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42.王室

小川が魔法協会で魔素酔いの原因究明に頭を悩ませている頃、平民街東区にある対魔物部隊の訓練場に併設された食堂では、広瀬が持ち込んだビールの試飲会が行われていた。


「各自ジョッキ構え!」


広瀬が号令を出すと、全員、空の木のジョッキを掲げた。


「よーし! それでは注いで行く! 注がれた者は待機!」


アイテムボックスから良く冷えたビールを取り出し、1人1缶のペースでジョッキにビールを注いで回る。

空になった缶をゴミ袋に放り込みながら、次々とビールを注ぐ。


「よーし! 注ぎ終わった! 各自構え! 乾杯!」

「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」


ビールを呷る面々。一口飲んで驚いたような表情を浮かべる者がいるかと思えば、一気に飲み干す豪の者もいる。

共通しているのは、皆、旨そうに飲んでいるという事だろうか。

上座に座っている青年が広瀬に声を掛けた。


「旨い! おいヒロセ! これはどこで手に入る?」

「済みませんがこれは日本人じゃないと手に入らないっす」


あちこちから空になったジョッキを突き付けられ、お代わりを注ぎながら広瀬はそう答えた。

美咲が目立つのを嫌っているため、ミストの町のミサキ食堂を紹介するのは憚られたのだ。


「むう、今度の夜会で皆に飲ませたいのだが、少し回しては貰えんか?」

「そりゃ構いませんけど、冷えてないとここまで旨くないっすよ?」

「必要なら魔導部隊に冷やさせる!」

「いや、魔導部隊が怒るっすよ、王子」


対魔物部隊は大量の魔剣を運用する。

通常使用する魔剣はそうでもないが、国宝級の魔剣も数本存在しており、緊急時にそれらの運用許可を出すため、王族が部隊に所属しているのだ。


「王子と呼ぶな。ここにいる時は隊員の一人だ」

「なら、せめて対魔物部隊の隊員らしく、魔導部隊との間に溝が出来るような発言は控えましょうや。依頼するなら魔法協会が良いっすよ」

「む、そうか……それにしても旨いな。他に何かないのか?」

「そうっすね、こんな酒もあるっすよ」


取り出したのは日本酒である。それを深めの取り皿に注ぎ、王子の前に置く。


「なぜ取り皿に注ぐ?」

「本来は盃って言うのに注ぐんすけど、ないので代用っす。きついから、一気に呷らんでくださいよ」

「おう……むう、これはこれで旨いな。これは冷やさんのか?」


我も我もと取り皿を突き出す隊員に酒瓶ごと渡しながら広瀬は自信なさそうに答えた。


「冷やしても、温めても行ける筈っす……熱燗は試した事がないので、自信ないっすけど」

「ほう。一応聞いておく。他に隠している物はないだろうな?」

「あー、日本の食文化は、酒だけじゃないっすよ。気になるなら、今度茜にでも聞いてみてください」


恐らく、嬉々としてテンプレごっこをするであろう事は予想に難くない。

プリンのレシピ公開は、平民には意味がないが、貴族階級になら意味のある物となる可能性がある。

カレーのような香辛料の塊の料理も、この国には存在しないので話題性はあるだろう。


「アカネか、最近噂を聞かないが、何をしているのだ?」

「今は王都に居ますが、ミストの町に仲の良い友達がいるので、最近はそっちに行ってますね」

「ミストの町か……そう言えば、ヒロセも最近ミストの町に良く行くな?」

「あー、同郷の者が住んでるので、遊びに行ってるんすよ」

「……ああ、なるほど、そういう事か。今度紹介してくれ」


 ◇◆◇◆◇


そうこうする内に美咲の王都滞在予定期間が過ぎようとしていた。

雑貨類はミストの町よりも圧倒的に王都の方が品揃えが良いので、美咲は、自分で呼び出せない物を市場で色々と購入していた。

風邪騒動が収束し、市場は一層の賑わいを呈している。

茜も当然の様に付いて回り、品質の良い物を選んで美咲に薦めていた。


「美咲先輩、陶器の食器セットですよ。食堂で使いませんかー?」

「お客さんが緊張しちゃうでしょ、木の方が気楽で良いと思うな……あー、でも食器類は出来れば金属製が良いかな」

「銀食器はメンテナンスが面倒ですよー。磨かないとすぐに黒くなっちゃうし」

「へえ、そうなんだ」


そんな事を話しながら歩いていると、魔道具を取り扱っている店舗が目に付いた。


「そう言えば茜ちゃんの作った魔道具ってどうなったの?」

「ハンドミキサーは失敗でしたー。混ぜるのに魔道具を買うような人がいないんですよー」

「そっかー。便利そうなんだけどねぇ。ケーキや自家製マヨネーズとか作る人、いないのかな?」

「そこまで食文化が形成されてないみたいですねー」


そんな事を話しながら買い物が終わり、美咲達がリバーシ屋敷に帰宅すると、セバスが門の所に立って待っていた。


「アカネ様、アル…様がお待ちになられてます」

「アル? 何だろー?」

「日本の食文化を教えて欲しいとの事です」


冷静沈着を絵に描いたようなセバスが、若干ではあるが焦りの色を滲ませている。


「んー。という事はおにーさんか……んー」


茜はアイテムボックスから幾つかの食品を取り出して収納魔法で収納した。


「これで良し。美咲先輩、折角だからご紹介しますので一緒に来てくださいねー」


 ◇◆◇◆◇


応接間に入ると、金髪で妙に姿勢の良い男性がソファーから立ち上がった。


「アル、お待たせしましたー」

「やあ、アカネ。何、アポイントメントもなしに来たのはこちらだ。気に病む事はない。それでそちらのレディは?」


アルは美咲に視線を流す。


「私と同郷の者で、佐藤 美咲です。美咲先輩、こちら、おにーさんの同僚で、この国の第二王子様、アルバート・エトワクタル。通称アルです」

「お、王子様っ? ちょっ茜ちゃん、聞いてないよ!」

「あ、美咲先輩大丈夫です。こー見えて、アルは人畜無害ですよー。今日もどうせおにーさんに何か吹き込まれて来たんでしょー?」

「聡いな、先日ビールを飲ませて貰ったのだが、その折、ニホンの食文化は酒だけではない、詳しくはアカネに聞けと言われてな」

「そうですねー。例えばこんなのは如何でしょー」


茜は収納魔法に収納していたマヨネーズ、ロールケーキ、シュークリーム、プリンを取り出し、テーブルの上に並べた。


「ほう、見た事のない物ばかりだな」

「ええ。セバス、フォークをお出しして、それと野菜を温野菜にして味付けなしで一皿……まずはこちらのシュークリームですが……」


茜による、日本の食文化のプレゼンが開始された。それも一国の王子を相手にして。

美咲は手持無沙汰になったので、そっと離席しようとしたのだが、茜に服の裾を掴まれていて逃げられず、同席を余儀なくされた。

シュークリームには驚いたようだが、ロールケーキとプリンに付いては、似た物があるとの事で、然程興味を持たれなかった。ただし、マヨネーズは気に入ったようで、試食の為に用意した温野菜を一皿食べきってしまった。


「なるほど。しかし、こうした産物が我が国にないのは残念だな。簡単に作れる物でもないのだろうが……」

「マヨネーズは割と簡単ですよー。生卵、油、酢、塩、胡椒辺りがあれば、後は根気があれば作れますねー。油と卵黄は少量ずつ混ぜないと上手く混ざらないので、とにかく時間と手間が掛かるんですよー」


茜はマヨネーズの作り方を簡単に説明した。


「ほう? して、そのレシピの対価に何を望む?」

「いえいえ、お金は十分ありますし、名誉には興味ありませんので。ただ、マヨネーズが出来た暁には、広く民にも普及させて頂きたいだけですよー」

「うむ、それは勿論そうするが……相変わらず欲のない奴だ」

「欲ならありますよー。ただ、必要以上に求めないだけなんですけどねー」

「ところで、ニホンシュと言ったか、あの酒を手配してもらう事はできないだろうか」

「あー、それなら美咲先輩に聞いてください」

「え? 私?」


関係ない話に付き合わされていると感じていた美咲は突然の振りに上擦った声をあげた。


「ほう、ニホンシュはミサキが商っているのか」

「商う……と申しますか、今まで同郷の者にしか、その、売ってないんですけど」

「ああ、それはヒロセから聞いた。だがそこを曲げて、年に10本程融通しては貰えないだろうか?」

「10本程度なら、はい……あ、ですけど私はミストの町に住んでいるので」

「なるほど、それなら取りに行かせよう。確か器はガラスの瓶だったな。割れないように慎重に運ばせねばな」


気付けばトントン拍子に話が進み、気付けば、というよりも美咲が気付かぬ内に、美咲は王室御用達の商人となっていた。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


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