33.茜の商談
グランベアが急増したのは地竜同様、街道沿いでこちらは森ではなく山の中だった。
地竜のように炎を吐いたりはしないが、単純に強い力と、大きさに見合わぬ素早さは、対抗手段を持たない一般人にとっては脅威以外の何物でもなかった。
幸い早い時期に発見され、対魔物部隊により各個に駆除されたが、発見と通報が遅れていた場合、大きな被害が出た事は間違いない。
その山の中を魔法協会と対魔物部隊による調査チームが探索しているが、他の所同様、目立った傾向を発見できずにいた。
そんな中、小川は女神様からの神託について、広瀬と話をしていた。
「神託の内容は覚えているかい?」
「ええと、確か、この世の魔素が停滞を始めています、魔素を循環させ、淀みを正してください。でしたっけ」
「そうだね。3人が3人とも同じ夢を見た。それ以来、いらない物をアイテムボックスに入れては削除をしてきたけど、それじゃ駄目だったんだろうね」
小川は石ころを拾い、アイテムボックスにしまって削除を押した。
広瀬には感じられないが、僅かな魔素が周囲に散っていった。
「どうして駄目だと思うんすか?」
「美咲ちゃんだよ。神託の後、新たに彼女が呼ばれたって事は、僕達だけでは足りないって事じゃないかい?」
「なるほど」
「そして彼女が呼ばれたのは最初に魔物が急増した白の樹海だった。危機的な状況の場所に美咲ちゃんは転移させられたんじゃないかな」
「でも、白狼は急増したっすよね」
「間に合わなかったんだと思うんだ。美咲ちゃんの『お買物』ってスキルはね、使うと美咲ちゃん自身のだけじゃなく、周囲の魔素も吸収するんだ。更に出てきた物は最初は魔素を持っていないんだよ。時間経過で魔素を吸収して普通の物と同じ程度の魔素量に落ち着くんだけどね。大量に物を出さなければ効果は薄いんだろうね」
「……俺達、そんなの食ってたんすか」
「大丈夫、毒じゃないからね。美味しいは正義だよ。それはともかく、美咲ちゃんのスキルは周囲の魔素を吸収して物体に変換する物なんだ。周辺魔素の消費こそが魔素の循環に必要な操作だったのかもしれないね」
◇◆◇◆◇
喫茶店のオーナーに話を付けるために必要な物資として、サンプルを用意する事になった。
まずは、ケーキに不慣れなこの世界の人でも扱えるようにと選んだ、シュークリーム、フルーツタルト、モンブランの3種類と容器に入った状態のプリンをそれぞれ3つ。
美咲に準備して貰ったそれらをアイテムボックスに格納し、茜は喫茶店に向かった。
「あ、フェルさんお待たせですー」
「ああ、アカネ。丁度良かった、今、話をしてたんだ」
喫茶店に入ると、中は閑散としていた。フェルの前にはエプロンを付けた栗色の髪の女性が物憂げな表情でカウンターの椅子に座っていた。
「あなたがアカネね。私は店長のリズ、宜しくね。フェルから聞きましたけど、お茶に合う甘味があるのですって?」
「はい、カウンターの上に並べますねー」
シュークリーム、フルーツタルト、モンブラン、プリンをアイテムボックスから取り出してカウンターの上に並べる。
「この容器に入っているの以外は、日替わりで毎日30個まで提供できます。容器に入っているのは毎日15個。あ、使い終わったら容器は返してくださいねー」
「パイみたいな物以外は初めて見る物ばかりですわ」
「とりあえず、味見してくださいねー」
「食べ方が分からないわ。教えて下さるかしら?」
「こちらのプリン以外は、ナイフやフォークで適当に切り分けて食べてください。プリンはスプーンですねー」
リズはモンブランをフォークで切り分け、一口、口にした。その表情が目まぐるしく変化する。
「これ、砂糖を使ってますわね。それも沢山……これ、一つお幾らになるのかしら?」
「どれも30ラタグですねー」
「とても美味しいし、お値段も限界までお安くして貰っているのでしょうね。でも、これを出してしまうと、お茶ではなく、これを目当てにお客様が来るようになってしまいますわね……残念ですけど、当店では扱えませんわ」
「うー、そうですかー」
「でも……これが食べられるお店があったら通いたいですわね」
◇◆◇◆◇
喫茶店からの帰り道。
茜は失敗の原因を自分なりに分析していた。
(プライドを持ってお茶を淹れているって事だよねー。素敵だなー)
だが、それで断られていたのでは話にならない。
(他の食堂に卸すとかだとコネがないしなー……あ、そか、商業組合)
商業組合であれば、売れる商品を断る事などあり得ない。
(売れる……今度こそ売れる……)
◇◆◇◆◇
茜が商業組合のドアを開けると、マギーが駆け寄ってきた。
「アカネさん、どうかされましたか?」
「見て貰いたい物があるんですよー、お茶とお皿とフォークとスプーンを用意して貰えませんかー?」
「あ、はい。ちょっと組合長に確認してきますので、応接室でお待ちください」
「はーい」
待つ事暫し、応接室にビリーがやって来た。
「どうも、初めましてアカネさん。商業組合長のビリーです。何かお見せいただけるとか?」
「ども、初めまして、茜です。えと、日本のお菓子です。まずはこちらをご賞味くださいー」
マギーが用意した皿の上に、喫茶店で出し損ねた2セット分のケーキ類を並べフォークを添える。プリンはスプーンを添え、ビリーとマギーの前に並べる。
「ほう、ミサキさんとアカネさんが同郷と言うのは事実でしたか」
「ええ、で、これは私がお願いして美咲先輩に作って貰った甘味なんですよー」
2人は、フルーツタルトを口にすると、サクサクと食べきってしまう。
次いで、暫く悩んだ末、シュークリーム、モンブラン、プリンと試食を続けて行く。
「……正直、ミサキ食堂のカレーパスタで驚き尽くしたと思っていましたが、甘味も優れたお国ですな、ニホンとは。それで、これらの商品をどのようにお売り頂けるのでしょう?」
よし。と、拳を握りしめる茜。
どうやら茜の琴線に触れるような台詞があったらしい。
「こちらのプリンを毎日15個。あ、器は返却して下さいねー。それ以外のケーキを日替わりで毎日30個。単価30ラタグで商業組合に卸したいと考えていますー」
「レシピは秘密ですか」
「プリンは公開しても構いませんけどー。この単価での再現は無理だと思いますよー」
「……ふむ……日替わりではなく、プリン以外は毎日全種類10個ではどうでしょう?」
「構いませんよー。あ、これら、日持ちしませんから気を付けてくださいねー」
「では契約書を作るとしますか」
こうして、ミストの町に極僅かな数だが日本の甘味が流通し始めるようになった。
◇◆◇◆◇
茜が上機嫌でミサキ食堂に帰宅すると、そこには疲れた表情の美咲がいた。
「美咲先輩、どうしたんですか?」
「んー、魔法がうまく使えなくてね」
「あれ? 前に使えるようになったって言ってましたよね?」
「あ、ごめん、言葉が足りなかった。収納魔法を試そうとしたんだけど、イメージがうまく出来なくてね」
「イメージですか? 収納魔法の?」
茜達はファンタジー小説でそうした物に対する漠然としたイメージがあったし、この世界の者は、他の人が使っているのを見て使えるようになって行くため、美咲の様にイメージに困るという事は発生しなかった。
初期、収納魔法を発明した者は、恐らく美咲の様に苦労をしただろうが、最初に収納魔法を発明した者がどういうイメージを持っていたのかの記録は残っていない。
「空間を切り取って、そこを収納スペースとして固定するだけなんですけどねー」
「空間……時間と空間……切り取る……か」
「分かりにくいですか?」
次元だ空間だという物がやたら出てくる小説を読みまくっていた美咲には、その説明はイメージしやすい物だった。
「大丈夫、だと思う。これで行けるかな? 時空間より1コマを切り取り我が魔素が覆う領域を我が物とせよ……んー? 眠い……」
「眠いって事は発動したんですね。流石、美咲先輩です」
「容量がね、なんか凄いの。何でかな?」
「いやいや、収納魔法は精々1部屋分くらいの物ですって」
「……感覚だけど、町1個分くらい入りそう……ごめん、眠るね」
そのまま美咲は寝落ちした。
「町1個分? どんなイメージをしたの、美咲先輩は」
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