40.神託
美咲達が神殿の観光から帰ると、食堂には明るい内から酔っぱらっている小川と広瀬がいた。
2人ともまだ休暇中なので、別に悪い事をしているわけではないのだが、帰ってきた美咲達を見て、ばつの悪そうな顔でお帰りと言った。
「おじさん、事件があったんですが、酔ってますか?」
「いやぁ、聞くだけなら大丈夫だけど、記憶に残るかは微妙だね、ロバートの作るつまみが旨くて酒が進んでねぇ」
「美咲先輩に神託があったんですけど、聞きます?」
神託と聞いて、小川の表情が真剣な物に変わった。
酒の入ったコップをテーブルに置き、チェイサーとして置いてあった水を飲む。
「茜ちゃん、今、神託と言ったね?」
「そうですよー、神殿で美咲先輩がお祈りしたら、声が聞こえたそうです」
小川と広瀬は顔を見合わせた。
「……その手があったか。神託なんだから、神殿は覗いてみて然るべきだったね」
「迂闊でした。神殿っすか」
「それで、美咲ちゃん。神託の内容は?」
脳裏に響いた声は、美咲の記憶に刻み込まれていた。
一言一句違える事無く、美咲は神託の内容を小川達に伝えた。
「声だけ脳裏に響く感じで、『魔素を循環させなさい。あなたに与えた能力を使うことで世界の巡りは蘇ります』でした」
「美咲ちゃんに与えた能力って事は『お買物』って事だね。推測は正しかったみたいだね」
「流石っすね。で、魔素が循環しているのかは、どうすれば分かるんすか?」
「それはまた、女神様にお伺いを立てるしかないんじゃないかな? とにかく美咲ちゃんには沢山物を呼び出して貰わないとね」
◇◆◇◆◇
その日の夜、食堂にて。
「今日はお米と味噌、醤油、味醂辺りを大量に呼ぼうと思います。リクエストがあれば、出しますので言ってくださいね」
「美咲、俺、ビール」
「僕は日本酒が欲しいですね」
「おにーさんもおじさんも飲み過ぎなんじゃないですかー?」
茜の尤もな苦言に詰まる2人。
しかし、かく言う茜も出して貰ったロールケーキをパクつきながらなので説得力に欠ける事甚だしい。
「まあ、お酒は程々にしておきましょうね。飲み過ぎは体に毒と言いますし」
◇◆◇◆◇
翌日の観光は、王城が美しく見える場所巡りだった。
早朝、日の出る前から屋敷を出て、曙光が差す中、王城の一番高い部分に日が当たり、明るく輝くように見える様をタワーから眺めたり、日が中天に差し掛かった頃に北区から影を眺めたりと、時間帯毎に異なる場所からの王城の眺めを楽しんだ。
その途中、茜が美咲に囁いた。
「美咲先輩、後ろ、気付いてます?」
「後ろ? どうかしたの?」
振り返ってみる美咲だが、普通の街並みが広がっており、特に異常な点は見受けられなかった。
「さっきから後を付いてきてる人達がいるんですよ」
茜の言葉に再度振り返り、怪しい人影を見つけられずに首を傾げる美咲。
「私達と同じコースで観光してるんじゃないの?」
「そう思って、さっき露店に寄り道してみたんですけど、同じ間隔で付いてきてるんですよねー」
「そう言えば、茜ちゃんてお金持ちだったよね、営利誘拐狙いかも。気を付けてね」
「相手、殆どが子供なんですけどねー」
そんな会話をした少し後、美咲達は野良猫の群れを見つけて餌付けを始めていた。
「美咲先輩、なんか猫が喜ぶものください! うわぁ、人に慣れてるー。この子達ふわふわだー」
「……んー、竹輪とかで良いかな。ほらほら、ご飯ですよぉ」
ぶらぶらと竹輪を目の前で揺らされた猫が、竹輪に齧り付く。
それを見た他の猫も加わり竹輪争奪戦が始まった。
そこに更に火種を投入する美咲。
「ほーら、もう一本だよ」
千切れた竹輪を咥えたまま、茜の膝に跳び乗る猫や、美咲の肩によじ登る猫達に、2人は大喜びである。
と、ふいに声が掛かった。
「美咲ちゃんに茜ちゃん、何をしてるんだい?」
「あ、おじさん、こんな所でどーしたんですかー?」
「どうしたも何も、ここ、魔法協会の実験場の裏だよ……そうだ、美咲ちゃん、ちょっと良いかな?」
「構いませんよ。どうしたんですか? 小川さん」
片手で猫の喉をくすぐりながら、美咲は首を傾げた。
「実はね、王都で風邪が流行し始めてるんだよ。それで、風邪薬とか出せないかと思ってね」
「市販薬で良ければ何種類か買った事ありますけど、どういう症状ですか?」
「ん? 症状毎に薬が出せるのかい?」
美咲は肩から首の後ろに回ろうとした猫を捕まえて膝に乗せ、頷いた。
「ええ、兄は喉から、私は鼻から風邪をひくので。それと、症状毎に分かれていない物も買った事ありますね」
「ありがたい。申し訳ないけど、それぞれ1個ずつ出して貰えないかな」
「いいですよ……まず、鼻風邪に効く薬……次が喉に効く薬。最後に汎用の……これで良いですか?」
美咲の目の前にパラパラと出てくる薬に、猫達は新たな餌かと飛びつくが、すぐに興味を失う。
猫に散らかされた箱を拾い、ポケットにしまいながら小川は礼を言った。
「助かるよ。それと、効果があれば近い内に大量に出して貰う事になるから、よろしくね」
「はい。それじゃお仕事頑張ってくださいね」
「君達も、程々にね」
◇◆◇◆◇
小川と別れ、猫との触れ合いを堪能した数分後。
2人は口を塞がれ、路地裏に引きずり込まれた。
「!!」
力いっぱい抵抗しようとした美咲だったが、犯人の姿を見て抵抗をやめた。
犯人は、美咲と同世代から5、6歳位までの子供達だったのだ。
2人は手足を縛られ、路地裏の更に奥に連れ込まれていく。
王都にはスラムはないと言われているが、裕福とは言えない人々が暮らしているエリアが存在する。2人が連れて行かれたのはそんな場所だった。
納屋のような所に押し込められ、しばらく様子を伺っていた美咲は、果物ナイフを呼び出し、何とか手首の拘束を切る事に成功した。口に押し込められていた布を吐き出し、次いで、足を縛った麻縄を切る。続いて、横で唸っている茜の手足も自由にする。
「見事に誘拐されちゃったね」
「相手が小さな子供だからってちょっと手加減しすぎましたかねー」
「でも、怪我させるわけにもね」
2人がそんな事を話し合っている内に、何やら納屋の外が騒がしくなってきた。
何事かと様子を窺っていると、言い争っているような声が聞こえてきた。
「だから! かーちゃんの風邪を治して貰うんだよ!」
「馬鹿を言うな! 女神様が御降臨されるわけないだろう!」
「神殿の女神像にそっくりなんだ。絶対間違いない!」
「だからって攫う馬鹿がいるか! 本当に女神様だったら天罰が下るぞ!」
「魔法協会の裏でも薬を出してたんだ! かーちゃんを治して貰うんだ!」
そっと納屋の扉を押し開けて外を窺うと、子供達が髭もじゃの熊の様な男性と言い争いをしていた。
話の内容から、どうやら営利誘拐ではなさそうだ。
それに、唯一の大人は見た目は山賊だが、言っている事は真っ当だ。
「美咲先輩、合図したらさっきの風邪薬、喉用のやつを出して貰えますか?」
「それは構わないけど、どうするの?」
「ちょっと私に任せてください。テンプレしますねー」
言うなり、茜は納屋の扉を押し開け、子供達を見据えた。
突然納屋から出てきた茜に声を失う子供達。
茜は真剣な表情で子供達に声を掛けた。
「……子供達、私達に何を望む?」
「縛っておいたのに! 何で縄が?」
「お前ら、そこまでしたのか! お嬢ちゃん、すまん、うちの子達が」
茜は男に目をやるが、再び子供達に視線を戻した。
「再度問う。子供達、私達に何を望む?」
「かーちゃん、風邪を引いて咳がひどいんだ! かーちゃんを治して!」
「そうか、風邪か」
茜は振り返り美咲に一つ頷く。美咲は風邪薬を呼び出し、茜に渡した。
「……これは薬である。えーと、1回2錠、毎食後に母に飲ませてやるが良い。余計に飲ませると悪化するので1回2錠は必ず守るように」
「これで治るの?」
目を輝かせる子供達に、茜はちょっと考えてから付け足した。
「3日飲んでも治らぬようなら、リバーシ屋敷の小川を訪ねるが良い」
「ありがとうございます!」
「一刻も早く飲ませてやるが良い。私は、そちらの者と話がある」
子供達が去った後に残ったのは胡散臭いものを見る目の男だった。
「……あんた達、薬師か何かか? 悪いが金はないぞ」
「えーと、私はリバーシ屋敷の鈴木 茜って言います。たまたま薬を持っていたので、子供達のおかーさんを想う心に免じてあげただけです」
「……何だ、金持ちの道楽か」
「そのとーりです。あ、薬は1回2粒ですからね。多く飲んでも効かなくなるから気を付けてくださいねー。美咲先輩、行きましょー」
「おい!」
茜と共に、その場を後にしようとした美咲であったが、男に呼び止められた。
「理由はどうあれ、子供達が悪さをして済まなかった。それと、薬、ありがとな」
◇◆◇◆◇
大通りに戻った茜は、思いっきり伸びをした。
「んー! 女神様の振りなんかしちゃいましたよー」
「ああいうテンプレもあるんだね。ああ、でもそっか、今度、他にも出せるお薬は出して、小川さんに渡しておいた方が良いよね」
「そうですね。運が悪いと風邪で死んじゃう人もいる世界ですからねー」
「治ると良いね、さっきの子達のお母さん」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
20180115:誤字を修正しました。




