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36.インフェルノとアブソリュート・ゼロ

「魔法史に名前? どういう事だい?」


あまりに唐突な茜の言葉に首を傾げる小川。

それもその筈。王都では多くの魔法使いが魔法史に名を刻む事を望み、それが出来ぬままに終わっていくのだ。

残してみませんかと言われて簡単に残せるような物ではない。


「美咲先輩が凄い魔法を使えるようになったんですー、あ、私もですけど」

「それはどの辺りが凄いんだい?」

「鉄を溶かす高温とー、鉄が砕ける低温の魔法です。凄いでしょー」


それは王都の魔法協会に身を置き、魔法の研究を行っている小川にしても聞いた事がない魔法だった。


「そりゃ凄い……美咲ちゃん、本当かい?」

「あー、おじさんひどーい! 私の事信じてないー」

「本当ですよ」


そう答えながら、美咲は思い出していた。

多くのSFファンが知っているであろう、かの巨匠が述べた3法則。その第3法則を。

『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』。

魔素をイメージで成形し、励起して魔力に変換し、魔力をイメージで操作する。

魔素や魔力という言葉が胡散臭いだけで、別の何かに置き換えれば魔法という現象を科学で説明出来るのかもしれない。そんな思い付きを小川に話してみる。


「ふむ、それは興味深いね。でも取り敢えずは僕の実験に協力して貰いたいな」


そして、小川の実験が始まった。

質量の異なる物を、何回かに分けて呼び出したり、物や人を鑑定したりと、美咲や茜にとっては日常的に行っている事を、魔素の変化という観点で小川が確認するだけなので、実験と言われて少し緊張していた2人は肩透かしを食らったような表情だった。


「なるほどね。美咲ちゃんのスキルはやっぱり魔素が大きく動くね。しかも重たい物ほど周辺魔素の動きが顕著だ。茜ちゃんも周囲の魔素を使っているけど、こっちは極僅かだね」

「どういう事でしょうか?」


言われるがままに呼び出しまくった物をアイテムボックスに格納しつつ、美咲は首を傾げる。


「確証はないけど、美咲ちゃんが、毎日色々な物を出来るだけ沢山呼び出せば、魔素が循環するかもしれないって事」

「毎日寝る前に、大量の米とかお酒とか呼びましょうか?」

「うん、取り敢えず、物は何でも良いから、沢山呼んでもらえると助かるかな。あ、ついでに僕達の食が豊かになる物だと一石二鳥だね」


と、それまで黙って見ていた広瀬が挙手した。


「小川さん、質問っす」

「なんだい? 広瀬君」

「ミストの町で美咲が頑張ったとして、他の町はどうなるんですか?」


美咲は一人しかいない。

魔物の増加が各地で発生するような状況を、美咲一人で防ぐ事が可能なのだろうか。そんな疑問を小川にぶつける広瀬。


「どうなるんだろうね? 正直分からないよ。女神様の言った、魔素の循環の意味する所が分からないからね。だけど、後から呼ばれた美咲ちゃんが鍵だと思うんだ」

「とにかく試してみるしかないって事っすか」

「その通りだよ。さて、それじゃ茜ちゃん、さっきの鉄を溶かす魔法について教えて貰えるかな?」

「はい、喜んでー」


 ◇◆◇◆◇


フェルに断りを入れ、ミストの町の魔法協会の実験場を借りる許可を得た美咲達は、鉄の的が並ぶ実験場に足を運んだ。


「ミストの町の魔法協会の実験場はシンプルですね」

「おじさん、王都と比べちゃ駄目だと思うよー。さて、それじゃ、美咲先輩お願いしまーす」

「あー。あ、そうそう、茜ちゃんの呪文の方が恰好良いから茜ちゃん、やってよ」

「えへへー、そうですかー? それじゃ、インフェルノ、行きますね」


いつの間にか魔法に名前が付いていた。


「おう、気を付けるんだぞ、茜」

「はーい、えっと、万物を構成せし極小なる物達よ、我が呼び掛けに応え、天狼星が如き獄炎を現出し、槍となりてあの的を貫け!」


青白い炎の槍が鉄の的を吹き飛ばす。


「天狼星か、シリウスだね」

「炎も青白かったし、かなりの高温だったみたいっすね」


小川と広瀬は吹き飛ばされた的のそばまで行き、的を観察する。

的は半分近くが溶け落ち、まだ高熱で赤く染まっていた。


「溶解して、まだ真っ赤だね。確かに直撃した部分は鉄が溶けてるよ」

「そうっすね。こんな魔法、魔導部隊でも見た事ないっすよ」

「うん、それは当然だね。この世界の火魔法は、薪が燃える程度の温度を基準にしているからね。熱した鉄だって白っぽいオレンジ以上にはならないだろうしね」

「俺達でも使えるんすかね?」

「科学の知識があるからね、出来ると思うよ。熱振動を呪文で表現していたようだから、色々と応用が出来そうだね」

「はいはーい! 次はアブソリュート・ゼロ行きまーす」


こちらもいつの間にか名前を付けていたらしい。


「絶対零度か、応用編だね」

「万物を構成せし極小なる物よ! 我が命によりその運動を停止せしめ、絶対なる氷結を槍と為し、あの的を貫け!」


氷の槍が的に当たり、的が一瞬で白く染まる。今日は湿度が高いのか、的に氷柱のような物もぶら下がっている。

そして、澄んだ音と共に的は砕け散った。


「おにーさんも見ましたかー?」

「おう、見た見た。茜、スゲーな」

「へっへー、それほどでもー。じゃ、おじさん、後は任せますねー」

「任せるって何を?」

「魔法協会にレポートですよー。おじさんの発見って事にして魔法史に名前を残してくださいねー」

「んー、わかったよ、取り敢えず研究は進めておく」


 ◇◆◇◆◇


カレールー、パスタ、塩ラーメン、カップスープ。加えてソースなどの調味料、これらがミサキ食堂で毎日消費される食料である。基本はこれらを、余裕をもって、それぞれ30食分呼び出す。

次に、茜が商業組合に卸すための甘味類を呼び出す。

更に、小川達が王都に帰るまでは、毎日米と酒とビールを魔素が許す限り呼ぶ。

最後に、軽い物として、豆腐や乾物等を呼び、美咲は力尽きて2階の自室に這う様に戻り、眠りにつく。

出された物は、小川達が自分のアイテムボックスに格納し、ミサキ食堂の一日は終わる。

美咲の魔素は一晩で回復するが、ミサキ食堂には魔素の空隙が残る。

その空隙を埋めるように周辺の魔素がゆっくりとミサキ食堂に流れ込む。

もしも小川が上空から魔素の流れを見る事が出来れば、それはまるで台風の様に見えた事だろう。


 ◇◆◇◆◇


そんなある朝、美咲がみんなの分の朝食を用意していると。


「あ、広瀬さん、おはようございます。早いですね」

「美咲か、おふぁよう」


あくびを噛み殺しながら、広瀬が2階から降りて来た。


「……あー、昨日はなんか、凄くよく眠れてね。何か手伝おうか?」

「あ、それじゃお皿を並べてください」


食堂では使わない、美咲が呼び出した陶器が並んだ棚を見ながら美咲はそう言った。

木の食器は使い勝手が悪いため、お茶碗、小皿などは陶器の食器を呼び出して並べているのだ。

残念ながら、大皿は買った経験がなかったので、それだけは木のままだったが。


「ああ、これな。しかし、便利だよなぁ。美咲のスキル」

「茜ちゃんと同じ事言ってますよ。まあ、便利なのは否定しませんけど」


今朝のメニューはウィンナーとキャベツを茹でた物と玉子焼き。それになめこの味噌汁だ。

ご飯は鍋でそろそろ炊ける頃合いだ。キッチンタイマーの残り時間は5分。


「……なめこ汁かぁ。美咲、王都に来ない? 本当、こんなの食べちゃうと王都の食事が辛くて」

「何ならリバーシ屋敷のシェフに料理を教えに行きましょうか?」

「……まじで? すっげー嬉しい……ところで、茜、そんな所でどうした?」


階段から様子を窺っていた茜がつまらなそうな表情で姿を現した。


「んー、プロポーズの邪魔をしちゃ悪いと思ったんですけどねー」

「プロポーズだ?」


呆れた表情の広瀬に、茜は思いっきり低い声で。


「『美咲、俺と一緒に王都に来てくれ! 毎日君の味噌汁が飲みたいんだ』『行きます』『すっげー嬉しい』って」


等と口走る。


「言ってねーよ!」

「そうだよ、茜ちゃん。大体私はまだ高校生なんだし」

「そこは美咲先輩、愛があれば年の差なんてー」


確かに美咲が王都に来てくれればと言ったが、そういう意味じゃねー。と呟く広瀬だったが、きゃらきゃらと笑う茜と美咲に、諦めたように肩を竦める。


「今朝は賑やかだね……んー、やっぱり朝食の匂いはこうでなくちゃね」

「おじさん、おにーさんが美咲先輩にプロポーズを!」

「おやおや」

「茜! デマを流すな!」

「そろそろご飯炊けるからねー」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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