成果ってことで納得しとこうか」

「そうそう、戦いを挑んで私達が蹴散らされたら、ずっと正体不明のままになるんだから。生き残って情報を持ち帰るのも大事な任務だよ」

「そうだね。それに、ここで無茶してミサキを失う訳にはいかないか」

「うん。あとフェルもだからね」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また応援頂いている皆様、ありがとうございます。

お陰様で日間総合ランキング5位になりました。初投稿でこんなところに載ってしまって、困惑しております。。。

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