番外編・魔法少女と紙芝居
ある秋の日の午後、
「ミサキ、魔法少女って何?」
フェルがそんな質問をしてきて、美咲は洗っていた皿を落っことした。
幸い食堂用の木のお皿だったので、割れることはなかったが、食堂内に随分と大きな音を響かせることとなり、フェルは騒音に抗議するように耳をクルリと回す。
「……どこでそんな言葉を?」
「あ、うん。このまえエリーちゃんが広場でみんなとそんな遊びをしてたから」
「遊びって?」
「何か棒を振り回して早変わりの魔法で変身? して、投射系魔法で魔物を退治する、みたいな? まあ傭兵ごっこの一種なんだけど、何やってるのって聞いたら魔法少女ごっこだって」
なるほど。と美咲は嘆息した。
まあ犯人は分かっている。
魔法を使える人間が一定数いる世界では、魔法を使える女の子は魔法少女であり、それはあの少女は魔法を使えます、という以上の意味を持たない。
だから、この世界には日本で言うような魔法少女という概念はまだ存在しなかった。
魔法少女という概念のないこの世界で、そんな言葉を知っているのは日本人だけだ。
「日本の、えーと、演劇みたいなのにそういうのがあるんだよね。で、多分、茜ちゃんがエリーちゃんに教えたんだと思うけど……」
「普通の魔法使いの女の子とはまた違うんだよね?」
「まあそうかな。魔法を使って正義を為す、みたいな?」
「ああ、セシル・クロケットみたいな劇とか?」
前に教科書を読んだときに載っていた有名な劇作家の名前が出てきたので美咲は頷いた。
「身分を隠した王族が悪徳領主をやっつけたりするお話とかだったよね。まあ魔法少女も勧善懲悪って所は似てるかな」
「どんなお話があるのか、今度聞かせてよ。ミサキっていっぱい本持ってたよね?」
「私が持ってるのは、日本のことを知っていないと意味不明な本ばっかりなんだよね」
「何か珍しいお話を聞かせてくれたら、今度、森エルフの住んでる森に行くとき、一緒に連れてってあげるからさ」
「いや、別に私は森エルフの生活にはそこまで興味は……」
「話は聞かせてもらいました!」
唐突に割り込んできたのは茜だった。
今日は小川からの依頼で、全自動掃除機の制御ルーチンを自室で考えていたはずだが、フェルの声を聞きつけて降りてきたらしい。
ちなみに、吸い取る系ではなく、風で一カ所に吹き飛ばしてから回収する、という箒に近い仕組みで検討しているそうだ。
「茜ちゃん。エリーちゃんにいったい何を吹き込んだの?」
「日本の正義の味方のお話? 特殊な魔道具で変身して、その魔道具で得た力で魔物をやっつけるみたいな?」
「あ、そういえば広場で見たときは、早変わりの魔法使ったって設定で、手拭いを首に巻いてたっけ」
「……それって魔法少女なの?」
道具を使って変身して魔物をやっつけるとか、ウルトラマンとか仮面ライダーと間違えてないだろうか、と美咲は首を傾げる。
「魔法少女も色々ですからねぇ……で、フェルさんに日本の物語ですね? 実はエリーちゃんのために紙芝居を用意していたので、フェルさんには実験台……いえ、このあたりの常識に照らして問題がないかどうかを見てもらいたいんですけど……お菓子も付けますよ?」
「うん、やるよ……でも紙芝居って何?」
フェルは初耳だと美咲に顔を向け、美咲はどう説明したものかと天井を見上げ、少し考えながらフェルに紙芝居の概要を説明した。
美咲の説明を聞いたフェルは、紙芝居は大きな劇場や大勢の役者を必要としない、簡易版の演劇であると理解した。
「お芝居ってことは……観客はどの程度なの?」
「んー……紙芝居は一度に大勢の……たしか10人前後に見せるものだったかな?」
古い邦画の、紙芝居が登場するシーンを思い出しながら、美咲はそう答える。
「そしたら、客は多いほうが良いよね? アカネ、ちょっと人数集めてくるから待っててね」
フェルはそう言い残すと、店の外へと駆け出していった。
「え? あ、フェルさん! ほどほどでお願いしますね! ……観客が多いと緊張しちゃいますから」
話が大きくなってしまい、茜は少し困ったような顔でそう呼び掛け、アイテムボックスから取り出したギリシャの神殿を模したような形の紙芝居の枠を食堂のカウンターの上に乗せるのだった。
「ミサキー、来たぞー」
「アカネが何かを演じると聞いた」
最初にやってきたのはベルとアンナだった。
最近は白の樹海の迷宮の町――コナーの町で仕事をしていたようだが、たまたま戻ってきていたところをフェルに拉致されたらしい。
「アカネさんが新しい商売を始めるらしいと聞きまして」
とやってきたのは商業組合のマギー。
走り回るフェルに、これは商機かもしれぬと食らいついたそうだ。
続いて、わらわらと子供たちが5名、
「お姉ちゃん、お邪魔しまーす!」
「「しまーす!」」
「お前らあんまり騒ぐんじゃないぞー。あ、お姉ちゃん、久し振り」
と、これはグリン。最近のグリンは成長著しく、その身長は美咲や茜と並ぶほどで、もう子供扱いはできない。
最近のミストの町の孤児院は王都神殿からの補助金が増え、読み書きと簡単な計算、傭兵の初歩的な技能程度ではあるが、無償で子供たちを教育するための学び舎が併設されており、今日はフェルに呼ばれて、たまたま院で勉強をしていた生徒たちが遠足気分でやってきたらしい。
グリンが引率なのは、グリンが塀の外での生存術を教えていたからだ。
ちなみに補助金が増えた理由として、そこに美咲がちょくちょく食料の寄付をしていたと知った王都神殿上層部の意向があったりするが、それは美咲の与り知らぬところである。
「組合長からアカネさんが何かやらかぁ、じゃなくて、何かやるなら見てこいって言われてきました」
と言っているのは傭兵組合受付嬢のシェリー。
これにフェルを加えた総勢12名がミサキ食堂に詰めかけた。
ミサキ食堂にはテーブル席こそあるものの、普段はそちらには装飾品などが置かれていて、使えるようにはなっていない。
即座に座れる座席はカウンターの5席のみ。
「美咲先輩、ちょっと多すぎるんですけど」
「そうだね。ええと……子供たちはカウンター席に座って。グリンは子供たちが座るの手伝ったげて……で、大人たちは奥……フェルの後ろのドアの向こうに物置部屋があるからそっちから椅子を持ってきて。で、茜ちゃんは厨房に回ってそっちから紙芝居。できる?」
「やってみます」
「ミサキー、芸を見せるのに酒とかないのか?」
「ミサキ食堂ではお酒は出しません……と、でもそうだね、何もないのも寂しいか」
厨房に入った美咲は、食品庫からこちらで購入した水飴を取り出し、水飴は木の棒2本(割り箸)とセットにして小皿に乗せ、子供たちの前にそれを並べ、物欲しそうにしているグリンの分も追加で作って渡す。
子供たちは慣れた手つきで棒の先端に付けた水飴をクルクルと回して練り始める。が、まだ上手にできない子供もおり、そんな子供は、周りの子供が練り方を教えてあげている。
「ミサキ食堂にしては、珍しいものが出てきたね?」
「いや、日本のお菓子ばかりじゃ、エリーちゃんの教育に良くないだろうから……あ、大人はこっちね」
と、木の大皿に並べて出されたクッキーを見て、フェルは嫌そうな顔をする。
「どんぐりのクッキー?」
「そ。この辺りの定番なんでしょ? 試しに買ってみたんだけど、間違ってたくさん買っちゃったから、消費するの協力してね?」
「定番だけどさ、パサパサだったでしょ?」
「……うん」
美咲が買ってきた物は、比較的高級品で、蜂蜜と塩と牛乳が使われたものだが、積極的に食べたい味かと問われれば、美咲としては首を横に振らざるを得ない代物だった。
「……蜂蜜入りでもそんなに甘くないし」
「そうなんだよねぇ。それでいてあんまり日持ちもしないから、早く食べないとだしね」
食べてみて、たくさん買ったことを後悔したとは言わない美咲だったが、フェルたちにはバレバレであった。
「ミサキ、クッキーはありがたくいただくけど、パサパサだから飲み物も頂戴ね?」
「うん……あ、それじゃ、クッキーにこれを掛けてあげよう」
美咲は冷蔵庫から、小さな壺を取り出すと、中の粉をクッキーに振りかける。
「ミサキさん、それはなんなのでしょうか?」
と、興味深げに覗き込んでくるマギーに、美咲は笑顔で、大豆を煎って皮を剥いたものを挽いた粉だと答える。
「日本じゃきな粉って言って、甘味の定番のひとつ……まあ、普通は砂糖とか混ぜて、もっとしっかり甘くして使うんだけどね。この辺でも使ってる料理、あったと思ったけど?」
日本ではきな粉に砂糖を加えることも多いが、きな粉そのものにも微かな甘みがあるし、風味も増す。
だが、ミサキ食堂の甘味に慣れてしまったフェルたちは、その程度では満足しなかった。
「……プリンを希望する」
「私もー」
「俺も俺も」
「アンナとフェルとベルは終わってから有料でね?」
この辺りで飲まれている、ヨモギっぽい香りのお茶を全員分淹れて、テーブルに並べながら美咲はそう返した。
「分かった」
「楽しみが増えたよ」
「言ってみるもんだなぁ」
「ミサキさん、私も後でいただけるかしら?」
「マギーさんは商業組合で食べられるでしょうに」
賑やかな声が減り、子供達が練られて気泡を大量に含み、真っ白になった水飴を舐めるのに夢中になったのを見計らい、茜が拍子木を打ち鳴らす。
その音に、飴に夢中になっていた子供たちが驚いて茜のほうを見ると、茜はゆっくりと紙芝居の枠の蓋を開いた。
蓋はそのまま門を守る塀のように広がり、内側にも模様が彫られているなど無駄に凝っている。
枠の中の紙には大きな桃の絵と、こちらの言葉で桃ビリーと書かれていた。
「桃ビリー。これは遠い遠い、日本という国に伝わるお話だよ、始まり始まり~」
茜は少しイントネーションを変えた喋り方でそう言いながら1枚目の紙を抜く。
「昔々あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。ふたりは山の麓の一軒家で、仲良く暮らしていました。そんなある日、お爺さんは野原に角兎を捕りに、お婆さんは川に魚を獲りにでかけました」
『川で洗濯』にしなかったのは、基本、洗濯は町の中で行うものだからで、『柴刈り』にしなかったのは、狭い町の中ではあまり火を使わないと知っていたからこその茜なりの工夫である。
お爺さんが弓で角兎を、お婆さんが投網で魚を獲る絵を見て、シェリーが呟く。
「町の外の一軒家に暮らしているということは、このふたり、かなりの腕前ですね」
この世界の基準では、塀の中に暮らしていない、イコール自力で大抵の魔物は駆除して生き延びる力がある、ということを意味するのだ。
まあ、その辺りは見直さないとだね、と茜は苦笑いしながら紙を抜き取る。
「お婆さんが投網を投げると、巨大な桃が網に掛かります。お婆さんは『これは美味しそうな桃だ。帰ってお爺さんと食べようかねぇ』と家に持ち帰ることにしました」
投網に包んだ大きな桃をかついで家に帰るお婆さんの絵。
それを見て、ベルが呟いた。
「あの大きさだと、俺と同じくらいの重さがありそうだな。見た感じ、結構な年寄りなのに力持ちだな。この婆さん、何者だ?」
桃の大きさから想定される重量は30~40kg。
農民なら、作物の詰まった袋がもっと重くなることもあるので持ち上げられない重量ではないが、担いで距離を歩けるかと言えばそれは難しい。
「大きな大きな桃を、お婆さんは大きな鉈で真っ二つ。なんと中から元気な男の子が飛び出してきたのです。『おや、これはなんとも可愛い赤子じゃのう』と老夫婦は大喜び」
「……なぜ子供は真っ二つになってないの?」
アンナの冷静な声が食堂の中に響く。
それを聞いた子供たちも、我が意を得たりとばかりに頷くが、その口は飴によって塞がれていて、言葉にならなかった。
それを見て、なるほど、紙芝居の時に子供に飴を舐めさせるのは、口を塞ぐためなのか、と美咲は見当違いの得心をした。
「子供がいなかったお爺さんとお婆さんは、桃から生まれた男の子に、桃ビリーと名付け、育てることにしました」
男の子と、それを囲んで嬉しそうな老夫婦の絵。それを見て、
「保護するのはいいのですけど、ちゃんと近隣の町に迷子を保護したと伝えないと」
と、これはシェリーだ。傭兵組合の受付としては、その手のルールが気になるらしい。
「桃ビリーはすくすくと成長し、数年後には、立派な若者になりました」
老夫婦の年齢は変わっていないように見えるが、立派に成人したように見える桃ビリー。それを見て、
「長命種の逆で短命種? 日本にはそういう種族もいるのですか?」
と、今度はマギーが驚きの声を漏らす。商業組合で各地の情報に触れる機会が多いマギーをしても、短命種の桃ビリーは知らない種族だった。
「一方その頃、人々に知られることなく成長した迷宮が鬼ヶ島という島にありました。その鬼ヶ島の中に知恵を持つ魔物――魔王が生まれ、迷宮の外の世界が侵略され始めていました」
絵は、玉座のような椅子に座る、地球の軍服っぽい服を着た強そうな人型の魔物と、その配下のコボルト、魔狼、大鹿、グランボアたち。
「魔王は人間っぽいのに、配下はコナーの町の迷宮と同じなんだ……なのに侵略? 目的はなんだろう?」
と、これはベル。
「……桃ビリーは、人々の苦しみを見捨ててはおけぬと、剣を取り、戦う決意をしました」
剣を掲げ、革ジャンぽい革鎧を身にまとった桃ビリー。その後ろには心配そうな老夫婦の姿。
それを見て、すっかり傭兵になじんだグリンと、装備に興味を示したアンナが呟く。
「あの革鎧じゃ、腰から下の魔物の攻撃は防げないんじゃないかな」
「……剣は細いサーベル? でも両手持ち? 茜の魔剣に似てるかも?」
「……お、お婆さんから魔除けの香草クッキーの入った袋を貰った桃ビリーは、鬼ヶ島を目指して旅立ちました」
貰った袋を腰にぶら下げた桃ビリーが、老夫婦に手を振って旅立つ姿。
それを見て、フェルは、
「なるほど、魔法剣士だね。この軽装は収納魔法を使ってないと説明できないもんね」
などと呟く。
それを聞いた茜は、ぽつりと呟いた。
「……終わります……うん、この国の人たちに桃太郎はまだ早過ぎたんだ」
「え、これからってところで終わるのかよ!」
「……意味ありげに渡されたクッキーとか、気になる」
「じゃ、とりあえず、意見とかは最後まで見た後にしてください。意見は意見で聞きたいので、そこは遠慮しなくて良いです」
茜がそう言うと、全員が頷いた。
「わかりました。それじゃ美咲先輩。すみませんけど、みんなに飴をくばってもらえますか?」
「そうだね。紙芝居って言ったら、飴だよね。さっき、なぜ飴なのかがよく分かったよ」
魔除けの香草クッキーを貰い改心して仲間になる、白狼、飛竜、虎のゴーレム。
ゴーレムは食べられないのでは、という疑問を持つベルと、そんなクッキーがあるなら、是非作ってもらいたいと思うシェリー。
小舟で島に渡る一行。
小舟に虎のゴーレムが乗ったら沈むよね、と言いたいけど我慢するフェル。
そして仲間たちの特技を使って困難を乗り越えていく桃ビリーたち。
鬼ヶ島勢にはまともな対空戦闘能力を持つ魔物はいなかった。
飛竜の空からの攻撃が凶悪すぎて、他がいなくても勝てるんじゃないか、と首を傾げる子供たち。
そして、桃ビリーたちの総攻撃に魔王が力尽き倒れる。
魔王にクッキーを食べさせて改心させればよかったんじゃないのか、と思いつつも空気を読むグリン。
そして鬼ヶ島の迷宮に溜め込まれていた財宝を根こそぎ回収して帰途につく桃ビリーたち。
荷馬車に財宝を山盛りにして、それを引く虎のゴーレム。
それを嬉しそうに迎える老夫婦。
それだけ金銀財宝を積んだら、どう考えても車軸が折れますね。と冷静に分析するマギー。
魔物が荷馬車を牽いてきたら、まず驚くとかの反応が先じゃないだろうか、と思っても口にはしないシェリー。
めでたしめでたし。で仲間たちと力を合わせて仲良く畑仕事をする桃ビリー。
いやいや、財宝あるのに畑仕事? ていうか、塀も用水路もない所に畑作ったって、魔物に荒らされるだけなのに、と腕を組むベル。
「で、おかしなところがあったら、修正したいから聞かせてもらいたい、ん、だけど……あ、なんかみんな色々ありそうだね?」
皆の視線を受け、たじろぐ茜。
そして、茜に向かって頷く一行。
「それじゃ、紙と鉛筆を配るので、みんな気になったところを書いてね」
茜が滅多打ちにされそうな雰囲気を感じ取り、美咲は全員にレポート用紙と鉛筆を配布する。
そうしてしばらくの間、美咲食堂内にカリカリという音が響くのであった。
解散後、残った希望者に有料でプリンを振る舞い、その一部も帰った後、二人は集めた紙を厨房の作業台に広げて確認していた。
「ボロボロです。こんなに問題点が多いなんて……全部作り直しですよ、これ」
紙に書かれた内容を見て、茜は大きな溜息をついた。
「まあほら、そもそもお伽噺や童話って、おかしなものが多いからね。桃から人間が生まれるはずないよねとか、亀に乗って海に潜ったら溺れるよねとか、森の中にお菓子の家があったら虫だらけになるよね、なんてのは子供だって気付くわけだけど、お伽噺だからってことでスルーしてるわけで」
実際には、おかしいと言われたときにそれっぽい説明をしてはぐらかす技能も紙芝居には必要なのだが、茜には少し難しかったようである。
「むう、エリーちゃんに話して聞かせたかったのに……」
「だからさ、お伽噺ってのに無理があったんだよ」
「それ以外だと……ああ、つまりアニメとかマンガを紙芝居にすれば!」
「日本の学生の日常とかがあるのとか、ロボットものとかは理解されないと思うけどね」
主人公が現代日本人だったりすると、その生活シーンが重要な要素になっているものをこちらに持ってくるのは難しい。
女神のスマホがあるから、電話くらいなら理解されるかもしれないが、貴重な女神のスマホを子供が持っていたりすれば、それは違和感しかないだろう。
まして、機械文明が前提のロボットなどは、更に理解が難しい。
と美咲が指摘すると、
「それは……ええと、そう! ゴーレム! 住んでた町が謎の集団に襲われて、目の前の荷馬車が炎槍を受け、そこから転げ落ちた魔道書を偶然手にした少年が、搭乗型ゴーレムに乗って敵をバッタバッタと……」
「……あー、アキとかナツの透明パーツの元ネタアニメ? この前買ってきた中古DVDで見たけど、それをこっち風に解釈したのとか、面白そうだし個人的には見てみたいけど……ゴーレムはそもそも人を傷付けられないようにできているよ? 設定に無理がない?」
設定に無理がなかったとしても、地球の戦争に関係する物語をこちらに持ち込むことには否定的な美咲だった。
冬の微睡祭から春の復活祭までの間は不在となるが、それ以外は常に女神様に見守られているからか、この世界の人はみんな生真面目で優しい。
そこに地球の、勝者が正義、みたいな戦争のルールを持ち込むのはできれば避けたいと思っていたのだ。
「なら……えーと、なら王都のタワーを観光中、突然光に飲み込まれ、3人の少女が異世界に転移。魔法を習って冒険の旅に……」
「……それは知らないなぁ」
「平成初期のお話だし、ファンタジーですからねぇ。うちのおねーちゃん、古いマンガとか好きだから……あ、そうだ、古いのって言ったらあれだ。ええと強力な不思議な魔素を浴び、地竜の魔物が巨大な怪獣に突然変異した。怪獣は生物には毒となる不思議な魔素を吐き出し、周囲の環境を汚染しながらミストの町に迫る。そんな中、怪獣を倒せる強力な魔道具を発明した魔法協会の教授は、自分が作った魔道具が人間に対する殺戮兵器として使われることを恐れながらも、人々を守るため、ひとり戦いを挑むのだった……みたいな?」
「そんな古いのよく知ってるね。うん。まあ、その辺なら良いかもね。最後はそうすると、湖あたりに骨が沈んだりするのかな? あ、そうそう、悪を倒す博士……じゃなくて教授役は貴族とか王族とかにするのがこの世界の劇のテンプレみたいだから」
美咲がそう言うと茜はハンカチを取り出して泣き真似をする。
「美咲先輩がテンプレって言葉を使いこなしてる、うう、立派になって」
「まだ、ファンタジー独特の設定とか世界観とかは難しいけどね。だからまた、お勧めの小説があったら教えてね?」
「そうですねぇ、ラノベじゃなくて、すっごく古くて、異世界物でもないけど、すっごい可愛くて格好いい猫が主人公のファンタジー小説とかありますよ」
「猫! それは読まないとね!」
さて。
紙芝居は劇場で行われる舞台劇と比べると遙かに小規模で子供だましに近い。
そんな紙芝居だが、歴史を紐解けば、その起源には諸説あり、古いところでは源氏物語絵巻をシーンごとに追い掛けて読み聞かせたものが原点だと言われたりしている。
新しいところだと、江戸時代の写し絵という覗き絡繰りや、紙人形を使った立ち絵紙芝居という人形劇が原点という説もある。
いずれにしてもそれらの系譜を受け継いで、一枚の絵の中に人物、背景が描かれた平絵紙芝居というものが誕生したのが昭和初期と言われている。
原点がすべて日本のものである理由は単純で、紙芝居は日本独自の伝統芸能なのだ。日本から輸出されるまで、海外に似たものは存在しなかった。
そして、今知られているような平絵紙芝居が普及し始めたのは世界大恐慌と時を同じくしている。というよりも、世界恐慌を発端とする昭和恐慌で世に溢れた失業者が、元手があまり掛からない紙芝居を生業としたため、一気に広がったわけだが、江戸時代ではなく、昭和初期に広まったのにはもう一つ理由がある。
紙芝居には、そこそこ固くて丈夫な紙と、綺麗な発色の顔料などが必要になるため、要求する文明水準が比較的高いのだ。
だが、安価な紙と、そこそこ高価ではあるが使いやすい色鉛筆があるミストの町において。
そして、白の樹海の迷宮へ向かう人の流れが多い途上の町において。
多くの役者を必要とせず、場所を取ることもなく演じることが可能な紙芝居という新しい物語の見せ方は、すぐに受け入れられた。
マギーがこれは商売になると判断し、茜に許可を取って紙芝居の技法を伝えたのだ。
ミストの町において、物語を語るのが得意なのは役者だけではない。
独演、ということであれば、もっとそれを得意とする職業があった。
例えば酒場の客寄せとして。
例えば広場で子供たちを相手に。
町のあちらこちらで、吟遊詩人たちが手持ちの歌を紙芝居にして披露する姿が見られるようになるまで、そう時間は掛からなかった。
そして茜はと言えば、
「そのとき、お爺さんが言いました。『スケイルさん、カークさん。少し捻っておあげなさい! ああ、相手は忠義に篤い兵士たちじゃ。手加減は忘れずにの』。すると、『はっ!』、『畏まりました!』とふたりは剣を鞘ごと抜きます」
「おおっ!」
夢中で紙芝居にのめり込むエリーとマリア。
紙には、鎧も着けていない普段着の男性ふたりが、揃いの鎧を着た兵士たちに鞘を付けた剣を向けるシーンが描かれていた。
「兵士の半数はあっさり倒されますが、そこはさすがの正規兵。集団戦には長けています。指揮官が叫びます『ヤツは強いぞ! ひとりで当たるな! 囲め囲め!』」
暴れるふたりを囲むように兵士が動く絵、を見て、エリーがひきょうものーと小さな拳を振り上げる。
「『卑怯な!』とスケイルさんが叫ぶと、『ふん、これは卑怯ではない。戦術と言うのだよ』と指揮官が嘯く。『くそっ! カークさんすっかり囲まれたぞ!』とスケイルさんが余裕のない声を上げます。すると、背中合わせのカークさんは首から下げた小さな笛を吹きます。『ピュイッ』と甲高い音が響くと……」
茜は紙を抜く。
と、兵士達の足元に火柱が立っている絵に変わる。
「無数の炎槍が周囲の兵士の足元に突き刺さります。カークさんは『見たか。これぞ王家の秘宝だ!』と叫びます」
次の紙は、如何にも悪役顔の太った男性がダラダラ汗を流す絵。
「悪代官の顔色が真っ青になりました。『王家の秘宝だと? それを持ち出せるのは王家に連なる者だけ……ま、まさかぁっ!』」
茜が紙を抜くと、日本人にはお馴染みのシーンだった。
「兵士の包囲から抜け、スケイルさんが叫びます。『静まれ! 静まれぇいっ!』 そしてカークさんは、王家の秘宝に刻まれた紋章を皆に見えるように掲げます。『控えおろう! ここにおわすお方をどなたと心得る! 畏れ多くも、公爵家先代御当主、ミトラーニ・ミックミラン様であらせられるぞ。ええい、頭が高い!』」
そして、ペラリと捲ると、腰を抜かした悪代官と平伏する兵士たち。
次の紙では、スケイルたちに縛り上げられた悪代官と、その後ろには虐げられていた平民たち。
悪代官は領主に引き渡され、領主が平民たちのための善政を誓って、ミックミラン一行が旅立つところで終幕である。
「エリーちゃん、お話、どうだった?」
「おもしろかったー!」
「そっかぁ、それじゃ、続きはまた来……月かな?」
「え、茜ちゃん、まだ続けるの?」
勧善懲悪で一話完結。
めでたしめでたしで完結にしとけば良いのに。と言いたげな美咲だったが、
「そりゃ、水戸……じゃなくてミトラーニ様は、全国行脚してて、王都に帰るまで旅は続きますから。次回は新キャラのうっかりハチスンとか登場予定です」
「たのしみー!」
と、嬉しそうなエリーの笑顔に、美咲は、茜を止めるのを止めた。
「じゃ、茜ちゃん、子供向けじゃない情報がないかチェックしたいから、検閲させてね?」
「んー、仕方ないですね。分かりました」
「アカネおねーちゃん、さっきの、広場でおともだちにも見せてほしいの」
「うん。そうだね、折角作ったんだし」
そして茜は道具をまとめ、元気よく
「それじゃ行ってきまーす!」
と広場に向かうのだった。
その物語が世界に広まるまで、そう長い時を必要としていない、などということは、そのときの茜は知るよしもなかった。
読んでくださりありがとうございます。
長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
そしてまた1万文字オーバー。。。多分書籍には入らないだろう番外編なのに。
遅くなった理由。
異世界魔法少女で伏線張りまくって遊んでました。
あと、定価で任天堂スイッチ買えたので、あつもり始めちゃいました。
うん。あつもりがいけない(逃避)。
異世界魔法少女、カクヨムにアカウント作って、あちらでも公開始めました。
見向きもされません(笑)
感想で、茜の言ってる元ネタについて質問がありましたので。
・魔道書拾ってゴーレムで戦う→機動戦士ガンダム。
・王都のタワーを観光中、突然光に飲み込まれ、3人の少女が異世界に転移→魔法騎士レイアース。
・強力な不思議な魔素を浴び、地竜の魔物が巨大な怪獣に突然変異→初代ゴジラ。
・すっごく古くて、異世界物でもないけど、すっごい可愛くて格好いい猫が主人公のファンタジー小説→ポール・ギャリコのジェニィ。
・スケイルさん、カークさん。少し捻ってお上げなさい!→これは難しかったかなぁ(笑)。水戸黄門。
おっとそうです。
4巻の発売には番外編で宣伝とかやらなかったのにこちらはしっかり宣伝させていただきます。
宣伝嫌いな方は、ここでブラウザバックしてください。
いいかな?
いいよね?
フ女子生活のコミカライズ2巻がもうすぐ発売です。
具体的には2020/12/23。クリスマス・イブ・イブ╭( ・ㅂ・)و̑ グッ!
あ、もしもマンガ版読まれてない方がいらっしゃいましたら、お勧めです。
基本線はフ女子生活なんですけど
「なんでこの娘、こんなに面白いことになってるの?」
と原作者が、毎話爆笑しながらネーム原稿をチェックさせてもらってるというね。
原作やらせて貰っているからという色眼鏡もあると思いますが、本当に面白いんです。
原作読んで、まあ面白かったかな、と思われた方には是非見ていただきたいです。
#今ならまだ、コミックウォーカーとかニコニコ漫画で、全話見られると思います。単行本になると、ちょっと絵が変化したりもしますので、面白かったら買ってくださいまし(自分の著書では見せたことがないアグレッシブな営業)。




