222.樹海の迷宮・第五階層・神託の間
応接室を出た一行は、左側の部屋を順番に調べていく。
倉庫のような部屋には復活祭などで使われる祭具がしまわれていたが、それらも石になっていて、フェルを残念がらせた。
「祭具は金とか使ってるから、本物ならひと財産なのに」
そう言いながらも、フェルは幾つかの祭具を拾い、収納魔法にしまい込む。
「フェル、いいものあったのか?」
「これ、綺麗だなって思って。元は造花なんだろうけど」
フェルが集めていたのは、石になった造花だった。
元々が手の込んだ造花なので、石になって色が失われても、その精密さは損なわれてはいない。
「これを造花が石になったって思って見るとそれまでだけど、石を使ってここまで細かく細工してるって考えたら、珍しい品だと思わない?」
「なるほどな。俺には芸術は分からないけど、フェルが言うならそうなのかもな」
「まあ、どこに持ち込むかだけど、細工物扱ってる工房に持ち込んだら、驚かれると思うんだ。たくさんあるからベルも持ってけば?」
フェルたちの後ろでは、アンナとキャシーがタンスに苦戦していた。
「開きませんわね。中に何かあるかもしれませんのに」
「……引き出しが本体と一体になってる。タンスに見えるけど、ただの四角い石の塊なのかも」
「そうですわ。ミサキさん。ミサキさんの土魔法で、このタンスに穴をあけてみてくださいまし」
「はい? 穴ですか?」
「ええ。この天板の辺りに手が入るくらいの穴をお願いしますわ」
タンスの天板を指さすキャシー。
美咲はタンスとキャシーを等分に見つめた。
「いいですけど、キャシーさんもできますよね?」
「わたくしでは、大きな穴は難しいですわ」
「はあ、まあ分かりました。操土」
美咲が魔法を使うと、タンスの天板部分に直径20センチほどの丸い線が走り、切り取られた丸い板がタンスの中に落ちて硬い音を立てる。
「さて……あら? ああ、タンスの中の衣類も石になってますのね」
「……予想できたこと。この神殿で石になっていないものは、外壁の苔くらいのもの。ミサキ、この小箱も開けてほしい」
アンナはそう言って、一見すると宝石箱のようなものを差し出した。
美咲が蓋の部分に穴を開けると、アンナは中を覗き込み肩を落とした。
「……宝石ならもともと石だからと思ったのに……残念」
「美咲先輩、そろそろ次の部屋に行きませんか?」
「そうだね。安全地帯が建物の中にあるなら、それを優先して探した方がいいよね。あの、キャシーさん」
「……聞こえてましたわ。そうですわね。探索は安全地帯を見つけてからにしましょう」
倉庫の隣には、小さい小部屋があった。
小部屋というよりも通路と言った方が正しくその実態を表しているような細い部屋で、その最奥には、洗面台ほどの大きさの箱が鎮座していた。
その箱の中には、これでもかと言わんばかりに砂が詰め込まれている。
箱には精緻な彫刻が刻まれており、見るからに高価そうである。
「ミサキさん、ここはなんの部屋なんですの?」
「さあ? まったく記憶にないんですけど」
「まあ、ミサキさんが全ての部屋を把握しているとは思いませんけれど……砂の詰まった箱……ああ、もしかしたらここは神託の間なのかもしれませんわね」
「神託の間? なんです、それ?」
箱に詰まった砂の中に何かないかと掘り返していた茜が手を止めて振り返る。
「文字通り、女神様が神託を下す部屋ですわ。砂ではなく灰が詰まった箱が置かれていて、女神様がときおり灰の上に神託をお書きになるのだとか」
「ああ、俺も聞いたことがある。神託を受けられるから王都の神殿は特別なんだって……御伽噺だと思ってたよ……でもなんだってこんな狭い部屋なんだ?」
「隠し部屋なのかも知れませんわね……扉がなくなっているから、そうは見えませんけど」
「……戸袋の造りから、その可能性はある」
戸袋の構造を調べていたアンナがそう報告する。
それを聞き、キャシーは頷いた。
「何にしても、この部屋には灰箱以外は置かれていないようですし、次の部屋に進みましょう」
次の部屋は神殿長の部屋だった。
だが、その部屋の中央には下の階層に降りるための階段がぽっかりと口を開けていた。
「どうする? 下の階層、覗いておくか?」
「いえ、それは後にしましょう。ですが、どうやらこの建物の中に階段や安全地帯が集中しているようですわね」
「それじゃ、次の部屋に行ってみるか」
「ええ」
神殿長の部屋を出て左側には部屋はなく、突き当りは壁になっていた。
美咲はその壁を見て首を傾げた。
「あれ? ここ、ドアがあって、外に出られるようになってたはずなんだけど」
「へぇ、本物の神殿と違うんだ? 王都の神殿だと、この先に何があるの?」
「塔がふたつ並んでて、その向こうも皆さんの宿舎ですね……この敷地には宿舎の建物はないみたいでしたから、塞いじゃってるのかな?」
突き当りの壁をノックする美咲。
「実際の神殿と違う場所、二カ所目ですわね」
「厳密には四カ所目ですね。ひとつ目は塔が二本しかないこと。二つ目は女神像がないこと。三つ目は扉がないこと……まあ、色々石になってるというのを入れると五つになりますけど」
「違いに意味があるのかは……考えても分かりませんわね。戻って、右側通路の調査をしましょう……屋内で分かりにくくはありますけど、そろそろ日が沈む頃合いですし、急ぎましょう」
入り口のある祭壇の部屋の前を通り過ぎ、今度は右側通路の探索である。
その探索の最初の部屋に安全地帯があった。
建物の外だと安全地帯の広さは10メートル四方ほどだが、その部屋は一室が安全地帯になっていた。
部屋の四隅には赤い石柱があり、石柱を繋ぐように赤い小石が線になっている。
「外の安全地帯と比べると少し狭いような気もしますわね」
部屋のサイズは横幅が5メートルほどで、奥行きが10メートルほどである。
確かに今までの安全地帯と比べれば半分ほどの広さであるが、6人で使用するのであれば十分すぎる広さである。
部屋の中には、大きなテーブルとたくさんの椅子が並んでいた。
テーブルの上には石になった茶器や布巾が点々と並び、椅子もさっきまで誰かが座っていたかのように少し引き出された状態になっている。
神殿らしからぬ雑然とした雰囲気に、キャシーはひとしきり部屋の中を歩き回ってから腕組みをした。
「ミサキさん、この部屋はなんの部屋なんですの?」
「休憩室ですよ」
「なるほど。だから他の部屋よりも雑然とした感じなのですわね」
「まあ、掃除のとき以外は整えておく部屋じゃありませんからね。ここではみんな、のんびりお茶飲んだりしてましたよ」
「なら、とりあえず一休みしましょうか」
休憩室内の探索はフェルとアンナが行っていたが、誰でも入れる場所に珍しいものや貴重なものがあるはずもない。
だが、椅子に座っていたキャシーが不思議そうな顔をした。
「このテーブルの彫刻……随分と古い様式ですわね……ミサキさん、このテーブルとイス、ミサキさんの知ってる休憩室のものと同じですか?」
「え、さすがにそこまで覚えてませんけど……どうかしたんですか?」
「いえ、このテーブルの彫刻、わたくしの記憶が正しければ、とても古い時代のものなのですけれど」
「神殿は基本的に物持ちがいいですから、そういうこともあるかも知れませんね」
キャシーの言葉に美咲はそう返したが、そこには小さな誤解があった。
とても古い時代と聞いた美咲は、それを100年くらい前のものと捉えたのだが、キャシーは500年以上昔のものという意味で使っていたのだ。
だが、美咲の返事でキャシーは納得してしまったため、誤解が解かれるタイミングは失われてしまった。
「ミサキ、この建物にトイレはあるのかな? ここに穴を掘るのはちょっと大変そうなんだけど」
「あー、うん。出て右行った突き当りの右手がそうだけど……使えるかは分からないね」
「安全確保もできていませんわ。全室確認して、安全確保ができたら、魔物が侵入してこないようにナツを見張りに立てましょう」
キャシーの言葉に頷いた美咲たちは、再び廊下に出て、探索を再開するのだった。
休憩室の隣には休憩室と同じ程度の広さの部屋があった。
休憩室より奥の部屋は、トイレ以外は美咲もほとんど入ったことがなかった。
そこそこの広さの図書室もあったが、本が石になってしまっていては開くこともできない。
「魔物はいないみたいですわね」
一通りの部屋を探索して、キャシーは安堵の溜息をついた。
神殿の入り口は一カ所だけで、建物には窓もない。後は入り口付近をナツに守らせれば、神殿内というかなり広いエリアの安全が確保できるのだ。
迷宮内で可能な安全確保という意味では、これ以上望むべくもないことだった。
安全地帯の部屋に戻ると、フェルが美咲の袖を引っ張った。
「ミサキ、来るときに獲った角兎、血抜きするから出してもらえるかな?」
「いいけど……安全地帯の部屋でやると、血の匂いがきつくない?」
「うん。だから、隣の部屋にでも吊るしておこうと思って……後でスープにしようと思うんだ」
「それじゃ、今日の晩御飯はフェルが作るのかな?」
「あー、スープ作るのは明日だね。獲れたての肉は堅いから」
「へぇ、獲れ立ての方がおいしいのかと思ってたよ」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。
二巻発売しました。
大量の加筆修正と、書下ろしの追加がございます。
お手に取っていただければ幸いです。




