34.美咲の魔法実技
グランベア以降、魔物の増殖は確認されていない。
増殖が止まったのか、それともどこかでひっそりと増殖しているのかは不明であるが、少なくとも王都と他の町との通商が途切れると言う事態には陥っていない。
そのため、白狼、地竜、グランベアの増殖に関する調査継続は見送られる事となった。
「移動する魔素の淀みにより、魔物の活動が活発化して増殖に繋がった可能性が高い。そして、魔物の活発化と共に魔素が消費され、魔素の淀み自体は悪影響がない程度に縮小した物と推察される……ね。根本から仮定の積み上げで根拠なしですね」
王都のリバーシ屋敷の一室で小川は美咲から貰った日本酒を飲みながら、魔法協会長が出した収束宣言について愚痴を零していた。
付き合わされた形の広瀬は、これもまた美咲に貰ったビールを片手に、相槌を打つ。
「そうっすよね。淀み発生の原因が不明のままじゃ、いつまた再現してもおかしくないっすよね」
「そうだね。次の発生個所は、もしかしたら王都の近郊かもしれない。対魔物部隊として広瀬君は十分に気を付けてね」
「うっす」
「……女神様の神託、もう少し具体的な循環方法があれば良かったのにね」
「魔素の循環っすね。魔法でも使いまくれば良いんですかね?」
「それが分からないんだよね。女神様にお伺いを立てたいよ、ほんと」
◇◆◇◆◇
王都でそんな会話がされていたある日の午後、広場のフェルの露店で、美咲はフェルに相談を持ち掛けていた。
「ミサキの収納魔法がおかしい? 魔法を使えるようになったばかりの頃は、私もおかしく感じた物だけど?」
「でもね、普通の収納魔法にしては色々変なんだよね」
「具体的には?」
フェルの問い掛けに対し、美咲は収納魔法を使って薬缶を取り出した。
「変わった形のポットね」
「気を付けてね、熱湯だから」
「いつ沸かしたの?」
「昨日」
フェルは薬缶に触れ、慌てて指を引っ込めた。
「本当に熱湯みたいね。なんで?」
「それを聞きたかったんだけど……普通は冷める物なんでしょ?」
「そりゃ、別の空間にしまうだけの魔法だからね」
「別の空間? あ、そこが違ったんだ」
それで美咲は納得してしまった。そのため、収納魔法について、それ以上フェルに質問をする事がなかった。
この世界の収納魔法は、魔法で別の空間を広げて利用する物だった。対して美咲がイメージしたのは、時空間連続体の1コマの一部を切り取り利用する物だった。時空間連続体の1コマの中では時間は経過しない。また、自分で空間を作り出さないため、その分、広い空間を切り取る事が出来ていた。
時間経過のないアイテムボックスを持っている美咲に取ってはメリットはあまりない為、美咲本人は大した事はないと思っているが、この世界の魔法技術からしたら、すさまじい技術革新である。
「他の魔法は普通なの?」
「うん……や、温度がちょっと異常かな」
「温度?」
「たまに鉄を溶かすよ?」
この世界の魔法では鉄が溶けるような温度は出ない。
大半の魔法使いにとって、薪が燃える炎がイメージの根幹なのだから当然である。
その為、壊れて欲しくない魔法の的は鉄で出来ている事が多い。
「冗談でしょ?」
「まじめな話だけど?」
「まあ、ミサキがそんな冗談を言うとは思ってはいないけどさ。明日の午後にでもちょっと町の外で試してみる?」
「いいの?」
「鉄をも溶かす火魔法にはちょっと興味あるしね」
◇◆◇◆◇
翌日の午後、フェルと美咲、観客として茜が町の外に出た。
街道から少し離れた所にある草原に数本の金属製の的が立てられているそこは、魔法協会の実験場だという。
「炎よ、槍となりあの的を貫け!」
フェルの魔法が金属の的に当たり、弾けて消えた。
「次はミサキ、やってみて、出来るだけ普通に」
「うん。炎よ、槍となりあの的を貫け!」
美咲の魔法もフェルの物と同様に弾けて消える。
「うん、次は鉄をも溶かすってので」
「いいの?」
「的を弁償してくれればね」
「うん。炎よ、槍となりあの的を貫け!」
呪文は同じだった。
だが、炎の色が青白かった。
美咲の魔法が金属の的に当たり、的が消えた。
「……あー、何か、うん。分かっていたけど、言葉を失うね。的が蒸発したよ……どんなイメージしたの?」
「言葉だけで言うと原子の振幅を大きくして、シリウスの温度の炎よ出て来いってイメージ」
「ちょっと……まったく意味が分からないけど、現実に的が蒸発してるんだよねぇ」
「美咲先輩、そこは、万物を構成せし極小なる物達よ、我が呼び掛けに応え、天狼星が如き獄炎を現出せよ。とか言うと格好良いですよー」
「茜ちゃん、中2だったっけ?」
「はい!」
「じゃ、仕方ないね」
フェルは蒸発した的の近くまで寄ってみるが、まだ熱が籠っているようでそれ以上近付けず、落ちていた棒切れで残った部分を突いた、と同時に棒が燃えだした。
「うん。確かに滅茶苦茶な熱さの炎だね。これなら、白狼の表面で弾けたとしても、白狼は蒸し焼きになるかもね」
「どゆこと?」
「ミサキ一人で白狼退治出来ちゃうって事かな」
「美咲先輩、チート魔法ずるいです!」
「茜ちゃんだって日本人なんだから出来るでしょ? 天狼星なんて知ってるくらいなんだし。それとチートとズル、被ってるよ」
「ええと、歴史は苦手なんですよー」
「歴史関係ないし!」
頭を抱える茜に突っ込む美咲。
「アカネも同じ魔法使えるの?」
「前に試した時は普通のしか使えなかったんですけどねー。試しても良いですか?」
「どうぞ」
「えっと、万物を構成せし極小なる物達よ、我が呼び掛けに応え、天狼星が如き獄炎を現出し、槍となりてあの的を貫け!」
「必要なの? その呪文」
フェルの突っ込みをスルーするように青白い炎が金属の的を吹き飛ばした。
「出来たー! 美咲先輩見てました?」
「見てた見てた。私よりチート魔法じゃない?」
「それほどでもー」
アカネの吹き飛ばした的を確認するフェル。的は一部が融解し、原形を留めていなかったが、美咲の時の様に蒸発はしていなかった。
「速度はミサキを上回ってたね。だけど、温度はミサキの方が上かな。どちらが強いとは比較しにくいね……私もアカネの呪文、試しても良い?」
「はい、どうぞー」
「……万物を構成せし極小なる物達よ、我が呼び掛けに応え、テンロウセイが如き獄炎を現出し、槍となりてあの的を貫け!」
出てきたのはオレンジ色の普通の炎槍だった。炎槍は的の表面で弾けて消えた。
「大事なのは呪文じゃなくイメージなのかな? ニホン人のイメージ力って凄いね」
「あー、やっぱりイメージで変わるんだ……フェル、もう一つ良い?」
「何?」
「冷たい方も見て貰える?」
「氷槍とか? どうぞ」
「ありがと。氷よ、槍となりあの的を貫け!」
氷の槍が的に当たり、弾ける。的は一瞬で真っ白い霜に覆われた。
「普通のだね?」
「ううん……聞こえない?」
パキッと何かが弾けるような音が何回も聞こえる。
「ん、何の音?」
そして、パキンッ! という音と共に的は砕け散った。
「破片とかに触らないでね、指が凍っちゃうかもだから」
「どういうイメージで?」
「原子の振幅を極限まで小さくして、絶対零度の氷よ出て来いって」
「うん、分からないって分かってたけど、やっぱり分からない」
そう呟き、うずうずしている茜に向かい、一つ頷くフェル。
「万物を構成せし極小なる物よ! 我が命によりその運動を停止せしめ、絶対なる氷結を槍と為し、あの的を貫け!」
「アカネはどうして呪文を変えたがるの?」
「エルフにはないの? 中二病……若い内に掛かる根拠のない万能感の病気」
「あー、うん……なくはないかな」
「……あるんだ」
パキンッ!
そして的は砕け散った。
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