表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
219/258

219.樹海の迷宮・第四階層・精霊の囁き

遅くなってしまい申し訳ありません。

不調は一晩寝たら回復しました。ひどい吐き気と腹痛で、食中毒とか疑っちゃいました( ̄▽ ̄;)

 第三階層の夜は、魔物の襲撃もなく過ぎてゆき、朝。

 天幕の中から毛布にくるまって出てきた茜は、安全地帯の対角線上の角でナツと議論するアンナとフェルを発見した。


「おふぁようございます。もしかして徹夜したんですか?」

「私は寝たけど、アンナは徹夜ね」


 フェルは、自分はちゃんと寝て交代に起きただけだが、アンナは一晩中天幕に入らなかったのだと、少し呆れたように笑った。


「……少しはウトウトしたから大丈夫。それだけの価値はあった」

「それは認めるけどね。魔素の循環とか、世界の仕組みを知った気分だよ」

「……世界の仕組みもいいですけど、迷宮の中で寝不足とか、キャシーさんにバレたら怒られますよ?」

「……眠気覚ましに顔を洗ってくる」


 調理器具と一緒に木箱の上に並べられた水の魔道具を手にしたアンナは、見える範囲に魔物がいないことを確認して安全地帯の際で水を出し、顔を洗った。

 そんなアンナを眺めながら、茜は前に美咲にもらった医薬品を詰めた薬箱を取り出し、中からミントタブレットの入った小さい容器を取り出した。


「アンナさん、これは眠気覚ましなんですけど、二粒口に含んで奥歯で噛んでください」

「……初めて見た。雑貨屋アカネには並んでない……食べ物?」

「そうですよ。ちょっと待っててくださいね」


 茜はタブレットの容器の蓋を開けると、アンナの掌の上にミントタブレットを二粒出した。


「スーッとする匂いがするね」

「飴みたく舐めてもいいですけど、目が覚める匂いでしょ?」

「……うん……でも、辛いね」


 初めてミントタブレットを口にしたアンナにとって、その味は(から)く感じられた。

 辛い、と舌を出すアンナに、茜は慌ててミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、蓋を開けてアンナに手渡す。


「ここに口を付けて、中の水を飲んでください」

「……ありがと、これも変わった入れ物だね? 柔らかくて透明?」

「日本で使われてる入れ物です。この辺りじゃ使われてませんよね。目は覚めました?」


 アンナからペットボトルを回収し、収納魔法にしまいこみながら茜がそう尋ねると、アンナは頷いた。


「……辛くて目が覚めたと思う」

「徹夜するくらい、ナツとの話は楽しかったんですか?」

「……ナツは色々なことを知っていた。オガワ先生との勉強と同じくらい面白かった」

「でも、もう徹夜は禁止ですからね」

「……分かった」


 アンナが頷くのを見て、横で楽しそうに見ていたフェルが片手を茜の方に出してきた。


「アカネ、さっきの眠気覚まし、私もほしいんだけど」

「物好きですね。辛くても知りませんよ?」


 茜がタブレットの容器を開け、フェルの掌に数粒を出すと、フェルはそれを一気に口に放り込んだ。


「舐めてる分には……そんなに辛くはないね……むしろ甘い……あ、舌が痛くなってきた、辛いっていうか痛い?」


 アンナがコップに水を注ぎ、それを渡すと、フェルは音を立ててタブレットをかみ砕いてから水で飲み干す。


「……だから辛いって言ったのに」

「何事も経験かなって思ってね。でもこれは本当に目が覚めるね」

「そうですか? ならよかったです」


 茜としてはミントタブレットで目が覚めるというのは気分の問題だと思っていたし、辛いと思ったこともなかったため、フェルたちの反応に若干引きながらも笑顔でそう答えた。


「まあ、それはさておき、そろそろキャシーたちを起こしてもいい時間だよね?」


 フェルは足元ですっかり灰になっている線香を見下ろし、そう言った。


「じゃあ、美咲先輩は私が起こしてきますね」




 朝食作成に立候補したのは茜だった。

 卵を茹で、フォークの背で潰し、ボウルの中でマヨネーズと混ぜ合わせる。

 切れ目を入れたコッペパンを片手に茜は少し考え、美咲を呼んだ。


「美咲先輩、バターとかマスタードって使っていいと思いますか?」

「あー、バターくらいならいいけど、マスタードはやめとこう。こっちで見たことないし」

和辛子(わがらし)っぽいのはあるのに不思議ですよね……じゃあ、和辛子があったらお願いします」

「んー、チューブのしかないけど大丈夫?」

「はい、普通の卵サンドと、ちょっと辛めの卵サンドを作りたいだけなので」


 なるほど、と頷いた美咲は、アイテムボックスに大量に保存された、日本人向けの食料の中から、和辛子の小箱を取り出すと茜に渡した。


「あんまり辛くしないようにね。こっちの人たち、カレーの中辛でもそれなりに辛いって感じるみたいだから」

「はーい」


 和辛子はとりあえず横に置き、茜は辛子を使わない普通の卵サンドの製作を開始した。

 それを見て、美咲も手を動かしたくなったのか、茜に声を掛ける。


「茜ちゃん、スープ、手伝おうか?」

「そしたら玉ねぎをくし切りにして、干し肉は細切れで、鍋のお湯で茹でちゃってください」

「なるほど、シンプルだね」


 普通の卵サンドを作った茜は、和辛子を少量混ぜ込んだバージョンも作り始める。


「うちのおねーちゃんだと、これに更に一味唐辛子入れたりするんですよね」

「カプサイシンはダイエットに効果あるらしいけど、そっちを狙ってるとか?」

「ダイエットはしてなかったと思いますから、単に辛いのが好きなんだと思います……一応完成です」

「スープは胡椒入れる? ちょっと味見してみて」

「はーい……んー、玉ねぎの甘味がいい感じですね。干し肉の味がしっかり出てるから、これで完成でいいと思います。みんな呼んできてください」


 朝食を食べたら第四階層を目指して出発である。

 第四階層は未知の領域である。全員、いつもよりも時間をかけて装備を調え、お互いに装備に不備がないかを確認する。

 念のためナツにも魔素を補充してから、一行は安全地帯を後にした。


 第四階層に降りる階段の場所は、一度どんな場所か覗きに降りたこともあるので分かっている。美咲たちは迷うこともなく、下り階段の前まで魔物に遭遇することもなく移動した。

 ナツが黙々と歩いていたことから考えるに、おそらくはナツの感知圏内に魔物は現れなかったのだろう。

 階段の前で立ち止まった一行から、まずナツが偵察として階下に降りていった。

 ナツに与えられた指示は、階下に降りて全周を警戒。射程圏内に魔物の姿を発見したら、即座に第三階層に戻ってくること。射程圏内に魔物の姿を発見できない場合は、その場で警戒を継続すること。というものだった。

 なお、ナツの魔法の鉄砲には美咲の氷槍が入っており、その射程は50メートルを超える。

 後続のキャシーたちが下りた直後に不意打ちを食らわなければいいのだから、半径50メートルの安全確認(クリアリング)はやや過剰だが、安全が確保されるのであれば誰も文句を言う者はいない。

 第四階層は、小さな岩が転がる赤茶けた地面の荒れ地だった。

 美咲の印象は、まるで火星。だった。

 前回覗いた時と同様、風が吹くたびに砂埃が舞い上がり、視界が遮られる。


「慎重に進む必要がありますわね」

「それはここに限ったことじゃないだろ? ナツ、敵を発見したら知らせてくれよな」

「はい」


 荒れ地は、所々に人の背丈ほどの小さな丘が点在する地形だった。

 地表にはたくさんの人のこぶし大の赤い岩が転がっており、それらは体重をかけて踏むと砕け散る。

 四方を見渡したキャシーたちはどうしたものかと考えあぐねた。偵察隊から貰った地図はあるが、パーティによって迷宮内の地形には差異があるし、階段などが生成される場所も異なる。目立った目印がなくては地図は役に立たない。

 ベルはしばらく地図を眺めていたが、お手上げだと肩をすくめた。


「まず一方向に進路を決めて進みましょう。壁にぶつかれば、それが目印になりますわ」

「……遠くが見えないのは厄介」


 不安そうにアンナが四方を見渡すが、砂塵に遮られ、視界は数百メートルほどしかない。

 魔物に急襲されるのを心配するほどではないが、大きな目印になるような地形も見落としかねない。


「それで、どっちに向かって進む?」


 どちらに進んでもあまり違いはなさそうだと思っているのか、フェルはやや投げやりな調子である。


「階段の向きがこうですから、下りたまま、まっすぐ進むことにしましょうか?」

「根拠は?」

「あるわけありませんわ。フェルこそ、エルフの勘とかありませんの?」

「森エルフなら精霊の声とか言い出すんだろうけどさ……まあ精霊魔法なら使えなくもないけど」

「いるんですね、精霊」


 感心したように呟く茜に、フェルは苦笑で返した。


「森エルフは信仰してるけど、私は信じてないかな」

「いないんですか? でも精霊魔法があるんですよね?」

「森エルフの中に呪い師(シャーマン)はいるけど、魔素の動きを見た感じ、魔法の亜種だね……うちの家系の魔素を感じる能力も巫女の能力だとか言われたっけ」


 この国(エトワクタル王国)では、魔法は科学の一種と考えられているが、森にすむエルフたちにとって、それは精霊信仰の基礎となっていた。

 森エルフ独自の魔法もあるが、魔素を用いる以上、それをエルフ以外の種族が再現することも可能である。そのためか、森エルフの呪い師は精霊魔法を他種族に見せることを嫌っていた。

 そんな魔法のひとつに、精霊に道を問うものがあった。


「まあ、失せ物探しの魔法の延長なんだけどね……ミサキ、葉物野菜を1枚もらえる?」

「お野菜? はい」


 収納魔法から小松菜に似た野菜を取り出した美咲は、1枚をちぎり取り、フェルに手渡した。

 フェルは右手をまっすぐに伸ばし、その上に葉を乗せると、瞑目した。


「ん。えーと、世界にあまねく精霊よ。我が血族と交わせし約定に従い、我が行く道を示せ。我が求めしは、この階層より下層に向かう階段の在処なり」


 フェルの周りにつむじ風が舞い、その風にフェルの右手の上の葉がふわりと舞い上がり、フェルの足元に落ちる。

 その葉の先端を確認したフェルは、葉の先が示す方向を指さした。


「あっちに下層に向かう階段がある……かもしれない」

「自信なさげですわね」

「精霊魔法は結構いい加減でね、探し物が近くにあれば当たるけど、遠くにあるとまったく当たらなくなるんだ。呪い師は、精霊の機嫌次第だとか言うけどね」

「何の指針もないのですから、そちらに進んでみましょう」

「こっちだな?」


 ベルはフェルの足元の葉を確認すると、その指し示す方向に向かって歩き出し始めた。

 ぞろぞろと歩く一行の足元から砂ぼこりが舞う。


「ゴーグルが欲しいね」

「美咲先輩、呼べるんですか?」

「んー、無理だね。水中メガネなら子供の頃持ってたけど、あれは買ってもらったものだし」

「今度来ることがあったら、コランダムでレンズ作って、髪留めのゴムで固定できるようなの作りましょう」

「ルビーやサファイヤの親戚でゴーグル作るだなんて、贅沢だよね」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。


5/22二巻発売予定です。

大量の加筆修正と、書下ろしの追加がございます。

お手に取っていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー"
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ