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235.樹海の迷宮・第十階層・ナツ

「……それにしても、ナツがやられたのは痛いな」


 通路の壁際に置いた木箱に腰かけ、ベルがそう呟く。

 ナツは、先ほど護宝の狐にやられて擱座(かくざ)した位置で放置されていた。

 ナツに近付くには、凍り付いた護宝の狐のそばを通らねばならないため、氷が溶けるまでは接近できないのだ。

 ベルの独り言を聞き、美咲はどう対応するのがベストだろうかと考えていた。


 アキを出した時のように、初期状態のナツを呼び出すことは可能である。

 しかし、魔素感知ができるフェルのそばでそんなことをすれば、美咲の呼び出しが発覚しかねない。

 それに美咲が呼べるのは、まだナツと名づける前のナツである。茜のことさえ知らず、話をする機能を搭載する前のナツでは、現在のナツを知っているキャシーたちからしたら違和感しかないだろう。そう考えるとナツを呼び出すのはハイリスクである。

 だが、迷宮の中ではナツは最高のボディガードだった。

 索敵能力に優れ、敵の排除能力にも優れたナツがいなくなるということは、このパーティの大幅な戦力ダウンに繋がりかねない。

 呼び出すべきか、それともナツなしで残りの踏破に挑むべきか。美咲は迷っていた。

 そんな美咲に気付いたフェルが美咲の隣に木箱を出してそれに座る。


「ミサキ、どうかした?」

「ナツがね、動かなくなっちゃったけど、大丈夫かなって」

「普通の火の魔法なら問題はないと思うけど、護宝の狐の火はちょっと青白かったからね」


 まるでインフェルノみたいだったというフェルの言葉に美咲は頷いた。

 ゴーレムは主に石のようなもので構成されているため、火にはそれほど弱くはない。

 魔石を用いた目の部分や、聖銀を用いた神経系統は熱に弱いが、それでも燃え盛る焚火に突入しても全損にならない程度の耐火性能は与えられている。

 しかし、ものには限度がある。

 焚火の中なら約1300度程度で済むが、これが温度変化だけで青色になっている炎であれば7000度を超えている。そんな温度で炙られてはいかにゴーレムとはいえ、内部構造に不都合が出るのも当然である。


「ナツがいないと、この先の探索、色々大変だよね?」

「それはそうだけど、ミサキ、ナツを直せるの?」

「修理用の素材は貰ってきてるけど、私じゃ無理かな。ナツの核が無事ならもしかしたらなんとかなるかもだけど」


 ゴーレムの頭脳ともいうべきゴーレムの核さえ無事なら、補修用の砂を用意すれば自己修復も可能かもしれない。

 美咲がそんなことを考えていると。


 ――ピシッ!


 迷宮の奥、護宝の狐が氷漬けになった向こう側から、氷が割れるような音が聞こえてきた。


「なんの音?」


 木箱から立ち上がり、フェルが魔法の弓を取り出す。

 美咲も音がした方を向いて警戒するが、その辺りは暗闇に包まれていて何も見えなかった。


「ベル、正体は分かりまして?」

「いや……」


 そしてその音は、すぐに、重たく硬いものを引きずるような音に変化した。


「魔物かもしれませんわ。全員警戒を! 光よ、我が求めに応じ、彼の地の(ともしび)となれ!」


 キャシーが灯りの魔法を使い、護宝の狐が氷漬けになった辺りを照らし出す。

 そこには、黒くただれた表面から、ポロポロと破片を落としながら這うようにして近付いてくるナツの姿があった。

 ナツの額の起動ランプは光を失ってしまっている。

 蜘蛛型の胴体の脚部は、関節部が融解して固まってしまったのか、数本の足がほとんど動いていない。

 一歩進むたびに、固着した関節から割れるような音が響くが、ナツはその歩みを止めることはなかった。


「……生きてたんですのね」

「美咲先輩! ナツです! 無事だったんですね」

「表面はすごいことになっちゃってるけどね」


 動かない足を引きずるようにしてナツがゆっくりと美咲たちに近付いてくる。


「ナツ、あと少しだ!」


 ベルがナツを応援すると、アンナやフェルまでが声援を送る。

 全員がナツの方を見ていた。

 だからその気配に気付かなかった。


 美咲たちの背後から、トビトカゲが接近していた。

 それに最初に気付いたのは、美咲たちの方を見ていたナツだった。

 ナツは若干煤けた魔法の鉄砲を構えると、氷槍を撃つ。

 そこに至り、ようやく美咲たちは、自分たちのすぐそばに魔物がいると理解した。

 氷の槍がトビトカゲの周囲に着弾する。避けられたわけではなく、ナツの照準にズレが生じていたのだ。

 だが、その攻撃で動きを止めたトビトカゲを茜の氷槍が貫いた。


「やりました」

「茜ちゃん、反射神経がいいよね」

「任せてください」


 茜がトビトカゲのドロップ品を拾いに行く後ろで、フェルの悲鳴のような声が響いた。


「ナツ? 美咲! ナツが動かない!」


 もう少しで美咲たちの傍という位置で、ナツは完全に動きを止めていた。

 ガスの影響圏からは出ているだろうと、美咲がナツに近付く。

 ナツの体は彫像のように固まっていた。


「……ナツ?」


 美咲の呼びかけにナツはまったく反応を返さなかった。


「壊れちまったのかな」

「最後の力を振り絞って私たちを助けてくれたんだね」

「……ありがと、ナツ、また話したかった」

「ナツ……いいゴーレムでしたわね」


 皆がしんみりとしている中、茜は不思議そうにナツのことを見ていた。

 そして、ああ。と納得顔でその背面に回り、背中に手を当てる。


「……茜ちゃん、何やってるの?」

「いえ、魔素切れみたいだから、魔素を補充してるんです」

「え? ……魔素切れ?」

「はい。自己修復で魔素を使い過ぎたところに、魔法の鉄砲の射撃ですからね。もう空っぽみたいですよ?」


 ナツの体はマイクロメートルレベルの細かな自己増殖機能を持ったマイクロマシンで構成されている。

 ゴーレムの核が無事で、その周辺に健常なマイクロマシンと、マイクロマシンの素材が存在し、核に魔素が供給できているのなら、ナツは不死と言ってもいい。

 茜から魔素供給を受けたナツは、しかし再起動しなかった。


「おかしいですね……満タンのはずですけど」

「茜ちゃん、ちょっと代わって」

「はい、いいですけど」


 美咲は茜と交代して、今度はナツの頭部に魔素を注入する。

 ナツの本体はその頭部部分であり、頭部にも魔石が配置されている。

 胴体にも魔石があるが、それは体を動かしたり、魔法の鉄砲を撃つためのものなのだ。

 頭部の魔素切れであれば、と美咲が祈るようにナツの頭を撫で、静かに命じる。


「ナツ、動けたら体に負荷が掛からない姿勢になって」


 すると、ナツはその場でゆっくりと足を曲げ、蜘蛛の胴体を地面に付けた。

 固まった関節がパキパキと音を立て、体表に付いた溶解した黒い石のようなものをボロボロ溢しながら、ナツはホルスターに魔法の鉄砲を戻す。


「……ナツ、話せる?」

「は……い」


 美咲は小川から、最初にナツの頭部部分を受け取った時に一緒に貰った木箱を取り出し、ナツの前にそれを置いた。


「ナツ、ここに部品が入ってます。これを使って故障個所を修理できる?」

「目……の、部品が必要、です。それ、と、鉄の、混じった砂」

「目の部品……この魔石を磨いたものかな? 砂は別の箱に入ってるから、そっちも出すね」


 目の部品と思しき魔石の塊をナツに手渡した美咲は、砂の入った箱を取り出し、それもナツの前に置いた。


「ミサキ、ナツ、無事だったの? 完全に壊れたかと思っちゃったよ」

「……よかった……直る?」

「どこまで直るか分からないけどね」

「とりあえず、壊れてなくてよかったですわ」


 ナツは自分でヒビの入った右目の魔石を取り出すと、美咲が渡した魔石をはめ込む。

 しばらく角度を調整していたナツは、ヒビの入った魔石を小箱に置くと、砂の入った小箱に両手を沈め、砂をかき混ぜるようにする。

 すると、関節部分を中心に、表面の黒く融解した石がポロポロと零れ落ち始める。


「ナツ、この落ちた石は使い物にならないの?」

「細か、く、砕けば使え、ます」

「やっぱりそうだよね。マイクロマシンが融解したものなら、そこら辺の砂よりも必要な成分は含まれてると思ったよ」


 美咲はナツの体から落ちた細かな石を拾い集めると、小箱に放り込み、土魔法で砂になるまで分解する。

 美咲が何をしているのかが理解できていない茜も、ナツが歩いた後に落ちている黒い石に価値があると判断し、それを拾い集めては美咲に手渡す。


「茜ちゃん、集めてくれるのは助かるけど、護宝の狐のそばには近付いちゃだめだからね?」

「酸欠で倒れたくはないですからね。ほどほどに頑張ります」


 しばらくすると、ナツの体の関節部分が綺麗になる。

 そこでナツは砂から手を離した。


「修理はもう大丈夫なの?」

「はい。起動ランプは代替部品がないので修理できませんが、それ以外は伝達系も含め、修復が完了しました」

「魔素の補充は必要?」

「必要です。修復で8割近い魔素を消費しています」


 修復には思いの外魔素が必要になるのだと理解した美咲は、ナツの頭部と胸部にある魔石に魔素を充填する。

 そして、そろそろいいかと美咲が手を離すと、ナツはギシギシと音を立てて立ち上がった。


「……まだ軋むね。補修が十分じゃなかった?」

「関節部そばの表面が溶けて固まっているためです。少し動けば音はしなくなります」

「あー、溶けた部分が膨れて擦れてるのかな? ナツ、仕事を頼みたいんだけど、大丈夫?」

「はい」


 美咲がアーティファクトが氷漬けになっているだろう辺りを指差すと、ナツはぐるりとその場で回転して美咲が指さす方を見た。


「護宝の狐を倒した辺りに氷があるから、そこからアーティファクトを回収してきて……えっと、通常の氷槍とは比べ物にならないくらい低温だから気を付けてね」

「はい」

「氷漬けになってるようなら、無理に取り出さなくてもいいからね」


 美咲の指示を受け、ナツはカチャカチャ、ギシギシと物音を立てながらアブソリュート・ゼロが作り出した氷に向かって歩き出した。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

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