28.魔法協会
茜がミサキ食堂に来てから半月が過ぎていた。
茜の猛烈アピールに負ける事無く、ミサキ食堂は毎日30食を売ったら閉店というノンビリペースで営業中である。
それもまた。
「まあ、スローライフもテンプレって言えばテンプレですねー」
という美咲に取っては謎の感想を貰う事になったのだが。
そんなある日、商業組合の受付嬢、マギーが閉店後のミサキ食堂にやってきた。
「あ、ミサキさん、アカネさんという方がこちらにいらっしゃると伺ってきたのですが」
「茜ちゃん? いますよ。茜ちゃーん!」
奥に向かって大きな声で美咲が呼ぶと、すぐに茜が手を拭きながら奥から出てきた。
「はいはーい、皿洗い、終わりましたよー」
「そうじゃなくて、茜ちゃんにお客さん。商業組合のマギーさん」
「初めまして、商業組合から参りました、マギーです」
「あー……そっか。リバーシの件ですねー」
「ええ、拠点を移されたというお話でしたので、ご挨拶をと思いまして」
「あー、それはわざわざ済みません。何かあればよろしくお願いしますねー」
「承知しました」
という簡単なやり取りだけでマギーは帰って行った。
何か出そうかと準備をしていた美咲は首を傾げ、茜に問い掛けた。
「今のやり取りって何?」
「こっちに来て、すぐにリバーシの版権を商業組合に売り込んで、色々管理して貰っているので、そのお話ですねー」
「ああ。そう言えばお金には困ってないとか言ってたっけ」
「マヨネーズとどちらにするか迷ったんですけど、マヨネーズは卵の安全性が怖かったので止めましたー」
「それもテンプレ?」
「はい、そうですよー。ちなみにおじさんは輪栽式農法を展開中ですねー」
「あー、昔どこかで聞いた記憶が……」
歴史の授業で習っている筈だが、あまり歴史が得意ではない美咲はどういう物かが思い出せなかった。
「その気になれば美咲先輩なんか、日本食無双が出来ると思うんですよー。せめて野菜炒めをカレー風味にしてみるとかー」
「色々面倒だしメニューは増やさないからね」
「もう、勿体ないなー」
◇◆◇◆◇
その頃、王都では、地竜の急増の原因究明が行われていた。
地竜が街道付近まで進出してきていたのは、本来、森林地帯にごく僅かに棲息していた地竜の個体数が急激に増加したためだと判明したが、それではなぜ急増したのか。という点について、誰も説得力のある仮説を唱える事が出来ずにいた。
現時点ではミストの町との間の通商は正常化されてはいるものの、今後、いつまた同じ事態に陥るやもしれない。
そんな中、地竜の急増の直前と言っても良いタイミングで発生した白の樹海の魔物溢れとの関連性に疑義を提示した者があった。
魔法や農政にも明るい賢者、小川である。
異なる魔物が、ほぼ同時期に溢れた事に関連性があるのではないか。という物である。
王都の魔法協会で、小川は協会長に持論を提示していた。
「白狼の魔物溢れが契機となったのであれば、白の樹海を調査すべきです」
「偶々という事はないのかね? 動植物は種類によっては数年から数十年に一度、急増する物もいると聞くが」
「そうであるなら良いのです。しかし、白狼の溢れでは総数が50頭近くあったと聞き及んでいます。異常な数の白狼の溢れと、異常な数の地竜の溢れ、もしこれらに関連性があった場合、次はどこで何が起こるのかが懸念されます」
「だが、地竜は白の樹海から溢れたわけではあるまい」
「そうですね。白の樹海か地竜の棲息域、若しくはその両方を調べるべきなのかもしれません」
「対魔物部隊は地竜の棲息域まで踏み込んだと報告を受けて居るが、異常はなかったそうだ。この件は暫く様子を見ることにする。3回目があったなら、その時、改めて検討しようではないか」
◇◆◇◆◇
「美咲先輩、魔道具のお店、知りませんか?」
閉店後の後始末が一段落した所で、茜がそう問い掛けた。
「魔道具? 広場でフェルが魔素充填やってるけど、そういうの?」
「あ、違います。もっとこう、ファンタジー的な魔道具を扱っているお店です」
「ふぁんたじー?」
ファンタジー的な魔道具、が何を指しているのか分からなかった美咲は首を傾げた。
ミサキ食堂にも、灯り、冷蔵庫、コンロ、水、お湯の魔道具が設置されている。
「えーと、無闇にキラキラしたり、クルクル回ったり、無意味に音が出たりってゆーよーな物です」
「……意味あるの、それ?」
「価値を見出されていない魔道具に価値を与えるのもテンプレなんですよ。王都ではそういう色物魔道具はなかったんですけどー」
「ミストじゃ、尚更見つからないと思うけど。商業組合行って聞いてみようか」
「はい、そうですねー」
◇◆◇◆◇
商業組合の受付で問い合わせた所
「変わり種の魔道具でしたら魔法協会ですね。場所はこの建物の裏手になります」
という回答を貰えた。
「変わり種があるんだ」
ミストの町では、大半の魔法使いが傭兵組合に所属している。
魔法協会も傭兵組合同様、職の斡旋を行っている物の、傭兵組合と比べると種類も数も少ないため、わざわざ魔法協会に加入する魔法使いはあまりいない。その結果、魔法協会は維持管理費用を自前で稼がなければならず、魔法協会は魔道具販売店と化している。
それだけならまだ良いのだが
「ミストの町の魔法協会に所属するのはその、変わり者が多いと言われておりまして」
「変わり者の作った、変わり種の魔道具……テンプレの香りがそこはかとなくしますねー」
「あー、はいはい。それじゃ、行ってみようか」
◇◆◇◆◇
魔法協会の建物は商業組合の裏通りにひっそりと建っていた。
何となく治安の悪さを予感させる裏通りで、美咲は今までこの通りに来た事がなかった。
「たのもー」
勢いよくドアを開ける茜に隠れるように美咲は魔法協会の建物に入った。
協会との事だが、左右の壁には色々な魔道具と思しきものが飾られており、魔法協会と知らなければ魔道具店と勘違いしそうだ。
「はいはーい。魔法協会へようこそって、あれ? アカネにミサキじゃない」
奥から出てきたのはフェルだった。
「フェルって魔法協会の人だったの?」
「うん、一応ね。ここの会長が私の母なんだ」
「傭兵と魔法協会、両方に加入してるんだ」
「後、商業組合にもね、露店やってるから」
フェルによると、魔法協会の本来の目的は魔法技術の共有と発展にあり、加入している魔法使いは研究結果を協会を通じて世界に発信し、名誉と報酬を受ける事が出来る。
しかしそうした研究者の多くは、書籍や情報の多い王都に住む事を好むため、ミストの町の魔法協会は、設立はされた物の運営実績は殆どなく、僅かな加入者が暇に飽かせて作った魔道具を販売しているのが現状である。
「おー! この無意味に伸び縮みする魔道具、固定して回転に力を変えればー……」
「で、アカネはどうしちゃったの?」
「あー、こういう魔道具好きみたい。茜は資産家だから、気に入ったのは買うんじゃないかな」
「へえ、正直、何の役に立つのか分からない魔道具が多いんだけどね」
「や、フェルがそれ言っちゃ駄目でしょ」
「ところでミサキ、折角だから協会に加入してかない?」
「どう言う論理展開よ。私の本職は食堂だから加入しても意味ないじゃない」
「うん、そうだよね」
その後、魔素が尽きるまで無駄に伸び縮みする棒状の魔道具、魔素が尽きるまで回転し続ける独楽の魔道具を購入した茜はとても嬉しそうにしていた。
◇◆◇◆◇
「それで茜ちゃんは何を作るつもりなの?」
「んー、独楽は軸を固定して、側面を歯車にすれば、色々と使えそうですよねー。伸び縮みする方は、ピストンに見立てて加工が出来そうかなーって」
「茜ちゃん、工作、得意なんだ?」
「いえいえ、設計だけしてどこかの工房に持ち込むんですよ。製造チート、テンプレですねー」
「程々にね」
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