37.王都へ
傭兵組合の掲示板に新しい依頼が張り出された。
だが、その依頼を理解できる者がいなかった。
『王都にて、なめこの味噌汁、出汁巻き玉子、焼き鮭、豚肉の生姜焼きの作り方、ご飯の炊き方を指定したシェフにレクチャー。500。』
また、なぜ王都の依頼がミストの町の傭兵組合に張り出されたのかも謎だった。
そして、その依頼が張り出された翌日、美咲が意気揚々とその依頼を剥がし、契約窓口に持ち込んだ。
「これ、受けます」
「ミサキさん?」
慌てて依頼内容に目を通すシェリー。
戦闘の依頼ではない。
食べ物の作り方を教えるだけだ。食堂の店主と傭兵を兼任する美咲には妥当な依頼である。が。
「ちょ、ミサキさん、これ、王都での依頼ですよ?」
「え、何か問題?」
「王都に引っ越すんですか?」
「や、依頼受けるだけだから。ここに書いてあるの、日本の郷土料理なんで」
「どれ位、王都に?」
「んー、観光もしたいから、10日くらいかな」
その答えを聞いてシェリーは、ほっと溜息を吐いた。
なお、美咲の日程には移動時間は含まれていない。
ミストの町から王都までの距離は直線距離では25kmほどだが、街道沿いに進むと40km程度になる。
これは、徒歩で丸1日の距離となる。馬車であれば半日程度になるため、実際には11から12日程度の日程となる。
「そうですか。出来るだけ早く戻ってきてくださいね。それで王都まではどうやって?」
「知り合いが馬車を仕立てるって言ってるから、それに乗って行く予定です。と言うか、この依頼もその知り合いが出した物なんですけどね。今まで指名依頼しかやった事がないって言ったら、折角だからって」
内容から実質指名依頼のような物なのだが、普通の依頼を受けた事がないのが密かなコンプレックスだった美咲にとっては、これは丁度良い機会だったのだ。
◇◆◇◆◇
ミストの町には観光名所のような物はない。そのため、美咲は、この世界に来てから観光という物をした事がなかった。
唐突に決まった王都行きではあったが、娯楽に飢えていた美咲に取って、それは楽しみな物となっていた。
結果、現れたのが。
「ねえねえ、茜ちゃん。王都に行くのに何持って行ったら良いかな?」
「いやいや、美咲先輩。王都の私の家に行くだけですから、着替えだけで十分ですよ? 食材はアイテムボックスに沢山ありますしー」
「鎧は着て行った方が良い?」
「普段着で。まあ、鎧でも良いですけど、地竜もいなくなったし道中は安全ですよー。万が一魔物が出たら、インフェルノとアブソリュートゼロの餌食にしてあげましょー」
「バナナは」
「おやつに含みませんし、おやつは無制限でーす」
異世界にやってきて、初めての旅行らしい旅行に舞い上がり気味の美咲を、茜が軽くいなすという珍しい光景だった。
なお、茜は商業組合に暫く不在となる為、その間は甘味の提供を停止する旨を通達済みである。そういう点では茜は美咲よりもしっかりしているのかもしれない。
翌早朝、小川と広瀬の出立を見送ってから、美咲達は茜が仕立てた馬車で王都への旅路についた。
初めて乗る箱馬車に上がりまくった美咲のテンションは、出発から30分程でダダ下がりに下がっていた。
「……お尻痛い」
「そーゆーものですよー。テンプレですねー」
「……地竜退治の時の荷馬車の方が楽だったかも」
「のんびり走ってたんでしょうね。今回はそれなりにとばしてますからねー」
事実、地竜戦の時は、地竜からの離脱時を除き、徒歩より多少早い時速6km程度が平均速度だった。それに、壁のない荷馬車は視界が良く、予め段差を予測しながら体重移動が出来ていたが、箱馬車では振動が突然やってくるのだ。更に言えば美咲の心構えからして違っていた。単純に比べられるものではない。
なお、とばしていると言っても、平均時速にして精々12km程度である。ママチャリでのんびり走る程度の速度が、この世界に於ける箱馬車の限界なのである。
「美咲先輩、クッションになるような物、出せないんですか?」
「クッションは買った事ないんだよね……いっそ、袋か何かに、アレ、思いっきり詰め込んでみようか?」
「へ? あれってアレですか? いやいや、確かに座布団って言いますし、綿ですけどねー。女子としてどうなんでしょーか、それは」
「本物の座布団だって、綿詰めてるわけだし」
「……おじさんやおにーさんに見られても良いって言うなら止めませんけど」
「う、それは恥ずかしいか。袋にバスタオルでも詰め込んでクッション代わりにしようかな」
馬鹿な事を言いつつ、馬車は王都に向かう。
昼休憩は、草原に停車。
昼食は美咲が呼び出したコンビニのサンドイッチと菓子パンを二人で分けて食べる。飲み物は紙パックの紅茶だ。
茜はスイーツも、と言い掛けるが、お腹の肉を抓んで項垂れ、口を噤む。
「午後は、バスタオルクッションで多少は楽に行けるかな」
「美咲先輩、私にもお願いしまーす」
バスタオルクッションを椅子に敷き詰め、馬車に乗る。
午前中、振動で痛めつけられたお尻は痛む物の、かなり楽に座っていられる。
「所で茜ちゃんのお家ってどれくらいの大きさなの?」
「んー、客室だけで10を越えますね。正直、あんな大きいのいらなかったんですよー。だけど、成功者はそれに見合った生活をするのが義務だとか言われて仕方なく。使用人だって、10人位いますよー」
「言われたって、誰に?」
小川さんか広瀬さんだろうか、と美咲は首を傾げる。
「なんとか伯爵って言ってましたねー。で、商業組合からも色んな物件を紹介されて、最後は面倒になって適当に決めたんですよ」
「伯爵って貴族ってやつだよね。正直、伯爵と男爵のどっちが偉いのかも知らないんだけど」
「あー、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵とか言っても、興味なければ覚えられませんよねー」
「うん。覚える気ないしね」
そうこうする内に日が傾き始めてくる。
ガタン、ガラガラガラ、という音に、茜が反応する。
「あ、橋を渡ってますね。もうすぐ王都ですねー」
馭者側に付いている小窓を開けて、茜が馭者に橋を渡り切ったら止めるように指示を出す。
「ここで休憩?」
「そーです。ここからだと王都が良く見えるのでちょっと見物です」
馬車が停車し、2人は馬車から降りる。
王都は大きな丘を中心とした3枚の壁と、内側の建物から構成される。
一番内側に王城があり、城壁が城を囲んでいる。その外側は貴族の居住地でそれを内壁が囲む。その外が平民の住むエリアでそこを外壁が囲んでいる。
中心の丘を内壁が囲み、平地部分に平民の居住区があるため、遠くから見ると、中心の王城と、城壁、その外側の貴族のお屋敷が見て取れる。夕日に照らされる建物はオレンジ色に染まり、建物の影が複雑な陰影を刻みながら長く伸びる。
平民の居住区では煮炊きする水蒸気が低くたなびき、夕日で輝いている。
「美咲先輩にこれを見せたかったんですよー。晴れてて良かったです」
「綺麗な町だねぇ」
「はい!」
◇◆◇◆◇
馬車で王都に入る場合、門で車内に不審者がいないかを確認される。
徒歩であれば、怪しいと判断されなければスルーされる。
「簡単に入れるんだね。ミストの町もそうだったけど」
「私は一応この町では有名人ですしー、美咲先輩は傭兵ですから信用があるんですよー」
「有名人?」
「あー、あのですね、女神様の色の子供が王城に招かれたって話が広まってるんです」
「女神様の色、ねぇ」
黒目に黒髪の人間が転移者以外にいないかと問われれば、他にもいるのだが、とにかく絶対数が少ないのだ。
リバーシで儲けた茜は、王都では良い意味で有名人となっていた。なお、美咲以上に外見が幼い茜は、神童等と呼ばれている。
「あ、そろそろ平民街南区の中央ですねー。各種組合本部とかはこの辺にあるんですよー」
「へぇ、あ、傭兵組合見っけ。建物も大きいねぇ」
言われて窓から外を眺めていた美咲が、見慣れた看板を見つけた。建物の間口だけでもミストの町の傭兵組合の3倍以上はありそうだ。
「本部ですからねー。ちなみに、他の区には支部があったりするんですよー。王都は広いですからねー」
やがて馬車は内壁のそばの大きな屋敷の敷地に入り、馬車寄せの前で停車した。
「美咲先輩、到着です」
タオルのクッションをアイテムボックスに格納し、2人が馬車から降りると、玄関の前で黒服を着た初老の男性が出迎えた。
「お帰りなさいませ、アカネ様。ミサキ様、スズキ家へようこそ」
「セバス、ただいまー。美咲先輩、こちらはセバス。うちの執事です。何かあったらセバスに声を掛けてくださいねー」
「うん。リアル執事初めて見たよ。所で何で私の名前を?」
美咲は首を傾げた。
「おじさん達は馬で帰ったじゃないですか、先に美咲先輩が来る事を伝えて貰ったんですよー。寝室の準備とかもありますからねー」
「あー、なるほど」
玄関から入ると広いホール。天井にはシャンデリアがぶら下がっている。
「立派なお家だねぇ」
「ほんと無駄に広いんですよねー。セバス、美咲先輩をお部屋にご案内してねー」
「畏まりました。ミサキ様、どうぞこちらへ」
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