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番外編・大雨の日

済みません、幾つかのネタをひとまとめにしたのでとても長いです。

そして前半です。。。

 ミストの町に限らず、この世界の大半の町や村は塀で囲まれている。

 それは中型以上の魔物から町を守るためであり、この世界では当たり前の風景である。


 加えて、魔物は水を嫌う性質があるため、塀の外に水堀を作っている町も少なくない。


 ミストの町の場合、町の外周を塀が囲み、王都側――北側の塀の北に広がる農耕地は水堀と柵で守られている。

 石の塀を作らないことで、広大な農地を確保しやすくすると共に、農地に必要な用水路を張り巡らせつつ、魔物被害を防ぐという設計である。

 万が一、川の水が涸れるほどの日照りがあれば、暫くは魔道具で水を補充し、それでも無理なら日照りで枯れているだろう作物は諦め、家畜のみを町に避難させる運用となっているのだ。


 西の森から流れ出ている川の水は、水堀を満たしたあと、町の地下の下水に流れ込み、生活排水を押し流す。

 浄水場などなく垂れ流しであるが、人口が少ないためか、下流の森を抜ける頃には綺麗な川に戻っている。


 ミストの町は、比較的近年に作られた町であるため、その設計は他の町の良い部分のハイブリッドとなっているのだ。

 また、ミストの町は、白の樹海の開拓を目的に作られた町であるため、他の町よりも町を囲む塀はやや頑丈に出来ていたりもする。

 隙間があれば、鼠や小型の魔物などが囓って穴を開ける恐れもあるため、塀には隙間がなく、門も隙間なく密閉できるようになっている。


 だがそれが人にとって害となるケースも存在した。


 例えばこんな風に。


 その日、ミサキ食堂の営業を終え、後片付けと翌日の仕込みを行なっていた美咲の耳に、二階で走り回る音と、バタンバタンと扉を閉じるような音が聞こえてきた。


「茜ちゃん? エリーちゃん? どうかしたのぉっと?!」


 何事かと覗きにあがった美咲は、階段を上った所で美咲の部屋から出てきた茜にぶつかりそうになって、慌てて茜の肩を掴んで体を入れ替えるように衝突を回避する。

 ぐるんと大きく回された茜は、やや目を回しつつ


「大雨です。窓閉めないと」


 と答えた。


「大雨?」


 美咲は窓に視線を向けるが、既に茜の手により鎧戸が閉まっていて外の様子は見えない。

 美咲が、窓を開けようかと迷っていると、


「屋上は確認しました……ここまでの大雨は珍しいですね」


 と、屋上の物干し台に続く階段からマリアが下りてきた。

 その声を聞きつけ、部屋から出てきたエリーがマリアの腰に抱きつく。

 雨が怖いのか、不安そうなエリーの髪を撫でながら、マリアは、少し風も出てきたので、定期的に見回った方が良いでしょうと提案する。

 見回りが必要なほどなのか、と驚きつつも美咲は、現地の人が言うならばと頷く。


「一階はそうでもなかったけど、言われてみれば二階は結構雨音が響いてるね」


 ミサキ食堂は二階建てで、一階は石作り、二階が木造で、屋上が物干し兼洗濯機置き場になっている。

 屋上を叩く雨の音は、皆が立ち止まって静かになるとかなり大きく聞こえた。


「あ、一階の窓も閉めないとね」


 慌てて一階に下りる美咲に続き、マリア、エリーも階下に下りて鎧戸とガラス窓を閉めて回る。


 窓を閉める際にチラリと見た外の様子は、美咲の感覚では「日本のゲリラ豪雨」クラスだった。

 加えて、台風ほどではないが、そこそこの強風も吹き始めている。

 一言で状況を示すなら、それは「強い嵐」だった。

 茜は皆が閉めた後を、閉め忘れがないかと見て回る。


 一通り確認し、もう大丈夫、となったところで、水や食料のある厨房に全員が集まる。

 美咲はエリーが不安にならないようにと、遊び相手にナツを起動し、絵の道具やリバーシなどを渡す。

 なおナツは、エリーとゲームをするときは、極端に勝ちすぎないように指示をされている。


「えーと、マリアさん、私はこの辺の天気とかに詳しくないんですけど、こういう天気ってよくあるんですか?」

「私は各地を旅してましたが、ここまでの雨は珍しいですね……あ、雨漏りとか心配ですから、たまに二階を見回った方が良いと思いますよ」

「雨漏りですか?」

「ここは屋根の上に防水の塗料を塗ってますけど、風で建物が揺れると板と板の間に隙間ができたりしますので」


 ミサキ食堂の屋上には天然アスファルトをベースとした防水が施されており、その防水性は意外なほど高い。

 しかし、木の板に塗布する方式であるため、下地となる木の板に隙間ができれば防水性は損なわれる。


 日本で雨漏りを経験したことのない美咲だったが、雨漏りがどういうものかは理解していたので、桶の類いを二階に移動し、各部屋を巡回する。


「廊下の屋根が変色してる?」

「これは下に桶を置いておきましょう」

「雨漏りですか?」

「雨漏りですね。ただ、変色しているところから水滴が落ちるとは限らないので、少し時間をおいてからまた来ましょう」


 そうやって、各部屋を見て回ると三カ所ほどの雨漏りが発見された。


「これは……雨が上がったらマギーさんに相談かな」


 日本なら、検索エンジンで『雨漏り』『修理』と検索すれば対応する工務店を簡単に探せるし、何なら顧客からの評価まで調べられる。しかしこの世界でそういう情報を得ようと思ったら、商業組合か傭兵組合を使うのが一番の近道なのだ。

 そして、組合側は質問してきた人間を見て、適切と思われる店舗を紹介する。

 日本でそんなことをすれば「人を見るのか」「客を選ぶのか」などと言われそうだが、商業組合は顧客ではなく商人のための組織である。

 きちんと人を見て、良い顧客なら良い商人に紹介するのも組合の大切な仕事なのだ。


 一通り二階を巡回した美咲は、一階に下り、茜とエリーが絵を描いているのを横目に、ほんの少しだけ玄関を開いて外を覗く。


「うわぁ……」


 昼だというのに空は暗く、あまり見ない色――深緑と濃紺を混ぜたような――の雲が空を覆っていた。

 皆既日食だと言われたら信じてしまいそうなほどに外は暗いが、美咲が声をあげたのは別の理由だった。


 ミサキ食堂の前の道が、川のようになっていた。

 まだ水深は10センチ程度だが、見える範囲の道路はほぼ水没している。

 雨はまだ降り続いているので、水はまだこれからも増えていくだろう。

 水深20センチにもなれば、ミサキ食堂の玄関も浸水しそうである。


(これって絶対、床下に水が入ってるよね。日本だと役所に電話して消毒して貰うって読んだことあるけど、こっちだとどうするんだろ?)


 ミサキ食堂一階の大半は石造りなので、日本の住宅と違って畳や床が水で腐ったりはしないだろうが、それでも綺麗に洗うまでは食堂の営業再開は難しそうである。

 傭兵組合に清掃を依頼すればやって貰えるのだろうか、と美咲が考えていると、女神のスマホが鳴り出した。

 画面にはフェルの名前が表示されている。


「美咲です」

『ミサキ、大雨だけど大丈夫? うちのあたりは、そろそろ道の半分くらいが水没してるけど』

「うん、鎧戸は閉めたけど……店の前の道が川になっちゃってるよ」

『あー、北の川が氾濫して下水が溢れたみたいだね……でも、そんなに長くは続かないらしいから慌てずにね。もしも床まで浸水したら二階に避難するんだよ? あと、迷宮に潜ったときの道具を収納魔法に入れておくと、避難生活が楽になるから』

「うん、ありがとう」


 心配して電話をくれたフェルにお礼を言うと、玄関を閉めて再度巡回を行なう。

 一階の窓枠付近は鎧戸を閉めていても少し水が染み込んできているのでタオルで拭く。

 二階に上がると、配置した桶に少し水が溜まっていたので、新しい桶を呼び出して交換していく。

 なお水が入った桶は、水を桶ひとつにまとめ、アイテムボックスに入れて削除する。

 屋上に出る階段を上ってみると上の方、ドアの手前あたりが水浸しになっていた。

 床材などは防水加工がされているが、当然ながらドアに気密性などなく、水がかなり染み込んでいた。


「うわ、これはちょっとどうしたものやらだね」


 タオルを呼び出して水を拭き取り、水浸しになったタオルは絞るよりも楽だとアイテムボックスに入れて削除する。

 それを繰り返すと、階段周りの水は少なくなったが、雨が屋上のドアを叩くたび、水が染み込んでくる。


「際限ないなぁ……あ、そうだ」


 美咲は屋上へのドアを開くと、ドアの外1mほどの床に梱包用の白いポリエチレン緩衝シートを固定し、その上に高さ30センチほどの氷塊が出てくるイメージで魔法を使う。形と速度のイメージを変えた氷槍である。

 魔法の効果で、氷塊は緩衝シートごと屋根に凍り付く。その際、屋根にもダメージがあるが、雨漏りした以上修理は必要になるのだからと諦める。

 氷の塊は上部中央が茶碗のように凹んでおり、美咲はそこに向けて魔法の矢の体積をイメージしてアブソリュート・ゼロを放つ。

 氷の台の上に絶対零度の氷の柱が鎮座したオブジェの完成である。


 周囲の雨水が凍り付き、それと共に周囲の空気が液化して緩衝シートの上に落ち、そこで沸騰しながら周囲の水分を凍り付かせる。

 と同時に、絶対零度の氷が液化し、気化していく。場所によっては昇華もしている。

 氷の台座に触れている部分は特に気化が顕著で、絶対零度の氷がカタカタと揺れるが、すぐに液化した空気が凹みを満たし、安定状態となる。

 気化した冷たい気体に触れた空気中の水蒸気が冷却され、ミサキ食堂の屋上全体に白い煙が広がる。

 台座の氷は、上に載せた絶対零度の氷に冷やされ、周囲に残った湿気を霜として付着させつつ体積を増していく。


(ドライアイスを水に浸けたよりも派手だね)


 気化したばかりの沸点ギリギリの酸素、窒素に接近した雨粒は、その場で雹になり、屋上にパラパラと落ちていく。

 落ちた氷がドアを塞ぐ前に、美咲は屋上のドアを閉じ、開閉の際に入った水を拭き取る。


(氷の台の上に置いたけど、それでもちょっと冷やしすぎたね……緩衝材、足りなかったかな? でもこれで屋上のドアの前に液体の水は存在できないはず。万が一にも液体窒素が流れ込まないように、ここには濡れたタオルを敷いておこう)


 美咲はそう考えつつ、床を拭いてやや重たくなったバスタオル数枚をドアの手前の床に広げるのだった。



 一階に下りた美咲は、再び玄関から外を覗く。

 枯葉が門とは反対方向に流されていくのを見て、道を覆った水に流れがあると気付く。


「町からの排水孔はあるんだから、そっちに向かって流れてるのかな?」


 はす向かいの雑貨屋アカネでは、住み込みの雇われ店長のブレッドが、手伝いの子供達に指示を出しつつ、店先に土嚢のようなものを置いて浸水を防ごうとしていた。

 まだ浸水には至っていないようだが、そろそろ限界が近いように見える。

 ミサキ食堂も、もう少し水が上がってくれば床上浸水である。


「土嚢なんて持ってないけど、なにかいい方法ないかな?」

「美咲先輩、水はどんな感じですか?」

「んー、もう少しで床上浸水だから、なんとか出来ないかなってね」

「玄関の前の水を凍らせて、水が入らないようにとかできませんかね?」

「……できそうだけど、普通の氷じゃ流れちゃうだろうし、アブソリュート・ゼロだと間違って誰かが触ったら大変なことになるし……道路側の水を凍らせるのはちょっと不味いかもね」


 人が立ち入らない屋上ならともかく、玄関の前はすぐに道路である。こんな雨の中、出歩く人はいないだろうが、万が一いた場合、道路に絶対零度の氷を置いたらどんな被害が生じるか分らないと美咲が言うと、茜はなるほど、と頷き、顎に人差し指を当て、天井を見上げるようにして考える。


「……あ、美咲先輩、収納魔法に砂とか入ってませんか?」

「この前、迷宮の海の階層の設備更新に行ったとき、たくさん入れてきたけど?」

「それを使って、水が入らないように石の壁を作って、玄関を覆うことはできませんか?」

「操土ってことだね……なるほど。ちょっとやってみるよ」


 美咲は収納魔法から砂を取り出し、玄関前の一段高くなったポーチ部分に砂山を作る。

 その砂山を操作して、玄関に水が入らないように石の壁を作る。地面より一段高いポーチの上に作るので、壁の高さはとりあえず15センチにしてみた。


「よさそうですね?」

「そうだね。これならよほどのことがない限り、浸水しないかな」


 建物の一階部分は石造りで、石と石の隙間は漆喰で埋まっているので、そうそう水は入ってこない。

 そして、作った壁は建物を構成する石と融合している。

 これなら大丈夫かと美咲は安堵の息を吐いた。

 が。


「あの、外の水位が上がれば、下水から水があがってきますよ?」


 美咲たちの様子を窺っていたマリアが指摘する。


「下水……あー、なるほど、下水かぁ」


 この世界の下水は、川から引いてきた水を地下水路に流し、生活排水を垂れ流すという代物である。

 雨水もそこに流れ込むため、道路側の水位が屋内の排水孔よりも高くなれば、サイフォン現象で下水を通った水が屋内に吹き出すことになる。

 食道の流し台、トイレは比較的安全だが、浴室の排水孔は床の高さにあるため、被害が出る可能性もある。


 さすがに建物の排水孔などを塞いでしまうと後で面倒なことになりそうだと考えた美咲は、日本のゴミ袋に水を詰め、それを風呂場の排水孔の上に乗せるのだった。


「ところで茜ちゃん、雑貨屋の方はどうするの?」


 先ほど見たブレッド達の様子を美咲が伝えると、茜は、


「あー、さすがにこの水の中、歩いて行くのは厳しいのでブレッドさんに任せます。孤児院の子達がいたなら人手は足りてるでしょうし」


 と苦笑する。


 その後美咲たちが、屋内を巡回して雨漏りした水を回収するという作業を数回繰り返した頃、女神のスマホがフェルからの再度の着信を知らせた。


『ミサキ、そっちは大丈夫? 雨が止んだからそろそろ開門するって。そしたら水が引くからね?』

「うん、大丈夫……え? 今日って日没前なのに門が閉じてるの?」

『嵐とかの時は魔物が流れ着くことがあるから、大雨の時は門を閉めて、人が来た時だけ開けるようにしてるんだって。私も初耳だったんだけど、さっきシェリーが来て、色々聞いたんだ』

「魔物は水が嫌いって言うけど、森の中で雨宿りとかしないのかな……でも、なんで開門で水が引くの?」

『あー、うん。町の中に水が溜まってるのって、下水で流しきれない水が塀の中に溜まったからなんだって』


 普通の雨なら下水経由で水が町の外に流れ出ていくが、大雨で排出量を上回る水が町に溜まった状態で門を閉じていると、町そのものが桶のようになるらしい、とフェルは説明をした。


「それ、門開けるとき、流されそうだね」

『うん。ミストじゃ聞かないけど、開門した人が流される事故もあるって言ってたよ……あ、水の音が変わった……で、今日の所は日が落ちても、町の中の水が流れ出るまで門を半開きにしておくらしいよ?』


 美咲が玄関から外を見ると、道路を埋め尽くす水が、少しずつ門の方に流れていく様子が見えた。

 空に目を向ければ、既に雲は切れ始めており、強風の影響で雲が流れる速度も速い。


「こっちも水が流れてるっぽいね。あ、知ってたら教えて欲しいんだけど、床下浸水って何かルールとかあるのかな? どこかに届けないとダメとか」

『ここまでの雨は珍しいから、分かんないなぁ。ミサキ食堂って、商業組合で紹介して貰ったんでしょ? だったらマギーに聞いた方が良いかも?』

「ん、そうする……さて、それじゃ、屋内の見回りしないとだから、これで切るね。連絡ありがと……あれ? 小さなボートがこっち来る」

『あー、多分シェリーかな。うちにも一人乗りの革張りのボートで来たし。てことは、仕事の依頼だろうから、アカネも呼んどいた方が良いと思うよ?』

「うん。確かにシェリーさんっぽいね。あ、こっちに気付いた。それじゃ一旦切るね?」

『ん。またねー』


 電話を切った美咲は茜にお茶の用意をと声を掛け、入り口前の、操土で作った小さな壁を砂に戻す。

 そうこうするうちにシェリーの乗ったカヌーに似たボートが玄関前に近付いてくる。

 魔物素材なのか魔道具なのか、カヌーに似たボートは殆ど水に浸かることなく水上に浮いていたが、喫水の深さが1センチ程度しかない、という違和感に美咲が気付く前に、シェリーは船を下り、マントのフードを降ろす。

 美咲が女神のスマホを握っているのに気付いたシェリーは、


「こんばんは。もしかして、フェルさんとお話をされてました?」


 と尋ねる。


「ええ。門が開いて水が引くって話と、シェリーさんが仕事の依頼にくるとだけ聞きましたけど」

「そうなんです、仕事の依頼なんです。ミサキさんとアカネさんに指名依頼ですが受けますか?」

「ええと、まず中に。それと受けるかどうかは話を聞いてからで」



 シェリーを玄関に迎え入れた美咲は、コートを受け取って水気を払い、使ってないテーブルに広げて干しつつ椅子を勧める。

 そこに、お茶を持った茜がやってきた。


「お茶、どうぞ」

「ありがとうございます。ええと、早速お仕事のお話で恐縮ですけど、お二人に指名依頼です」


 シェリーは嵐の影響で門内に水が溜まってしまったため、門を開けて排水する必要が生じたことと、その際、大型の魔物が侵入しないようにするため、信頼できる傭兵達に門を守る依頼をして回っているのだと伝えた。


「護衛依頼に似てますけど、指名依頼になるんですか?」

「ええ、荷運び、炊き出しなどの通常作業の募集も掛けてますけど、塀の上と外に配置する人員は腕と信用が大事ですので、臨機応変に動け、戦闘能力が高いと評価されている傭兵を選んで指名しています。お二人とも、条件を満たしているんですよ」

「戦闘力基準ですか……」


 レールガンは使わないとしても、インフェルノとアブソリュート・ゼロだけでも、十分な戦力である。それが必要なのだろうか。と、そこまで考えた美咲は、首を傾げた。

 インフェルノとアブソリュート・ゼロは、数は少ないが美咲たちの他にも使い手がいないわけではない。

 それに魔法の鉄砲に登録すれば、使い手の人数は簡単に増やせる。


「そうするとキャシーさんとベル、アンナも指名ですか? あと、魔法の鉄砲にインフェルノを登録するとかしないんですか?」

「キャシーさんはオガワの町の領主様ですから、仮にミストの町にいても声は掛けませんよ。ベルさんはご実家。アンナさんはミストの町に滞在しているようなので、見掛けたら誰かが声を掛けます。あと、魔法の鉄砲は使用者の魔素を使いますから、使用魔素量の多いインフェルノよりも炎槍などを登録して手数多めで運用すると聞いてます。あと、どちらかというと、ミサキさんには魔素のラインを期待しています」

「具体的な配置なんかはどうなりますか?」

「現時点では参加人数が不明なので、現状は魔法使いは塀の上から魔法を使って貰う程度しか決まってません。白狼戦の時みたいな感じですね」

「なるほど……茜ちゃん、私は受けるつもりだけどどうする?」


 聞かれた茜はノータイムで手を挙げた。


「受けます! 迷宮踏破の実績もありますし、魔法の威力にも自信があります! それに赤の傭兵になるには貢献度が後ちょっと足りないみたいなので」

「茜ちゃんはあんまり無理しないようにね。あ、マリアさんには指名依頼はないって事で良いんですよね?」


 マリアは足を悪くしているが、普通に歩く分には支障はない。また、獣人は夜目が利くので、門の上から全体を俯瞰する熟練者としてはマリアは申し分ない人材である。

 美咲は、マリアは熟練の傭兵であると判断しており、指名依頼の対象になり得ると考えていた。

 だが、以前のようにひとりエリーを置いて出るようなことになるのは避けたい。

 美咲の質問は、そういう思考の流れを辿ったものだった。


「確かにマリアさんに指名依頼を要望する声もあったのですが、以前の件から、門を半開きにした町の中に子供ひとりを残させるのは如何なものか、という意見がありまして」

「その意見を出した人にお礼を伝えといてください。それで、私たちはどうやって門まで移動すれば?」


 水没した道を、水を掻き分けつつ進むしかないだろうけど、と思いながら美咲が尋ねると、玄関から外を窺っていたマリアが、


「まだ結構水が残ってますけど、歩ける程度には水が引いてきてますよ」


 と教えてくれる。

 見れば、道路の大半は冠水しているが、深さは平均10センチもないように見えた。

 そんな所に踏み込めば、こちらの世界の油を染み込ませたブーツでは、あっという間に浸水してしまうが、濡れるのが足だけなら短い時間なら我慢できないこともない。


「あー、なら行きましょうか。傭兵組合に顔を出す感じですか?」

「はい。受注者を確認してから配置を決めますので」


 魔物溢れと違って単なる指名依頼なので、断られることもあるのだと答えつつ、水が引き始めた道路とボートを見て、シェリーは肩を落とした。


「はぁ……水引いちゃってる、ボート担いで帰らないと……」

「シェリーさん、この後はどこ回るんですか?」

「あー、あとは青海亭ですね。宿暮らしの傭兵がいないか確認してから組合に戻ります」

「ならちょっと待っててください。一緒に行きましょう。ボートは収納魔法で運びます」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「それじゃ、ちょっと準備してくるので、コレ食べて待っててくださいね」


 何かあったときにフェルに渡せるようにとアイテムボックスに入れておいたプリンを一皿取り出し、シェリーの前に置いた美咲は、茜を連れて二階にあがった。


 ◇◆◇◆◇


「……準備ですか。装備の類いは全部アイテムボックスに入ってるのは知ってますよね? わざわざ呼んだってことは、何かあるんですか?」


 二階の美咲の部屋で、茜は首を傾げる。


「これ渡しておこうと思って」


 美咲は黒いブーツを呼び出し、茜に押しつけるように渡す。


「ブーツですか? いつものより柔らかいですね」

「うん。いつものは、免許取得時にバイクで転倒する前提で買った丈夫なヤツ。これもバイク用だけど、これは透湿合成皮革のブーツ。見た目は革のブーツだけど防水性能を重視したものだね。湖畔や川沿いで必要かなって買っといたんだけど、まさか町中がデビュー戦になるとは思ってなかったよ……で、履いたら、膝と脛にこれを巻いてね」


 そう言って美咲が追加で呼び出したのは膝と脛の部分にステンレスの板が入った、バイク用のプロテクターだった。

 黒い革に埋め込むように配された銀色の金属板で構成されたプロテクターは、茜の琴線に触れまくったようで茜は受け取ったそれを見て目を輝かせる。


「うわっ! カッコいい! これって何ですか?」

「バイク用のプロテクターだね。このブーツは長靴としては高性能だけど柔らかいからね。追加装甲かな」

「あれ? でもこのプロテクター大きいのと小さいのがありますよ?」

「大きいのが膝用で、小さいのは肘用のセットだったんだよね。ブーツの補強が目的だから、肘用はしまって置いてね」


 膝用を装着してテンションが上がり肘用も付けたがる茜に、時間がないから肘は後でと、急いで革鎧一式とヘルム、短剣、ナイフを装着させた美咲は、マリアに留守を頼むとナツにマリアとエリーを守るように命じ、シェリーと共に青海亭に向かうのだった。


 ◇◆◇◆◇


 ミサキ食堂を出たときは水深10センチほどだった水は、青海亭に近付くほどに減っていた。


「こっちは水が少ないですね……あ、時間経過で流れてるのかな? シェリーさん、分かります?」

「それもあるでしょうけど、町は北側の方が土地がやや高いんですよ。ほら、王都の向こうには黒の山脈もありますから、全体になだらかな傾斜になってるんです」


 白の樹海にかけて僅かな傾斜があるのだというシェリーに、美咲は、地図に等高線がなくてもそうした知識はあるのだと感心する。


「それじゃ、青海亭に誰かいるのか確認してきますね」


 玄関前の土嚢を跨いでシェリーは屋内に入っていく。

 それを見送った美咲と茜は、玄関の中に入ってお互いの装備を確認する。


 そして、茜は肘用のプロテクターを装備した。

 肘と前腕、膝と脛に銀色の、やや凹凸のある金属が埋まった革製のプロテクターは、革鎧のデザインともマッチしており、高価な鎧に見えなくもなかった。


「いいですね、これ。手を伸ばしたとき、ちょっと動きが阻害される感じはしますけど、守られてるって感じがします」

「茜ちゃんの籠手と少し干渉するかな? まあそこまで伸ばすことはないだろうから問題はないと思うけど……でも結構重いからね。ダメそうなら捨てても良いから外すこと」

「はーい。ところでこれって、手入れはどうすればいーんでしょうか?」

「合成皮革とステンレスだったはずだから、固く絞った布で拭いてから乾拭きかな? 汚れが酷いところはブラシで軽くとか。で、陰干し。保管時は湿気を避ける、程度かな? 長持ちする物じゃないから傷んだら言ってね?」

「バイク用でしたよね、バイク屋さんとか行ったんですか?」

「通販だね。こっちでも違和感ないベルトや金具使ってるの探すのは大変だったよ」


 美咲の言葉にベルトや金具類を確認した茜は目を丸くした。


「たしかに普通の革のベルトって感じですね。良くありましたね、こんなの。最近のアウトドア製品ってベルクロとかプラスチックのバックルばかりなのに」

「なんか復刻版みたいなことが書いてあったから、今風じゃないんだろうね」


 などと話していると、二階からシェリーが下りてくる。そしてその後ろには


「あ、アンナ、ここに泊まってたんだ。久し振り、元気だった?」

「ん。元気。ふたりも元気だった?……ん? ……アカネ、コレなに?」


 アンナは茜に促され、両手でハイタッチしつつそう尋ねる。


「ハイタッチっていう日本の方の挨拶です」

「……挨拶は大事」


 アンナが聞きたかったのはプロテクターのことだったが、説明が面倒になったアンナはただそう言って頷くのだった。


「で、シェリーさんと出てきたって事は、アンナも?」


 美咲が尋ねると、アンナはこくりと頷いた。


「参加する。宿で寝てるのも飽きた」

「……というわけでそろそろ組合に向かいましょう。日が暮れる前に人員配置を急がないと」

「これだけ水が引いてても門は開けとくんですね?」

「さっき回ったとき、南側には床まで水に浸かってる建物とかもありましたから、少しでも水を外に流しておかないと」

「なるほど。結構大変そうですね」

「まあ夜半には下水も復旧するとおもうんですけど、水が引いた後の片付けとかでも人手が要りますし、しばらく傭兵は大変ですよ。それじゃ行きましょう」


 シェリーを先頭に青海亭を出ると、女将さんが見送りに出てくる。


「水浸しじゃ商売にならないからね。これ食べて、怪我しない程度にがんばっとくれよ?」


 そう言いつつ、パンと干し肉を全員に手渡す。


「はい、ありがとうございます!」


 茜は嬉しそうにそう答え、他の3人も礼を述べて青海亭を後にするのだった。

長いお話にお付き合いくださりありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。

感想、評価などもモチベーションに直結しております。引き続き応援頂けますと幸いです。


番外編の最初の頃から後書きあたりで大雨のネタについて触れていたと思いますが、ようやく書けました。

一応書いておきますと、ミストの町では大雨による被害より、魔物・獣対策を優先しています。

その辺は、滅多にない大雨と日常的に周囲を徘徊する魔物・獣のどちらを脅威と考えるかというトレードオフです。

両方に対処可能な対策も多々ありますが、安全な対策はコストなどが問題になることが多いのです。

なお、このお話でその辺を深掘りする予定はありません(一回書いたけど、それだけで3000文字を越えたので)。

なお、この前半だけで1万文字超過ですww


後半はこれから推敲しますが、現時点でほぼ同じ長さになりますので、更新まで数日を頂くことになる見込みです。

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― 新着の感想 ―
誤字報告機能が無効になっているようなので。 》食道の流し台、トイレは比較的安全だが、浴室の排水孔は床の高さにあるため、被害が出る可能性もある 『食道』→『食堂』 同行末で『。』が欠字してます
[一言] 流体(水)はアイテムボックスとか収納魔法には入れづらいんですかね
[良い点] エリーちゃんの問題は 傭兵(商人?)ギルドで 臨時の託児所作っとけばよいがね そうすりゃエリーちゃん友達出来る マリア殿みたいに 子持ちの母ちゃん傭兵もドンドン参加出来る! 戦力増強だが…
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