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26.王都からの客人

翌日、魔法使いを乗せた馬車がミストの町から砦に到着した。

当初の予定通りであれば食料等の大半を消費してからの帰還となった筈で、そうであれば砦に残った魔法使いだけで残った物資を収納して持ち帰る事が出来たのだが、蓋を開けてみれば予定の6分の1での帰還だ。物資も大量に残っており、これらを持ち帰る為に来た時と同じ様に2台の馬車でミストの町に帰ることとなったのだ。


「まあ、なんだ。依頼は無事達成。ミストに戻る事になった」


砦の全員を集め、仏頂面でマック隊長がそう宣言した。

偵察をして慎重に対処をする必要があるミストの町の傭兵と、対魔物専門で、魔剣の類を大量に運用できる王都の部隊とでは展開速度が全く異なっていたのだ。ミストの町で偵察を出した時点で、王都では対魔物部隊を出撃させていたというのだから、それから準備を整えた美咲達が出発した時には、地竜の半数近くは駆除された後だったのだ。


一部、箱詰めが必要な物資もあったが、数時間で魔法使いたちによる収納は完了し、その日の内に美咲達はミストの町に戻る事となった。

砦に詰めていたメンバーは、傭兵組合の会議室でゴードン組合長に簡単な報告を行い、何事もなく解散となった。


「終わったね。フェル」

「ミサキは、出来れば暫くは青いズボンは穿かないようにね」

「うーん、そうするともっと派手になっちゃうんだけど……うん。しばらく家から出ない」


この世界での一般的なスカート丈は踝程度、短くても脹脛くらいであるが、美咲のワードローブには、その丈で地味と言えるスカートはない。デニム以外のパンツがない訳ではないが更にカラフルになってしまう。

そもそも美咲には女神様の色という変えようのない特徴があるのだ。そのため、美咲の出した結論は、食堂は閉めたまま、家から出ないという物であった。


「家から出ないって、買い出しとかも必要でしょ?」

「あー、そこは何とかするよ」


フェルには秘密だが、呼び出しを使えば美咲はかなりの長期間、拠点から一歩も出ずに生活が出来る。


「何とかって……そうだ、ちょっと待ってね」

「ちょ、何を!」


フェルはその場でローブを脱ぎだした。

勿論、ローブの下には普通に服を着ている。

フェルは脱いだローブを美咲に被せ、ちょっと首を傾げると、細い紐を美咲のウエストに巻き、丈を調整した。


「うん。これなら外出できるよ。そのローブはあげるから」

「あ、ありがと」


 ◇◆◇◆◇


ミサキ食堂に帰り着き、荷解きをした美咲は、2Fのベッドに転がっていた。


(さて、洗濯は明日するとして、今日はどうしようかな)


洗濯物も言うほど溜まっていない。

食堂の方は元々一ヵ月休むと告知を出しているし、対魔物部隊がいる間は開店するつもりはない。


(久し振りにカレーが恋しいな)


米は前に呼び出した物がある。だが炊飯器がない。あっても電気がない。

鍋でご飯を炊けるという知識はあるが、自宅では炊飯器しか使った事がない。

水の分量だって、炊飯器の釜に書いてある数字を見て入れていたから分からない。


(やってみようかな)


食堂の厨房で、小鍋に米を適当に入れる。小さめのコップ1杯くらいが1合として、3合分。

米を研ぎ、水を入れる。水の分量は炊飯器の時のイメージから、掌を米に当て、手の甲まで。

30分程放置してから火に掛ける。

暫くすると鍋が沸騰してくる。そのままだと吹き零れそうなので火力を弱めに。

そのまま暫く炊いていると。

ノックの音が響いた。


「はーい」


ドアを開け、外にいる人物を確認して固まる美咲。

そこには、ミストの砦で見かけた魔物部隊の兵士が立っていた。


「ここ、ミサキ食堂で、君はミサキさん。あってるかな?」

「は、はい、あの、何を?」

「ああ、君に確認したい事があって」


兵士はそう言って美咲の事を見詰めた。


「え、と、確認って、何をでしょうか?」

(徴兵されちゃう?)

「あー、その、君、日本人じゃないか?」


美咲の故郷が日本である事は別に隠し立てしていない。

商業組合でも日本の産物としてタオルを売ったりもした美咲である。

そもそも出身を隠す理由がなかった。

仮に日本に強制送還でもして貰えるなら、是非して貰いたいとすら思っているのだ。

だから、美咲はここでも隠し立てすることなく返事をした。


「はい、日本人です」

「だよな。あ、俺は広瀬。広瀬 明彦。同じく日本人だ」


広瀬は兜を外して顔を見せた。

言われて見れば、確かにアジア系の顔だった。


(え? あれ? なんで?)


美咲は広瀬の顔を見てフリーズしていた。


「ま、そうなるよね。取り敢えず、店内に入れて貰っても良いかな」

「ええと……うん……はい、立ち話も何ですし、どうぞ」


広瀬に請われるがままに美咲は彼を店内に誘う。

と、店内に入った瞬間、広瀬が目を剥いた。


「み、ミサキさん、これ、この匂い!」

「な、なんですか急に!」

「こ、これは! 米の匂い! マジか!」


店内には炊飯中の米の炊ける匂いが充満していた。


「あ、忘れてた」


慌てて火を止める美咲。その後ろにぴったりついてくる広瀬。

鍋の蓋を開けてみると、何とかそれっぽく米が炊けていた。


「初めて鍋で炊いてみたんで……ちょっと水が足りなかったかな」

「その、ミサキさん。大変図々しいお願いで恐縮なんだけど、その米、食べさせてもらっても良いかな」

「芯が残ってるかもしれ……」

「構わない!」

「はあ。でしたら、どうぞ」


鍋からラーメン用の器に米をよそい、スプーンと一緒に広瀬に差し出す。

それを奪うように受け取り、広瀬は立ったまま米を口に運んだ。

広瀬の目に涙が浮かんだ。

手持無沙汰になった美咲は、沢庵を呼び出し、切った物を広瀬の前に出す。

そのまま物も言わずに広瀬は沢庵をおかずに米を食べ続けた。


「……あー、済まない。3年振りの米だったもので」

「いえ、ところで広瀬さん。幾つか質問が」

「その前に簡単に現状を説明させて。多分、質問の答えも含まれてるから」


広瀬の説明によれば、広瀬は3年前にこの世界に転移したとの事だった。

今まで他に2名の転移者を王都で確認しており、全員、特殊な能力を授かっている。

広瀬自身は『剣の才能』という能力を授かり、王都で仕官して対魔物部隊に配属されているという。

他の2名はそれぞれ、物や人の詳細な情報を見る事が出来る『鑑定』、全ての魔法を自在に操る『賢者』という能力を授かっている。

鑑定持ちが昨年王都で大金を手にした事を切っ掛けにして、日本人3人は、今は同じ屋敷で暮らしている。


「他に、人よりも多い魔素量、アイテムボックスが使える、ってのもあるね。ミサキさんも同じだろうけど」

「あいてむぼっくす? って何ですか?」

「え? アイテムボックスオープンってコマンドで開かない? 収納魔法よりも便利だよ」

「アイテムボックスオープン……おおっ?」


ミサキの目の前に半透明の操作盤が現れた。

左下にあるキャンセルボタンに恐る恐る触れると操作盤が閉じる。


「出来たみたいだね。容量がとにかく大きいし、入れた物は時間経過しないから便利だよ」

(時間経過しない? 停滞フィールドみたいな物なのかな……あれ?)

「あの、コマンドとか、どうやって知ったんですか?」

「ん? 異世界物のテンプレだからね、一通り試したら出来たんだ」

「てんぷれ?」

「テンプレート。よくあるパターン。もしかして異世界物のファンタジーはあんまり読まない方?」

「ええ、小説はSFばかりなので、ファンタジーが分からなくて」

「そっか。ミサキさん自身は鑑定はないんだよね。自分の能力については分かってるの?」

「あー……」


ばらしてしまって良いのだろうか。という葛藤はあった物の、相手は手札を先に晒してくれたのだと自身を説得し、美咲は米5kgを呼び出し、広瀬に手渡した。


「米?」

「私の能力は、名前は分からないけど『呼び出し』って呼んでます。日本で買った事がある物を、体力を消費して手に入れる能力、みたいな感じです」


醤油、味噌、ソースにラーメンと次々に呼び出し、普段は使っていないテーブル席に乗せる美咲に目を剥く広瀬。


「なんて羨ましい……」

「こんな能力一つで樹海に放り出されて、死ぬかと思いましたけどね」

「あー、それは確かに厳しいね」

「それで、広瀬さんは何で食堂に来たんですか?」

「ああ、そうだった。砦で君を見かけてね。名前がミサキだっていうから、これは日本人だと思ってさ。苦労しているようなら王都に来ないかって誘いに来たんだよ。幸いリバーシの版権が売れて、お金には困ってないからね」


広瀬はそう言って店内を見回し、一つ頷いた。


「うん。これだけしっかり自活出来ているようなら余計なお世話だったかな」

「ありがとうございます。でも、まだ、色々お話を伺いたいです」

「うん。今日は非番だから何でも聞いて」


 ◇◆◇◆◇


広瀬との邂逅で、美咲は2つの能力を得た。

一つはアイテムボックス。極めて大きな容量を持つ収納魔法のような物で、内部では時間が経過しないという物だった。

もう一つは魔法を使えるようになったという事である。

魔素から魔力への変換が出来ずにいた美咲だったが、それは、魔素のスイッチを入れるような物という広瀬の言葉が切っ掛けとなり、魔素から魔力への励起に成功し、魔法を操れるようになった。

また、日本人についても詳細を聞く事が出来た。

広瀬 明彦、剣の才能を持つ大学生。3年前に王都近辺に転移。剣の腕で仕官し、現在は対魔物部隊に所属。

小川 浩二、賢者にして25歳の社会人。2年前に王都近辺に転移。王都の魔法協会で魔法の研究職に就いている。

鈴木 茜、鑑定持ちにして中学生。1年前に王都近辺に転移。王都の商会にリバーシを売り込んで今や富豪。

全員、半年程前に夢枕に女神が立ち、魔法や能力を使う事でこの世界の魔素の循環を促進するように神託を得ているという。

王都では茜が大きな屋敷を購入し、全員、そこに住んでいるそうだ。美咲が連絡先として王都のお屋敷の住所を聞いたら、リバーシ屋敷で通じるとか。


「広瀬さん、皆さんへのお土産は本当にそんなので良いの?」

「ああ、みんな日本の食事には飢えているからね」


美咲が、皆さんに何かお土産を、と言った際に、広瀬が欲しがったのは日本の味だった。

醤油、味噌、味醂、濃縮蕎麦つゆに米。冷凍鮭に沢庵、カレールー、即席ラーメン、うどん、蕎麦。

全力で『呼び出し』を行い、更には以前に呼び出していた食堂用の備蓄もすべて提供し、それらは広瀬のアイテムボックスに収納された。


「あ、ちょっと待ってくださいね」


美咲は2Fに上がると、アタックザックにタンスの肥やしとなっていた下着や衣類に加え、生理用品を入れてしっかりと蓋をした。


「これ、茜さんに。女性用の衣類や下着とかですから……」

「分かった。茜はミサキさんと背格好が似ているから、きっと喜ぶよ」

「あ、それと、私の事は美咲で良いですよ。私の方が年下ですから」

「ん。分かった。それじゃ美咲。何かあったら……いや、何もなくても今度王都に遊びに来てよ」

「はい。広瀬さんもお元気で」


 ◇◆◇◆◇


その翌日、フェルが遊びに来た。


「ミサキー。聞いたよ」

「何を?」

「昨日、ミサキが男を連れ込んだ、って」


思わずテーブルに突っ伏す美咲だった。


「ちょ、フェル、それ誤解だから!」

「対魔物部隊の兵士が来て、ミサキが招き入れたって聞いたけど違うの?」

「間違ってない、間違ってないけど! それにいつ誰に聞いたの?」

「昨晩、酒場で。青いズボンの魔素使いに男が出来たー!って」

「あの人は違うの!」

「おー、あの人と来たかぁ」

「だから! あの人は日本人で! 同郷なの!」


美咲の答えにフェルは驚いたような表情を見せた。


「……ニホン人がいたんだ」

「そ、王都には他にも日本人がいるって事で、そういうお話をしていただけだから!」


それを聞いたフェルは、一瞬、固まってから、恐る恐るといったように美咲に問い掛けた。


「……ミサキ、ニホンに帰るの?」

「帰れなさそう。みんなも帰り方は知らないって」

「そか、それで王都には?」

「今度、遊びに行くかもね」

「そっかそっか」


美咲に抱き着いてワシャワシャと髪を撫でるフェル。


「ちょ、フェル!」

「もう、いなくなっちゃうかと思ったよ。えーい、もっと愛でさせろー!」


 ◇◆◇◆◇


対魔物部隊はミストの町に2日程滞在し、王都への帰路についた。

復路では街道以外も調査しながらとなるため、往路よりも時間を掛けての道程となる。

その数日後、ミストの町から大量の物資が王都に流れ始めた。

結局、美咲が流通の停滞に気付く事なく地竜騒動は終息した。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

当初予定の一区切りはここまでとなります。お付き合いいただき、ありがとうございました。

次の章の一話目は続けて登録しますが、以降、数日に1話程度のペースになる見込みです。


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[一言] 外食とかお弁当でカレー食べたことが一度でもあるならそのまま呼び出せた?
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