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番外編・if 或いはこんな魔法開発

えーと、これは本編から分岐した、もしかしたらあったかも知れないお話です。

やや、漫画版の設定に引っ張られていますが、そこはご勘弁ください。

 荷台には美咲と茜、御者台にはフェルが乗った馬車は、のんびりと街道を西に向かっていた。

 出発したのが日が昇ってからで、普通の行商人や冒険者が移動するには遅すぎる時間だったため、街道は3人達の貸し切り状態だった。

 王都から西の町に美咲と茜を安全に送り届けるのがフェルが受けた仕事である。

 なお、護衛の馬車はいない。

 今回の旅に際し、フェルが自分ひとりで十分だと言ったためである。


 護衛対象が2名で護衛が1名だけなど通常ならあり得ないことだが、フェルは気負うことなく馬車を操っていた。


(考えるまでもないよね。護衛は私だけだとしても、実質戦力は3名で、魔素のラインにインフェルノにアブソリュート・ゼロ……)


 どんな魔物が出てきても、相手が可哀想に思えるほどの過剰戦力である。


(それに使わないとしてもあの魔法……)


 フェルは美咲が披露したあまりにも危険な魔法を思い出し、背筋が冷たくなるのを感じた。



 ◇◆◇◆◇


 街道そばの湖畔に馬車を止め、美咲たちは食事休憩を取っていた。

 美咲の作り置きの料理と、スイーツに、フェルは護衛の仕事を受注できて本当によかったと、食事中は終始笑顔だった。


 そして、食休み。

 何やらごそごそやり出した美咲に、茜が話しかけていた。


「レールガンって言っても、弾はどうするんですか? ゲーセンなんてありませんよ?」

「げーせん?」


 何のことだろうかと首を傾げる美咲に、茜は金属の弾が必要じゃないのかと問うた。


「必要だけど、なんでげーせん?」

「由緒正しいレールガンの弾丸はゲーセンのコインだからですが?」


 なぜこんな常識を聞かれるのだろうか、という表情の茜に、最近自分の常識がどうやらやや偏っているのではないかと思い始めていた美咲は、深く追求せず、弾体に求められる材質について素直に答える。


「私の知っているのは一番古い仕組みのヤツだから、通電可能な金属である必要があるね」

「通電可能じゃないのもあるんですか?」

「なんかね、電気を通さない弾体を使うのもあるらしいんだけど、そっちはローレンツりょくをどうやって発生させるのか知らないから、魔法で再現は難しいかなって」

「なるほどぉ」


 納得する茜と、うんうんとうなずく美咲。

 それを聞き、フェルはひどく困惑していた。

 美咲の話が分からないのは珍しいことじゃない。だからそこは問題じゃない。

 今の会話は意味不明だったが、最終的にふたりは意見の一致を見ていた。それはつまり。


「アカネも今の話を理解できたってこと? だよね?」

「? そうですね。ラノベ(そーゆーの)は割と得意分野です」

「……また? また私だけ訳が分からないの?」

「フェル、インフェルノの時にも言ったけど、これって知ってるかどうかだけの違いだからね? 要するに魔法で安定した雷を起こして、それを使って鉄をえーと……加速するの」


 要するに、と、要約しようとして、適切な表現を思いつけなかった美咲は、とりあえず嘘にならない程度に簡略化した情報を伝えてみた。


「雷?」


 レールガンの電流は直流であり、雷も『強いて言うなら』直流である。

 類似性はあるだろうという美咲の説明なのだが、当然ながらフェルは不思議そうな表情で首をひねる。


「雷槍で火事になったり痺れたりって話は聞くけど、あれで物が飛ぶの?」

「日本の知識が正しければね」


 魔法がある世界でも大抵の物は上から下に落ちるし、可燃物は酸化反応で炭化する。

 もしもそうした物理現象が異なるのなら、地球の物理法則で生きる日本人たちは転移した直後に即死である。

 だから、地球の物理の知識は有効だろうと美咲は考えていたし、インフェルノやアブソリュート・ゼロがその証明となるとも思っていた。


「どういう理屈? ……あーいい、きっと聞いても理解できない。だから見せて、インフェルノと同じで現象を真似(イメージ)する方向で考えるから」

「……理屈知らないと、見てもイメージできないとは思うけど……まあ、試行錯誤は科学の基本だし、それもありか」


 馬をしっかりと繋ぎ直し、馬車から少し離れた美咲は、極太のマジックペンサイズの鉄の塊を取り出し、茜とフェルに見せる。


「建築用の錘だね。なんでそんなの持ってるの?」


 工事現場などで垂直を取るための錘を取り出した美咲に、その正体を知っていたフェルが尋ねると、


「建築用だったんだ、これ。鉄製で、重さも形も弾体に良さそうだったから」


 と、露店で材質、形状、重さのみで探し当てた錘の正体を知った美咲は、なるほど、そういう代物だったのかと納得する。


「……それはそれとして、フェルは雷の正体って知ってる?」

「雷槍なんかだと、魔力がビリビリする雷素っていうのに変わるって言われてるけど」

「へぇ、元素論みたいな思想があるんだね。日本ではざっくり電気って呼ばれてるんだ。茜ちゃんは原子や分子を『万物を構成せし極小なるもの』って呼んでるけど、それを更に小さく割ることができて、割ると原子核と電子に分けることができるんだけど、この電子っていう素粒子が原子核にとらわれていない状態の時、自由電子って……あれ?」


 頭を抱えるフェルと茜に気付き、美咲は説明を中断した。

 そして説明を大幅に端折ることにした。


「ざっくり言うと、電気っていうのは特定条件下である場所から別の場所に移動する性質があって、その間にこの錘を置くと、電気の働き(ローレンツ力)で鉄の塊が加速されるんだ。他の条件が同じなら威力はレールの長さで調整できるはずで……ええと」


 近くに馬車は見えない。

 美咲は、街道沿いにある湖の方を指さし、フェルに尋ねる。


「フェル、この湖って今、素潜りしてる人とかっているかな?」

「ここって結構町と町の真ん中へんだし、湖と言いつつ沼みたいなものだし、珍しい物が獲れるとも聞かないから、いないと思うけど?」

「なら、いっか」


 そう呟き、美咲は右手に錘を乗せ、湖の方に右手を伸ばす。


「魔素で仮想レールを形成」


 その言葉とともに、美咲の前に二本の平行な魔素の棒が生み出される。

 もちろん、それを知覚できたのは、魔素感知に優れたフェルだけである。

 美咲の持つ錘の30センチほど上に生み出されたその二本の棒は、長さにして僅か数m程。


「魔力励起」


 魔素が魔力化し、魔素を感じとれない美咲と茜の目にも陽炎のような二本の棒が見えるようになる。


「レールに弾体をセットし……」


 レールが、イメージ通りの位置にあることを確認して、笑みを浮かべた美咲は、弾体をレールの間に放り上げる。

 予めイメージしたとおりに、錘は魔力が生み出した磁場に捉えられ、レールの間にふらりと収まる。

 魔力は物質に触れてもあまり干渉しないため、錘に触れてもレールが歪んだりはしない。

 ただ、魔力は時間経過でゆっくり蒸発していくし、磁力として働くことでも消耗する。

 だから、蒸発しきる前に美咲はコマンドを入力した。


「……いくよ。通電!」


 ドンッ!

 という音とともに、美咲の前に浮いていた弾体が消え、前方の湖に衝撃波で一直線に水しぶきの線が生まれ、対岸の手前で着水して濁った水柱が立った。


 文字で書くと余裕があるようにも見えるが、ここまですべてがほぼ同時に発生したのだ。

 発射音とほぼ同時に衝撃波が湖面を切り裂く音――の後、遠くの湖面に着弾して水柱が立ち、音が遅れてやってくる。

 着弾の音。

 水柱が立ち、崩れる音。

 暫くすると、巻き上げられた水滴が豪雨のように降り注ぐ。


 衝撃の余波によるものか、水面には大きな鯉のような魚がぷかぷかと浮いており、水柱が立ったあたりは巻き上げられた泥で水が濁りまくっていた。


「美咲先輩、成功ですね!」


 降り注ぐ泥水の中、茜は嬉しそうに美咲に抱きつく。

 茜と美咲の背丈はほぼ同じなので、泥混じりの湖水に濡れた顔で頬ずりされた美咲は、無言で茜を引き剥がす。


 泥水の雨に濡れているため、みな泥まみれである。

 なお、フェルは耳を押さえてしゃがみ込み、ぷるぷる震えていた。


「魔法の安全装置があってもさすがに音がうるさいね。でも、それ以外は想定通り」

「反動とか感電とかはなかったんですか?」

「影響はゼロじゃなかったけど、魔法の安全装置が軽減してくれたからね」

「安全装置……ああ、だから弾体を浮かべてから撃ったんですね。一手間余計にかかってるなって思ったんですけど必要なことだったんですね」


 納得する茜に、ようやく再起動を果たしたフェルが、待て、と声をかける。


「フェル姉、どうかしました?」

「どうかしたじゃないわよ。魔法の射程は、魔素のラインを使ってようやく有効射程100ミールなのよ? なのに!」


 フェルは魚が浮かぶ濁った湖を指差し、叫ぶように言った。


「どう見たって、500ミール以上の飛距離に、500ミール先でも全然威力が減衰してないように見えるんだけど?!」

「まあ、本家レールガンの飛距離は数十キロ――数万ミール以上とか聞くしね」


 とは言え、美咲のレールガンはあくまでも小型簡略化版であり、そこまでの威力はない。美咲のイメージによって電圧がむやみに高いことと、魔力で作ったレールが殆ど抵抗を生じさせないという点はチート性能だが、レールの長さが短いため、それらを生かし切れておらず、地球のレールガンよりも遙かに弱い。

 だから、せいぜいが50口径のライフルと同じ程度の『弱さ』だろう、と美咲は想像していた。

 50口径のライフルでも弾丸の初速は音速の数倍に及ぶし、射程も数キロメートル程度はあるし、かつては対戦車ライフルと呼ばれていたような代物なわけだが。


「正気の沙汰とは思えないんだけど……どうしてこんなことが可能なの? なんで離れても魔法が消えなかったの?」

「……私ひとりだけで使った魔法現象は50ミールほどって制限は破ってないよ?」

「え? でも実際にあーなってるじゃない?」


 フェルは未だ、落ち着かない湖面を指差す。

 ぷかぷか浮いていた大きめの魚は、生きていたのか沈んだのか数が減り、代わりに水草や小魚が浮かび始めている。


「あそこに届けたのは、魔法で加速した錘だから」


 意味が分からないと首をひねるフェルに、そっか、と美咲は近くの地面に落ちていた枯れ枝に炎槍を打ち込んで火を付け、その枯れ枝を拾い上げる。


「フェル、これは魔法で点火した火だよね?」

「うん。もう、魔法の燃焼効果は切れかけて……あ、切れたけどね」


 魔法には、状態変化を起こす働きと、それを維持しようとする働きがあり、それらは周辺魔素を取り込んで行われる。

 魔素は酸素ほど素早く動けないため、周囲の魔素が尽きれば魔法も効果を失う。


「でも木に点いた火は燃えてる。例えばこの火を200ミール先に持って行ったら消える?」

「消えないよ。だって魔法の効果が切れたって、燃えてるってことがなくなるわけじゃないし……ああ、そういうこと? 魔法で矢を打ち出す仕組みを作れば、その矢は魔法の射程を超えて遠くに届くってこと?」


 美咲の言葉で答えに気付いたフェルはなるほど、と理解の色を示し、固まった。


「それってつまり、この魔法は……ミサキが提唱した魔法の安全装置の対象外ってこと?」


 魔法の安全装置を、美咲は『魔法の三原則』としてまとめていた。

 一.魔法は具現化することにより、術者に強い影響を加えてはならない。また危険を看過することによって、術者に強い影響を加えてはならない。

 二.魔法は術者の指示に従って具現化しなければならない。ただし、術者の指示が一項に反する場合はこの限りではない。

 三.具現化した魔法は、一、二項に反するおそれのない限り、周辺魔素を利用して存在を維持しなければならない。


 美咲は「術者に」と表現しているが、実態としては人間、およびその周辺環境に、と言う方が正しく状態を表現している。

 だから仮に攻撃魔法を人間に打ち込んでも魔法は拡散してしまうし、美咲がインフェルノを使っても、生み出される輻射熱で美咲や周辺の人や物が燃えたりもしなかった。


 だが、この魔法(レールガン)が打ち出した弾体は、魔法という方法で打ち出されたただの錘である。

 レールの間にある間ならともかく、撃ち出された後は、魔法の安全装置の対象とはならない。

 もちろん着弾地付近では、物体に干渉し続()けようとする効果()は切れているのだから、対象を燃やすような魔法そのものの効果が必要な場合は使えない。

 つまり、魔法そのものの効果で、例えば白狼の毛皮を抜くことはできない。


 だが、


 フェルは湖を見てあきれたように首を振る。


(これだけの威力があるなら、白狼はもちろん、地竜もこの前のゴーレムだって一撃じゃないかな? そして、何よりも人間に向けることができるのはまずいね)


 魔法使いとして、フェルはそれがどれほど危険なことか正しく理解した。


「……ミサキ、この魔法は人前で使ったら駄目。危なすぎる」

「危ないってどうして?」

「これは直接人間を殺すことができる魔法だから」


 フェルが聞く限り、美咲の述べるレールガンの理論は意味不明だった。

 だからレールガンそのものを真似ることはできないだろう。とフェルは予想していた。

 だが、魔法で何かを射出するという点のみに着目すれば、それは応用可能な理論である。

 フェルの説明を聞いた美咲は、そういう危険があるのであれば、と、よほどのことがない限りは封印すると約束したのだった。


 ◇◆◇◆◇


「さっきの魔法はとりあえず封印してもらうとして、ミサキ、何か新しい魔法を思いついたら、まず、私に相談してね?」

「そんな、大げさだよぉ」

「あんな魔法を見せといて大げさって言う? あ、アカネもだからね?」

「私は魔法じゃなく、魔道具開発をしていくつもりですけど、分かりました。何か作ったらフェル姉に相談します」

「魔道具ならそんなに問題にならないけど、危険な魔法は死刑だからね?」


 フェルの言葉に、美咲は固まった。

 新しい魔法を作ることと、死刑になるということがイコールで結べなかったのだ。


「……死刑? なんで?」

「なんでも何も、危険な魔道具ならそれを奪えば使えないけど、危険な魔法は生きてる限り使えちゃうでしょ?」


 危険な魔法の知識の拡散を防止する意味でも、確実に使用を禁ずる意味でも、それが一番簡単なのだと答えるフェルに、美咲は顔を青ざめさせた。が、続く言葉を聞いて、青ざめた顔を引きつらせる。


「まあ、ミサキは聖人に列せられるだろうから、大抵の事は許されちゃうと思うけどね」

「聖人? え? 聖女とかああいうの?」

「そ。女神様の御神託を直接聞いたんでしょ? この国の歴史だと、神殿にある灰箱に女神様が文字を書かれる以外の方法で御神託を受けた人は聖人認定されるから、ミサキを罰することができるのは女神様だけってことになるかな……ただ、さっきのレールガンを見て、理解して使えるようになっただけの魔法使いなら死刑だからね?」

「情報量が多すぎるよ……あ、茜ちゃん、聖人になりたい?」

「えー? 聖なる力を授かっての聖女様にならなりたいですけど、そうじゃないなら面倒そうなのでやめときます。それよりフェル姉、他にも聖人がいるなら、どういうことをしたのか教えて貰ってもいいですか?」

「あ、うん。神殿で聞いた方が細かく教えてくれると思うけど……」


 フェルの話を聞きながら、馬車はゆっくりと西に向かう。


 美咲は忘れていた。

 かつてタオルを売りに出したとき、ビリーがそれを迷宮産かと尋ねていたことを。


 美咲は知らなかった。

 王都から西に進んだネルソンの町には青の迷宮と呼ばれる迷宮があることを。


 そして、迷宮という言葉に魅了され、我を忘れた茜が一騒動を巻き起こすことになるとは、美咲は予想もしていなかったのだ。

読んで頂きありがとうございます。


11/22、本日、漫画版の第三巻が発売されました。

原作者がネームチェックのために目を通しては爆笑していたような出来映えですので、お手にとって頂けると幸いです。

今回のお話は、やや漫画版の設定に寄せて書いています。

一応漫画家さんとか編集さんとかに問題ないか確認してます。


フ女子生活。他にも番外編を書いていますので、近日(多分一ヶ月以内)公開致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 落雷の近くに居て感電しなくても、吹っ飛ぶのはローレンツ力なのかな? ソニックブームかと思ってたけど違うっぽいか……。
[一言] 漫画版、終わりましたね。 もっと続くと思っていたのですが残念です。 茜と美咲のデフォルメ百面相を拝めなくなるのが寂しい。
[良い点] レールガンは荷物を届けるのに最適です 重い荷物を王都まで輸送ですね マスドライバーを使いましょう あらゆるプランのなかで、最速でお届け!
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