番外編・就職
“オガワの町”の本格稼働を前に、小川とキャシーは大量の手紙と格闘していた。
もちろん、事前にミスト家から推薦されてやってきた執事のハービーを始めとする数人の使用人の手で取捨選択されてはいるが、それでも分量が少々シャレになっていない。
手紙の内容は、主に就職に関することだった。
手紙は大きく二種類に分かれている。
ひとつは、縁故採用の依頼。
こちらについては対処方法はシンプルだ。
信頼に足る人物が、自分自身の名誉を汚さないと判断したうえで推薦してくる相手であれば、よほど特殊な条件がない限りは雇用候補とする。割とシンプルな取捨選択なので、推薦者一覧は使用人たちがまとめる。
その一覧を見て、そこに優先順位を付けるのが小川とキャシーの仕事である。
その処理は比較的機械的な作業で、フローチャートを書くことすら可能なレベルである。
大変なのは分量が多い、ただその一点に尽きる。
もうひとつは、実力ありますので雇ってくださいという、個人からの申し込みである。
この世界にはインターネットは存在しない。
そのため、例えば『オガワの町のホームページ』でメイドを募集したり、就職支援サイトに登録し募集を告知するということはできない。
その代替手段のひとつが傭兵組合などである。
当初美咲が考えたように、傭兵組合はハローワークに似た性質を持っている。
しかし、この世界には商人や魔法使い向けの学校こそあるが、教育は家族が与えるものであり、裕福な家の出でなければ、読み書きにも苦労する者も多い。
日本なら、中学卒、高校卒、大学卒、免許や資格を有している、などの条件で応募段階で応募者を絞れるが、この世界にはそんな便利な物差しはない。
だからこそ、傭兵組合は組合員である傭兵にランクを与え、赤ともなればそれなりの礼儀と教養を持つことを保証したりしているのだ。
同様に、商業組合や魔法協会にも独自のランクがあるが、美咲はその辺りを正しく理解していない。
さて。
中間管理職にあたる執事と、それらを統括する家令については、ミスト家から推薦された者を雇った。
それなりに実務経験があり、様々な年間行事をそつなくこなせる程度の者たちで、それに加え、食に関してはミスト家で次席の料理人も連れてきているし、キャシーの世話に慣れた数人のメイドもいる。
しかし、それだけではとても回らない。
地球の中世と比べれば、魔道具がある分遙かに楽だが、それでも地球と同様、洗濯物は洗ったら干して畳んでクローゼットにしまわなければならないし、掃除も人の目で見なければならない。
それなりに広い邸宅の掃除を行なうとなれば、どうしても人手が必要になってしまうのだ。
アキを使えば多少は人を減らせる可能性もあるが、
・アキはあまり露出させたくない。
・ゴーレムを使って雇用を減らせるという例を作りたくない。
という小川の判断により、その実施は見送られている。
それはさておき。
「なんで私たちが呼ばれたのか、今一度説明を要求します」
キャシーの執務室に通された茜は、そう声をあげた。
ちなみに美咲は茜の隣に座って紅茶を飲んでいる。
「……コウジさんは、ニホン独自の面接技術をおもちのようなのですが、わたくしがそれを理解できず、良い悪いの判断もできません。ですので、ニホンの方にご意見をいただくことにしよう、という話になりましたの」
「僕も面接官の立場は未経験だから、三人寄れば文殊の知恵ってのを期待しているんだ。本当は広瀬君にも頼もうと思ったんだけど、最近、黒の山脈のほうで仕事してるらしくて」
黒の山脈はミストの町と王都を通過した更に向こう側で、そこから来るとなると、途中、ミストの町で一泊しなければならないほどに遠い。
広瀬と日本で待ち合わせれば顔を合わせて話すことは可能だが、それでは肝心の、こちらの人間に理解してもらう助けにはならない。
「面接って、私はちゃんとしたアルバイトもしたことないんですが……美咲先輩はどうですか?」
「……近所でちょっとお手伝いレベルならやったことあるけど、顔見知りの店だったから面接はやってないかな、一緒に履歴書を確認したのが強いて言えば面接? あ、高校入試のとき、滑り止めに受けた私立対策で一応面接の練習はしたけど」
「それですわ。履歴書という枠線の引かれた紙を用意して、全員にそれを書かせるとよいというお話なのですが、そういうものなのでしょうか?」
この世界には履歴書は存在しない。
一応、申し込む際の定型の文言はあるが、あくまでもそれは、こんな風に書きましょう。という程度の指針でしかない。
日本で手紙を書く際に、『拝啓』から始まり『時候の挨拶』、『本題』、『結びの言葉』、『敬具』と書くのと同じで、肝心の本題についてはフリーフォーマットなのだ。
だからまず、フォーマットを提示して埋めさせることで、文書量を減らし、かつ、書いてほしいことをこちらから提示する、というのが小川の作戦だった。
まあ、日本で普通に使われている履歴書を、こちら風に焼き直すだけなのだが。
「定型の紙を埋めてもらうのなら、書くほうも見るほうも楽だからね。それに、書いてほしい情報が漏れてる、なんてことがあれば、定型の場合は嘘を書いたってことになるからね」
「確かに、フォーマットが決まっていれば書き漏れ、見落としとかは減るでしょうし、記載漏れはアウトって言っておけば、安全でしょうね」
「そうなんですか?」
分からない、と首を傾げる茜に、美咲は履歴書を見たことがなければ分からないか、と頷く。
「履歴書には名前、学歴、職歴、資格、賞罰、志望の動機とかを書くものなんだけど、そうやって書くことが決まってるのに、たとえば実は以前逮捕されたことがあるのに、賞罰の欄に『なし』って書いてあったら、それは嘘だよね?」
「なるほど、確かに……でも、書いてほしいことを予め全部書いておくのって大変そうですね」
「知りたいことなんて限られてるでしょ。本名、連絡先、できることと経歴と犯罪歴の有無。人柄は履歴書には書かれても困るし」
「つまり、ミサキさんから見ても、一定の効果は期待できるということですわね?」
「応募してきた人の情報の保管も簡単になるでしょうし、履歴書を導入するのはありだと思いますよ」
キャシーは、小川が作成した履歴書のサンプルを美咲に見せた。
「こんな感じになるそうです。どうでしょうか?」
「えーと、名前、連絡先、職歴、希望する職種はいいとして、読み書き、計算、礼儀作法は自己申告ですか……で、賞罰、その他、と……動機とかは書かせないんですね?」
「動機とやる気は聞くだけ無駄だからね。建前書かれたら無価値だし、本音は『よい仕事について金儲けしたい』だろうし、それ以外の動機があるなら、書くはずもないし。読む時間が無駄だと思ったから省いたんだ」
「でも、その他っていうフリースペースはあるんですね」
美咲の横から覗き込み、茜が不思議そうに首を傾げた。
「記入例を提示して、『歩行には支障ありませんが、怪我のため走れません』とか、『視力が極端に低いため、掃除は苦手です』みたいな、体の障害が理由で仕事に差し障りがある旨を書く欄って風に見せるつもりだから」
初めて見る書式で記入例があるのなら、そこから大きく外れることは書かないだろうし、書くようなら、記入例を見ない人間か、よほど伝えたいことがあるのだと判断できる。という小川に、美咲は首を傾げた。
「趣味や特技は聞かないんですね」
「趣味は個人の自由だから……ああ、でも特技か……魔法が得意とかなら書いてもらうのもありか」
「それと傭兵組合のペンダントの色とか……あ、あと、家族や親戚に貴族がいないか、とか?」
傭兵のペンダントの色は、資格とまではいかなくても、どれだけ組合に貢献してきたのかを知る手がかりとなる。
美咲や茜のような特殊ケースは別にして、普通なら地道に仕事を続けてきたという積み重ねの証となるので、それについては欄を追加すべきか、と考えた小川だったが、後半はどうなのだろうかと首を捻る。
「日本で言うならそれって、家族や親戚に国会議員がいないかを聞くようなものだと思うけど……ケイト、そういうのは聞いても問題ないかな?」
日本であれば、それは基本的に面接の場で聞いてはならないこととされている。
個人の能力に関する質問などなら問題ないが、たとえば宗教、本籍、両親の職業などは、個人の実力には関係ないものとし、聞いてはならないというのが昨今の先進国の就職事情だった。
知ってか知らでか聞いてくる面接官もいるが、小川としてはあまりグレイなことはしたくないと考えていた。
しかし、小川の問いにキャシーは不思議そうな顔をした。
「聞いても問題ありませんわ。むしろ、せっかくこうした紙を用意するのなら、積極的に聞いておくべきでしょうね。そういう人脈があるのに使わなかったのなら、その理由が気になりますし……使わなかったのではなく使えなかったのだとすれば、問題があると判断できますわ」
単に親戚に迷惑を掛けたくないとか、自分の力を試してみたい、などの理由ならよいが、何かトラブルがあってのことなら巻き込まれる恐れもある。
だが、仮に嘘が書かれても、『履歴書に書いた内容に嘘や記載漏れはないか』と青い水晶玉を前に質問すればそれでバレる。
これが定型のないフリーフォーマットだと、言いたくないことは書かずにおいても、本文に嘘が書かれていなければ、
「嘘偽りは記載しておりません」
と返事をしても水晶玉は反応しない。
なぜなら、記載すべき事柄が決まっていない以上、書いていなくてもそれは記載漏れとはならないからだ。
もちろん、そういうケースを想定した質問のしかたもあるが、履歴書を使うことで、それをとても簡易なものにすることが可能となるのだ。
そうしたアレコレから、キャシーは履歴書の利用について肯定的な意見を持つようになった。
そして、履歴書が一通り完成すると、次はどういう基準で選ぶのか、という話になった。
「日本だと、全員に学歴があるから、学歴と資格で条件を絞って、あとは簡単な試験をするって聞いたことがありますけど」
美咲がそう言うと、茜が頭を抱えた。
「試験は簡単なのにしましょう。暗記問題とかやる意味分かりませんよ」
「高校までの勉強は、少しだけ応用もあるけど、基本、全部暗記問題なんだけどね」
「えー、数学とか物理とか、どこが暗記なんですか?」
「あれって、方程式とかを暗記して、適切な場所で使えるようにするってだけだから、暗記が前提で、あとはひたすら反復学習って言われたよ?」
そんなふたりの会話を聞きながら、小川は手元の紙にざっくりと選択基準を書いていた。
「うん。まあ、こんな感じかな」
「見せてくださいまし。ええと?
・文字の読み書きが不自由なくできること。指示を紙に書くこともありますから、当然ですわね。
・3桁までの足し算と引き算ができること。必要ですの?
・命令された内容について、きちんと理解してから実行すること……さすがにこれができない人はいないと思いますけれど。
・想定する職種に応じた技術がそれなりにあること……技術……炊事、洗濯、掃除、あと、消耗品の管理などでしょうか。それなりで宜しいんですの?」
「うん。読み書きは必須として、計算は、買い物するときに騙されないようにするとか、消耗品の管理なんかでも必須だね。割り算ができると最高だけど、それは難しいだろうから、せめて足し算と引き算かな。あと、命令された内容について、あれはこういう意味に違いないって思い込みで動く人は案外多いよ。それらが出来ているなら必須技能が不十分でも、それくらいはうちで教育してもいいと思ってる。まあ、料理人とかの教育に時間が掛かる専門職は別だけど」
思い込みで行動するという例には、思い当たることがあったのか、キャシーは頷いた。
なお、人材育成については、ミスト家では普通に行なっているが、キャシーの前に出てくる時点で、一定の基準をクリアしているため、今までキャシーはそれを意識したことがなかったのだ。
「それで、技能はそれなりとなりますと、どんな試験をしますの?」
「読み書きと計算は、例えば、”市場で小麦が小袋で50ラタグで売られています。あなたは200ラタグを持っています。言い値で二袋を買った後、手元に残るのは何ラタグでしょうか。答えと、なぜその答えに至ったのかを記述しなさい”みたいな問題かな。読んで内容を理解して計算して、論理的な文章を書けないと答えられないようなのを4問くらい。勘違いや計算ミスもあるだろうから、問題は複数にしておく」
「? つまり、多少なら勘違いで間違えても許容するということですの?」
「そうだね。緊張して実力出せない、なんてこともあるだろうから」
そう答える小川の言葉に、キャシーは美咲と茜にそういうものなのかと視線を送る。
「いつもと違う環境で、いつも通りに行動できるのは一種の才能ですね。私も大勢の前で挨拶とか、緊張して頭真っ白になっちゃうし……試験に関しては、日本で散々受けてるから、特別な舞台で受験するのでもなければ、まあ安定した点数になりますけど、それって、試験慣れしているからできることなんですよ。もしも演劇の舞台の上で、沢山の観衆の注目を集めながら試験とかしたら、分かってても答えが出てこなくなっちゃうかもしれませんね」
「なるほど……王城で勲章を受けるようなことがあれば、わたくしも緊張するかもしれませんわね」
「……数学の試験……引っ掛け問題とか、滅べば良いと思います」
ポツリと呟いた茜にキャシーは首を傾げ、引っ掛け問題とは何かと問う。
「まあ、ちょっとした勘違いを誘発させるような問題ですね。ええと例えば……塩と小麦を買いに行きました。塩と小麦が合わせて1100ラタグで売っていました。塩が小麦より1000ラタグ高いとき、小麦はいくらでしょうか、みたいな感じかな」
「塩が1000ラタグで小麦が100ラタグではないのでしょうか?」
「うん。1000から100引いたら900になるよね。それだと塩が小麦より1000ラタグ高いって条件に合わないでしょ?」
「そう言えばそうですわね……ということは差額が1000だから……1050と50ですわね……なるほど、これが引っ掛け問題ですのね。簡単に計算できるという思い込みをつくような問題ですか……でも、これって算術とは関係のない部分を見ていますわよね?」
「意地悪な謎かけみたいなものだね。正直、計算の試験に引っかけ問題入れても意味がないようにも思うんだけど」
「そうです! 引っ掛け問題なんて大嫌いです!」
「でも、やらかしやすい失敗例として学ぶことは意味があるからね」
小川のその言葉を聞き、茜は裏切られたという表情で美咲に寄りかかり、その肩に顔を埋めた。
「おじさんに引っ掛けられました。美咲先輩、慰めてください」
「あー、よしよし。それで、試験はさっきのみたいのだけですか?」
「もうひとつ、どうしようか迷ってるのがあるんだけど……説明が難しいな……んー、実際にやってみようか。みんな、隣の書庫に移動してもらえるかな」
そう言って、小川は立ち上がり、執務室の壁の扉を開けた。
扉を開けると、沢山の書棚が並んでいた。
ただし、書棚の9割は空であり、埋まっている内の半分は日本語の本だったりする。
そこから、この書庫は、小川とキャシーのためだけのものであると美咲は判断した。
部屋の入り口脇には、本の情報を記載したカードをまとめておくための小さい引き出しが並んでいる。
美咲は知らないが、これは情報が電子化される直前の平成前半の図書館にあったカード目録である。
その目録を収めた棚の横には、キャシーの執務室にあったものよりも大きな、作業用の机が鎮座していた。
そして、書棚に囲まれた場所に、学校の図書館などにありそうな、6人がけのテーブルセットがあった。
「そしたら、面接官はこっちに座って……僕とケイトと茜ちゃんね。で、受験生役の美咲ちゃんはテーブルのそっちに座って、そうそう……それじゃ始めるね」
こほんとひとつ咳払いをして、小川は手元にあるという設定の、架空の履歴書を確認するように視線を落としてから、美咲の方を見る。
「ええと、佐藤美咲さん。ここではあなたの問題解決能力を見るための試験を行ないます。
これからあなたにひとつの問題を提示しますので、それを解決する方法をひとつだけ提案してください。
前提として、この試験の間に限り、あなたは、この部屋の中のすべてを自由にして構いません。
それでは、問題です。
あそこにある机を、2ミール移動させる方法について提案してください」
「ええと……なるほど、そういう面接ですか……はい。ちょっと机に触っても良いですか?」
「どうぞ」
美咲はすっと立ち上がると、大きな机のそばで、それが一人ではとても持ち上がらないような重量であることを確認する。
次に、テーブルの脚の付け根部分の接合部分を指先で撫でるようにする。
それを見ながら、茜は疲れたような溜息をついた。
「おじさん、なんなんですか、この小芝居は」
「僕が想定している試験を美咲ちゃんに受けてもらったんだ。シミュレーションだね」
「ごっこ遊びで十分です。でもこれ、正解はあるんですか? さっきの問題だと、私でも幾つかの方法を思いつきましたけど」
「うん。ひとつも見つからない人もいれば、そういう人もいる。問題に遭遇したときに、どんな風に考える人なのか、というのを確認するんだね。多分」
「多分?」
小川の言葉尻に茜が噛みつこうとしたタイミングで美咲が戻ってきた。
「提案をひとつだけ答えるんでしたね?」
「そうです」
「では、私は収納魔法が使えるので、収納魔法でしまって、移動先に出せばよいと思います」
「なるほど。ちなみに、他にどんな方法を思いつきましたか?」
「分解できるようなら分解して運ぼうかと。でも分解はできないようなので諦めました。次に問題にあった前提条件に机の破壊を禁じるものがありませんでしたので、破壊して移動するという方法。それと、移動方向の指定もありませんでしたので、部屋の床を破壊して階下に落下させたら垂直方向に2ミールの移動を達成できるのではないかと思いましたが、自由にしてよいのは部屋の中限定でしたので、床下は対象外だろうと考え、それは除外しました。あと、部屋の中のすべてを自由に、ということでしたので、試験官を労働力として動員して、全員で持ち上げたら移動できるかな、とも思いました」
美咲の返事を聞き、キャシーは大きなため息をついた。
「中々過激ですわね。それでコウジさん、どういう答えが正解なんでしょうか? 今の問題だと、力持ちならひとりで持ち上げて移動という答えもありますわよね?」
「うん。正解はないよ。今のは、例えば、質問されてから行動に移すまでの時間とか、提案の内容についてどの程度吟味しているのかとか、不明点をそのままにしていないかとか、そういった点を見るんだ。でも、正解不正解はないんだよね。例えば、さっき美咲ちゃんは、机に触れてもよいかという質問をして、自分なりの最適解があるのに他の答えも探したけど、これは、よく言えば慎重だけど、悪く言えば考えすぎて動きが遅いとも言えるよね」
「わたくしには理解できないのですが、判定者の主観によって変化するのでは、試験の意味がないのではなくて?」
キャシーがそう尋ねると、その横で茜も首肯していた。
「判定者が上司なら、自分が欲しい人材の傾向は分かってるよね。拙速な人材がよいのか、巧遅が望ましいのか、とかだね。まあ速くて巧みなのが一番だろうけど、そんなのは滅多にいないからね」
「……なるほど。こういう試験の仕方は初めて聞きましたが、ミサキさんも普通に対応されてますし、日本では珍しいものではないのですね?」
キャシーの質問に、茜は首を横に振った。
「私は初めて見ました。正解がない試験って卑怯だと思うんですけど」
「こういう面白い質問は私も初めてだったけど、面接って相手の性格を知るために行なう面もあるわけだから、その観点で見たら、まあ、うまい方法ではあると思うよ」
「そうなんですか?」
茜が尋ねる横で、キャシーも興味深そうに耳をかたむけていた。
「どういう人材が欲しいのかを知らずにこの試験を受けたら、対策の立てようがないからね。対策立てられないなら、自分が正しいと思うように行動するだろうし、受験者の素の反応とか考え方を見ることができるのは、大きな利点だと思う……でも小川さん、これって一回目はいいですけど、二回目以降は対策されちゃうような気がしますけど」
美咲にそう言われ、小川は溜息と共に頷いた。
「まあねぇ、だから一気に色んな職種の面接をして、どういう反応が正解なのかがバレないようにするつもりなんだけど……そうすると試験の対象人数が増えるんだよね」
だから大変なんだ、と、机に突っ伏す小川をスルーし、美咲はキャシーに問いかけた。
「これは、エトワクタル王国だとかなり変わった面接になると思いますけど、そういう目立ち方は問題ないですか?」
「そうですわね……成り上がりは面接のやり方も知らない、などと言われる可能性もなきにしもあらずですが……ああ、でも募集するのは公式には平民だけですから、支障はないと思いますわ」
非公式にはどうなのだろう、という好奇心を刺激された美咲だったが、そこは沈黙は金で行くことにする。
「非公式にはどうなるんですか?」
だが、茜は好奇心のままに質問を投げかける。
すると、キャシーは意味ありげな笑みを浮かべ、茜の耳元でそっと囁いた。
「他の貴族家からの密偵――ニンジャが紛れ込むこともあるのですわ」
「……おじさん、キャシーさんに何を教えてるんですか」
茜と美咲に白い目で見られた小川は、慌てて否定する。
「いや、それはほら。外国人に日本を紹介するとしたら、まず日本の歴史や食べ物じゃないか。で、歴史ってことで色々な映画を僕の同時翻訳で見せたらハマっちゃってさ」
「サムライ、ニンジャ、ゲイシャ、面白い文化ですわ。わたくしもニホンに行ければと心から思いますわ」
「残念ながら、連れてはいけないけど、言ってくれればなんでも持ってくるから」
なんでも持ってくる、という小川の言葉にキャシーは嬉しそうに笑った。
「でしたら、サムライの持つ剣とか、ニンジャの投げナイフが欲しいですわ」
「ええと、日本は武器に関しては個人での所有を原則禁止しているから、本物は中々手に入らないんだよね。美術品扱いの日本刀か、あとは海外でそれっぽく作られたサムライソードなら手に入るかな……投げナイフ……手裏剣は……ケイト、投げナイフはどんな形のがほしい? 星形のと棒状のがあるんだけど」
「平たい、星形のですわね。あと、姫が着ている服も着てみたいですわ」
「あー、和服かぁ……美咲ちゃんたち、着付けはできる?」
茜は首を横に振りかけ、途中で首を傾げた。
「ええと、本格的な和服は無理ですけど、浴衣程度ならなんとか、辛うじて?」
「茜ちゃん、女子力高いね。私は和服も浴衣も無理かな」
「おねーちゃんが、浴衣くらいは覚えておきなさいって」
「いいなぁ。今度私にも教えてもらえる?」
美咲に対して頷く茜に、キャシーは満面の笑顔で、
「わたくしにも教えてくださいまし」
と詰め寄る。
「ええと、和服と浴衣は似てますけど、長襦袢がないとか、帯が違うとかいろいろ違いもあるんですけど」
「そんなの、こちらでは言わなければ誰も分かりませんわ」
「いや、そうなんですけど……まあ、それで納得してくれるなら教えますけど」
「楽しみですわ。あ、コウジさん、あと、ニンジャの服もお願いしますわね」
「……なんか、コスプレになってきましたね。おじさん、着付けを教える代金は手裏剣でお願いします」
「それで、浴衣のお話も良いんですけど、結局小川さんは面接をするんでしょうか?」
逸れた話を冷静に元のレールに戻す美咲に、小川は大きなため息をついた。
「まあね、なんだかんだ言っても、最初はできるだけちゃんとした人を取っておかないと、後が厳しいからね。面接はする方向で考えてるよ」
一週間後。
オガワの町では履歴書と真偽の水晶を用いた効率的なチェックと、珍しい方式の面接が実施され、書類審査の段階でキャシー言うところのニンジャたちが落とされまくり、新興にしては中々しっかりしているという評価を得ることとなる。
そして更に一週間後。再びオガワの町を訪れた美咲と茜の手により、キャシーが和装体験をすることになるのだが、それはまた別のお話である。
読んでくださりありがとうございます。
しかし、これだけで1万文字近いというね。
フ女子生活はついつい筆が乗ってしまうのです。
もっとラノベっぽく短くて分かりやすい文章も書けるようになりたいですが、あれは技術がいるんですよね。




