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24.ミストの砦

この世界の朝は早い。基本的に日の出から日没が人々の生活時間帯だ。

そういう意味では、前日の傭兵組合での会議が日没から開始されたのはかなりの緊急性があるという事に他ならない。

この世界に慣れつつある美咲であるが、まだ日の出前に起床するような習慣はなかったので、呼び出した目覚まし時計を使い、辛うじて日の出前に目を覚ます事に成功した。

起きてみると日の出前の空気はまだ冷たく、慌てて装備を整えた美咲はマントを羽織った。

朝食はカップスープとサンドイッチ。どちらも呼び出した物である。

消耗品は組合が用意すると言っていたが、ペットボトルの水とおにぎりを呼び出してアタックザックに入れておく。

最後に荷物と装備を確認し、キャシーから貰った大袋を抱えてミサキ食堂を後にした。

各種調味料が結構な重量になっている。


「……詰め込み過ぎたかな」


美咲は袋を抱え直して傭兵組合へと向かった。


傭兵組合の前には18頭の馬と、それとは別に2台の馬車が止まっていた。

馬は騎馬隊の9頭、偵察用の6頭に加え、予備が3頭という内訳である。

馬車には美咲達を含め、魔法使いが10人乗る事になる。

片方はマック隊長が馭者を務め、もう一台は魔法使いの一人が馭者台に座る事になる。


「あ、ミサキさん。その袋はお預かりしますわ」


キャシーが美咲の袋を受け取り、次の瞬間には袋が消えていた。


「ありがと。便利だよね、収納魔法」

「そうですわね。でもミサキさんなら、私達よりももっと沢山の荷物を持てると思うのですが」

「あー、私は魔素を魔力に変換ってのが出来ないからねぇ」

「そうなんですの?」


キャシーは周囲にある荷物を収納魔法でしまいながら不思議そうな表情で尋ねた。


「フェルに教えて貰ったんだけど、うまく出来なくてね」

「砦で余裕があれば、私もお教えしますわ」

「うん、ありがとう。あ、そろそろ出発みたいだね」


ミストの砦は馬車で1時間ほどの小高い丘の上にあった。

外から見ると高い石塀しか見えないが、中には宿舎、厩舎等が備えられている。

宿舎は埃だらけではあったが、目立った損傷はなく、掃除さえすれば生活に支障はなさそうだった。

石造りの建物とは言え、門扉や建物の扉は木で作られている。

それらの状態も悪くはない。

ただし、そのままだと塀の内側の扉はともかく、門扉は地竜に焼かれかねないため、門の上部に水の魔道具が設置された。

掃除や整備と並行し、偵察隊が地竜の棲息域に向かった。

魔法使い達は主に屋内の清掃であるが、風の魔法で埃を吹き飛ばし、水の魔法で洗い流すという荒っぽい物だったため、魔法が使えない美咲は眺めているしか出来なかった。


何もしないでいるのにも飽きた美咲は砦の中の探検を始めた。

砦の宿舎は水回りとそれ以外に分かれており、水回りには厨房、浴場が存在した。居住部分は小部屋が8部屋、大部屋が3部屋あり、大部屋は倉庫や会議室として使われる予定だ。なおトイレは外に併設されている。

砦の塀の高さはミストの町と同じく8メートル程度だろう。

地竜はその重量から、垂直の壁を登る事は出来ないとされており、この高さなら地竜の侵入を許さないらしい。

塀の上を一周して宿舎に戻ると、掃除は粗方終わっていた。

石造りの建物だから荒っぽい掃除が出来たという事もあるが、使い慣れた者が魔法を使うと実に効率よく作業が進む。

清掃が終わり、倉庫に荷を下ろすと、5人の魔法使いはミストの町に戻って行った。

残った魔法使いは、以前フェルがミサキ食堂に連れてきた3人だった。


「部屋割りはどうするのでしょうか?」


キャシーが各部屋を覗きながら首を傾げた。


「21名で女性は5名。って事は2、3に分かれるんだろ?」


ベルも部屋を覗き込み、肩を竦めた。

5人を1部屋に詰め込められない事もないが、部屋は8部屋あるのだ。3名ずつでも問題はない。


「……緊急時の対応を考えるとフェルとミサキの主力コンビは同室にしておくべき」


アンナが冷静に指摘する。

有事の際、フェルと美咲が呼び出されるのは確実である。二人は同じ部屋にしておくべきだろう。


「結局、決めるのはマック隊長だけどね」


結局、ベルとアンナの予想が当たっていた。

フェルと美咲は一番奥の部屋を割り当てられた。

状況により、一日の大半を魔素回復に充てるため、ゆっくりと休める部屋という意味と、最も安全な部屋という観点で選択されたらしい。

向いの部屋が女性陣。手前に騎馬隊。もっとも手前が時間に関係なく出入りのある偵察隊となった。

最小限の明かり取り程度の窓しかない部屋は、過ごしやすそうとはとても言えない物だった。

ベッドなどは使える物が残っている筈もなく、それでも女性には荷を入れてきた空の木箱と3枚の毛布が支給された。

石の床に直接寝るよりは遥かにマシだが、所詮は木箱である。各自、体に少しでも優しい体勢を取れるように工夫を凝らして仮設ベッドを作り上げた。


皆が寝台を整えている間、偵察隊は砦近辺の探索を行っていた。

まずは近場から駆除を進めていかなければ、いつ挟撃される事になるか分からない。

初日という事もあり探索範囲は比較的狭い物だった。だが、街道と並行する付近を偵察していた隊が、成体の地竜を発見した。

戻ってきた偵察隊の報告を聞いたマック隊長は、天頂に掛かる太陽を見上げて誘引・駆除を決定した。

すぐさま偵察部隊と共に騎馬部隊が地竜の元に向かう。

同時に美咲とフェルには塀の上での待機が命じられた。

砦は小高い丘の上に建てられており、その塀の上からの眺めはかなりに良い。

幾つかの丘の向こうで騎馬隊が地竜を誘引しているのを眺めながら、フェルは大きなため息を吐いた。


「フェル、大きなため息吐いて、どうしたの?」

「……まさか初日から地竜を見つけるとは思ってなかったから、ちょっと憂鬱にね。このペースだと、思っていたより地竜、多いかもしれないなって」

「あー、それは嫌だね」


一応の上限はある物の、地竜がこの周辺にいる限り、美咲達の仕事はなくならない。

街の存亡すら掛かっている仕事であるが、出来れば早めに片を付けたいと望むのは、決して我儘ではないだろう。


「それにね、私たちにとっては安全な場所から魔法を撃つだけの作業だけど、騎馬隊の人たちにとっては命懸けの仕事なんだよね。そう考えたら余計にね」


美咲達の仕事は単純だ。

マック隊長の指示に従い、地竜に向かって魔法を放つだけだ。

高低差を考えれば直線距離で70m程度が有効射程距離だ。

単純に考えれば、その範囲に入った地竜に向かって魔法を放てば良い。

考えるとすれば、せいぜい騎馬隊の状況により、より近い位置で撃つかどうかというだけだ。

対して偵察隊や騎馬隊の仕事は地竜を目の前にしての命懸けの仕事である。

その差をフェルは気に掛けていた。


「でも、私達が前線に出たらみんなの負荷とかは跳ね上がるよね」

「それは、そうなんだけどね」


美咲達が前線に出て戦うとなれば、周辺警戒のレベルは今の比ではなくなる。

また、万が一目標が2つ以上発見された場合は、片方を美咲達の側に誘引し、もう片方を引き離す必要が生じる。

その際、引き離した側に更に別の地竜がいれば、騎馬隊は挟撃される事になる。

それを理解した上で、フェルは自分達が安全な砦から攻撃するだけという事に抵抗を感じていた。

美咲も同様の感慨がないわけではないが、そもそも美咲は自身の戦闘能力のなさを痛感しており、前線に出るべきという意識が薄かった。

だから、フェルの言葉に素直に頷けないでいた。


「そもそもフェルならともかく、私が前線に出たら、簡単に死んじゃうし」

「あー……否定できないかも。そうなったら攻撃力も激減かぁ。この配置、納得するしかないのかなぁ」


そんな話をしている内に地竜が接近してきた。


「攻撃隊、準備!」


マック隊長の指示に従い、ミサキとフェルは地竜に向かって並んだ。


「ミサキ、出来たら首を狙って。前の攻撃で成体の頭は抜けなかったから」


フェルの指示に美咲は頷く。


「放て!」


隊長の声。


「行くよ、魔素のライン!」

「炎槍!」


高低差があるため、地竜はその背中を美咲達に晒していた。

そして美咲が狙ったのは首の付け根部分である。

頭骨に守られた頭と違い、鱗の下に背骨がある。

そこを焼かれた地竜は、しばらくのた打ち回っていたが、やがて静かに倒れた。


「フェルの火力、上がった?」

「そんな事ないよ。たぶん、あそこが地竜の急所なんじゃないかな」


騎馬隊が地竜に近付き、死んでいる事を確認する。

暫くすると偵察部隊が荷車を出して地竜の死骸を砦に持ち帰ってきた。


「……ええと、フェル、地竜の死体って役に立つの?」

「今回は頭は無事だから、大きな魔石が取れると思う、けど全身持ってきたって事は……お肉かな?」


それを聞き、美咲は心底嫌そうな顔を見せる。


「トカゲの肉はちょっと」

「いやいや、竜のお肉って高級品なんだよ」


地竜に限らず、各種竜種の肉は大変な美食として売買されている。

この騒ぎがなければ、町に持ち込んでオークションに掛けられていただろう。

だが、孤立状態の砦では自給自足のため、こうやって得られた肉も無駄には出来ない。

という建前の下、その日の夕食は地竜の肉でパーティーと相成った。

なお、試しに一口だけ、と食べてみた美咲は高級和牛にも匹敵する肉の柔らかさに歓喜し、結局何皿もお代わりをしていた。

それでも食べきれない肉は、状態の良い一部のみ氷結魔法で保存され、残りは焼却処分された。

予定通りであれば、これからも毎日のように地竜が襲ってくるのだ。魔石はともかく肉に関しては供給過多になるのが目に見えているのだから、無理に保存する必要はないのだ。

なお、地竜の肉は新鮮な程旨い。普通の肉の様に熟成させると臭みが出てしまうのだ。だから、敢えて古い肉は残さずに焼却したのだが、それを知らない美咲は勿体ないと嘆いていた。


翌日は早朝から偵察隊が地竜を捜索し、小型3頭を発見した。

それらは順次砦へと誘引され、美咲達に倒された。

順調な滑り出しに見えたがそこまでだった。

小型3頭を倒した後、3日間が経過したが地竜の姿は発見出来なかった。

地竜は街道沿いから姿を消していた。

マック隊長は方針を決めかねていた。

当初計画に従うなら、3日間連続で地竜を発見できなかった場合はミストの町に戻る事になる。

しかし少なくとも20頭以上の地竜の存在が確認されていたのだ。僅か4頭を倒して終わりとは出来ない。


「……一旦、組合長と話す必要があるな……」


翌早朝、マック隊長は騎馬3騎、1個小隊を引き連れてミストの町に戻って行った。


いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、評価、ブクマ、ありがとうございます。励みになります。

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[一言] 地竜の肉、この場で捨て値で買っておけばいつでも食べられた?
[良い点] ドラゴンステーキになっちゃうううう、(๑╹ω╹๑)
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