27.茜、来襲
ミサキ食堂は本日も安定の早目終業。
美咲は余力で鶏胸肉を呼び出し、パックを剝ぎ、この辺りで肉等の包みに使用されている葉っぱで肉を包み直す。
そして。
「アイテムボックスオープン。えと……ゴミ袋、抽出、と」
現れたゴミ袋に肉が入っていたトレイと掛かっていたラップを放り込み、再びゴミ袋をアイテムボックスに格納する。
美咲にとって、時間経過なく、体力や魔素を消費しないアイテムボックスは便利なゴミ箱でしかなかった。
肉の入った包みを持って、美咲は食堂を出た。
余った生鮮食品、という名目での寄付をするのが目的だ。孤児院で調理まではするつもりはない。調理は営業時間中に飽きる程しているので。
◇◆◇◆◇
美咲が食堂を出て数分。
(何か見られてるような、周囲の視線がいつにも増して痛い?)
どこか変なのだろうかと自分の服装を見下ろすが、いつもの青いズボンの魔素使いの服装だ。ミストの町では今更珍しい物ではない筈である。
何気なく振り向いた先で、ピンクの何かが翻った。
広場の木に隠れるようにしているが、木が細すぎて隠れ切れていない。
(ピンクのサマーセーター?)
そのまま美咲がじっと、セーターがはみ出ている木を見詰めていると、木の向こうから可愛い女の子が顔を覗かせた。
美咲と目が合うと慌てて木の陰に隠れるが、すぐに諦めたように木の陰から姿を見せた。
そのままスタスタと美咲の前まで歩いてくる。
「さすが美咲先輩です。見つかってしまいましたー」
「えーと?」
「美咲先輩、鈴木茜です。この前は色々ありがとうございました。アレとか本当に苦労していたので助かりますー」
「あー広瀬さんが言っていた日本人……なんで先輩?」
「ですです。高校生って聞いていたので先輩かなーって」
聞けば茜は、美咲からのお土産を広瀬に受け取って、数日後には王都を出たという。
是非とも美咲に『呼び出し』出来るかを確認したい物があるという事だ。
「んー、取り敢えず先に孤児院に行っても良いかな?」
「孤児院ですか? テンプレですね、ご一緒させてくださいねー」
「うん。テンプレート、だっけ? そういう物なの?」
二人は連れ立って孤児院への道を歩く。
美咲はいつもの如く目立っているが、今日は連れもカラフルだ。
ピンクのサマーセーターに白いスカート。この世界基準ではお祭りでもあるのかという華美な姿である。
相乗効果でいつもより遥かに目立っている。
「異世界物なら孤児院との接触は基本ですよねー」
「へえ、そうなんだ。ファンタジー小説、もう少し読んどけば良かったな」
指輪を捨てに行くお話では、孤児院って出てきたっけ、と、美咲は首を傾げる。
「それで孤児院で何をするんですかー?」
「ええと、余った食材を寄付するだけなんだけど」
「ああ、なるほど。寄付して依存させて、後々労働力にしようという事ですね? 働かざる者食うべからずだぞー、って」
「……ちょっと待って」
「はい?」
「善意からの寄付とは思わない訳?」
「あー、善意で先々お仕事を斡旋して行く流れですねー」
そういう流れもあるのか、と納得しかけた美咲であるが、いや待てこの町にはあれがある、と踏みとどまる。
「仕事の斡旋なら傭兵組合があるでしょ」
「でもでも、傭兵組合は登録費用が必要だから、それが必要ない職業斡旋って事でー」
「いや、しないから。ただの偽善でやってるだけだから」
「なるほどー、偽善者を装うパターンですねー。流石美咲先輩ですー」
「うん。もうそれでいいや」
◇◆◇◆◇
孤児院を訪ね、シスターに肉の入った包みを、余った食材だと言って渡す。
子供4人に大人1人程度ならスープにでも入れれば十分に行き渡るだろう。
受け取ったシスターのお礼を軽く流しつつ、美咲と茜はミサキ食堂への帰途についた。
「それで茜ちゃんは何が欲しくてミストの町まで来たの?」
「甘味ですよー。ほらほら、日本の味って言ったら他にも色々あるでしょ? 美咲先輩、お願いしますよー」
「あー、チョコとか?」
「んー、キノコ、タケノコだったらタケノコ派閥だしぃ、ポッチー豪華版とかぁ、コンビニスィーツとかぁ、そう言うのが食べたいなぁって」
「私が日本で買った事がある物しか出せないから、どこまでご期待に添えるかは分からないけど、せっかくここまで来てくれたんだし、色々試してみよっか……あ、一応言っておくけど、呼び出せる量には制限があるからね」
茜をミサキ食堂に招き入れた美咲は、食堂の普段は使っていないテーブル席に茜を座らせた。
「あ、その前に美咲先輩、鑑定で美咲先輩を見ても良いですかー?」
「うん、構わないけど?」
「それでは失礼しまーす……へぇ、スキル『お買物』、それまでに自身で購入した事がある物を、質量相当の魔素と引き換えに購入時点の状態で入手する能力、ですかー。かなりな壊れ能力ですねー」
「どこか壊れてるの?」
「あ、壊れって言うのは、性能が突出しているって事で悪い意味じゃないです。これ、使い方によっては国も滅ぼせますよー」
「いやいや、単にお買物能力だから。滅ぼせないから」
「まあ、滅ぼしても面倒なだけですよねー」
「それで、何出そうか?」
「タケノコの村にコンビニ系スイーツをお願いします。あまーいのを」
美咲は言われるがままに、日本のお菓子をテーブルに並べて行く。
アイテムボックスに格納していくのかと思いきや、茜はその場でパッケージを開けて食べ始めた。各種チョコレート菓子にロールケーキにシュークリーム、プリンにプチケーキ等、とても食べきれる量ではなさそうではあるが。
「んー、これですこれ!」
「コンビニ系はお気に入りしか買わなかったから、種類は少ないけどね」
「十分ですよー、このシュークリーム、ドーソンのですねー。懐かしいなぁ。もう私、美咲先輩と結婚しますー」
「や、無理だから」
「それじゃ、このままミストの町に移住しちゃいます。お金は困ってないから仕事も特にする必要ないですしー」
「え? 本気で言ってる? 王都にお屋敷があるって聞いたよ?」
「男が2人も住んでるんですから何とかなりますよぉ。それより私、美咲先輩と一緒にいたいなぁって」
「え、あの、一人暮らししている私が言う事でもないけど、女の子の一人暮らしは何かと物騒だよ?」
美咲がそう言った途端、茜は肩を落とす。
が、突然美咲の両手を握りしめ、顔を近づけてくる。
「そうです。美咲先輩、同居しましょう!」
「は?」
「そうと決まれば、寝具とか揃えないとですねー」
「いや、あの」
「嫌なんですか?」
「そういう問題じゃなく、え? 何? 本気で同居するって言っているの?」
「勿論ですよー。我ながらナイスアイディアだと思うんです。二人暮らしなら二人とも物騒じゃなくなりますよー」
「そりゃ、そうだし部屋は余ってるけどね……今日会ったばかりなんだよ、私達」
出会ってから半日も経過していないのに、同居宣言である。
しかも王都のお屋敷は放置するらしい。
確かにミサキ食堂には空き部屋が3つもあるが、それはそれ、これはこれである。
「出会ってからの時間は短くても、同郷じゃないですかー。同じ常識の上に立っている分、他の人より安心ですー」
「それはまあ、同郷の人が居るって言うのは心強いとは思うけど……はぁ、じゃあ、ミサキ食堂で働く事を条件として同居を認めます」
「はい! よろしくお願いしまーす」
◇◆◇◆◇
ミサキ食堂の新しい働き手は、実に働き者であった。
現在のメニューの余りの少なさに絶句し、次々に新メニューを提案してくる。
「パスタならミートソースとかカルボナーラとかペペロンチーノとか追加しましょうよ。材料さえあれば作れますよー。後、カレーライスに揚げ物料理、マヨネーズとかの基本は押さえましょうよ」
「基本っていつも言ってるテンプレの事? 駄目駄目、コンロが足りないし、手も足りないから駄目。それに米は入手経路が怪しすぎて目立つから出さないよ」
「レトルトのパスタソースはないんですか? それならコンロ1口で複数の味を出せますよ」
「ゴミが出るでしょ。今だってアイテムボックスをゴミ箱扱いしているのに」
「あ、さてはアイテムボックスの削除機能に気付いてませんね? 格納、抽出の他に削除って出来るんですよー」
「そなの? アイテムボックスオープン」
操作盤でゴミ袋を選択して操作盤の下部を見ると、確かに削除というボタンがある。ゴミ袋にはビニールやプラスティックゴミが入っているだけなので、試しに削除を選択してみる。
本当に削除しますか? というダイアログではいを選択すると、操作盤からゴミ袋が消えてなくなった。
「おー、本当に消えた。これ、どこに消えたの?」
「分解されて魔素になるっておじさんが言っていましたー。魔素の循環のための機能だろうって」
「なるほど。良く分からない」
「ゴミ問題はこれで解決ですよね」
「確かに。これは凄いよ。ゴミ問題解決だよ。へー、アイテムボックスって便利なんだね」
あくまでもアイテムボックスをゴミ箱扱いする美咲であった。
「それじゃメニューを」
「増やしません。今のメニューで十分に稼げてるんだから」
「えー、だってぇ、やるからにはご近所の食堂に負けたくないじゃないですかぁ」
「共存共栄、目立たない。これがミサキ食堂のポリシーです」
◇◆◇◆◇
美咲のポリシーはさておき。
ミサキ食堂に新しい店員が増えたというニュースはあっという間に広まった。
そして、数日後、フェルが遊びに来た。
「ミサキー、新しい店員さんの顔を見に来たよ」
「あ、フェル。茜ちゃん、こちら、フェル。傭兵組合での私のパートナー」
「よろしくお願いしますー、茜ですー」
ぺこりとお辞儀をする茜。
「私はフェル。よろしくね。んー、女神さまの色と、その肌の色。ミサキ、アカネってニホン人?」
「そだよ。私と同郷。王都から遊びに来て居ついちゃった」
「アカネ、ニホン人にはエルフは珍しいって聞いたけど本当?」
「えっと、はい。日本にエルフはいませんよー。王都には沢山いたのでビックリしましたー」
「そか、王都から来たんだからエルフは見慣れてるよね。でも何でまた王都からミストに?」
「日本の味を再現できるのが美咲先輩だけだったのでー。食堂のメニューにないような物も、沢山あるんですよー」
「……ミサキ、後で私にも食べさせてね」
「う……プ、プリンとか作ろっかな」
「おー、テンプレですねー」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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以降、数日に1話程度のペースになる見込みです。
あ、茜が嫌いとだ仰る方も多いようですので念のため。
苦手だな、と思ったらブラウザバックを推奨します。
これからその苦手な部分が更に強化されます。




