23.籠城準備
当たり前だが、長期の籠城戦など美咲は経験したことがない。
泊まり込みで何日も砦に籠るとなった場合、何が必要になるのかなど予想もつかなかった。
だから傭兵組合からの帰途、ミサキ食堂にフェルを呼んで話を聞いていた。質問の対価はコーンスープだ。
「フェルは籠城戦に参加した事あるの?」
「ないよ。ある方が珍しいと思うけど」
「そっか。必要そうな荷物が分かれば教えて貰いたかったんだけど」
腕を組み、フェルは考え込む。
暫くして考えがまとまったようだ。
「……最低でも着替えを2セットに生理用品も必要かな。後は……一日の大半は魔素回復のために寝て過ごすだろうから、快適に過ごせるようにゆったりした服もあった方が良いかも……お風呂とかは入れないかもだから、布類は多めに持ち込むと良いかも、後はマントかな、雨の日も戦う事になりそうだし」
「結構嵩張りそうだね。でもそれでも最低ラインかぁ」
衣類2セットだけでアタックザックの半分くらいは埋まりそうだ。
だが30日も砦に缶詰にされるとなればそれでも少ない位だ。
「肌着類はもう少し欲しいけどね」
「そうだよね。入るかな」
美咲の魔素量で地竜を倒せる数が決まる以上、現地で『呼び出し』を使う事は出来ない。
そもそもフェルのそばで『呼び出し』を使うと気付かれてしまう。
「あ、そうか。ミサキは収納魔法が使えないんだっけ、ミサキの背負い袋位の大きさなら私が預かるよ」
おそらくフェルは砦までの荷物運びを依頼される事になるが、その程度なら誤差の範囲だ。
「ありがと、私も魔法が使えたら便利なんだろうなぁ」
「ミサキ、魔法を使いたいの? 理論だけでも覚えてみる? 教えるよ?」
ファンタジーについてはまるで無知な美咲である。
教えて貰って理解出来る自信がなかった。
「……難しい?」
フェルは首を傾げる。
「理論だけなら簡単だけど使うのは慣れが必要、って、ミサキは魔素操作が出来るんだから最初の難しい所は出来てるんだよね」
ハードルが下がった。
「聞いてみたい。お願い出来る?」
「勿論。どこから説明しようかな。まず魔素を使いたい魔法の形に成形するの。例えば炎槍なら槍の形とかね」
ここは今の美咲でも出来る。
魔素のラインを形成するのと同じ要領だ。
「ふむふむ」
実際に魔素に干渉して矢らしき物を作ってみる。
見えはしないが出来たような気がする。
「流石ね、次に魔素を魔力に変化させる」
美咲は首を傾げた。
魔力が分からなかった。
「魔力に変換ってどうやって?」
「そっか、そこも慣れが必要か……えっと、こんな感じ。なんだけど」
フェルの前に透明な矢が浮き上がった。まるで蜃気楼のようにゆらゆらと揺れている。
20秒ほど見ていると、それは消えていった。
「あの透明なのが魔力だよね」
「そ、魔素は時間経過で拡散するけど、魔力は時間経過で消費されるの。魔力は呪文や思考で制御できるよ。例えば、小さき氷よ、矢となりあのメニューを貫け!」
フェルの前に現れたつまようじ程の氷の矢が現れ、壁に貼り付けられたメニューの板に向かってゆっくり飛び、途中で消えた。
「メニューまで届かなかった?」
「そう。魔法になった魔力は周りの魔素を使って魔法であり続けるの。でも周りの魔素が十分にないと魔力そのものを消費するから、ああいう小さい魔法はすぐに魔力を使い果たして消えてしまうの」
「へえ。でも、うん、ありがとう。魔力にするところが難しそうだけど練習してみるね」
「頑張ってね」
フェルが帰った後、しばらく試行錯誤してみた美咲であるが、魔力に変換するイメージが掴めず、1時間ほどで諦めた。
「魔法使いならフェルがいるし、それよりも準備しないとね」
衣類、生理用品は以前呼び出した物がある。
布類についてはバスタオル、フェイスタオルが沢山ある。
商業組合との兼ね合いがあるから売るのは問題だが、自分で使う分については支障はないだろう。
アタックザックに荷物を詰めてみる。肌着類は少し多めに。
「あー、やっぱり」
フェルが言った物を詰めただけで、8割が埋まっていた。
「出来れば食料も持ち込みたいんだけどなぁ」
期間を考えると革鎧の整備用ワックスも持って行く必要があるだろう。
裁縫セットに果物ナイフ、ヘッドランプ程度は入れたいし、他に必要な物が増えないとも限らない。ある程度の余裕は必要だ。
「後、マントか。着ていくしかないかな」
防具を買った店で店主に薦められたので、一応は持っている。
毛織でフードが付いた分厚いマントは寝具兼雨具兼防寒具になると聞いているが、防寒具になるというだけあってかなり嵩張る。アタックザックに入れたら、一枚で一杯になってしまうだろう。
革鎧の上にマントを羽織ってみる。
「……暑い」
季節は初夏に差し掛かっている。
防寒着が必要ない季節に毛布にもなるマントを羽織れば暑いのは当然だ。
「取り敢えず、最低限だとこんな所かな」
◇◆◇◆◇
翌日、ミサキ食堂はいつもの倍近い50食以上を売ってから閉店した。
表に『傭兵組合の依頼の都合によりしばらく閉店します』と書いた看板を出し、美咲はカウンターに突っ伏した。
「あー、疲れたー」
冷蔵庫にあった生鮮食品の処分が目的だったが、無事に達成できた。
これでいつでも砦に出発できる。
「ゴミを増やしたくないし、今日は広場で何か買って食べよ」
ふらふらと立ち上がり、美咲は広場に向かった。
ホットドッグのような物を齧りながら、美咲は広場を散歩していた。
今日はフェルの魔道具屋はお休みのようだ。
今日の会議の結果によっては明日から砦に籠る事になるのだ。おそらく自宅で準備をしているのだろう。
そんな事を考えながら美咲が食堂に戻ると、食堂の前に以前フェルと一緒に来たロングヘアの傭兵が立っているのを発見した。
「あー、前にフェルと一緒に来てくれた……」
「あ、ミサキさん。お久し振りです。覚えていてくれたんですね。キャシーですわ」
「あ、はい。それで今日はどうしたんですか? もう、閉店なんですけど……」
生鮮食品は使い切っている。
お湯も残っていない。
「ああ、違います。私が来たのは傭兵組合の依頼で、です」
「? 取り敢えず中にどうぞ」
ミサキ食堂のカウンターに座ってもらい、話を聞く事にする。
お湯がないのでコップに入れた水を出す。
「それで、依頼というのは? 今日の日没に組合に行くと言うのは昨日聞いているけど」
「砦での防衛の為の荷物についての伝達ですわ。これをどうぞ」
キャシーが一枚の羊皮紙を差し出す。
羊皮紙には次のような事が記載されていた。
『会議で決定するが、明日出発の予定。
受注予定の者は、各自、戦闘可能な装備、雨具、着替えを用意しておいて欲しい。
それ以外については、傭兵組合が用意する。
手荷物で持って行っても構わないが、砦へは収納魔法使いに依頼して荷を運ぶ。
各自の荷物についても大袋1つを収納するので、必要な者は袋に荷を詰めておく事。』
「……ええと、つまり、明日に備えて準備をしておけ、って事だよね?」
「ええ、今日の会議の後では大抵のお店は閉まってしまいますから」
「なるほど。あ、大袋って、どれくらいの大きさなんでしょう?」
「こちらです。どうぞ」
キャシーが何もない所から布を取り出す。
「収納魔法?」
「ええ、私は砦までの荷物運び担当の一人ですの。その袋一つがミサキさんが使える容積ですのよ」
袋を広げてみると、美咲なら入れそうな大きさの袋だった。
袋の口には紐が通してある。中身を詰めて縛れば良いのだろう。
「こんなに?」
この大きさなら、今ミサキ食堂にある袋ラーメン全てと各種調味料を入れてもまだ余裕がある。
カップスープも相当量を持っていけそうだ。
「予備の鎧や武器を持って行く人もいますもの。あ、明日はご自分で傭兵組合まで運ぶ必要がありますから、持てる重さにして下さいね」
◇◆◇◆◇
キャシーが帰った後、美咲は袋に何を詰めるのかを考えていた。
塩ラーメンやパスタを詰め込むのは諦めた。
砦には20人近くが詰める事になる。そんな中で自分だけが違う料理を食べるのは無理だと判断したのだ。一食分ならともかく、長期間、全員分を賄えるだけの分量は流石に持ち込めない。
次に考えたのがカップスープ。これなら嵩張らないが、皆の目に触れる所でお湯を入れるだけのスープを作るのは流石に異常すぎると諦めた。
最終的に行き着いたのが調味料を持ち込むという案である。
香辛料も自分たちで使う程度の分量であれば、高価ではあるが買えない額ではないのだ。食堂をやっている美咲が色々な調味料を持っていてもそれほど異常ではない。との判断である。
加えてチョコを30箱。
ヘッドライト用に予備の電池。あると便利そうなのでナイロン紐。
この辺りで、そろそろ持ち上げるのが辛くなってきたので、後は適当に布類を詰め込んでみた。
そうこうする内に外が暗くなってきた。
美咲は慌てて傭兵組合に向かった。
◇◆◇◆◇
まだ日没前だが、傭兵組合の会議室には、ほぼ全員が揃っていた。
皆、状況が気になっていたのだろう。
フェルに手招きされて隣に座る。
「みんな早いね」
「まあ、気になっていたからね。荷物の準備は出来た?」
「一応ね」
周りを見回すと、マック隊長が目を閉じて腕組みをしている。
偵察隊のジェガンは手元の紙、おそらくは地図に目を落としている。
フェルの反対側にはキャシーがいた。美咲と目があい、にこりと微笑む。
「……さて、揃ったようだな。それでは会議を始める」
ゴードンが開会を宣言した。
会議の要点は大きく2点だった。
ミストの砦は内装はともかく外敵から身を守るのには十分に使えるレベルである。井戸も生きており、魔道具と各種消耗品を持ち込めば生活に支障はない。
よって、当初計画の通りミストの砦に地竜を誘引する事とする。
砦への移動は明朝とする。
隊長はマック。騎馬隊3小隊9名、偵察隊3隊6名。メインの火力として美咲とフェル。予備戦力兼輜重部隊として魔法使い3名。
合計21名が地竜の駆除まで常駐となる。その他、移動時のみ、魔法使いが5名加わる。
報酬は常駐メンバーは1日当たり1500ラタグ。加えて駆除した地竜の頭数や状態により、追加報酬もあるとの事だ。
一通りの話を聞き終えてマックが手を挙げた。
「質問がある。俺達はいつまで、どれだけの地竜を狩れば良いんだ? 全滅させられる程度の数なら良いが、地竜の総数は分かっていない筈だ」
「上限として30日だ。食料や飼料は40日分を持ち込むが、30日が経過したら状況がどうあれ戻って欲しい。また、3日間連続して地竜を発見できなければ戻って欲しい」
分かっているだけで20頭以上の地竜が存在する。また、森の奥にもそれなりの数がいると推測される。
街道付近に出てくる可能性がある地竜がどれだけいるのかは不明だが、全滅させるまでとなれば期限も分からずに砦に詰める事となり士気も上がらない。
持ち込める資材にも限度がある。そこで組合は上限を決める事としたのだ。
組合の試算では美咲とフェルが倒せる地竜は1日1頭程度。つまり、30頭が美咲達に求められている駆除頭数という事である。
「あの、今更な質問、良いですか?」
美咲が手を挙げる。
「ん、なんだ?」
「地竜ってどういう魔物なの? 前に倒した時は寝てるのが相手だったから実は良く分からないんだけど」
「火を噴く大蜥蜴だな。足は馬より遅いが、たまに飛び掛かる事があるから下手に近付かない事だ。肉食だが腹一杯の時は目の前に羊がいても無視をする。鱗には魔素をまとっていて、並の剣や矢は通らない。遠距離からでは魔法も受け流される。明確な弱点はないが狙うなら頭か腹だ。魔剣で倒すなら魔剣使いが最低3人は必要だ……こんな所で良いか?」
「はい、ありがとうございます」
「他になければ、これで閉会とする。明朝、日の出の頃に組合の前に集合してくれ」
前回と同じ引きになってしまいました。。。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
また、評価、ブクマ、ありがとうございます。励みになります。




