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230.樹海の迷宮・第八階層・胸当てのあれこれ

「美咲先輩、取れました」


 昆布を入手した茜は、そう言って昆布を美咲に手渡してきた。

 昆布を受け取った美咲は収納魔法にそれをしまい、幾つかのレシピを思い浮かべながら浜辺に向かって泳ぎ始める。


「ええと、昆布を料理してほしいんだよね?」

「そうです。細く切って煮物とかがいいですね」

「昆布と根菜と油揚げを生姜醤油で煮込んだのとか美味しいよね……挽き肉と混ぜて炒めたのも好きだな」


 足がつく辺りからは手だけ平泳ぎのフォームにして、美咲は砂を蹴りながら浜辺に向かう。茜は足が付くと分かっても、こだわりがあるのか犬かきのまま泳ぎながら美咲に続く。


「……挽き肉の入ったのは食べたことないです」

「それじゃ、お昼は挽き肉の入ったのを作ろうか」

「楽しみです。あれ? でもこの世界の人たちって海藻食べられるんでしょうか?」


 茜は犬かきで美咲の隣に並びながらそう言った。犬かきなのに実に軽快である。


「え? なんで?」


 海藻が食べられないような禁忌(タブー)でもあっただろうかと美咲が考えていると、茜は犬かきしながらくるりと体を回した。


「前に何かで、海藻食べられるのは日本人だけって見た覚えが……テレビだったかな?」

「あー、はいはい。生の海藻を食べられるのは日本人だけだって言われてるね。でも火を通したら外人でも食べられるはずだよ?」

「あ、あれって生の話なんですか?」


 海藻の細胞壁は地上の植物のものと異なっており、多くの人類はこれを消化することができない。だが、日本人の一部から、この細胞壁を消化できる酵素を出す腸内細菌が見つかっている。そして、その細胞壁は火を通すことで壊すことができるため、特殊な腸内細菌を持たない人種であっても、加熱した海藻であれば消化吸収することができるのだ。


「うん。それと、検査対象が少ないから、日本人だけっていうのも微妙らしいよ?」

「検査対象?」

「たしか調査対象になったの、日本人とアメリカ人だけだったはず。他の島国でも調査したら結果は変わったかもね」

「詳しいですね。なんでそんなことまで、知ってるんですか?」

「昔太りにくい食べ物調べてた時に見たんだったかな? 海藻ってカロリー低いからね」

「美咲先輩は痩せてる方だと思うんですけど」


 水深が浅くなり、水から半身を起こした美咲のウェスト辺りを見ながら茜が呟く。


「お肉って胸に付かずにお腹に付くんだよね。こっちに来てから体重計乗ってないから、どうなってることか」

「こっちに来て体育の授業がなくなって、最近はラジオ体操と短剣の素振りくらいしか体動かしてないから、私も怖いですね」

「迷宮から出たら、本格的にダイエットしようか?」

「そうですね……糖質と脂質を減らしましょう」


 砂浜に上がった茜は、長椅子に体を横たえると大きなため息をついた。

 美咲は、ワイン1、水5くらいの比率まで薄めたワインを茜のそばに置き、シャツが張り付いた茜のボディラインを観察する。


「茜ちゃんは太ったというより、胸が大きくなった感じじゃないかな?」

「ならいいんですけど……そうそう、湖でも話しましたけど、ブラは針子さんに開発を依頼中です。既製品を改造してカップを大きくするのと、こっちの素材でフロントをボタンで止めるタイプのを作ってもらってます。アンダーが合わなくなっても、これで大丈夫なはずです」

「あー、サイズ展開とかどうするの?」

「基本的に、私と美咲先輩の分を確保できれば十分だと思ってますけど、針子さんが作りたいって言ったら許可するつもりです」

「ブラって何ですの?」


 針子ということはファッション関連だろうとキャシーが話に加わってくる。


「はい、日本の女性向け下着です。この辺りだと胸当てって呼ぶんでしたっけ?」

「ああ、ミサキさんの胸当ては変わってましたわね。随分しっかりと固定するようでしたけれど」

「こっちの胸当てと比べると、かなりしっかりと固定されるんですよー」


 エトワクタル王国の胸当ては、外観は現代のブラジャーに似ているが、カップがなく、乳房ふたつをひとつの布で固定するようになっている。

 立体裁断の技法が一部の工房の秘伝となっており、カップを立体裁断で作るというところまでは至っていないのだ。

 そのため、こちらの胸当てを使ったことのある茜に言わせると、胸の固定が中途半端で擦れて痛いうえに、蒸れるというのだ。

 それに対して、茜が開発しているものならばそうした弱点がなくなるはずだ、と茜は胸を張った。


「……わたくしにも作っていただけませんこと?」


 キャシーの思わぬ依頼に、茜は少し考え込んだ。

 そして、キャシーのシャツを押し上げる豊かな胸元を見て頷いた。


「分かりました。大きい胸にも対応できるようにしておくのは、私たちにとっても悪いことではないですから。とりあえず、ミストの町に戻ったら、一度採寸とかしに来てください」

「承知しましたわ……ミサキさんたちの肌着は変わっているので、気になっていたのです」

「茜ちゃん、どうせなら、フェルたちにもモニターになってもらったらいいんじゃない?」

「なるほど。色々なパターンを作って、問題がないかを洗い出すんですね」

「そうだね。カップによって裁断の仕方とか変わってくるだろうし……ところでお昼、作っちゃってもいいんだよね?」


 アンナとベルはまだ砂浜で色々と探し回っている。

 だが、そろそろいい時間である。何より美咲は自身が空腹を覚えていた。

 美咲は料理器具が入った木箱を取り出し、中からフライパンと包丁、まな板を取り出す。

 そして、食材として、昆布と挽き肉、塩コショウと、作り置きの野菜のスープを用意すると、昆布を洗い、細切りにして、5センチくらいの長さに切りそろえると、まず挽き肉をフライパンで軽く炒め、肉に火が通ったところで細切りにした昆布を追加して、塩コショウで味を調え、最後に醤油をひと垂らしする。


「完成! 昆布と挽き肉の炒め物。一味唐辛子とかかけても美味しいよ。お米が欲しくなる味だけど、パンで我慢してね」


 パンを乗せた大皿を出したところで、ベルとアンナが寄ってくる。

 フェルとキャシーも寝椅子から起き出して木箱を囲んで自前の皿とコップを用意している。


「軽めの昼食って感じで作ってみたから、みんな適当に取って食べてね」


 カップにスープをよそい、更に炒め物とパンを確保すると、美咲は寝椅子に座り、丸テーブルに皿を置く。


「さて、それじゃいただき……じゃなくて、感謝を」




 昼食を片付けると、美咲は砂浜の砂を使って、浜辺にバスタブを作り出し、中に水の魔道具を使って水を溜める。

 浴槽のそばには背の高い棒を作り、その先端にシャワーの魔道具を取り付ける。

 そして、足元の砂を硬質化させれば、簡易浴室の出来上がりである。ただし壁まで作るのは残存魔素量から断念した。

 美咲は簡易浴室の四隅に高い棒を作り、その間に洗濯紐を張り、洗濯紐にシーツをぶら下げて目隠しにすると、浴槽に溜めた真水に体を浸して、体に付いた塩を落とす。

 そして、シャワーを浴びて塩でゴワゴワになった髪を整える。

 雑貨屋に出している兄と父(男性)用シャンプーではなく、椿油のシャンプーを使って髪を丁寧に梳き洗いすると、髪を手拭いでまとめ、迷宮に入ってから洗えていなかった体をしっかりと洗う。

 タオルは最初に商業組合で高値で売っているため、人目のあるところでは使えないので、吸水性能の悪いエトワクタル王国の手拭いを使って体を拭き、新しい下着とハーフパンツを身に着ける。


 そして美咲が振り向くと、シーツの隙間から覗き込んでいるフェルと目が合った。


「ミサキ、私もお風呂入りたい」

「空いたからどうぞ。水の魔道具とシャワーの魔道具は魔素補充しといてね?」

「それはもちろん。これ、浴槽内をお湯にできたらいいのにね」

「お湯の魔道具もあるけど、この階層は暑いくらいだから、水も気持ちいいよ?」

「なるほど……あとミサキが使ってた石鹸とか貸してもらえる?」

「うん。こっちが髪用で、こっちが体用ね。使い方は雑貨屋アカネで売ってるのと似たような感じだから」

「はーい」


 シャンプー類を美咲から受け取ったフェルは、その場で服を脱ぎ捨てると、シャワーで頭からお湯を被り、頭皮をカシカシと洗い始める。


「気持ちいー。森林の階層で汗かいたからお風呂入りたかったんだよねー」

「この階層は砂が豊富だから浴槽作れたけど、他の階層じゃ、浴槽作るなんて無理だからね」

「それでミサキ、いつまで私の裸を見てるの? お金取るよ?」

「あ、ごめん」


 フェルがシャワーを浴びている後ろ姿に見とれていた美咲は、謝って目隠しのシーツから外に出る。

 そして出るなり、キャシーに捕まった。


「ミサキさん、その胸当て、じっくり見せてくださいまし」


 下はハーフパンツを履いているが、上半身はまだ下着一枚だった美咲は、キャシーに胸当て(ブラジャー)の構造を聞かれ、ひとつずつ答えていく。

 キャシーの興味は主にカップの構造と、肩紐の細さにあった。

 この世界の胸当てにはカップが存在しない。それは、本来であれば立体裁断の技術の発達を待つ必要があった。

 茜によって加速された縫製技術により、ミストの町の針子の間では、立体裁断の技術を転用したデザインが開発されつつあった。

 それはこの世界の服飾界に、新しい流行を巻き起こすだけのポテンシャルを秘めていた。

 そして肩紐であるが、貴族向けでは絹布を折り重ねたものが用いられることが多く、庶民であれば木綿を用いることが多かったが、いずれも日本製のブラジャーの肩紐と比べると、分厚く幅広になりがちだった。

 美咲が使っているのは量販店で買ったものだが、その素材には天然素材よりも引張強度に優れたナイロンやポリエステルが使われているため、細くて見た目にも美しかった。

 キャシーは興味深そうに、美咲のブラジャーの肩紐を上に引っ張ったり、肩から落としてみたりと色々と触りまくる。


「えっと、サンプルに一枚渡しますから、弄らないでもらえると嬉しいんですけど」


 美咲がくすぐったそうにそう言って、一枚のベージュ色のブラジャーをキャシーに手渡すと、キャシーはそれを裏返したり、ホックを付け外したりと、観察を始める。


「ミストの町でこれだけの品物が作れるんですの?」

「あ、それは違います。日本製のは素材がちょっと手に入らないので、従来の絹や木綿を使います。素材が弱い分、分厚かったり、背中の金具が胸の間のボタン式になったりしますね」

「……ニホンの布地は手に入りませんの?」

「入りません。完成したシャツなんかなら、今の美咲先輩のサイズなら手に入りますけど、美咲先輩が成長しても大きいサイズの服は手に入らないんです。これは日本製品をミストの町に流通させる際の基本的なお約束みたいなものだから、曲げられません」


 茜は、まるでそういった約束事があるかのように説明した。それは、雑貨屋アカネを開店する際に考えておいた茜なりの理屈だった。

 この世界には真偽を判定する魔道具があるため、嘘にならない範囲で、日本製品の入手には限界があるのだと伝えるための話し方を色々と用意していたのだ。


「融通が利きませんのね」

「だからこその開発です。ミストの町で開発すれば、ミストの町の新しい産業になりませんか?」

「……糸と布は輸入になりますわね……でも、新しい服飾の流行を作り出せるかも知れませんわね」

「服飾全般までは考えてませんよ?」


 茜は、立体裁断という技術が服飾業界に(もたら)すであろう変化までは予想してはいなかった。

 あくまでもその目的は、自分たちが成長しても困らない程度の下着を開発しておこうという程度のものでしかない。

 だから、キャシーの言葉には首を傾げるばかりであった。


「このカップを作る技術でドレスを作れば、きっと凄いものになりますわよ?」

「それよりもですね。靴も靴屋さんに開発をお願いしているんです。そっちもミストの町の産業になるかもですね」

「靴ですの?」


 キャシーは茜の足元を見る。

 茜はビーチサンダルを履いていた。


「あ、こういうのじゃなくて……美咲先輩、登山靴をお願いします」

「はいはい。どうぞ」


 収納魔法から登山靴を出した美咲は、それを茜に手渡す。

 茜はそのアキレス腱が当たる部分をキャシーに示した。


「ほら、例えば、こんな風にこの部分を柔らかく作るんです。足が痛くなりにくいです。それと、この靴底、底に溝が掘ってあるから、地面をしっかり捉えます」

「なるほど……これは随分と面白い作りですわね……防具としては弱いですけれど、街中で履くには面白いですわ……これの長いものはありませんの?」

「美咲先輩と私が迷宮で履いてるブーツみたいなのはありますけど……美咲先輩、編み上げのブーツとかってありますか?」


 美咲は少し考えて首を横に振った。

 編み上げのブーツは買ったことがあるので呼ぶことならできる。だが、呼んだものを収納魔法にしまいこんではいない。

 ちらりとシャワーの方を見て、美咲は持ってきていないと答えた。


「持ってきてはいないね。ミストの町に戻れば見せられるけど、おしゃれ用のハーフブーツで、ひらひらした紐とか付いてるから結構目立つよ?」

「それって合皮ですか?」

「えーと、スエードだったかな」

「帰ったら、靴開発のサンプルにしたいので、幾つかお願いします……普段使いにしてないのは、サイズが小さいからですか?」

「サイズは大丈夫だと思うけど、履くのが面倒だし、ひらひらがたくさん付いててちょっと目立つんだ……日本でも目立つ靴をこっちで履いたりしたら。ねえ?」


 そう答える美咲に、茜は今更ですとも言えず、苦笑するのだった。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

今回のお話を書くに当たり、2時間くらいブラジャーについて調べましたw

私のパソコンの検索履歴が大変なことになっています( ̄▽ ̄;)

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