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237.樹海の迷宮・魔法陣の繋がる先

 キャシーが魔法陣の中央の黒い丸を踏んだ次の瞬間、キャシーとナツは薄暗い石造りの建物の一室に転移した。

 部屋には窓がなく、扉の位置にはドアは設置されていなかった。

 床には埃が積もり、キャシーが歩くと足跡が残る。

 しばらく周囲を警戒をしていたキャシーだが、光の杖の光が届く範囲に何もいないことを確認すると、部屋から廊下に出る。

 廊下は部屋からまっすぐに10メートルほど続いていたが、どこにも分かれ道もなく、すぐに突き当りになった。


「何もありませんわね」


 キャシーが廊下の突き当りの壁を調べていると、足元に溜まった埃が湿っていることに気付いた。

 石畳を敷いたような足元で、そこだけが濡れていることに違和感を覚えたキャシーは、慎重に足元を調べ、壁を調べ、そして天井を見上げた。


「あら?」


 キャシーは何かに気付いたかのように目を細め、灯りの魔道具を消灯する。

 廊下は暗闇に閉ざされたかに見えたが、キャシーのいる付近だけは微かに明るかった。

 微かな光は石を組み合わせて作られた天井の、石の隙間から差し込んでいた。


「光源があるということは、なんとか出られそうな気がするんですけれど」


 天井の石は、一辺60センチほどの石畳のようなもので、石をアーチ状に組み合わせている。

 うまく石をずらすことができれば、光源に近付けるのではないかと、キャシーはレイピアの鞘で石を軽く突いてみた。

 グラグラと動く石の天井に、これならいけそうだと思うと同時に、これが崩れてきたら生き埋めになると、キャシーはナツを呼ぶことにした。


「ナツ、この天井を調べて」

「はい」


 小部屋の魔法陣の上で待機していたナツが部屋から出て、キャシーのそばまでやってくる。

 そして、光が差し込んでいる天井を見上げた。


「天井の石をずらして通れるようにできないか、調べてみてくださる?」

「はい」


 キャシーが天井を見上げていると、魔法陣から美咲たちが出てきた。

 光の杖で周囲を照らしながらベルと茜が部屋の中を探索している。

 そんな中、唐突に茜の姿がかき消えた。


「茜ちゃん!」


 美咲が慌てて茜が消えたあたりに行くと、そこには埃に埋もれていてわかりにくいが、魔法陣が刻まれていた。


「また転移の魔法陣?」

「アカネって近接戦闘はどうなんだ? ナツなしでひとりで転移しちまったけど」

「ただいまー」


 ベルと美咲が茜が消えた魔法陣を調べていると、その後ろから茜が戻ってきた。


「茜ちゃん、大丈夫だった?」

「はい! そこの魔法陣を踏むと、さっきの部屋に飛ばされるんです」

「アカネさん、無事でしたのね?」

「はい、さっきの部屋に飛ばされたので、魔法陣に乗って帰ってきました」

「ここがどこだかは分かりませんけれど、第十階層への直通魔法陣があるのは心強いですわ」


 キャシーがそう言うと、茜は不思議そうに首を傾げた。


「ここは迷宮の外ですよ? 場所までは分かりませんけど、さっきの魔法陣は外に出るためのものでしたから」

「アカネさんは、そういうのが分かるんでしたわね」

「はい。女神様がくれた能力だと思います。なんとなく分かるんです」


 女神様が実在する世界だけあり、そうした言い訳は素直に受け入れられる。

 キャシーは茜の言葉をもとに、今後の行動方針を検討する。

 外だというのなら、先ほどの光が漏れている天井に穴を開ければ外に出られるかもしれない。そう考えたキャシーは、廊下の奥に視線を向けた。

 すると、今まさにナツが、天井の石を一枚外したところだった。

 ずらした石の隙間が広がり、差し込む光量も増える。石の天井の上には、なぜか木の板が並んでいた。


「ナツ、上の様子は分かりまして?」

「いいえ」


 ナツなら手を伸ばせば天井に届くが、外を覗くにはナツの背が足りない。

 ナツは他にも緩んでいる石を見つけたようで、それらを慎重に外しては足元に並べる。

 そして、石の上に並べられていた木の板を剥がし、それも足元に並べた。木の板を外したことで、差し込んでくる光量が増し、ナツがスポットライトで照らされたようになる。


「……ナツ、背中に乗るからしゃがんで」


 アンナがナツにそう言うと、ナツは蜘蛛型の胴体の6本脚を折って、アンナが背中に登りやすいように姿勢を変える。

 その背中によじ登ったアンナは、ナツの背中の手摺をしっかりと握ると、ナツに立ち上がるように指示をする。

 そして、ナツの蜘蛛型の胴体の上で立ち上がり、天井に開いた穴からそっと顔を覗かせた。


「……なるほど……キャシー、ここは建物の中」

「何か見えますの?」

「……廊下と壁と天井。窓もあって、青空が見えてる」

「魔物はいませんのね?」

「……いない。でも……人の声が微かに聞こえる」


 アンナはナツの肩に足を掛け、止める間もなく天井の穴によじ登っていく。

 そして、天井の上を歩く足音が続き、すぐにアンナは天井の穴に戻ってきた。


「……窓から外を見た。ここは白の樹海の迷宮の出口の魔法陣がある建物」


 アンナの報告を聞くと、キャシー、ベル、フェル、茜、美咲も後に続く。

 美咲は穴から上に出て、そこが迷宮の出口の魔法陣があった建物の廊下の隅であると理解した。

 取り残されたナツに手を伸ばした美咲は、ナツを収納魔法でしまい、廊下にナツを取り出す。そして、少し考えてからキャシーに声を掛けた。


「キャシーさん、ここの地下に第十階層に繋がる魔法陣があるというのは、早めに責任ある人に報告した方がいいと思うんですけど」

「ええ。廊下の穴を階段に作り替えなければなりませんし、間違って第十階層に降りないように出入りを管理しないといけませんわね」

「とりあえず私は対魔物部隊の中隊長に連絡しますから、キャシーさんは組合長に報告をお願いします」

「え? ああ、女神のスマホがありましたわね……対魔物部隊への連絡は少し待ってくださいまし」


 キャシーは女神のスマホを取り出すと、傭兵組合の組合長と、ミストの町の代官であるビリーに電話をかけ、第十階層より下の階層が発見できなかったことと、第十階層と行き来できる魔法陣が見つかったことを連絡した。

 そして対魔物部隊への連絡についての許可が出たと、美咲に目で合図をする。

 それを受け、美咲も広瀬に連絡を入れ、迷宮の出口の魔法陣のある建物で発見があったため、しばらくは入り口に見張りを立たせた方がよいと進言した。

 美咲の電話が終わっても、キャシーの電話は終わっていなかった。


「第八階層には海がありますの。塩を作ることができれば、第十階層経由で運ぶこともできますわ」


 エトワクタル王国の塩の半分は他国から輸入したものである。

 その塩を迷宮から大量に入手できるとしたら、他国への富の流出を防ぎ、外交的にも対等の立場になれる可能性がある。

 もしも第十階層に繋がる魔法陣がなければ、キャシーもここまでは騒がなかっただろう。

 迷宮内には荷運びに適さない階層も多い。第一階層から第八階層まで徒歩で移動するとなれば、運べる塩の量は限られただろう。

 だが、第十階層に繋がる転移の魔法陣の存在が、塩の輸送を現実的なものとした。


「……では、職人の手配が終わったら迷宮内に塩田を作りましょう」


 ビリーとの話が終わり、キャシーが女神のスマホを耳から離した。そして、笑顔で美咲に話しかけてきた。


「ミサキさん、第八階層に塩田を作るのに協力していただきたいとお願いしたら、受けていただけますか?」

「協力はいいけど、具体的には何するの?」

「潮の満ち引きを確認したら、砂浜に水が通らない層を作って、そこに砂を入れた田圃を作るんですの……ミサキさんは海まで旅したんですのよね? 塩田は見ませんでしたか?」


 コティアの海岸の一部を粘土と板で区切り、砂の上に汲んできた海水を散布していたのを思い出し、美咲は頷いた。 


「塩田は見たことあるけど、構造はよく知らないよ?」

「製塩の技術なら、ヒノリア領にありますわ。教えを乞うことはできます」

「ならいいけど……なんで私が作るの?」

「浜の砂を素材に土魔法で大きな石の桶を作っていただきたいのですわ。わたくしたちでは魔素が尽きてしまうでしょうから」


 迷宮内に持ち込んだ品物を迷宮内に設置すると、およそ一週間ほどで迷宮に取り込まれてしまうが、迷宮内の素材をベースにした品物なら、迷宮の構造を大きく変えるようなものでない限り迷宮に吸収されない。

 塩田の基礎部分と、石で竈を作ってほしいのだとキャシーは言った。


「えっと、職人さんたちが使うんだろうから、職人さんたちとパーティを組んで第八階層まで行って、海岸に色々作るんだね?」

「ええ、もちろんミストの町から依頼費用はお支払いしますわ」

「第十階層から第八階層まで職人を護衛したり、荷運びする傭兵も必要だよね?」

「そうですわね」

「みんなを一度に魔法陣で送り込めるのかな?」


 迷宮の門を用いて迷宮に入る場合、同じタイミングで迷宮に入らないと、同じパーティと認識されない。

 裏技もあるにはあるが、それが迷宮の常識である。

 そうした条件を勘案した場合、魔法陣から迷宮に入った者をどうやってパーティと認識するのかが分からない、と美咲は呟いた。


「それならさっき魔法陣を鑑定しましたから、一応説明はできますけど……まず、第十階層につながる魔法陣は、第十階層まで到達したことがある人じゃないと使えません。それとパーティの判別は、魔法陣の部屋にいる人たちが対象になります」

「……てことは、一度第十階層まで下りたことがある人なら、結構大人数でも行けそうだね」

「でも、下りたことのない人は、別途自力で第一階層から歩いて下りていかないとダメみたいですけどね」

「……アカネさんの言うとおりだとしたら、職人を送り込むのにはかなり時間が掛かりそうですわね……全員第十階層まで下りてもらって、そこから魔法陣で地上に出て、ミサキさんと合流してから迷宮に戻る感じでしょうか」

「また迷宮を十階まで歩かなくて済むなら、その方がいいかな」


 それなら問題はないかと美咲がため息をつくと、茜が自分も行きたいと手を挙げた。


「私も参加したいです」

「そういえば、アカネさんも土魔法はお得意でしたわね」

「はい! 土の黄水晶もありますし、きっと力になれると思います」

「それではお願いしますわ。職人の手配と、第十階層まで到達してからになりますから、まだ先になりますけれど」

「それはそれとして、キャシー、その鎧を着替えた方がよくないか?」


 ベルに指摘され、キャシーは白竜の防具を外すと、普段の鎧に着替える。

 と、そこに、対魔物部隊の鎧を着た兵士がふたりやってきた。


「対魔物部隊、ヒロセ中隊長の命でやってきました。ミサキさんはどちらでしょうか?」

「はい、私ですけど」


 美咲の顔を見た兵士は納得したように頷くと、広瀬からこの場の保持を命じられたということと、可能なら、美咲たちに、詰所まで来てほしいという伝言を伝えた。


「詰所ってどこにあるんでしょうか?」

「この町に建設中の建物のひとつを借りています。私がご案内します」


 兵士のひとりがそう言って、美咲にこの世界風の敬礼をする。


「……えっと、キャシーさん、そういうことなんですけど」

「わたくしも参りますわ」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

前回報告が漏れましたが、活動報告にいただいたイラストを置かせていただきました。

季節にあったイラストで、日本にいたころの美咲はこんな風だったのかな。とか思いながら見ていました。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、以前読んだときも思った違和感。 迷宮から帰還した一行。 「対魔物部隊への連絡は少し待ってください」と言いながら、依頼主である組合長にまず連絡をとるキャシー。 キャシーの指示をガン無…
[良い点] キャシーさんが主人公を便利になんでも使いすぎていつもモニョる。 感じの悪い貴族のテンプレならそういう態度もありなんだろうけど キャシーさん主人公のお友達枠なのにずうずうしすぎるような。
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