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238.白の樹海の迷宮の町

 対魔物部隊の詰所に案内された美咲たちは、会議室のような部屋に通された。

 美咲が女神のスマホで伝えた内容について、別の視点からも話を聞きたいという広瀬に、茜は自分の見た魔法陣についての情報を伝えた。


「迷宮の出口の魔法陣には地下室があったんですよ。それでその地下室に、第十階層からつながる魔法陣と、第十階層に繋がる魔法陣があったんですよ」

「ゲームなんかではよくクリアしたダンジョンの最下層から外に出る転移装置(ポータル)があったりするけど、あんな感じか?」

「そんな感じですね。クリアしてない人は第十階層に向かう魔法陣に乗っても転移できない仕組みですから」


 茜の話を聞いた広瀬は、本当にゲーム染みていると苦笑した。

 ユフィテリアが日本の文化にどの程度通じているのかは分からないが、新しい迷宮を作るにあたって、ゲーム文化を取り入れている可能性は否定できないだろうと広瀬は考えた。だが、神様のやることでは、人間の尺度で測ると誤解や誤認が発生するだろうと、深く考えるのをやめた。


「それで、迷宮の出口の建物の廊下の突き当りに穴を開けて地下から出てきたんですけど、あそこにはせめて梯子が必要ですよね」

「梯子な。それくらいなら俺の権限でもできるかな」

「中隊長殿。私はミストの町の代官の娘、キャシーと申します。この迷宮の第八階層には海があります。そこで塩を作り、第十階層経由で運び出すことができれば、エトワクタル王国の発展につながります。ですので、地下の魔法陣から荷物を運び出せるような大きな階段を作ることになります。その階段ができるまでは、関係者以外が立ち入れないように見張りを付けていただきたいのですけれど」

「なるほどね。それは第一軍の仕事だな。町の警備してる連中には伝えておくよ」


 第一軍は、主に国内の治安維持や王族の護衛などに関わる軍である。それに対して、第二軍は国を守るための軍隊で、対魔物部隊は第二に属している。

 白の樹海にある迷宮の町は、まだ町としては作りかけもいいところだが、大きな利権が関わる物件だ。それだけに国からは早い時期に塀の中の警備を名目として、第一軍から部隊が派遣されていた。

 町の中の警備なら第一軍の仕事なので、広瀬としてはあまりしゃしゃり出るわけにはいかないのだ。


「それで、他に気付いたことはないか?」

「地下ですけど、床の魔法陣が見えにくいくらいに埃が積もってましたね。掃除が必要だと思います」

「それは手配しておくよ。他には? ……何か思い出したことがあったら電話してもらえるかな」


 広瀬の言葉に頷いた一行は詰所から出て、町の様子を改めて確認した。

 塀は一部の梯子が工事中だったりもするが、基本的には完成している。

 建物についてもほぼ完成しており、一部の迷宮関連設備を残すのみとなっている。


「ほぼ完成ですわね」


 白の樹海の砦を目指し、美咲たちはのんびりと町の中を進む。

 太陽の様子から、急いでも日のあるうちにミストの町に帰りつけないのだから慌てる必要はないと、美咲たちは町の中をあちこち眺めながら門へと進む。


「後足りないのは住民と迷宮関連設備だけだね。アーティファクトの鑑定・買取とか? 宿や道具屋もまだなのかな?」

「その辺りは既存の迷宮の町の設計図を流してもらってますけれど、実際に使う人の意見も必要ということで、少し着手を遅らせているそうですわ」

「使う人って、前に話してた、経験者を連れてくるとかそういうの?」

「そうですわね。あと、宿と道具屋、鍛冶屋については、最低限のものは用意していますけど、必要に応じて拡張することも視野に入れているそうですわ」


 それらの施設は土地だけ多めに確保してあるのだとキャシーが言うと、アンナは不思議そうな顔をした。


「……最初から大きく作っておけばいいのに」

「大きい建物は、管理するのにも人手が必要ですわ。この町が迷宮の町として受け入れられるまでは下働きに関しては人手を集めるのも一苦労ですの」

「なるほど……傭兵組合は作るの?」

「作りますわよ? でもこの町では、傭兵組合の立ち位置は少し特殊ですわね」

「……特殊?」

「アーティファクトを有料で貸し出したりもしますの」

「あー、武器のアーティファクトか」


 ベルの言葉にキャシーは頷いた。


「護宝の狐を倒すには魔法の武器がないと少し厳しいですわよね? ですので、魔法の武器のアーティファクトを入手するまでは、傭兵組合が有料で魔法の武器を貸し出しますの」

「……持ち逃げとか大丈夫?」

「武器の貸し出し基準は、市場価格の10分の1を保証金として、別途貸し出し費用。緑以上の傭兵がいるパーティに限って貸し出されますの」

「意味あんのか、それ」


 ベルが呆れたように呟く。

 が、アンナは何かに気付いたようだった。


「……緑の傭兵という階級そのものも担保?」

「ええ、戻ってこなければ、その傭兵の傭兵登録は取り消されます。緑の傭兵という信用を失ってでもアーティファクトを盗みたいという人には意味のない罰則ですけれど」

「……緑と言えば中堅。その信用を武器ひとつと交換するような人は少ない」

「傭兵組合ではそう分析してますわね。アーティファクトとは言っても、所詮は武器ですし、これから増えていくでしょうから」

「そうすると、今頃、傭兵組合の事務員とか募集してるのかな?」

「募集はしませんわね。そうだったら楽なのですけれど」


 微妙そうな表情でキャシーが呟く。


「ミストの町の傭兵組合から引っ張ってくるとか?」

「いえ、それがですね。傭兵組合は事実上、この町の迷宮の管理組織になりますので、貴族が関係者を捻じ込んできているそうなんですの」

「傭兵の相手を貴族ができるとは思えないんだけど」


 フェルが楽し気に笑う。

 基本的に家を継ぐことができない者が、糊口をしのぐ仕事を得るためになるのが傭兵という仕事である。

 赤の傭兵になれば別だが、一般的に礼儀には疎く、特に迷宮に潜って一攫千金を狙うような傭兵には荒っぽい者も多い。

 フェルがそれを指摘すると、キャシーは薄笑いを浮かべた。


「男爵や子爵家の者であれば、そのようなことは気にしませんわ。ですので、伯爵家や侯爵家からの指示で、あちこちから男爵や子爵の子弟がやってきますの……宿などは人手不足ですのに困ったものですわ」

「……この町の傭兵組合、そんなに儲かるの?」

「得ようとしているのは、お金ではなく未知のアーティファクトですわね。珍しい武器のアーティファクトが出るような迷宮ですもの。他にどんなものが出るのか、皆、興味津々なのですわ。噂ではオガワさんは近いうちに伯爵に昇爵されるそうですけれど、その大きな要因は女神のスマホによる通信改革だと言われていますの。だからアーティファクトをうまく使って家名を上げようと狙っているのでしょうね」

「さすがに女神のスマホみたいにそこそこ数が出てて、使い方が間違って知られているようなアーティファクトはないと思うけど」


 美咲が呆れたようにそう言うと、キャシーは真顔で頷いた。


「本当にそうですわよね。優れたアーティファクトでも、数が揃わなければ意味がありませんもの」

「あ、でも、塩が出てくるアーティファクトとかだと高値が付いたりするのかな?」

「この迷宮がなければそうだったかも知れませんわね」


 門を潜ると、道の整備も進んでいた。

 魔物の脅威に配慮しつつ、それなりに安全に往来が可能なように、辺境の町の道路としては信じられないくらい丁寧に工事が行われている。


「今日は砦に泊めてもらって、明日ミストに戻るんだったよね?」

「ええ。今から戻っても門は閉まってるでしょうからね」

「それだけど、北門に回れば入れないかな?」


 南に白の樹海しかなかった今までは、南門は日の入りと共に閉ざされていた。

 だが、王都との往来がある北門に関しては、暗くなってからもある程度の出入りができるようになっていた。

 それを指摘するフェルに、キャシーは難しい顔を見せる。


「それは本来禁止行為なんですのよ?」


 北門を出た場所には農耕地帯があり、そこは用水路で囲まれているため、魔物が侵入してくることは稀であるということもあり、閉門後でも門番に声を掛ければ門を開けてもらえないことはないのだが、本来の運用としては、町の門は夜間は閉鎖するのが決まり事である。

 ゴードンやビリーは黙認してはいるが、代官の娘であるキャシーは立場上、積極的に決まり事を破るわけにはいかないのだ。


「そっか。ミサキが貰った杖が気になったんだけど」

「白竜から貰った杖ですから、きっと女神様に関わるものなのでしょうけれど」

「春告の巫女が神託の巫女になっちゃったらどうする?」

「女神様から神託を賜れるなら、王家と神殿でミサキさんの争奪戦が始まってもおかしくはありませんわね」


 エトワクタル王国の歴史上、神託を受けたとされる人間はあまり多くない。

 特に、神殿という神託を受けるための施設が作られて以降は、個人が神託を受けたことはほとんどないのだ。

 神託を受けるのが血によるものなのか、信心によるものなのかを明確に分けられない以上、王家としてはその血を取り込みたいと考えるし、神殿としては敬虔な信者として取り込みたいと考える。

 そのどちらでもないと思っている美咲にしてみれば迷惑な話である。


「神託って言っても、普通は神殿の灰箱に神託が書かれたりするんだよね?」

「ええ、ですからその灰箱を無視して、個人に神託があったりしたら大騒ぎになりますわ」


 なるほど。と美咲は頷き、神殿長に神託のことを話したのは軽率だったかもしれないとかなり手遅れ気味な後悔をするのだった。




「あ、まだ日没には少し間があるけど、魔法の練習してかないか?」


 砦のそば、以前キャシーたちがアブソリュート・ゼロを練習した岩のそばでベルが声を上げた。


「アブソリュート・ゼロの、ですわよね?」

「ああ。ミストの町に戻っちまうと、中々練習に出るのも面倒だろ?」

「……まだ、完璧じゃないから練習したい」

「わたくしは先に砦に行って、今日、お部屋を借りられるか確認してきますわ」


 キャシーを見送った一行は、岩に向かって思い思いにアブソリュート・ゼロを放ち始める。

 皆の魔法はかなり安定してきているが、時折、岩に命中した氷槍が砕けて中から液化した空気が飛散する。

 的にしている岩の表面は真っ白に凍り付き、凍った空気が溶けて気化する際の湯気が陽炎のように揺れている。


「ミサキ、お手本見せてよ」

「いいけど……見た目は普通の氷槍だから、見ても参考にならないかもだよ?」

「何が切っ掛けでうまくできるようになるか分からないじゃない?」

「それじゃ、撃つよ……アブソリュート・ゼロ!」


 普段は氷槍と言いながらアブソリュート・ゼロを放つ美咲だが、今回はお手本ということで、普段よりも丁寧に魔法を放った。

 固体になった空気で構成された氷槍が岩にあたり、その表面に突き刺さる。


「威力が増した?」

「あー、多分みんながアブソリュート・ゼロ当てまくったから、岩が脆くなってたんだね」


 空気そのものを凍らせながら飛ぶ美咲のアブソリュート・ゼロは、普通の氷槍よりも着弾時の質量が大きくなる傾向があるが、それでも岩を穿つほどのものではないと美咲は笑った。


 それから東の空が暗くなるまで、一行は魔法の練習を続け、キャシーの待つ砦に入るのだった。


いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

なお、大変申し訳ありませんが、これから二か月ほどは更新が不規則になる可能性がございます。

ご了承くださいませ。


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