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225.樹海の迷宮・第六階層・汗

 壁のそばで休憩した美咲たちは、再び森の中を歩き始めた。


「ミサキさん、ナツの魔素は大丈夫ですの?」

「あー、忘れてました。次の休憩のタイミングで補充します」

「そうしてくださいまし。ナツがいなかったら、森の中を進むのはもっと大変だったでしょうから」


 先頭に立って下草や邪魔になる枝を戦斧で切り払うナツだったが、しばらく歩いたところで停止して戦斧を魔法の鉄砲に持ち替えた。


「ナツが何か発見したみたいだ」


 ベルが足を止めるのとほぼ同時にナツは引き金を引き、流れるように魔法の鉄砲をホルスターに収めた。


「早いな。何を仕留めたんだ?」

「魔鼠です」

「あー、そんな小物もいるんだ」


 魔鼠はあまり人間の活動域にまで出てくることのない、猫ほどの大きさの魔物である。

 白の樹海の砦では、もっとも厄介な魔物のひとつに数えられているが、ミストの町に魔鼠が現れたという記録はない。

 その厄介さは、小さくて発見がしにくいということと、稀に塀を登って砦の中にまで入り込んでくるところにある。

 先の魔物溢れでも砦の中にこの魔鼠が侵入し、砦にいた対魔物部隊は駆除に手を取られたという。

 駆除に手間が掛かる割に、駆除しても得られる魔石は小さいため、対魔物部隊では魔鼠は嫌われ者の代名詞である。

 ナツに撃たれた魔鼠は、すぐに光の粒になって消えてしまったが、後には直径3ミリほどの魔石と、小さな毛皮が落ちていた。

 それを回収したナツは、回収した品をベルに手渡し、再び先頭で道を切り開き始める。


 休憩を挟みつつ、1時間も歩いただろうか。

 気温が上昇し、そろそろ森の中を歩くのが嫌になったころ、前方の木々の向こうが明るくなってきた。


「前方に木がない場所があるみたいだぞ」

「ようやく? そろそろ暑くて耐え切れなくなってたところだよ」


 フェルがぼやく。

 暑さにやられたフェルは革鎧の上を、あちこち緩めている。

 それでも暑いのか、ヘルムからこぼれた綺麗な髪も汗で濡れそぼっている。


「下層に続く階段だといいのですけれど」

「そうだな」


 しっかりと鎧を着こんではいるが、キャシーとベルも暑さでかなりやられているようで、声に元気がない。

 アンナと茜は疲れ切って声も出ない状態だ。


「ほら、茜ちゃん、氷だよ」


 少し離れた地面に氷槍を撃ち込んだ美咲は、柔らかい地面に突き刺さった氷の槍を茜に手渡す。


「あー、冷たくて生き返りますねー」


 ハンカチを氷に押し当て、冷えたハンカチで自分の首筋を拭いながら茜が力の抜けた声を出す。


「……私も……気持ちいい」


 アンナも茜の真似をして、手拭いを氷槍で冷やして顔を拭く。


「ミストの町ではそんなに暑さに困りませんでしたけど、鎧を着て歩くとこんなに暑いんですねー」

「そうだね。今ドライ素材のシャツ着てるけど、それでもかなりしんどいよ」


 革鎧には通気性がない。

 金属鎧のように厚手の鎧下を着用する必要性は低いが、それでも長袖を着なければ肌に傷がつく。

 美咲と茜はドライ素材のシャツがある分、キャシーたちよりは恵まれているが、それでも暑いものは暑いのだ。


「冷却機能付きの鎧とか作ったら売れるかもですね」

「この迷宮のこの階層専用になりそうだね」


 エトワクタル王国は気温だけ見ると、夏場はそれなりに暑くなるが、空気が乾燥しているため、不快指数はそれほど高くない。

 だからエアコンの存在に慣れ切った美咲たちでも、それほど夏の暑さに苦しめられたりはしなかったのだ。

 鎧の中を冷却する魔道具を作ったとしても、そんなに需要はないのではないかと美咲は考えていた。


「エトワクタル王国は過ごしやすいですからね……でも、こーゆー環境で過ごしやすくする方法は考えてみます」

「そういえば日本で、服の中に風を通す上着とかあったね」

「なんですそれ? 見たことないです」


 茜が首を傾げる。

 普通の洋服屋に売られているものではないため、知らないのが普通なのかもしれない。


「腰のあたりにファンがついてて、そこから服の中に風を送り込むんだったかな? あれ? 排気するのかな? 動画か何かで見ただけだから詳しくは知らないんだけど」

「服の中に外気を通すんですね。そしたら吸気だと思いますけど」

「そっか、普通の服だと中に風を送り込むんじゃないと駄目か」


 動画で見たものは、電源を入れると服が膨らんでいた。それを思い出し、美咲は吸気だと判断した。


「あ、でも、鎧に穴を開けることになっちゃうんですね」

「空気穴の分、強度は低くなるかもね。防具屋さんで聞いてみたら?」

「そうします……でも鎧の中に空気を通せたら、きっと涼しいでしょうね」


 首元を冷やしたハンカチで拭きながら茜はちょっとうっとりとしたような顔をする。


「汗かいてから冷やしたら、気化熱で冷えすぎるかもね。そういう意味じゃ、お腹や腰を冷やすつくりはダメかも」

「背筋を冷やせるだけでもありがたいと思いますよ」

「そうだ、開発する前に広瀬さんにも話を聞いてみたら? 対魔物部隊として活動してるなら、色々希望もあるだろうし」

「なるほど。迷宮から出たら聞いてみましょう」


 そんな話をしていると、ベルが声を上げた。


「到着したっぽいぞ」


 ナツが灌木を切り払い、木の生えていないエリアに足を踏み入れた。


「当たりですわね。アンナの棒倒しも馬鹿にできませんわ」

「……任せて」


 そこには下り階段があった。

 木々の間から階段の前に出た美咲たちは、そこで一旦装備を調えることになった。

 具体的には。

 ナツと美咲、キャシーを見張りに立て、残りのメンバーは革鎧とシャツを脱いで、濡らした手拭いで汗を拭い、ベルとフェルに至っては、長い髪で乾くのに時間が掛かるというのに頭から水を被り、ほどよく汗が引いたところで乾いたシャツを身に着ける。

 茜とアンナもフェルたちに倣い、シャツを替えてさっぱりとする。ふたりは髪が短いからか、頭から水を被ることはなかったが、それでも顔と手を洗い、汗を拭いて乾いたシャツを着て生き返ったような顔をしている。

 フェルたちの準備が終わったら今度は美咲とキャシーの番である。

 美咲は収納魔法から桶を取り出し、そこに水を貯め、地面に打ち出した氷槍を放り込んで氷水を作り、それを使って体を拭く。

 それを見て、フェルはその手があったかと言いたげな顔をする。


「なるほど、その手があったね」


 口にも出した。


「美咲は氷槍は使うけど、氷礫とか氷の矢は使わないよね。なんで?」

「ん? 一番慣れてるからかな。両方ともフェルに見せてもらったことがあるから使えると思うけど」

「桶に氷入れるなら氷礫の方が楽だと思うけど」

「大きい氷が欲しかったんだ」


 こうやって使う。と、美咲は氷槍を持ち上げ、腕にこすり付け、濡れた腕を手拭いで拭く。


「なるほど。それなら簡単に熱が取れるね」

「あんまりやると、凍傷になりそうだけどね。本当は手拭いで氷を包んで、それを使って額や首筋を拭くのがよさそうかな」


 美咲は氷槍を桶に戻すと絞った手拭いで改めて上半身を拭き、乾いたシャツを身に着ける。

 まずドライ素材の半袖シャツを着て、その上から鎧下として使っている綿の長袖シャツを着る。これらはいずれも日本製である。


「なんで重ね着するの?」

「んーと……この半袖シャツは汗を外に出す性質があるから、これ着て、綿のシャツを着ると、汗が綿のシャツに移って、肌に汗が溜まらないんだって」


 富士登山の際に学んだアウトドアの重ね着(レイヤード)の基礎を思い出しながら、美咲は答える。


「そんな凄い服があるの? 雑貨屋アカネで買える?」

「あー、これはサイズが少ないから売ってないね……まあフェルならSサイズで入るかな?」


 美咲のサイズはXSである。ゆったり目のを着たくてSサイズも買ったことがあるので、フェルのサイズにもなんとか対応できそうではある。そこまで考えたところで美咲は首を傾げた。ドライ素材のシャツをこの世界に流出させてしまってもよいものだろうか。と。

 ドライ素材などと呼んでいる吸水速乾機能の付いたシャツであるが、多くの場合、その材料にはポリエステルが含まれているのを思い出したのだ。


「……売らなきゃいいか……フェル、試しにこのシャツ着てみて」


 美咲は着替えに持ってきていたシャツの中から、寝巻用にしようと思っていたSサイズのシャツをフェルに渡した。


「え、いいの?」

「うん、個人的に融通するくらいならね」


 シャツを受け取ったフェルは、着替えたばかりの綿のシャツを脱いで美咲から貰った青いシャツを着た。


「なんかサラサラしてるね」

「そうそう、布地がメッシュ構造になってて、肌に触れる面積が小さいんだ。それに汗をよく吸収するし、乾きやすいの」

「へぇ……で、このシャツの上に綿のシャツを着るんだっけ?」

「うん。そうすると、汗は綿のシャツに吸い取られるから」


 フェルは、綿のシャツを着て、更にその上に革鎧を着こむ。

 そしてヘルムを被ってぼやいた。


「……やっぱりちょっと暑いね」

「そりゃ、この階層は蒸し暑いからねぇ。第七階層は涼しいといいけど」

「山岳地帯みたいな場所らしいから、涼しいとは思うけど、歩くのは大変だろうね」

「あー、青の迷宮でもあったね」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。


迷宮の話、ざっくり進めるべきか、丁寧に書いていくべきかちょっと悩んでいます。。。

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