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03.樹海からの脱出

白い犬との戦いの後、立ち止まっていても仕方がないと、犬の死骸を後にして、目印の木を淡々と増やす作業に戻る。

左手には新しく呼び出した杖を。

右手に包丁を握っている。

怖くて手放せないのだ。

これは夢……だと美咲は思い込もうとしていたが、あまりに体の反応がリアルに過ぎた。美咲の中の合理性が夢にしては異常だと叫んでいる。

夢だったら目が覚めた時に苦笑いでもすれば良い。

美咲はこれを現実と考えて動くことにした。


前方の様子が変わってきた。

一面、細い木と灌木が増えている。迂回出来るような量ではなさそうだ。

アタックザックを前に抱える様にして藪を抜ける。

少し進むとあっさりと藪を抜けた。そこから先、木はなくなっていた。

地面も枯葉と枯れ木ではなく、普通に土で草が生えている。


「外……樹海の外だ」


空が見える。

樹海の中では分からなかったが、もう夕方らしい。

少し先には踏み固められた道路らしきものがある。それを辿るように視線を左に動かすと直線のシルエットが遠くに見えた。


「……塀、だよね?」


塀目掛けて走り出したいところだが、まだかなりの距離がある。それにここまで歩いたことで美咲の足は限界に近かった。

安堵して力が抜けた事で、思わず座り込みそうになる体を叱咤し、美咲は杖に縋りつくようにしながら塀を目指した。


塀までは思ったよりも距離があったようで、到着前には日が沈んでしまった。

これもまた富士登山で使ったヘッドランプを呼び出し、箱から取り出して電池を入れる。

3段階で明るさ調整が出来る物だが、見えている場所までの移動と割り切り最大光量にする。


痛む足を引きずりながら道を辿る。

もう塀までは50メートルくらいだろうか。

元より見えていた建造物だ、頑張って歩き続けていればいずれは着くという物だ。

塀の上には灯りが点いている。篝火のようなものに見える。

なんで火なんて焚いているのだろう。

そんな事を考えながら歩いていたからか、はたまた疲労の極みにあったからか。


「何者だ! そこで止まれ!」


その誰何の声に正しく反応できず、声の方向を見上げ、数歩歩いてしまった。


結果。

風切り音と足元で弾けるような音。

足元を見ると、地面から矢羽が生えていた。

続いて半鐘を掻き鳴らすような音。

射られたと気付き、その場に尻餅をつく。逃げるだけの体力がなかったのだ。

辛うじて上半身は杖に縋りついてはいるが、それがなければ地面に寝そべっていたかもしれない。


「その灯りはなんだ。消せ!」


そう言えばヘッドランプ点けてたっけ。と、震える手で電源を切る。

塀の上の人は、それを確認し、塀の向こう側に合図を送った。

すぐに塀の一角。大きな門のそばの通用門のような場所から二人の男が出てきた。

兵士なのだろう、揃いの革っぽい鎧を着て、片手に短い槍を持っている。

更に言えば、一人は槍の穂先の上に光の珠を浮かべていた。

近寄ってくる二人を見ながら、美咲は、意識を手放した。


 ◇◆◇◆◇


目が覚めると硬い木のベッドの上だった。

見回すと荒削りの石造りの部屋、窓はなし、ドアは1枚。ドアの向こうに灯りがあるようで、ドアの小さなのぞき穴から光が漏れてきている。

どう見ても現代の建物には見えない。

部屋には美咲一人だった。

服は……多少乱れてはいるけど、乱れは上着だけ。

靴は履いたままだ。

ドアには鍵が掛かっている。監禁されているらしい。

荷物……アタックザックと杖、包丁にヘッドランプはない。

不審者として確保されたのだろう。


「誰かいませんかー!」


大声で人を呼ぶ。

すぐに足音が近づいてきた。


「気付いたか。ケガはなかったようだが、体の具合はどうだ?」


あちこち動かして身体の状態を確認する美咲。腰と足の痛みが結構酷いが、筋肉痛とか靴擦れ程度だろうと判断する。


「ええと、大丈夫そうです」

「そうか。ドアから離れろ」


言われた通り、ドアの反対側の壁まで下がる。

直後、解錠の音が響く。

続いて、きしむドアの音。


「さて。取り敢えず規則だ。取り調べに付き合ってもらうよ。こっちにおいで」


手招きされ、部屋から出る。

どうやら地下牢だった模様。

兵士は見た目20代後半の赤毛の外人さんだった。


「階段を登って。上にも兵はいるけど怖くないからな」


兵……という事は公務員の一種。きっと安全。多分安全。弓矢で射られかけたけど気にしちゃ駄目だ。


「……はあ……」

「まあ、その様子なら大丈夫そうだな…」


取調室……なのだろうか。

そこはどう見ても事務室だった。なお、明り取りの窓があり、そこから差す光を見る限り、夜は明けているようだ。

事務室に見えるそこで、美咲は木の机の前の椅子に座らされた。


「さて。それではまず名前を教えて貰えるかな?」


机を挟んだ対面に椅子を置いた男は、机の上に青い水晶玉を置き、分厚い紙にメモを取り出した。


「……佐藤美咲です……」

「サトーミ……サキ」

「ミサキです」

「……サトー ミサキだな」

「はい、そうです」

「俺はニールだ。この砦の隊長だ……さて、どうしてこんな所に来たんだい?」

「樹海で迷って、野犬に襲われて死にそうになりながら出て来たら塀が見えたので」

「……よく生きてたな」


その言葉に、ひく、と頬を引き攣らせる。


(いや、本当に死ぬかと思いました。で、助かったと思ったら殺されかけましたが。弓矢で)


そう思いはしたが、口に出すのは控えたようだ。


「それで親御さんは?」

「分かりません」

「参ったな。本当に迷子か……着ている服は綺麗だし……」

「……あの、一応これでも16歳なんですけど」

「ん? そうなのか? すまんな、その、なんだ……あー、女性の年齢はよく分からなくてな」


美咲の身長は150cmである。スタイルは良く言えばスレンダー。悪く言えば小柄で凹凸のない子供体型だ。ニールからはせいぜい12、3歳にしか見えていなかった。


「背が低いのは事実ですし」

「そうか、すまんな」

「いえ」


お互い、敢えて凹凸のなさについては触れなかった。


「では、改めて確認だ。樹海で迷って砦のそばに出てきて、砦が見えたから助けを求めてきたという事で良いか?」

「はい、そうです」

「出身地は?」

「日本です」

「ニホン、と。砦に来た時に使っていた魔道具だが、これはなんだ?」


お盆を差し出される。乗っていたのはヘッドランプだった。


「ヘッドランプ……灯りです」

「横のを回したら光が点いたが、反対側を回したら点かなくなった……壊してしまったのだろうか」


分解まではいかないが、パーツが外されたライトだった。

一番目立つのは、取り出された電池だ。


「多分壊れてません。直しても?」

「……ああ、だが、光は点けるなよ」


ヘッドランプを手に取る。スイッチがONになったままだったのでOFFにしてから電池を入れて蓋を閉める。


「これで直ったと思いますけど」

「そうか……」


ニールは覚束ない手付きでスイッチのダイヤルを回す。光が点いた。


「うむ。直ったな……光の魔道具か。わざわざこんなもの使うという事は、魔法は使えないのか?」

「ええと、魔法?……あ、物は出せますけど」


あれは魔法なんだろうか? と美咲は考える。

そして。


(どう考えても普通の物理法則では説明できないから、取り敢えず魔法って事にしておこう)


と即座に考えるのを放棄した。

ただ、それを考えるのを放棄してまで考えているのが。


(……魔法があるんだ…てことは、私は魔法少女? いや、それとも魔女?)


という物だったが。


「空間魔法か。なるほど魔力の温存の為か」


美咲が自分は魔法少女か魔女かで悩んでいる間に、何やらニールに納得されたようだった。

彼が美咲を空間魔法使いと誤認したのには2つの理由があった。

一つは物を出せるという表現。

空間魔法に属する収納魔法は、様々な物を自身の作った空間に出し入れ出来るのだ。

もう一つは美咲の持っていた杖である。

魔法使いは道具なしでも魔法を使えるが、効率よく魔法を使うには魔力を集中させる道具として、刻印の入った杖や指輪があった方が良い。5合目の焼き印が押された杖は、彼には魔法使いの杖に見えていたのだ。美咲が倒れる際に杖を握りしめていたのも誤解を深める一因だった。意識を失っても手放さない大事な杖。と思われていた。


「傭兵のペンダントは?」


それが何かは分からないが。


「傭兵じゃないので持っていません」


と正直に答えたら目を丸くされた。


「村娘は髪を下ろして、スカートを穿くものだぞ」

「多分、それだと死んでましたので」


それで納得された。実際、その恰好でいたら今頃美咲はあの白い犬のご飯になっていただろう。


「……そうか。ところで包丁を持っていたのはなぜだ?」

「武器です」

「武器か?」

「武器です」

(あれがなければ私は死んでいた。包丁は立派な武器だ。否定は認めない)


と、無駄に強い意志を込めてニールを見ると肩を竦められた。

そのあと、幾つかの質問に答えると証拠不十分だか何だかで荷物を返してくれた。


ご指摘いただいた誤記を修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「5合目の焼き印」がなんか笑える。
[気になる点] 否定は認めない 普通は 異論は認めない って言いません?
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