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31.確信犯

王都の魔法協会では、3回目の魔物急増を重く見た会長により呼び出された小川が、事態の説明を受けていた。


「グランベアの急増ですか。それで、今からでも調査を行うと、そういう事ですね」

「ああ、3回目の急増だ、こうなると4回目が発生してもおかしくはない」


協会長は渋い顔をしながら説明をしている。

王都の食料自給率は低い。各町村と王都を結ぶ街道は流通の大動脈であり、今回の事態は王宮でも重く見られ始めていた。

前回、小川がこの事態を重く見て調査をすべしと提示した時点で動いていれば魔法協会の株も上がっただろうに、現状は、魔法協会は後手後手に回る組織というありがたくない評価を貰っている。渋面もやむなしだろう。


「それで、どういう調査を考えられているのですか?」

「発生順に、異常がないかを確認してほしい。白の樹海は少々厄介だが……」

「妥当ですね。魔素の感知が出来る研究員や傭兵を動員してください。魔物の急激な増加となれば魔素が影響している可能性が濃厚でしょうから。それと樹海に入るのであれば対魔物部隊を護衛に付けて頂かないと……」

「うむ。それでは調査計画をまとめて提出してくれ。予算や折衝はこちらで何とかする」


 ◇◆◇◆◇


ミサキ食堂はコンロの魔道具を6口の物に入れ替え、毎日1時間ほどの営業で30食を売り切るようになっていた。

それもこれも、メニューにカレーパスタが登場したのが原因である。

暴力的なまでのカレーの香りに大半の客は抵抗できず、カレーパスタ以外のオーダーが入るのは稀となっていた。

カレーパスタはパスタを茹でてカレーを掛けるだけの簡単仕様なので、調理時間が短く、客の回転も速い。その上、カレーの香りに釣られた客が開店前から列を作るようになり、30食を売り切るまでは客足が途切れる事がないという有様である。


「うちはカレー屋じゃないのに……」


とぼやく美咲であったが、カレーパスタだけでもやって行けるのではないか、と周囲は見ているようだった。

閉店後、皿を洗いながら茜は。


「後は30食の制限を取り払えば、日本の食による無双の完成ですねー」


等と口走っているが、店長である美咲にその気がない。


「今の状態でも忙しくて目が回りそうなのに、茜ちゃんはタフだね」

「何言ってるんですか美咲先輩。やるからには全力ですよー」

「茜ちゃん、実は体育会系だったのね」

「そうですか? おにーさんみたく暑苦しくはないと思いますけどー」

「広瀬さん、暑苦しかったっけ?」

「ちょーよーのじょがどうとかで、うるさいんですよー」

「長幼の序、ね。それは暑苦しいんじゃなく、礼儀正しいって言うんじゃ?」


暑苦しいかは別にして、実のところ広瀬は体育会系である。

対魔物部隊にすんなりと受け入れられた背景には、そうした気質を隊長が気に入ったから、という経緯があったりする。


「ところで美咲先輩、プリンはいつメニューに追加するんですか?」

「あー、この前フェルに食べさせたら、絶対にメニューに追加しろって煩かったよね……いっそレシピ、公開しようか」

「でも、美咲先輩のスキルがないと、お砂糖とか高いから、難しいんじゃないですか?」

「……駄目かぁ」

「結局この世界、どこまで行っても中世ですからねー」


 ◇◆◇◆◇


美咲達がそんな会話を交わしてから10日後、ミストの町に王都の輜重部隊が到着した。

ミストの町で食料を調達し、白の樹海手前の砦まで搬送するのが目的である。

護衛として対魔物部隊の小隊が付いている。

王命で白の樹海調査など、滅多にある事ではない。調査の目的について、白狼による脅威度大の襲撃の原因調査と言われ、ミストの町の代官を兼任している商業組合会長のビリーは首を傾げた。


「襲撃直後ならともかく、今になって、ですか?」

「必要な物資は、王都に送る分から調達せよとの王命である……ここだけの話でお願いします。ミストでは白狼、地竜の増加、他の町でもグランベアが増加したという報告があり、調査が必要との結論に達したのです。白狼の件だけの問題ではないのです」


対魔物部隊は王命による権限で代官に命令が出来るが、同時に彼は単なる小隊長でもあり、平時の立場であれば代官の方が上となる。

波風を立てぬよう、他言無用で事件の背景を説明する小隊長に、ビリーは頷いた。


「なるほど、白の樹海は最初の調査対象と言う事ですか……王命、承りました。王都に送る予定の物資は、今は3番倉庫に蓄積中ですので、そちらからお持ちください」

「ご協力、感謝します」


 ◇◆◇◆◇


その頃、フェルは傭兵組合に呼び出されていた。

いつもの指名依頼だろうとフェルが組合の会議室に入ると、ゴードン組合長だけで、美咲の姿はなかった。


「こんにちは。ミサキはまだみたいですね」

「いや、今回はフェルにだけ指名依頼だ」


ゴードンはそんな事を言いながらフェルの前に羊皮紙を置いた。

それに目を通し、フェルは肩を竦めた。


「町に影響のない話なら、こんな期間不明の依頼はお断りします」


フェルがテーブルに置いた羊皮紙には次のように書かれていた。

『各町の傭兵組合へ、以下に該当する者に指名依頼を発行する。

・魔素感知に優れた者

任務は魔物急増の調査隊のメンバーとして白の樹海から王都近辺の魔素量などの調査。

期間は調査終了まで(未定)。

王都の対魔物部隊が護衛をするので、一定の安全は保証される。

報酬は1日当たり800ラタグ』


「……そうか、分かった」

「報酬は良いんですけどね。期間未定っていうのはちょっと」

「ああ、傭兵組合としても行かないで貰えるとありがたい、フェルとミサキのコンビはうちの最大火力だからな」


 ◇◆◇◆◇


軍事行動としてはあり得ない事だが、先行する輜重部隊を追うように本隊がミストの町の横を通過したのは翌日の事であった。

対魔物部隊の任務は魔法協会の調査チームの護衛兼補給であり、足の遅い輜重部隊を空荷で先行させる事で、出来るだけ移動時間を短縮させようという無茶な計画であった。

その無茶を押してでも、この調査は速やかに行われなければならない。今回の王命にはそれだけの重みがあった。

砦に到着した小川は、広瀬を連れて塀の上から白の樹海を睥睨した。

魔素の分布も感じられる範囲では正常。静かな物である。

暫くそうしていた小川がポツリと零した。


「それにしても困りましたね」

「そうっすね。この調子で魔物の増加が続くようだと、王都の防衛隊を出す事になりかねないっすから」


今回の調査に同行している対魔物部隊は合計3小隊である。

通常であれば王都の守りは残った部隊で十分に賄えるのだが、急増という要素が絡むと安心はしていられない。

小川の「困った」を、王都の防衛力不足と捉えた広瀬はそう返したが、小川は首を振った。


「それもあるんだけどね。増加するポイントが移動しているように見えるのがね……白狼と地竜だけなら樹海近辺の異常の可能性を疑えば良かったけど、ヒノリアの方の街道でグランベア急増だからね」

「原因が移動しているって事っすか」

「そうだね。まだ断言は出来ないけど、原因があるのなら、そうだろうね」

「原因がない可能性もあるって事っすか?」

「そこも含めての調査になるね……女神様の神託、覚えてるかい?」

「魔素の循環っすね」

「ちょっと関係がありそうな感じがね。嫌だなぁ」


 ◇◆◇◆◇


閉店後のミサキ食堂では、美咲と茜の女子会と言う名の餌付けが行われていた。


「美咲先輩、今日はケーキが食べたいでーす」

「ケーキか……クリスマス用のホールケーキと小さいの、どっちが良い?」

「モンブラン、ミルフィーユ、タルトとかなら小さい方で」

「んー、食べた記憶はあるから多分呼べるかな」


ケーキは単独で出てくるのでうまくキャッチして皿に乗せて行く。

何種類かのケーキを呼んでテーブルに並べてみる。


「あー、やっぱり美咲先輩のスキル凄いなー」

「便利ではあるね」


と、食堂の扉がノックされた。


「はーい」


美咲が扉を開けると疲れた表情のフェルがいた。


「ミサキー、魔素が足りないの。ちょっと手伝ってくれる?」

「魔素? うん、いい……」

「フェルさん、これどうぞ」


横から差し出されるフルーツタルト。


「あ、ありがと? ん!」


茜から受け取り、ぱくりと一口食べたフェルの目が大きく見開かれ、そのまま、フルーツタルトをパクパクと食べて行く。

そして。


「ミサキ! 何これニホンのお菓子よねそーだよね! 絶対にメニューに載せてよね! そう言えばプリンはどうなったの!」


捲くし立てるフェルにモンブランを渡して黙らせた美咲は茜に向き直った。


「あー、茜ちゃん」

「何でしょう、美咲先輩」

「確信犯」

「やだな、そんなわけー」

「……あるのね?」

「あ、あははー」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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