表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/258

45.王都からの来客

ノックの音に、美咲はカレーの仕込みを中断し、扉を開けた。


「はい、どちら様?」

「私は王室近衛のギル。店主は居られるか?」

「あ、私が店主です」

「それは失礼。アルバート王子からの命で、ニホンシュ10本を受け取りに参りました」


リバーシ屋敷でのやり取りを思い出し、美咲は頷いた。


「あー、第二王子様の。はいはい、お約束した件ですね。少々お待ちください」

「あいや、もう一つ、お願いしたい事が……」

「何でしょう?」

「いえ、こちらにアカネ様は居られるだろうか。実は、ケント王子とエリザベス王女が、何と申しましたか、シュクリーム、ロールケーキ、プルンとか言う食べ物に興味をお持ちで、今、表に来ておられるのです」

「わざわざ王都からですか? えーと、もう表に? それでは手狭ですけど、まずは店内に。あ、茜ちゃんは商業組合に行ってて留守ですけど、そのお菓子なら私でもお出しできますので……って不敬にはならないですよね?」

「はい、平民の店である事は何回も話しておりますので。それでは呼んで参ります」


急ぎ、空いているテーブルを布巾で拭き、椅子を並べる美咲。

陶器の皿にシュークリームとステンレスのフォークを乗せた所で彼等は店内に入ってきた。


「執事のトニーです。こちらはケント王子とエリザベス王女。今日は突然の来訪、申し訳ありません。先日アルバート王子に出されたという菓子を各3皿、用意して貰えないでしょうか」


双子なのだろうか。ケント王子とエリザベス王女は、髪の長さ以外は瓜二つと言っても過言ではないほどよく似ていた。

年の頃は茜と同じか、少し幼い位だろう。


「あ、美咲です。どうかお気になさらずに。でもアルバートさんは、あのお菓子は珍しくないって言ってましたけど?」


答えながらも準備を進める美咲。

皿もフォークもスプーンも足りている。後は並べるだけだ。


「……実は、アルバート王子は菓子にはあまり興味がない方でして、それが先日茶会で出たケーキを食べ、これならアカネ様が出したケーキの方が遥かに美味かった等と仰いまして……」


結果、興味を刺激された2人がわざわざミストの町までやってくることになったらしい。


「はあ……それではこちらをどうぞ」


テーブル一杯に9枚の皿が並んでいた。

3人分。シュークリーム、ロールケーキ、プリンが乗っており、フォークとスプーンもセットされている。

椅子は4つ用意していたが、席に着いたのはケント王子とエリザベス王女だけだった。


「なんと。我らが来るのをご存知でしたか?」

「あー、いえ。作り置きです。あ、毒見とかした方が良いですか?」

「いえ、それは私が」


ギルが適当に選んだ皿の上の菓子を、順に平らげて行く。


「問題ありません」

「殿下、姫、お待たせしました」

「「感謝を」」


2人は、まずシュークリームから取り掛かった。

生クリームとカスタードクリームが入ったそれを、フォークで切り分け口に運ぶと、2人は驚いたように目を見張り、残りを静かに、だが、物凄いスピードで平らげて行く。

それを見て、美咲は黄色いパックの紅茶を入れ、3人に供した。

今回もまずギルが一口飲んで頷くと、2人も紅茶に口を付けた。


「不思議な味ね」

「そうだね、甘くて蕩けるね」

「シュークリーム? これは王都では食べられないの?」

「ここに来ないと食べられないの?」


2人に矢継ぎ早に聞かれ、美咲は頷いた。


「これはミサキ食堂と……この町の商業組合でしか食べられませんよ」

「商業組合?」

「確か組合長が代官をしている筈だよね」

「それなら譲ってもらえるわね」

「そうだね。良かったね」


2人は次にロールケーキを食べ、プリンでまた目を見張った。


「これも不思議な味ね」

「柔らかくて口に入れると噛まずに溶ける?」

「甘くて柔らかくて幸せな味ね」

「食べるのが、勿体ないね」

「これも代官に送ってもらいましょう」

「そうだね。そうしよう」


何とか満足して貰えたらしいと分かり、安堵した美咲は、別のテーブルに、日本酒を10本並べ始めた。

出来るだけ地味に生きたい美咲としては、王族などと言う華やかな世界の住人には速やかに退去して貰いたかったのだ。

だが、その願いは打ち砕かれた。


「ミサキと言ったわね」

「他に甘いものはないの?」

「これだけってことはないわよね?」

「あ、えーと。後はフルーツタルトとかかな……これなんだけど」


美咲は一度厨房に戻り、フルーツタルトを3皿持ってきた。

内、1皿を受け取り、ギルが毒見をして頷いた。

それを口にした2人は、微妙そうな表情だ。お気に召さなかったらしい。


「お城で食べるのと似てるわね」

「そうだね、似てるね」

「でも他のは良かったわね」

「そうだね、満足した」


2人が満足したのを見て、ギルが革袋を美咲に差し出した。


「これはニホンシュの代金です。それと、これらの菓子はお幾らでしょうか?」

「あ、遠方からのお客様へのサービスですのでお気になさらないでください」


革袋を受け取り、美咲はそう答えた。


「いえ、それはいけません。金額をお教えください」

「んー、そしたら、合計300ラタグでお願いします」


卸値は30ラタグだった筈だが、計算が面倒だった美咲はざっくりとした金額を伝えた。


「はい……それではこちらを」

「毎度ありがとうございます。お酒の瓶はガラスですのでお気を付けください」

「心得ました」


ギルは酒瓶10本を収納魔法でしまい、トニーに向かって頷いた。

それを見たトニーは、美咲に軽く一礼する。


「さあ、殿下、姫。それでは次に参りましょう」

「次は代官ね」

「そうだね、代官だね」


どうした物かと迷った美咲ではあるが、扉の所まで出て、深く頭を下げてみた。

馬車が動き出し、美咲が顔をあげると、周囲には人だかりが出来ていた。


「ミサキちゃん、何かあったのかい? 王家の馬車が停まってたみたいだけど」


ご近所の顔見知りのおばちゃんが心配そうに声を掛けてくる。


「や、王子様達が、うちのお菓子を食べたいって話で」

「ミサキ食堂にお菓子なんてメニュー、あったかねぇ?」

「実は裏メニューなんですよね。王都に行った時にちょっと知り合いに出したら、その噂を聞きつけて……あ、後、お酒の買い付けですね」


美咲の答えに、ほっとした表情を見せるおばちゃん。


「へぇ、御用商人になったんだねぇ。でも良かったよ、王都から青いズボンの魔素使いを寄越せって言ってきてるんじゃないかって、みんな心配してたんだよ」

「あ、そういう話はまったくありませんでしたから。ご心配お掛けして申し訳ありません」


集まった人々に頭を下げる美咲に、声を掛けながら、みんなは散っていった。


「何事もなくてよかったよ。この町の者はあんたの味方だからね」

「何かあったらいつでも言ってくれよ」

「今度、お菓子を注文するからね」


 ◇◆◇◆◇


「……という事があったんだよ」


商業組合にケーキを卸してきた茜に、事の顛末を説明すると、茜は口を尖らせた。


「美咲先輩、ずるいです。私がいない間にそんな楽しそうなこと」

「楽しくなんてなかったよ。緊張したんだから。貴族にだって関わりたくないのに、王族なんて」

「ケンちゃんとリズちゃんですか。あの双子、元気でしたか?」


茜のえらく親しげな呼び方に、美咲は首を傾げた。


「元気だったけど。何、知り合いなの?」

「私のリバーシの弟子ですよ」


この国では、茜がリバーシを考案したと思われているため、教えを請われたのだと言う。

年が近いこともあり、茜は2人のことを愛称で呼ぶことを許されていた。


「甘味はあの2人に展開すべきだったんですねー。まったく、アルにはがっかりですよ」

「や、茜ちゃん、相手は仮にも王族なんだから」

「美咲先輩の言い方も、十分不敬に当たると思いますけど?」

「う……そうかな……何にしても、もう関わりあいたくないよ」


 ◇◆◇◆◇


もう関わりたくないという美咲の願いは残念ながら打ち砕かれることとなった。

その日の夕刻、再び、王家の馬車がミサキ食堂の前に停車したのだ。

停車するなり双子はミサキ食堂に吶喊した。


「代官から聞いたわ」

「お菓子はミストの町に流通させる契約をアカネと結んでいるって」

「アカネはここに住んでいるとも聞いたわ」

「アカネを出して」

「っと、はいはい。えーと、茜ちゃんね。少々お待ちくださいね」


美咲はそう答えると、玄関から表に出て、雑貨屋アカネに走った。


「茜ちゃーん! ケント様とエリザベス様が来たんだけど!」

「えー、今忙しいのにー」

「いーから、早く対応して!」


ぐずる茜を引っ張り、美咲は食堂に取って返した。


「ケンちゃん、リズちゃん、久し振りー。どうしたの?」

「アカネ、代官に聞いたわよ」

「お菓子の流通をミストの町に限定しているって」

「だから私達に送れないって」

「「何とかして」」

「契約?」


契約と聞き、茜は首を傾げた。

そして、それがスイーツの提供時の制約条件である事に思い至った。


「あー、あの契約ね。王家に送る場合は例外とするって条項追加しとくねー」

「「ありがとう」」

「でも、あのスイーツって、日持ちしないしー、冷やしておかないといけないから、王都に運ぶなら冷蔵庫も必要になるよー」

「冷蔵庫ね」

「用意させる」

「アカネ、久し振りにリバーシがしたいわ」

「今日は代官の家に泊まる」

「アカネも来て」

「えーと……」


茜は困ったような表情で美咲を見るが、美咲はにこやかに微笑み、手を振った。


「行ってらっしゃい。スイーツと炭酸、日本酒も出しておくから手土産にしてね」

「……うー、面倒ごとだと思ってるでしょー」

「そ、そんな事ないよ」


そう答える美咲の視線はなぜか泳いでいた。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

瑞樹様、レビューありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。

応援頂いている皆様、ありがとうございます。お陰様で総合評価が急激に跳ね上がりました。作者、小心者なのでびびっております。。。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー"
― 新着の感想 ―
[気になる点] 男女の双子の場合、二卵性双生児になるので、見た目が売り豚2つはかなりありえないかと。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ