234.樹海の迷宮・第十階層・鳴き声
「美咲先輩! 怪我してませんか?」
美咲がさっきの小部屋に戻されてくると、美咲の姿に気付いた茜が抱き着いてきた。
転移の魔法陣は一方通行だと思ってたけど、両方向に使えるのか、などと美咲が感心しながら茜を抱き留め、背中を撫でていると、フェルが声をあげる。
「ミサキ、急いで魔法陣から出て! なんか魔素がおかしい!」
「え? あ、うん」
抱き着いてきている茜を抱きしめたまま、美咲が魔法陣を出ると、魔法陣が穏やかな温かみのある光を放つ。
六芒星の周りに円が刻まれ、魔法陣の中央に黒い丸ができたのを見て、美咲は、最初からこんな風に転移の魔法陣に似てれば踏んだりしなかったのに、と少しずれた感想を抱く。
「それでミサキさん、お怪我はないみたいですけれど、いったい、何があったのですか?」
美咲は少し迷った。白竜のことや、貰った杖のことについて、どこまで話していいものかと。だが、考えてみれば白竜は口止めはしていなかった。だから、僅かな逡巡のあと、美咲はすべてを話すことにした。
「あー、うん。えっとですね……小部屋に跳ばされたと思ったら、壁の一つが白竜の胴体で、白竜に会ってなんか変なの渡されて、白竜がいなくなって魔法陣が残ってたからナツを乗せたらナツが跳んだので、後から跳んできたんだけど」
一度に色々あり過ぎたためか、美咲も混乱しているようでうまく説明ができずにいると、それでもキャシーは美咲が言わんとしていることを理解して問いを返した。
「白竜? それはこの迷宮の門を作った白竜のことですの?」
「はい。それで白竜に渡されたのはこれですね」
美咲が取り出した杖を見て、キャシーたちは首を捻った。
見たところ、赤い魔石がはまった短い杖型の魔法発動体にしか見えなかったからだ。
キャシーたちの認識では、迷宮の門を作った白竜は女神様の直属の配下たる聖獣である。そんな白竜を使って下賜するには、その杖の見た目はあまりにも普通過ぎた。
「ミサキさんの巣ということはミサキ食堂ですわよね? ミサキ食堂に帰ったら杖の魔石の色が黄色になり、その翌日に青に変わるから神殿に来いと……神託でも受けるのでしょうか?」
美咲が神託を受けたことがあるということは、キャシーたちには話したことがなかった。
だから、美咲はキャシーたちと一緒に首を傾げて誤魔化すのだった。
美咲が転移先でナツに採取させた水晶の柱は、キャシーたちに喜びの声とともに受け入れられた。水晶そのものは珍しいものではないが、大きなものにはそれなりの値が付くし、それらの水晶はとても美しいものだったから、皆の目の色が少し変わっていた。
キャシーたちが水晶の中に珍しい模様がないかと調べ始めた後ろで、美咲は茜に小声で、杖の鑑定を頼んだ。
「……呼び掛けの杖という名前の杖ですね。女神様が話す準備を整えると、魔石の色が変化します。黄色に変化させるには、本来は神殿での祈りが必要です。黄色になったら、女神様が対話の準備中という意味で、青になったら対話の準備ができたという意味になります」
「普通に神託ってわけにはいかないのかな?」
「そこまでは鑑定では分かりませんけど、女神様にも都合があるんじゃないんですか?」
美咲は過去の神託を思い返してみた。
昨年の春告の巫女の際には対話が成立したが、一方的にメッセージを伝えられたことも少なくなかった。
神託を下す方法には対話型とメッセージ型の2種類があり、こちらから対話型で神託を要求するためにこの杖が必要になるのだろうと美咲は推測した。
だが、それは神託に関わることなので、あまり大っぴらにはできないと考えた美咲は、ため息をついた。
「いずれにしても、この階層の未踏破エリアの調査が終わって、ミストの町に帰ってからだね」
「ですね。美咲先輩が転移した先も調査しないとでしょうし」
「そういえば、私が帰ってきた後、魔法陣が変化したんだっけ? 同じところに跳べるのかな?」
美咲は、あまり近付き過ぎないように注意しつつ、魔法陣を眺める。
美咲が乗った時は正三角形がふたつ、互い違いに組み合わさったような六芒星だったのに、今はその周囲に円が3本引かれ、円の中には細かい文字が刻まれている。
六芒星の中央にも黒い丸ができており、第一階層の魔法陣との類似性から、美咲はそれを踏むと瞬間移動させられる魔法陣だと認識した。
「美咲先輩、第一階層の、迷宮から外に出るところの魔法陣に似てますよね?」
「そうだね。なんで模様が変わったんだろうね? あ、魔法陣って鑑定できないの?」
「やってみます……あれ? これ、第一階層の魔法陣と同じで、外に繋がってるみたいです」
茜の答えを聞き、美咲は自分が跳ばされた時の魔法陣はどういう機能だったのだろうと首を捻った。
「……えっと、さっきの魔法陣はどうだったのかな?」
「あっちは鑑定しなかったので分かりませんね。でも外に繋がってるなら、帰りは楽ですね……女神様はそんな杖を渡してくるくらいですから美咲先輩に早くミストの町に戻ってほしいんでしょうね。だから、早く帰れるように近道を用意したんじゃないでしょうか?」
「なるほど。そうだって言われたら信じちゃいそうな仮説だね」
「まだこの階層の調査が終わっていませんから、魔法陣を試すのは調査終了後にした方がいいと思いますけど」
「そうだね。まだこの階層の調査が途中だから、戻るわけにはいかないよね」
美咲が納得したように頷くと、キャシーも納得したように頷いていた。
「今回の調査の目的は、この第十階層に、下層に降りる階段がないか、ですからね。その調査が終わる前に、間違って外に転移してしまうわけには参りませんわ」
「ですよね……って、キャシーさん、いつから話を聞いてたんですか?」
「そこの魔法陣が第一階層の魔法陣と同じ、外に出る魔法陣だという辺りですわね。それにしても外に繋がる魔法陣があるとは朗報ですわ」
神託関連の話は聞かれていなかったようだと美咲がため息をつくと、キャシーは楽しそうに笑った。
「わたくしに聞かせられないような内緒話でもされてたんですの?」
「私も美咲先輩も、内緒って程の話はしてませんね」
「まあいいですわ。それよりも探索の続きです。大きな未踏破領域はこの部屋で最後でしたから、後は細かな分かれ道を潰すだけです。ベル。準備はよろしくて?」
「俺たちの準備はできてるぜ」
ベルとアンナ、そしてフェルは、美咲が持ち帰った水晶の検分を終え、荷物を片付け終わっていた。
それを見て、キャシーは頷く。
この小部屋を調べたことで、この階層の大きな未踏破領域はすべて調査した。
残っているのは、分かれ道の奥などであるが、あちこちの分岐路に後回しにした調査個所があるため、かなりの距離を歩いて回らなければならない。
ベルの地図を見て、キャシーは近い所から総当たりで見ていき、最後にここに戻ってきて魔法陣に乗ってみようと提案した。
未確認の通路の9割を確認したところで、ナツが魔法の鉄砲を構えた。
だが、引き金を引かずにそのまま魔法の鉄砲をホルスターに戻す。
「ナツ、魔物か?」
「はい。角を曲がったため、見えなくなりました」
「何の魔物だ?」
「護宝の狐です」
護宝の狐と聞いてベルの目の色が変わった。
「キャシー、追いかけてもいいよな?」
「それは構いませんけど、十分に気を付けてくださいまし」
「分かった。ナツ、護宝の狐を倒しに行こう」
ベルが少しだけペースを早める。
美咲たちもそれに追随するが、壁の確認などはしっかりと行ないながらなので、ベルとの間に少し距離が空く。
「ベル、もう少しゆっくり進みなさい」
「けど、護宝の狐だぜ? 何が出るか楽しみじゃないか」
ここまでの階層で、護宝の狐の力量は把握できている。
倒すのに多少手間取ることはあっても、強敵ではないというのが美咲たちの見解だった。
そしてベルは曲がり角の手前で一旦足を止めた。
「そこの角を曲がった先にいてくれればいいけど……ナツ、角から出て護宝の狐が射程内にいたら連射して確実に仕留めるんだ」
「はい」
護宝の狐は魔物としては小さい部類で、一撃で倒せないこともあるため、ベルはそう指示した。
そして、タイミングを取って、ナツと共に角に飛び込む。
次の瞬間、ナツが魔法の鉄砲を連射する。
ベルも顔を引きつらせながら魔法を撃ちまくる。
しかし。
「「「――ンッ!」」」
魔法は護宝の狐たちにより迎撃され、氷の槍は空中で粉砕されて真っ白い霧のようになった。
迷宮内に護宝の狐たちの鳴き声が響き渡り、美咲たちは耳を押さえてしゃがみ込んだ。
「――!」
ベルが何か叫びながら戻ってくるが、その声は耳鳴りに苦しめられている美咲たちには届かなかった。
角を曲がった先には、5匹の護宝の狐が並んでいた。
護宝の狐たちは、ナツが連射する氷槍を迎撃しながらゆっくりとナツに接近する。
氷槍が砕けるたびに、迷宮内に耳を聾さんばかりの音が響き渡る。
そして、突然ナツの体が青い炎に包まれた。
ナツを構成する物質の大半は砂を主原料とするケイ素であるが、一部神経系などに金属が使用されている。
それら金属部分は、高熱に晒されて断絶した。
角から出たところで膝をつくナツを見て、美咲たちは護宝の狐に対する評価を改めた。
「――っ!」
キャシーが指示を出すが、全員まだ、耳がおかしくなっていてそれを聞き取ることができない。
だが、美咲たちは通路いっぱいに広がり、それぞれの射線を遮らないように位置取りをして角から敵が出てくるのを待ち構えた。
角から護宝の狐が顔を出した。
美咲が選択したのはアブソリュート・ゼロだった。
空気すら固体化するこの魔法を閉鎖空間で使うことには抵抗があったが、この状況をひっくり返すには、一番強い魔法の使用こそが正解だと考えたのだ。
申し合わせたわけでもないが、茜もアブソリュート・ゼロを使用した。
アンナとフェルは氷槍を、キャシーは魔法の鉄砲から氷槍を放った。
二匹の護宝の狐が氷の中に閉じ込められた。
二匹の護宝の狐は魔法を見て避けた。
一匹の護宝の狐は氷の魔法に対して火の魔法を放った。
結果、三匹の護宝の狐が生き残った。
そこに、ベルが魔法の剣で切りかかり、一匹を両断する。
残り二匹の護宝の狐が、一番近くにいるベルの方を見た。
「!」
ベルは魔法の刀の鞘を護宝の狐に投げつけ、その視線を切った。
それがベルを救った。
空中で魔法の剣の鞘が燃え上がり、炎をまとったまま地面に落ちる。
美咲と茜のアブソリュート・ゼロが護宝の狐二匹の足を地面に張り付けたところにフェルとアンナの氷槍が着弾し、護宝の狐5匹はすべて息絶えた。
「……」
ベルが何かを言っているが、美咲たちの耳はひどい耳鳴りが続いており何も聞こえない。
かくいうベルも、自分の耳を叩いたり首を振ったりしている。
美咲は試しにと女神の口付けを取り出し、自分の耳に当ててみる。
少しすると耳鳴りが消え、周囲の音が聞こえ始め、美咲は安堵の息を吐いた。
そして、キャシー、ベル、アンナ、フェル、茜の順に女神の口付けで聴力を回復させていく。
「護宝の狐って厄介な敵だったんだな」
「声で魔法の迎撃をするのは知っていましたけど、洞窟内だと反響した音で立ってられませんでしたわ」
護宝の狐は魔法を鳴き声で撃ち落とす。その鳴き声は至近距離では轟音と言ってもよく、そんな音を狭い洞窟内で浴びせられれば、下手をすれば意識が飛んでもおかしくはない。
地球にも音と光で暴徒を鎮圧する音響閃光爆弾という武器があるが、護宝の狐の声は洞窟内という条件下では、音に限って言えばそれに匹敵した。
また、その声には魔法を打ち消す効果があり、はからずも攻防一体の攻撃として機能したのだ。
「それにしても護宝の狐が5匹か。どんなアーティファクトが出るか楽しみだね」
まだクラクラするのか、フェルは少し体を揺らしながらも笑顔でそう言った。
「あ、アブソリュート・ゼロ使ったから、しばらくは氷には近付かないでね」
「なぜですの?」
「アブソリュート・ゼロは空気まで凍らせるのは知ってるよね? 凍った空気が溶ける時に……えーと、毒を出すことがあるから、かな」
酸素の沸点マイナス183度に対し、窒素の沸点はマイナス195.8度である。
つまり、絶対零度まで冷やされた空気が気化するとき、まず沸点の低い窒素から気化が始まるのだ。そうなれば空気中の酸素濃度が急激に低下することになる。開放空間ならともかく、狭い洞窟のような地形では、それは命に係わる恐れがあった。
だが、この世界には酸素や窒素という概念は存在しない。まして、それらが気化する温度が元素により異なるなどという考え方があるはずもない。説明に苦慮した美咲は、毒という言葉を採用したのだ。
「毒ですって? 急いで離れた方がいいですわよね?」
「えっと、距離を置くのは賛成。毒は、アブソリュート・ゼロの氷がなくなる頃には無害化されるから」
美咲たちは、凍り付いた護宝の狐から普通の人の魔法の射程である25メートルほど離れた位置に移動し、周囲を警戒しながら休憩をとることにした。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。
活動報告にも書きましたが、無線ルーターがお亡くなりになり、更新が遅くなってしまいました。。。




