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217.樹海の迷宮・第三階層

 光の杖を持ち、洞窟内を照らしながら第一階層を進む美咲たち。

 すでに何度も潜っているので、みんな道を覚えてしまっており、地図を見るまでもなく第二階層に続く階段へと到着する。


「それではベルが先行してくださいまし。ゆっくり10数える間に戻ってこなければわたくしたちも続きますわ」

「ああ、それじゃ行ってくる」


 気負った様子もなくベルが先行する。

 第二階層の敵は、どれもベルにとっては格下の相手である。油断さえしなければ後れを取ることはない。

 階段を下りたベルは、魔法の剣を構えて辺りに視線を向ける。

 第二階層の空は迷宮内の基準で言えば晴天で、天頂にあたる部分が明るくなっている。

 魔物の姿がないことを確認したベルは、階段から少し距離を取り、階下への階段のある方向をじっと見つめる。

 ほどなくしてキャシーたちが下りてきてベルと合流する。


「さて、さっさと階段まで進んじまおうか」

「そうですわね……ミサキさん、ゴーレムを出して警戒させることはできまして?」

「えっと……魔素切れするかもだけど、その時はみんなで補給してね?」

「もちろんですわ」


 美咲は収納魔法からナツを取り出すと、待機状態を解除し、蜘蛛型に変形させる。


「ナツ、これから迷宮の深層に向かって移動します。ベルと並んで先頭に立って警戒し、敵を発見したら魔法の鉄砲で速やかに排除し、敵が何か落としたら、それを回収してくること。できる?」

「はい」

「それじゃ、行動開始して」


 するりとホルスターから魔法の鉄砲を取り出したナツは、それを両手で保持して先頭を歩くベルの隣に移動した。


「美咲先輩、ナツがいるなら私たちが戦う必要ないかもしれませんね」

「魔物が後ろや横から出てきたら、ナツが見落とすかもしれないから、油断しちゃ駄目だよ?」

「はーい」


 迷宮の構造はパーティメンバーの半数以上が入れ替わらなければ変化はしない。ベルは、以前書きこんだ地図を見ながら、下り階段を目指した。


 迷宮内なので日が傾くと表現してよいのかは微妙なところだが、空の明るい部分が天頂から少し傾いた頃、美咲たちは下り階段のそばまで移動することができた。


「さて、第三階層は、前に霧でやられたから慎重に行くぞ」

「あー、ナツを先行させようか?」

「そうですわね……階下に行き、魔物がいたら戻ってくるという命令は実行できますかしら?」

「ナツ。先行して階段を下りて周辺警戒。魔物がいたら即座に戻ってきて。魔物の姿が見えなければ戻ってくる必要はありません。理解できた?」

「はい」

「それじゃ行動開始して」


 美咲が指示を出すと、ナツは魔法の鉄砲をホルスターに収め、流れるような動作で階段を下りていった。


「ミサキ、ナツって変わったゴーレムだよね?」

「フェルの目から見ても変わってるんだ。まあ、ゴーレムの核が迷宮産だからね」

「核っていうか、変形するゴーレムなんて知らなかったよ」

「ナツの体は小川さんが研究中の素材を使ってるんだよね。ほら、前に虎のゴーレムがいたでしょ? あの素材なんだって」


 虎のゴーレムと聞き、フェルは不思議そうな顔をした。


「あの虎のゴーレムにそんな機能があったの?」

「戦った時に足を壊したんだけど、すぐに生えてきたからね。多分、変形の機能を使ったんだと思う」

「そういえば、待機中は丸い石になってたって聞いたっけ……オガワさんが研究しているならきっと凄いんだろうね」


 季節ごとに魔法協会から送られてくる会誌を読み、小川の出してきた成果を見知っているだけに、フェルの小川への評価は高かった。


「小川さんは色々知ってるからね」


 知能指数(IQ)は、精神年齢÷肉体年齢×100で求められる。机上の知識がすべてとは言わないが、広範囲にわたる雑学を記憶している小川の精神年齢は低いものではないだろう。となれば、その知能指数もそれなりに高いはずだ。

 美咲がぼんやりとそんなことを考えていると、ベルが階下の偵察に降りていくのが目に入った。

 ナツの警戒で問題がないと分かるまでは、ナツが先行偵察し、安全そうならベルが再確認をするという二段構えでいくつもりのようだ。

 ベルが下りて、戻ってこないのを確認したキャシーが美咲たちに手を挙げて合図をした。


「大丈夫そうですわね。次、ミサキさんとアカネさん、下りてくださいまし」

「はーい」


 茜が階段に足をかけるのを見て、美咲もそれに続く。



 第三階層の空には、薄く雲が棚引いていた。

 この階層は草原の中央に小山がひとつだけという地形で、小山の上に移動すれば、階層内のすべてのオブジェクトや魔物の位置を把握できるという場所である。

 以前山頂から眺めて階段や安全地帯の位置はすべて把握済みなので、安全地帯に向かうにせよ、下り階段を目指すにせよ、迷う心配はない。

 小山以外の凹凸がない地形で、魔物がいても遠距離から捕捉できるため、不意打ちを食らう恐れも少ない。


「ナツ、魔物を発見したら駆除。何か落としたら拾い集めてね」

「はい」


 魔法の鉄砲を両手で抱えたナツは、ゆっくりと美咲たちの周囲を歩き回り始めた。どうやら周辺警戒の動作ということらしい。

 フェルとアンナ、キャシーが合流してきたところで、キャシーは空の明るい部分を見上げながら、この後の方針について意見を求めた。

 日の傾き具合を見るに、美咲の感覚だと午後二時から三時くらいだろうか。


「まだ日はそれほど傾いていませんけれど、第三階層の安全地帯に向かうのと、第四階層に向かうの、どちらがよろしくて?」

「微妙な時間帯だな。進めないこともないけど、探索中に夜になる危険性もあるぞ?」

「……安全策をとるべき」

「アンナに賛成」


 フェルの視線を受け、美咲は小さく頷いた。


「第四階層って前に覗いたら、荒れ地だった場所だよね。歩きにくそうだし、暗くなってからの探索は避けたいかな」


 赤茶けたデコボコの大地に岩がゴロゴロ転がっていて、土煙が舞っていた第四階層の景色を思い出し、美咲は、探索には時間が掛かりそうだと判断した。


「安全地帯にベースキャンプを作って、暗くなるまで魔物を狩りませんか? 護宝の狐がいればアーティファクトが手に入りますし」

「そうですわね。急ぐ必要はありませんし、アカネさんの言うようにしてみましょうか」

「ナツ、移動を開始するからベルと並んで先導して。魔物が出たら、駆除して落ちたものを拾うこと。行動開始」

「はい」


 移動を開始したナツは、しばらくすると大きなグランボアを2回発見してこれを駆除した。

 ドロップ品は魔石と大きな肉と牙だった。これを回収したナツは、魔法の鉄砲をホルスターに戻すと、美咲に回収した品物を渡して警戒に戻った。

 以前学習したことをナツなりに行動に反映しているのだ。


「それにしてもナツがいると、迷宮を進むのが簡単ですわね」


 ナツは魔法の鉄砲の射程を理解しているようで、射程内に入った敵を的確に駆除している。

 最大射程で敵を駆除するため、敵がこちらに反応する前に駆除してしまうのだ。

 遠くの敵を倒すため、ドロップ品を拾いに行くのは手間だが、パーティが戦闘に関与する暇がないのだ。

 キャシーはため息をついた。


「ナツがこんなに優秀だと、わたくしたちのやることがなくなってしまいますわね」

「でも、ナツは自分で決めて自分で行動するってことができないから、命令を出す人は必要ですよ」


 それに魔素が切れたら動けなくなるし、と美咲が言うと、フェルが会話に参加してきた。


「それを補って余りある戦闘能力と索敵能力だと思うよ。命令者がひとりいれば済む話だし、倒した敵の魔石を補充するか、魔法使いが同行すれば、魔素の問題も解消されるからね。ゴーレムの核が出てきたときは何かと思ったけど、さすが迷宮産は一味違うよね」

「あら、普通のゴーレムはここまでできませんの?」

「基本的に複雑な命令には対応できないらしいよ? 塀に石を綺麗に積み上げたり、建物の柱を持ち上げたり、物を運んだりはできるけど、せいぜいその程度なんだって」

「フェル、詳しいんだね?」

「虎のゴーレムの時に、傭兵組合からの依頼で魔法協会の蔵書を調べたからね」


 ミストの町の魔法協会の蔵書は、数こそ少ないが、多岐に渡っているのだとフェルは胸を張った。

 蔵書の大半はミストの町に魔法協会が設立された頃に集められたものなので、ここ50年程の情報は会誌のみらしいが、小川が絡んだ件を除けば、それでも必要最低限の本はそろっているのだという。


「そだ、ミサキ、今度オガワさんに論文をまとめた本があったら筆写させてほしいってお願いしたいんだけど」

「それくらいなら大丈夫だと思うけど……なんなら本を貰えないか聞いておくよ。本があるかは知らないけどね」

「本って高いんだよ? 失礼にならないように聞いてね?」

「うん、わかった」


 小川から本を買い取ってそれを増やし、原本を小川に返せば問題はないのだから美咲としては気軽なものである。

 しかし、この世界の本は装丁を凝らなかったとしても、大量の羊皮紙とインク、書き写すための人件費と、やたらとお金がかかる代物なのだ。

 なお藁半紙を綴じた本も存在するが、藁半紙は値段が安い代わりに記述に難があるため、記録として残すための本に使われることは稀であった。


「ところで、グランボアからお肉が出たわけだけど、今日の晩御飯は焼肉でいいかな?」

「前にミサキが玉ねぎで作ってくれたソースも欲しいな」

「あー、あれね、うん、分かった。あとは野菜もほしいよね」


 この世界では、野菜は火を通して食べるのが一般的である。

 地球でも中世ヨーロッパでは、生野菜を食べる習慣は一般的ではなかったというが、その辺りは似ているのかもしれない。


「茹でた野菜を肉のソースで食べたらおいしいかも」

「あー、なるほど。それじゃ、それと、あとマヨネーズも出すね」


 美咲は手作りのマヨネーズは持っていないが、皿に市販のマヨネーズを大量に出しておき、野菜でそれを掬って食べるようにすれば、マヨネーズの容器の異常さは目立たないだろうと判断した。


「んー、話してたらお腹空いてきた。ベル、安全地帯までどれくらい?」

「もう見えてるぞ。あっちに草のないところがあるだろ? あれがそうだ」


 ベルが指さす方を見ると、草むらの中、一カ所だけ草が生えていない場所が見えた。


「あ、ほんとだ。あそこだね」


 フェルがその草の空白地帯に向けて走り出そうとした瞬間、ナツは空白地帯の横めがけて魔法の鉄砲を撃ち放った。


「何? どうしたの?」

「ナツ、魔物がいるのか? 種類は? 当たったのか?」

「はい。護宝の狐です。直撃しました」


 ベルの問いに、ナツは静かにそう答えた。

 そして、その答えを聞いて、キャシーの目が輝いた。


「ナツ、アーティファクトは?」

「分かりません。これから回収します」

「時知らずの鞄が出たら高値で買いますわよ! ナツ、早くアーティファクトを回収してくださいまし」

「はい」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。


執筆に使っていた超安物のノートパソコン(新品の定価3万円程度)が不調となり、新しいノーパソを購入しました。今回の原稿は新しいノーパソで書いていますが、どうにも書き味というかキーボードの反応が変わってしまっていて、色々感覚が違ってしまっています。。。


二巻の発売が近付いてまいりました。

よろしければお手に取っていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
IQのその計算式は年齢によって数値を調整しているだけで、 IQの本質ではない気がする。
[一言] 今更ながら、小説のイメージが原稿用紙なので 今の時代なら普通PCで書くよねって。 w
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