39.王都観光
「美咲先輩! 観光に行きましょー!」
翌早朝、茜が美咲の部屋にやってきて、そう言い放った。
まだ微睡んでいた美咲は。
「ふぇ?」
と重たい瞼を開け、茜の方を見る。
茜の姿は、まだパジャマにガウンと言った服装で、とても観光に行くような姿ではない。
「美咲先輩、まず市場行きましょー! 市場行って何か発掘してテンプレしましょー!」
「んー、じゃ、着替えてからね」
「はい! 15分後に食堂集合でお願いしますね」
◇◆◇◆◇
支度を済ませて食堂に行くと、見事な日本食が並んでいた。
「流石プロの料理人。盛り付けは私より綺麗だなぁ」
「おう、美咲、おはよう」
広瀬が丼いっぱいのご飯をかき込みながら挨拶を寄越す。
「おはようございます、広瀬さん、小川さん。茜ちゃんは?」
「おはよう、美咲ちゃん。茜ちゃんはまだ着替え中みたいだね。美咲ちゃん、ありがとうね。ロバートのご飯がとても美味しくなったよ」
お椀を掲げながら小川が嬉しそうな笑顔を見せる。
「流石プロは凄いですね」
「美咲達は市場だって? 朝飯はどうするんだ?」
広瀬がそう尋ねるのと同時に食堂のドアが開いた。
「お待たせしました。美咲先輩! おにーさん市場行くんですから市場で食べるに決まってるじゃないですかー!」
「お、おう、そうか」
「茜ちゃん、妙にハイテンションだね」
「そうですか? とにかく行きましょー!」
◇◆◇◆◇
市場は、平民街区の各区でほぼ毎日開かれている。
露店と屋台がメインで、取り扱う商品は食料、衣類、金物等多岐に渡り、他の町から王都に来ている行商人も少なくないため、色々な町の産物を見る事が出来る。
こうした雑多な事物を扱う市で活躍するのが茜の『鑑定』である。
茜によると、『鑑定』は物を対象とした場合、その材質や品質を見分ける事が出来るという物で、特に品質の優れた物だけを狙い撃ちで買う事が出来るそうだ。
「美咲先輩、見てください、このナイフ、材質が隕鉄ですよ!」
茜が露店で一本のナイフに目を付けた。
ナイフと言うには刃の部分が微妙に波打っており、用途は不明であるが、美しいと言えば美しい。
「集めて飾ったりするの?」
「んー、取り敢えずおにーさんに自慢します。恰好良いじゃないですかー、隕鉄のナイフ」
買った物は即座にアイテムボックス行きである。
「あ、シルバーアクセですよ! 十字架とかはないんですよねー。あ、あの丸いペンダントに嵌っている石、質は今一つですけどサファイヤみたいです。美咲先輩にどうですか?」
「んー、私はこれがあるからいいや」
美咲は首元の傭兵のペンダントを指差す。
「それって魔石なんですよねー。あ、魔石の嵌った指輪発見です。サイズも良さそうですよ」
茜が指差した指輪は、300ラタグとお手頃価格だったので、美咲も手に取って眺めてみる。
銀の台座に赤っぽい石が嵌っている。
「魔石の指輪ねぇ。面白いからフェルにお土産に買っていこうかな」
「あー、魔法使いっぽくて良いかもですね」
そうやって何軒もの露店で良品を買い漁る茜。
大抵は適正価格での購入なのだが、中には店側が価値を分かっていない掘り出し物等もあるようで、茜はホクホク顔だ。
「あー、堪能しましたー。美咲先輩、そろそろ朝ご飯にしましょー。さっき面白い店を見つけたんです」
「うん、面白い店って?」
「ケバブっぽいお店です。私、日本では食べた事がないんですよねー。美咲先輩はどうですか?」
「私も食べた事ないなぁ。見掛けた事はあるんだけど」
肉を削ぎ落し、野菜と一緒にナンのような物に挟んだそれは、しかし、微妙な味わいであった。
「んー、やっぱり塩味ですねー。品質はかなり良い筈なんですけど」
「香辛料は高いからね。でも野菜の味も出てて美味しいよ」
屋台の横のベンチにちょこんと座ってケバブ擬きをもぐもぐ食べる黒髪黒目の、この世界基準では幼い雰囲気の東洋人2人。
道行く人が微笑ましい物を見るような目で通り過ぎて行く。
「茜ちゃん、この後どうする?」
「そうですねー、折角ですから王都観光しましょう。実は私も行った事ない場所って結構あるんですよねー」
◇◆◇◆◇
王都3大観光スポットと言えば各論あるが、外壁とほぼ同じ高さの『タワー』、平民街北区にある『神殿』、平民街区の各区にある『市場』が有名だ。
タワーの高さは外壁とほぼ同じで10メートルほどだ。たかが10メートルだが、高い建造物が殆どない王都では、平民街区を一望するに十分な高さである。
小川や広瀬は登った事があるのだが、茜は階段が面倒だと登った事がなかった。
神殿はその名の通り、女神ユフィテリアを祀った神殿で、信心深い者は一度は訪れる場所だと言うが、ここも茜はスルーしていた。
「へぇ、東京スカイツリーの60分の1以下の癖に、眺めは良いんですねー」
「大きな町だねぇ。ミストの町で塀の上に登った事があるけど、比べ物にならないなぁ」
タワーに登った二人は、リバーシ屋敷を探したり、市場の場所を探したりと、それなりに楽しんでから、タワーを後にした。
「美咲先輩は神殿って興味ありますか?」
「神殿? うん。ミストの町にはなかったからね」
神殿は王城の北側、平民街北区にある。
平民街区には貴族街区外周を周回する乗合馬車が走っており、美咲達はそれを利用して北区まで移動した。
茜も北区に来るのは初めてとの事だったが、神殿は北区の中央にあり、美咲達は迷う事なく神殿の前に辿り着く事が出来た。
「大きいね」
「そーですねー」
正面から見えるのは4本の尖塔と、石造りの本殿。
本殿には無数の彫刻が施されている。
これらの彫刻は王都が作られた当時の物で、これらの彫刻群が神殿の見所の一つとなっている。
神殿の中に足を踏み入れると、ステンドグラスを通して差し込んだ日の光が内部を照らしている。
「ガラスがこんなに沢山使われてるんだ」
「美咲先輩、聞いた話ですけど、ガラスじゃなくて色付き魔石を薄く削った物を、組み合わせて嵌め込んでるって話です」
「……気が遠くなるね」
本殿の奥に、数体の女神像が飾られている。
「茜ちゃん、女神様って1人じゃないの?」
「確か何人かの姉妹で、末妹が主神って聞きましたけど?」
「へー、あ、あの石像、茜ちゃんに似てるね」
「それ言ったら、主神の髪型、美咲先輩とお揃いですよー」
確かに石像の一体はポニーテイルだった。
敬虔な信者なのだろう。何人かの参拝者が石像の前で手を合わせて祈りを捧げている。
美咲は信者達の後ろから御祈りの作法を眺め、見様見真似で手を合わせて祈る。
(女神様、出来ましたら元の世界に戻してください。無理ならせめて、平穏無事に生きられますように)
と、頭の奥から声が響いてきた。
『……魔素を循環させなさい。あなたに与えた能力を使うことで世界の巡りは蘇ります……』
それきり、声は聞こえなくなった。
「……茜ちゃん、今の声、聞こえた?」
「声ですか?」
「魔素を循環させろって、私の能力で世界の巡りが蘇るとか」
「え? あ、あー、それは帰ってから話しましょー」
女神像の前で、そんな話をしていると、参拝を終えた信者が振り返り、二度見してきた。
一人二人ではなく、ほぼ全員が二度見してくる。
「何だろう、茜ちゃん、何か目立ってるよ?」
「あー、ほら、これですよ。女神様の色」
茜は自分の髪の毛を摘まんでぷらぷらさせた。
「そっか、神殿で女神様の色の二人組とか、目立つわけだね」
「この注目度、今なら天下を取れる気がします!」
「……何の天下よ」
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