22.対応策
予想外の地竜の存在に、美咲達は撤退を余儀なくされた。
美咲達を乗せた馬車は離れた位置まで退避して停車、馭者は警戒のため美咲達を残し、見晴らしの良い丘の上で周辺の警戒を行っていた。
残った美咲とフェルは、今後の対応について話し合っていた。
「ミサキはこの後どうなると思う?」
事前の計画は、地竜が1頭という前提で組まれていた。
残り3頭も地竜がいては計画は破棄するしかないだろう。
「私達なら親の地竜でも倒せる、と思う。でも3頭同時に相手にするのは無理かな」
「そうすると、ミストの町に戻って作戦立て直しかな」
「そうだね。あ、フェル、あれって何やってるのかな」
美咲が丘の上の馭者を指差した。
馭者は丘の向こうに向かって大きく手を振っていた。
「隊長達が戻ってきたみたいね」
地竜を誘引していた隊長達は林の中で地竜を引き離し、迂回して街道を走って来たそうだ。
マック隊長は合流するなり。
「撤退だ」
と言った。
「フェルの予想通りだったね」
「ミサキの予想が当たったとも言うけどね」
「……地竜の総数が分からん。誘引中にもう1頭見掛けた。ここまで条件が変わっては依頼の継続は困難だ」
少なくとも4頭の地竜が確認されている。
それぞれ一撃で倒せたとしても、今の美咲の限界すれすれのラインだ。万が一、5頭目が居たらアウトである。
「これからミストまで一気に走るぞ。途中、地竜が街道に出てきていた場合、それが1頭なら駆除を頼む。2頭以上なら迂回だ。それでは先行する」
マック隊長はそう言って騎乗し、先行して前方の警戒にあたる。
先行する騎馬を追い、荷馬車も走り出した。
◇◆◇◆◇
走り出して20分程で先行していた騎馬が停止し、馬車も停車した。
隊長からの合図。
前方に地竜がいるらしい。数は1。
地竜が1頭なら駆除するという計画だ。
再び動き出す馬車。
「子供かな」
馬車の荷台にしがみ付きながら美咲が呟く。
「親なら全力。子供なら半分程度の力で行こう。出来れば尻尾と手足以外を狙って」
「ん、了解」
荷馬車が騎馬に追い付き、地竜の姿が見えてきた。
体高は3メートル。親だ。美咲達の方を見ている。距離は100メートル近いだろうか。有効射程ギリギリだ。
「馬車停車! 魔法攻撃!」
隊長からの指示が下る。
「全力で行くよ、目標は頭部……魔素のライン」
「炎槍!」
直後に地竜の頭部で爆発。大きくのけぞる地竜。その動きで衝撃を逃がす事が出来たのか、焦げてはいるが頭部に穴は開いていない。
それを確認した隊長から、継続攻撃の指示が出る。
「地竜生存を確認。もう一発行ってくれ」
「同じところに行くよ。魔素のライン」
「了解、炎槍!」
頭部で爆発。今度は頭の半分程度が吹き飛んでいる。
「……駆除を確認。このまま進む。先行するので付いてきてくれ」
隊長達が再び先行して走り出す。
「ミサキ、大丈夫?」
「ちょっと疲れた。一撃で倒せなかったね」
「距離があったからね。大きいのがこれ以上出てこない事を祈りましょう」
しばらく走ると先行する騎馬が速度を落とした。
「まさか……やめてよね」
フェルが唸るように呟く。
隊長からの合図があった。予め決めていた手信号ではなく、こちらに来いと言うように手を振っている。
「地竜じゃなさそうだね」
馬車が騎馬に近付いていく。
前方に荷馬車が停車している……停車、だろうか。荷馬車は横転して焼け焦げていた。
隊長が荷馬車のそばまで馬を進め、辺りを見回している。
荷馬車の周囲は赤かった。
馬だったもの残骸が転がっている。恐らく地竜にやられたのだろう。
周囲を一回りして隊長が戻ってくる。
「生存者なし。犠牲が出てしまったな。さっきの奴も、これをやった奴も、俺達が見たのとは異なる個体の可能性が高い。どれだけいるんだ? ……とにかく町に戻る事を優先するぞ」
◇◆◇◆◇
ミストの町に到着した美咲達はそのまま傭兵組合に向かい、マック隊長が状況を報告した。
黙ってそれを聞いていたゴードン組合長は、頭を下げた。
「地竜が1頭と判断して依頼を出したこちらの不手際、申し訳ない。皆の依頼は完遂とする」
「助かる」
「とにかく情報が足りない。偵察を出そう。ミサキとフェルは十分に休んでくれ。また指名依頼を出す事になる」
それを聞き、フェルが困ったような表情で答える。
「あの、それは構いませんけど、ミサキの全力射撃は1日3~4回が限界です。大人の地竜相手では2発必要でした。私達だけでは火力が足りません」
「数日を掛けると思ってくれ。成体の地竜を倒すには魔剣使いが3人は必要だが、この町にある魔剣は丁度3本だ……牽制にはなるだろうが、戦うには不安がある」
美咲は首を傾げた。
「魔剣って魔素が含まれていない剣ですよね、3本あるのなら倒せるのでは?」
「倒すには時間が掛かる。相手が1頭なら戦いになるが、横からもう一頭出てきたら確実に負けるだろうな。今の状況では牽制にしか使えんよ」
魔剣での戦いは美咲達の様にほぼ瞬時に決着がつく訳ではない。数十分から、数時間掛かる場合もある。
他に地竜がいないならともかく、複数の地竜がいる所でそんなに時間を掛けて戦っていては、思わぬ横槍が入らないとも限らない。
「素人考えかも知れませんけど、魔法使いが魔剣使いに同行して、背後から支援する事は出来ないんですか?」
「無理だな。その距離では魔法は弾かれる」
「あ、なるほど」
ゴードン組合長は皆を見回し、それ以上の意見がない事を確認すると閉会を宣言した。
傭兵組合では、これから多数の偵察チームを編成して地竜の総数と分布の確認を行わなければならない。
駆除の計画を立てるのはそれからだ。
◇◆◇◆◇
地竜が街道沿いに増え始めた事で流通が止まった。
ミストは食料自給率が100%を越える町なので、食糧不足などの事態には陥っていない。むしろ王都への食料供給が停止したことで町の中で食料がだぶつき、食料価格が低下している。
これが長期化すれば生産者の収入が低下し、購買力が下がる。その結果、他の物も売れなくなっていく。
それにミストで産出しない塩などの不足は、長期的には致命的となる。
また、ミストに情報は入ってきていないが、王都では食料価格が上昇している。
地竜の増加はミストだけの問題ではなかった。
各組合の幹部以上はその状況を予想していたが、そのような状況を美咲は想像もしていなかった。
ミサキ食堂の来客ペースが落ちてきたという感覚はあったが、ペースが落ちて楽になったな、という呑気な捉え方だった。
◇◆◇◆◇
4日後、美咲は傭兵組合から呼び出された。
会議室には先日の駆除隊のメンバーに加え、白狼退治の時に偵察を担当していたジェガンがいた。
偵察の結果が判明したらしい。
「地竜の総数は結局不明だ」
ゴードン組合長はいきなり偵察の意味がなくなるような事を言った。
美咲は首を傾げた。
「あの、意味が分からないんですけど」
「数が多過ぎるんだ。偵察に出たジェガンから報告をして貰おう」
ジェガンが立ち上がり、テーブルに地図を広げる。
街道沿いに複数の印が付けられている。
一目では数を数えきれない。
「この印が地竜の目撃地点だ。親が6、子供が15確認された。これだけ多いと重複して同じ個体を数えている可能性もある」
当然だが地竜は生きており、動き回る。
見通しの良い場所にいるのであればともかく、街道は点在する小さな丘の間を縫うように作られており、見通し距離は短い。結果、偵察は足で距離を稼ぎつつ行う事になるが、その間も地竜は好きに移動する。
計測の誤差が出るのはある意味当然の結果なのだ。だが。
「……それって、合計20頭前後って事じゃないの?」
フェルが疑問をぶつけた。
「この偵察は森の表層しか確認出来ていない。数が多過ぎて森に踏み込めなかったんだ」
位置関係として、街道、丘や荒地、森、となり、丘や荒地に地竜の群れが確認された。
森の偵察を行うには、この地竜の群れの向こう側に回り込む必要があったが、そちらにも地竜がいた場合、偵察部隊が挟撃される事になりかねない。結果、偵察は表層に限って行われたのだ。
いずれにせよ、数日で倒し切る事が出来る数ではなかった。
つまり、地竜総数は不明、ただし極めて多数の可能性が大。これが偵察の結果だった。
「正面から倒すのは難しそうな数だね」
これだけの数がいると、後ろに回り込まれないように警戒しながら相手を分断し、1頭だけを美咲達のそばに誘引するのは難しい。つまり、予定していた戦術も使えないという事になる。
「……一応、手は考えている」
ゴードン組合長は地図の一点を指差した。
街道からもミストの町からも微妙に距離がある。
「……ミストの砦か」
マック隊長が呟くように言った。
「そうだ。あの堅牢な砦なら地竜の攻撃を受けても壊される事はない」
白の樹海開拓の為にミストの町が作られたのは50年前だ。それまでは白の樹海の警戒のため、現在のミストの町のそばの丘の上にミストの砦があった。
石造りの砦は確かに堅牢だろう。
フェルが手を挙げた。
「待って。ミストの砦の事は聞いた事があります。でも50年前から使われていない砦ってまだ使えるの?」
ゴードン組合長は腕組みをして上を向いた。
どうやら問題があるらしい。
「まさか使う事になるとは思ってなかったからな……ここ10年、手が入っていない」
石造りの砦と言っても、すべてが石で出来ているわけではない。構造材の一部には木材が使われている。
10年間メンテナンスなし、築50年の一部木造の砦である。今回の運用に若干の不安を感じる。
「例えば水は大丈夫ですか?」
魔素を篭める事が出来る者が死傷しても砦としての機能を失わないため、砦には井戸がある。
10年間使われていなかった砦だ。井戸が枯れたり、埋まったりしていないかは運次第だ。
水や灯りの魔道具を持ち込めば暫くはしのげるが、戦うのに必要となる魔素を水を出すために使う事になったのでは本末転倒である。
「……分からん」
「魔法で地竜を倒しつつの長期の籠城戦になったら、ミサキも私も魔素補給をする余裕はなくなりますよね」
地竜の誘引が戦術の基本なのだ。一つ間違えれば大量の地竜に囲まれて籠城する事も十分にあり得る。
地竜に囲まれ、その攻撃に砦が耐えられたとしても水がなければ中にいる人間は耐えられない。
そこまでの事態になれば、攻撃より水を優先する事になるだろうが、それは攻撃を手控える事を意味する。
「ああ。取り敢えず偵察とメンテナンスを行うよう手配する」
「お願いします」
「おほん」
咳ばらいを一つしてゴードン組合長は仕切りなおした。
「町の王都側は耕作地だ。ここを地竜に荒らされるわけにはいかない。砦が使えるならそちらで地竜を誘引、駆除したい」
耕作地だけではない、食肉もここで生産されている。
地竜が迫ってきた場合、家畜を一時的に塀の内側に退避させることは出来る。白狼が来た時もそのような対処で難を逃れている。だが、それが長期間に渡った場合、家畜の餌が不足し、家畜を間引かなければならなくなる。
そうなればミストだけではない。今後の王都の食料供給にも大きな影響が出る可能性がある。
それは避けなければならない。
と、何かに気付いたようにフェルが首を傾げる。
「あれ? あの、組合長。砦に地竜を誘引って事は、私達、砦で籠城するのが前提?」
「そうなるな。地竜がこれだけいる状態で、毎日往復するのは危険すぎる」
ミストの町周辺の安全を確立する為の地竜退治である。それが完了するまでの間、町の周辺は安全とは言い難い。
往路であればまだ良い。地竜に遭遇しても美咲達が万全なら戦いながら逃げ切る事は叶うだろう。
だが、復路となれば美咲達は魔素を使い果たして荷物でしかない。そのようなお荷物を抱えた状況で地竜に遭遇すれば、うまく振り切れず、結果として地竜をミストの町に誘引する事にもなりかねない。
町の防衛を司る傭兵組合の組合長としては絶対に許可出来ない話であった。
「……あんまり食堂を閉めておくわけにもいかないんだけど。砦で籠城するとして、何日位になるかな」
ミサキ食堂はそれほど熱心に営業をしているわけではないが、長期間店を閉めてしまったらようやく馴染みになったお得意様が離れてしまうかもしれない。
唯でさえ最近客足が離れているように感じているのだ。安定した生活のため出来ればそれは避けたい美咲であった。
「ミサキの最大出力は一日4発位でしょ、地竜が20頭……うん、多めに30頭と仮定して1頭あたり平均2発で倒して行くとしたら最大で15日じゃないかな……」
フェルがざっくりとした数字を出す。
籠城して魔法を撃つ場合、自身の位置は砦の位置に固定される。結果、地竜との距離の調整が難しいので威力が低下するのを承知で遠距離から魔法を撃つ事になる可能性がある。それを考慮した上での1頭あたり平均2発である。誘引がうまく行けばこの数字は小さくなるし、うまく行かなければ大きくなる。
「組合の試算では1頭あたり3発と見ている。砦は丘の上にある。直線距離が離れると高低差も広がるからな」
ゴードンはメモを見ながらフェルの予想を修正した。
美咲の魔素のラインがあっても距離が遠くなれば魔法は拡散して威力を失う。魔法とは相性が悪い構造の砦だった。
その答えを聞き、フェルが眉根を寄せる。
「倒し損ねた地竜は逃げるだろうから、そうなると1日1匹倒すのが精一杯か。下手したら1ヵ月近く閉店だね」
この世界において1ヵ月は月の満ち欠けが一巡りするまでの29~30日の太陰暦を用いている。
一年は12ヵ月で、これが基本の暦だが、これとは別に太陽暦も併用しており、国が定めた年のみ13月が入り、太陰暦と太陽暦の調整を行っている。
「ミサキ食堂の損失については組合の規定で一定の補填が行われるので、それで許してほしい。今回は長期に渡る閉店の影響を鑑み、補填上限額の一日1000ラタグまで支払う事を約束する」
ゴードン組合長の言葉に、美咲は頷いた。
ここで首を振って町が滅びればミサキ食堂の未来もなくなるのだから、誠意を見せて貰ったと納得する以外の選択肢がなかったのだ。
「それで、どういう体制で行くつもりなんだ?」
マック隊長が質問する。
美咲とフェルは攻撃部隊確定だろう。だがどれだけのメンバーをどう配置するつもりなのか。
「騎馬の小隊3つを使って地竜を砦に誘引する。加えて偵察要員は6人。2人1組で砦に近い地竜を探す。マックは砦で全体の指揮をしてもらう。ミサキとフェルは砦の火力担当だ。当然、別部隊でミストの町周辺の警戒は継続する」
「……地竜が町に接近した場合の対処は?」
「砦への誘引だ。誘引したメンバーは一時的に砦に退避することになる」
「……分かった。だが、砦の状態次第だな」
「分かっている。明日中には状況を確認出来るようにする。悪いが、明日の日没頃にまた集まって欲しい」
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