239.むすんでひらいて
翌日、美咲たちはミストの町の傭兵組合で迷宮探索について報告を行なった。
その報告を聞き、ゴードンは腕組みをして深い溜息をついた。
「……迷宮最下層と行き来できる魔法陣か……壁に穴を開けないといけないというのは面倒だが、歩いて戻ってくるよりは、壁に穴を開けた方が楽なのか?」
「それなんですけど、ちょっと思いついたことがあるんだけど」
フェルが挙手をした。
「なんだ? 言ってみろ」
「ミサキの魔法は工事現場の岩を砂利に変えるために考えたもので、結構魔素消費が大きいんだけど、洞窟の壁に穴を開けるだけなら、四角い線状に岩を砂にする魔法を開発すれば、魔素消費量が抑えられると思うんだ。で、それを魔法の鉄砲に登録しておけば、魔法使いなら誰でも穴を開けられるんじゃないかな」
「魔法なんて、そう簡単にホイホイと開発できるものじゃないだろ?」
ゴードンの言葉に全員の視線が美咲の方を向いた。
「……ミサキならできる」
「ですわね」
「そうだな」
「美咲先輩ならできますね」
「みんな好き勝手言って……えっと、深さを念のため肘から先くらいにして、縦横1ミールの四角い、指の太さくらいの線の岩を砂に変化させるとかかな? 試してみないとだけど、できない理由はないかな」
「……できるのかよ……まあ、第十階層まで下りるような物好きがいたら検討するか」
他の迷宮では、一階層につき1パーティが拾えるアーティファクトは1つのみである。迷宮から出入りしてもその数がリセットされることはない。だから、一攫千金を狙うパーティは、新しいアーティファクト入手のために深層を目指すのだ。
だが白の樹海の迷宮は、迷宮から出入りすれば、同じ階層で何回でもアーティファクトを拾うことができる。
その違いは大きい。
だから、わざわざ第十階層まで下りていくような傭兵は少ないだろうとゴードンは予想していた。
「まあ、そのうち頼むかも知れないから、魔法の開発だけはしといてくれ」
キャシーが報告しなかったことが幾つかあった。
ひとつは神殿で発見した石板についてである。
アーティファクトを始めとする拾得物に関しては、傭兵に権利があるのだ。それが依頼に含まれていない限り、いちいち報告する必要はない。
もうひとつは美咲が白竜に出会ったということである。
美咲が白竜のところに跳ばされた魔法陣は、美咲が戻ってきた後、迷宮外に繋がる魔法陣に変化してしまった。
そして、白竜の目的が達成された以上、同じ事象は起こらないだろうという推測と、変に目立ちたくないという美咲の懇願を受け、キャシーは白竜の件を口外しないことにしたのだ。
一通りの報告を行い、対価を貰った美咲たちは、会議室を借り、アーティファクトの処遇について相談を始めた。
「えっと、入手したのは姿隠しのマント、追憶の音匣、両替のブレスレット、白竜の防具でしたわね」
「マントは俺が買い取りたいな」
もっとも接近戦が得意なベルの言葉に、全員が頷いた。
「オルゴールとブレスレットはみんながよければ買い取りたいんだけど」
「ミサキがアーティファクトを欲しがるだなんて珍しいね?」
「知ってる曲を聞けるっていうのは魅力だし、両替は色々遊べそうだからね」
知っている曲が聞けるのなら、ラジオ体操をエリーに教える際に役立つだろうという判断である。
またブレスレットは、使ったことのない米ドルへの両替ができたのだから、名前しか知らないような国のコインを出せるのではないかと考えていた。出した後、眺める以上の使い道はないのだが、好奇心は満たされる。
ブレスレットについては、キャシーが少し悩んでいたが、白竜の防具を押さえておきたいキャシーに選択肢はなかった。
白竜の防具は、美咲たちの誰が見ても、今までのアーティファクトとは比較にならないものだと認識されていた。
一揃いになっているということも価値を高めているが、普通では絶対に入手できないだろう白竜の鱗を用いた防具である。実際の性能までは分からないが、茜の言葉を信じるなら、誰もが欲しがるような性能の防具なのだ。それに加えてブレスレットまで欲しいとは言えないキャシーであった。
「わたくしは白竜の防具一式を保存しておきたいですわ」
「保存なんだ?」
フェルの疑問にキャシーは首肯する。
「使ってみたいとも思いますけれど、これは家宝にして、本当に必要とされたときに使えるようにすべきですわ」
「家宝か……幾らの値を付ける?」
「ひとつあたり、通常の防具系アーティファクトの2倍ではどうでしょうか?」
とりあえずキャシーは自分の財布から出せる最大限を提示してみた。
対象は5つあるので、普通のアーティファクト10個分に相当する。
これで足りなければ実家から借りてでも、と思うほどにキャシーは白竜の防具にほれ込んでいた。
「1.5倍くらいでいいんじゃないか? 家宝にするってことは売らないんだろ? そんなに出したら後で困るだろ?」
「……5つもあるんだから、まとめ買い割引」
「私はブレスレットとオルゴールを売ってもらえれば十分かな」
「快適な温度に保たれる機能には惹かれますけど、自力開発します」
「鎧で身を守るような戦い方はしないからね」
あっさりと値下げをするベルたちに、キャシーは丁寧に頭を下げた。
「それよりも、マントとブレスレットとオルゴールの値段も決めようぜ」
照れたようにベルがそっぽを向きながらそう言うと、アンナは難しい顔をした。
「……音が鳴るアーティファクトは聞いたことあるけど、両替のアーティファクトはあんまり聞かない」
「珍しいってことなら、希少性があると見るべきかな?」
フェルが首を傾げながらそう言うとベルは腕組みをして考え込む。
「でも、使い道が限られるよな。俺には有効利用する方法が思いつかないけど」
「例えば、大銀貨1枚を西部諸国のお金に両替して、そこから少し減らしてラタグに戻せば小銭ができる、とか?」
「……商売をやってるミサキとフェル向けのアーティファクトだな」
「お釣り用の小銭に両替してもらうのって、地味にお金かかるんだよ」
小銭への両替は商業組合が行なっているが、金額に対して5%の手数料が発生する。
額としては小さいが、塵も積もれば山となるで、一年を通すと結構な金額になるのだとフェルはぼやいた。
「あー、なら、このメンバーに限り、ブレスレットを無料で貸し出そうか?」
「ほんと? 嬉しいな」
「……商売を始めたらお願いする」
「俺は商売はしないだろうけど、何かあったら頼むよ」
「それはそれとしてミサキさん、ブレスレットは普段は付けない方がよろしくてよ?」
キャシーの言葉に、皆はあー、という顔をする。
「え? なんで?」
「人間は結婚するとブレスレットするからね」
「あー、そういえば前にそんなこと聞いたような気がするけど……え? 未婚の人はブレスレットしないものなの?」
美咲の問いに、皆は頷いた。
「……普段は収納魔法でしまっておくよ」
ドロップ品などの報酬の分配を終え、美咲が預かっていた食料の残りについては、各自に分配し、美咲たちは傭兵組合を後にした。
久しぶりにミサキ食堂に戻った美咲は、留守を守っていたマリアとエリーにドロップ品の肉をお土産だと渡し、溜まった洗濯物の処理と、迷宮探索中ずっと身に着けていた武器や防具の手入れをするのだった。
防具の手入れは匂いのきつい油を使ったりもするので、美咲も茜も、洗濯機を回しながら屋上で手入れを行なっていた。
追憶の音匣でポップな日本の音楽を流しながら、革鎧に油を染み込ませてはそれを拭きとっていると、屋上にエリーがやってきた。
「エリーちゃん、何か用? 今、こっちにくると、油で汚れちゃうよ?」
「聞いたことないお歌。なにこれ?」
オルゴールは歌は再生してくれないのだが、エリーには歌と曲の違いが分からないようで、不思議そうに首を傾げながらそう尋ねた。
「あー、迷宮で見つけてきた宝物かな。聞いたことのある音楽を流してくれるんだって」
「すごーい! どんなお歌ができるの?」
「んー、そしたら美咲先輩、曲変えてもいいですか?」
「いいけど、何にするの?」
茜は追憶の音匣を操作すると、『むすんでひらいて』を流してエリーに教えながら一緒に歌い始める。
美咲はそれを聞きながら、しっかりと油を付けて磨いた革鎧を乾いた布で拭き始める。
茜とエリーは歌いながらお遊戯を始めている。手の動きと尻尾の動きが連動していて両手を上げると尻尾もピンと跳ね上がる。
ピョンピョン跳ねながら踊るエリーが美咲のそばに近付いた時、美咲は手を伸ばしてエリーを捕まえて膝に乗せて抱きしめる。
「美咲先輩ズルいです! 私もエリーちゃん抱っこしたいです」
「エリーちゃん、捕まっちゃったねー」
「やー! アカネおねーちゃんともっと踊るの」
「そっかー、それじゃまた後で抱っこだね」
美咲がエリーを解放すると、エリーは茜にオルゴールを鳴らしてほしいと頼み、再び可愛らしいお遊戯が始まった。
部屋に戻った美咲は、椅子に腰かけると白竜から受け取った呼び掛けの杖を取り出した。
白竜が言っていた通り、先端についている透明だった水晶の色が黄色に変化していた。
「ということは、明日、これが青くなったら神殿に行くわけだけど……孤児院の女神像のところでいいのかな?」
美咲は考えていても仕方がないと、今度はナツを取り出す。
ナツの表面は五匹の護宝の狐に焼かれ、一度溶けて固まった状態でゴツゴツしているし、頭部の起動ランプも壊れたままである。
「ナツ、体の表面を綺麗にできる?」
「できますが、時間が掛かります」
「何か必要なものはある?」
「魔素が必要です」
ナツの返事を聞き、つまり、溶けて固まった表面を素材として再利用して再生するのか、と美咲は納得する。
「頭部の起動ランプの修理は可能?」
「光の杖があれば可能です」
「そうなんだ……えっと、それじゃこれ使って」
美咲は呼び出した真新しい光の杖をナツに渡す。
「工具とか必要?」
「不要です」
ナツは額の壊れた起動ランプユニットを取り出すと、光の杖の先端についている魔石を取り外して、それを起動ランプの発光部分と交換する。
起動ランプユニットの緑色のカバーをしっかりと付けて額に差し込むと、ナツの表面が溶けるようにその表面を覆い、そこに小さい穴がぽつぽつと開いた。
「修復が完了しました。動作確認を行います」
ナツの言葉と同時に額の起動ランプが点灯する。
ナツ自身にはそれは見えていないはずだが、正常に動作したということは認識したようで、終わりました。と魔石が外れた光の杖を美咲に返す。
それを受け取った美咲は、何かに使えるかもと、とりあえず収納魔法でしまうのだった。
「それじゃ、次は表面を戻してね。どれくらい掛かりそう?」
「魔素は十分ですので15分ほどです」
それくらいならば、と美咲はナツに修復をするよう指示を出す。
ナツが修理をしている間に美咲は女神のスマホを取り出し、小川に連絡を取った。
「美咲です。迷宮探索から戻ってきました。幾つかお願いとお話ししておきたいことがありまして」
『やあ、久し振りだね。お願いっていうのはなんだい?』
「えっとですね。まずナツの修理用の砂を送ってほしいんです。あの時は購入してなかったので、呼び出せなくて」
『ああ、それならアキを呼び出して、核を外したらナツにその体を砂状に変化させるように頼むといいよ』
核が外された体は、適切な信号が送られればナツの核が制御できると小川が言うと、美咲はなるほどと頷いた。
「そんな方法があったんですね。ナツは今、体の表面が焦げちゃってて修復中なので、それが終わったらやってみます」
『焦げた? まあいいけど……それで? 他にも何かあるんだよね?』
「ええと、前にリバーシ屋敷に連れてったフェルっていう魔法協会の会員の娘が、小川さんの出した本を借りたいって言ってました。こっちの町には会誌しか回ってこないらしくて」
『それならミストの支部に献本しておくよ。ミストの町はこれから発展しそうだからね』
「後ですね。女神様関連なんですけど」
美咲は呼び掛けの杖を入手した経緯を小川に伝えた。
『なるほど……女神様にも都合があるということかな。面談を予約して、都合がよくなったら杖の石の色を変えて知らせるわけだ……そんなものを渡してきたってことは、直接対話形式で神託をするには、女神様側にも準備が必要ってことだね』
「随分と人間っぽいですよね」
『人間に合わせてる可能性もあるけど……なんにせよ、そんなの寄越してきたってことは、美咲ちゃんと面談したいんだろうね……面談の時にさ、僕も話をしたがっていたって伝えてもらえるかな』
「できたら伝えますけど……なんの話だと思いますか? 魔素の循環は保たれたと思ってるんですけど」
『ちょっと予想は付かないね。でも緊急事態ではないと思うよ。そんな杖を渡して対話するような余裕があるんだから』
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。
むすんでひらいて、著作権的に出しちゃって問題ないか調べてみました。
作詞者不明。
作曲者ジャン・ジャック・ルソー(1778年没)。
うん、さすがにこれなら問題なさそうです。
A&Wのルートビアを12本入手して飲んでみました。
一本目「これは飲むサロ〇パス」
二本目「色んな地雷飲料を飲んできたけど、これは手ごわい」
三本目「……慣れれば飲めなくもない」
四本目「慣れた」
五本目「案外いけるかも?」←今ここ




