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35.美咲の魔法の裏側

転移者の中で最も古株なのは広瀬である。

広瀬は対魔物部隊で魔法について学んだため、その魔法のイメージはこの世界の騎士職の物が基準となっている。

次に転移した小川は、魔法協会で魔法を学んだため、イメージは魔法使いの標準的な物が基準である

その2人に魔法を教わった茜にしても同様で、2人の良い所を基準としていた。

3人とも、決まった呪文を唱えれば、決まった結果が得られるという現象にファンタジーな文物で慣れていたため、そうした結果に疑問を持たなかったのだ。

さて、そこで美咲である。

美咲の基準はフェルだった。従って、フェルの魔法を再現するのが普通という物なのだが、美咲は魔法が使えるようになるまでに、色々と考える時間があった。

その時間で、魔法の分析をした。ついつい暇な時間に分析してしまった。


どうして魔法は的に当たるのか。美咲の魔素のラインが登場するまでは、そんな導火線の様な物は存在しなかったのだから、魔素は関係ない。手が動いてなかったのだから投擲でもない。

それに温度を決定付ける要素も不明だった。呪文一つで炎になったり氷になったりするが、どういう理屈なのか。

また、形状も謎だった。フェルに見せて貰ったのは槍、礫、小さな矢の3種類だったが、これも呪文一つで形状が変化していた。

そして、思い出した。


「魔力は呪文や思考で制御できるよ」


と言ったフェルの言葉を。

これは、声に出して呪文を唱えたり、声に出さずに呪文を脳裏で唱える事で制御できるという、思念詠唱の事を指していたのだが、ファンタジーに不慣れな美咲は思った。


(要はイメージが大事って事だね)


しかし、魔法が使えなかった美咲はそれを検証する事も出来ず、出来る、と強く思い込んだ。

結果、やってみたら出来てしまった。

それを見て、この世界の常識に疎い茜も思った。


(あ、出来るんだー)


そして出来てしまった。

呪文を変えなければ、或いは失敗していたかもしれないが、事象に即した呪文を唱えれば、それに見合った魔法が発動するというファンタジーの常識が茜の中にあったため、また、シリウスはとっても熱い、絶対零度はとっても冷たいという微妙に残念な科学知識があったため、魔法は成功してしまった。

フェルに科学知識があれば、同様に成功したかもしれないが、残念ながら、フェルにはそうした概念がなかったため、魔法は通常の炎槍として発動した。

それが、この件の真相であった。


 ◇◆◇◆◇


蒸発した的と、溶解し吹き飛んだ的、それに砕け散った的が2つ。

それらを見てフェルは深い溜息を吐いた。


「はぁー……ミサキ、前に冗談で言った事なんだけど、改めて言うわ。あなた、魔法協会に入らない?」

「なんでまた? ミサキ食堂は食堂だよ?」

「知ってるわよ! あんた、自分がどれだけの事をしたか分かってないでしょ?」

「どれだけって……どれだけ?」

「魔法史に名前が残りかねない位に無茶な事をやったの!」


炎と氷、その2種類の魔法で、従来ではあり得ない程の威力を示したのだ。

これは、炎と氷の両大系に実用的な新魔法を追加したという事で、これだけの功績は過去数十年を遡った程度では見当たらないと言う代物であった。


「美咲先輩、ずるいです! 私にはテンプレする時は予め言ってねって言ったのに!」

「アカネ、あんたも! 二人とも、あり得ない事をやったって自覚はないの?」

「ないけど?」

「ないでーす」


2人の答えを聞いて、フェルのこめかみに青筋が浮いた。

エルフでも青筋浮くんだなぁ、とぼんやり考えている美咲達に、フェルは怒鳴り付けた。


「あんた達は! 魔法協会に、さっきの魔法の理論をきっちり文章で登録したら、歴史に名前が残るって言っているの! すっごい名誉なんだからね! 王宮に呼ばれちゃうくらいの!」

「や、名誉とかフェルに上げるからフェルが出しといてよ」


そもそも完璧に手遅れではあるが、美咲は目立ちたくないのだ。

茜にしてもリバーシの流行で、一度王宮に招待された事があった。


「私も、そーゆーのは間に合ってまーす」

「あーもー! 私が魔法を再現できないから2人に言ってんでしょうが!」


そう叫ぶフェルを見て、そうか、地団駄を踏むってこういうのか、と美咲は見当外れな感想を抱いた。


「そうだ、小川さんなら出来るかな?」

「そうですね。おじさん、確か魔法協会の人だし、シリウスや絶対零度の事くらいは知ってるだろうから、出来るんじゃないでしょーか? 王都なら王宮に行くのも楽でしょーし」

「じゃあ、今度来たら魔法を教えて歴史に名前を残して貰おうね」

「あんた達……それで良いんだ……」


 ◇◆◇◆◇


ミサキ食堂に裏メニューのような物が出来た。

主にフェルのゴリ押しで。

メニューは甘味。閉店後、美咲か茜が居さえすれば30ラタグでケーキやプリンが食べられるという物だ。

原因は商業組合だった。

商業組合に茜が卸した甘味であるが、ほんの一時期ミストの町に流通したものの、すぐに目敏い商人に嗅ぎ付けられ、甘味は商業組合に有利な商談を持ち込んだ者にだけ供される代物となってしまったのだ。

卸した後の流通まで契約で縛らなかった茜の痛恨のミスである。次回の契約更新では、ミストの町で一般の店舗に流通しないようなら更新を行わないと息巻いているが、ミストの町の代官も兼任するような海千山千のビリーに勝てるのかは謎である。

それはさておき。


「んー、これこれ、ニホンって凄い国だよねー」

「これぞ正しい日本の食無双のテンプレですねー」

「茜ちゃん、だから分からないって」


今日も今日とて、フェルはプリンを食べに来ていた。


「あのさ、フェル。甘味は食べ過ぎると太るんだからね」

「良い事じゃない。多少豊満な位が豊穣の恵み、女性の魅力ってもんよ?」


瘦身こそ美と考える男性諸氏に是非とも聞かせたい台詞を宣いつつ、フェルはプリンを口に運んだ。


「んー、美味しい……美味しいは正義って魔法協会の初代協会長が言った有名な台詞なんだよ」

「まあ、不味いが悪だとは認めるけどね。フェル、甘い物は特に太りやすいんだから気を付けてよね」

「美咲先輩、無粋です。甘味は正義ですよー」

「茜ちゃん、気付いている? 最近丸くなってきてるよ、物理的に」

「……美咲先輩、体重計って出せます?」

「……無理。父が買ってきたから」


残念ながら美咲が買った事がない物は出せないのだ。

この時ばかりは、メタボリックを気にして高性能な体重計を買ってきた父を恨まざるを得ない。


「ミサキー。モンブラン頂戴」

「だから太るよ。フェルが丸くなっても補償なんかしないんだからね!」


丸いエルフを見てみたくもあるが、付き合いのあるフェルが丸くなるのは良心が咎める美咲であった。

甘味という魔力に捉われたフェルは、ほぼ隔日ペースで甘味を求めてミサキ食堂に訪れている。それ以外は露天商という動きの少ない仕事では太るのは目に見えている。


「フェル、今度から、甘味は5日に1回! これはフェルの事を思って言ってるんだからね」


 ◇◆◇◆◇


美咲達が、微妙に普通とは言えなさそうな日常を送っている時、彼等は訪れた。

つまり。


「美咲ちゃん、茜ちゃん、また来たよ」

「元気だったか? 美咲に茜」

「おじさん、おにーさん、またお休みですか? もしかして暇なんですか?」


小川と広瀬であった。

2人は魔物急増の調査後の休暇を利用し、馬を駆ってある確認の為にミストの町に訪れていた。


「あ、いらっしゃい。上の部屋は空いてますよ?」

「助かるよ。それと茜ちゃん、一応扱いは休みだけど、僕としては仕事のつもりで来ているんだ」

「おじさんの言う事は難しくて分かりにくいですよー」

「あはは、そっか。ところで2人にお願いがあるんだけど、実験に付き合ってくれないかい?」

「実験ですかー?」

「ああ、茜ちゃんには『鑑定』を、美咲ちゃんには『お買物』を、それぞれ指定した条件で使って欲しいんだ」


小川自身の『賢者』、広瀬の『剣の才能』は、いずれも、『鑑定』や『お買物』とは異なり、複数の効果を発揮するスキルである。

『賢者』は、魔素の感知、操作に優れ、魔力への干渉や、魔法を使う際の威力増大等の効果を発揮する。

『剣の才能』は、剣技を鍛える際に通常の2倍の速度で成長し、身につけた剣技を用いる際にも速度や力に補正が掛かる。

これらの能力は本人の魔素を消費する物である。

なお、これらについては、茜の『鑑定』と、小川自身の調査により判明した事である。

小川、広瀬のスキルと異なり、茜の『鑑定』、美咲の『お買物』はある意味で1つの能力に特化している。

小川は、いずれのスキルも発動時の魔素の動きを観察した事があるが、詳細な状態の変化を観察したわけではない。

魔素の循環という課題に対する答えが、そこにあるのではないかと予測し、少しでも情報を得るためにやって来たのだ。


「おじさん、それはさておき、何だっけ。あ、魔法史に名前を残してみませんかー?」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、ブックマーク登録ありがとうございます。とても励みになります。


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