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216.迷宮へ

 翌日、傭兵組合でゴードンに幾つかの依頼をした美咲は、組合が用意した荷馬車に乗り、白の樹海の迷宮に建造されつつある町を目指して出発した。

 美咲たちの乗る荷馬車には飼葉が満載されており、美咲たちは飼葉の上に座っている。

 今回は美咲たちの馬車だけではなく、その後ろに二台の荷馬車が続いていた。


「後ろの馬車には傭兵がいないな」


 御者台の上からちらりと目を走らせ、ベルが呟くとフェルは肩をすくめた。


「せっかくだから私たちに護衛してもらおうってことだろうね」

「その分って、俺たち報酬貰ってないよな?」

「お金にはなりませんけれど、傭兵組合への貢献としては記録されますわ」


 事前にゴードンから話を聞いていたキャシーがそう言うと、ベルは、それならいいかと肩をすくめる。


「美咲先輩、この前行ったとき、町の塀とか結構できてましたよね。どれくらい変わってるでしょうか?」


 馭者台にベルと並んで座った茜は、楽しそうに美咲に話しかける。


「建築にゴーレム使うからね。塀は完成してるんじゃないかな?」


 ゴーレムが器用に大きな石を積んでいたのを思い出しながら美咲が答えると、フェルが補足する。


「町の建物もゴーレムを使うなら、それなりに簡単に作れるよ? 今回みたいな新規開拓だと、基本的な建物はゴーレムを使うはずだから、色々完成しててもおかしくないね」


 実家が魔法協会の支部をやっているだけあり、フェルはゴーレムの運用についてもそれなりに詳しいようだった。


「町の形は整ってますけれど、入植はまだ先ですわよ。傭兵組合も宿もアーティファクトの買取も、始まるのはひと月くらい後ですわ」

「ひと月でできると驚くべきなのか、入れ物は完成しているのに勿体ないと言うべきか、難しいところですね」

「新しい町の最初の住人たちは、あちこちから集めますもの。青の迷宮のあるネルソンの町からも、何人か移住してもらう予定ですのよ?」


 経験者を集めるため、あちこちとの調整があるのだとキャシーが言うと、茜は分かったような分からないような顔で頷いた。

 エトワクタル王国において、平民は王族や貴族の所有物の一部である。

 そんなことは滅多にないが、その居住地を移すように貴族に命令された場合、平民はそれに従う義務がある。

 今回はミストの町の代官であり、白の樹海の迷宮の町の開発の指揮をとるビリーが、自派閥の伯爵に依頼して、他の迷宮の町から、迷宮の町の運営を知る平民を集めているのだ。

 全員を経験者で埋めることはできなくても、各組織のトップが経験者なら組織は回る。

 組織の大多数を構成する人員は、王都で読み書きと簡単な算術ができる人間を募集しているとのことなので、これもすぐに集まるだろう。

 現在未確定なのは、町の代表たる貴族である。

 代官を置くのか、貴族が住むのかも決まっていないというキャシーに、美咲は首を傾げた。


「迷宮の町はかなり美味しい物件ですよね?」

「だからこそ、決まらないのですわ。貴族の子弟の数と、爵位の数では、子弟の数の方が多いですから、今現在、爵位が足りずあぶれている人はたくさんいますわ。みんな、新しい町を自分のものにしたくてうずうずしていますの」

「でも、開拓したのはビリーさんですよね?」

「ですから町の管理者候補のひとりに、わたくしの名前も入っていますわ……妹はミストの町の代官を継ぐ予定ですから」

「キャシーさんが町の代官になったら、町の名前はどうなるんですか?」


 茜が振り向いて尋ねる。

 通常、町の名前は、その町を管理する者の家名となる。

 キャシー・ミストが町の管理者になったら、ミストの町がふたつになってしまうのではと茜が聞くと、キャシーは事も無げに、その場合はキャシーのみ、王家から新しい家名を賜るのだと答えた。


「そうなった場合は、ミスト家とのつながりがなくならないように、暫定的にふたつの家名を名乗ることになるのでしょうけれど……正直、わたくしが町の管理者になる目は、ほとんどありませんわよ。伯爵家の三男あたりが持っていくでしょうね」

「ビリーさん、頑張ったのに、残念ですね」


 美咲の言葉に、キャシーは首を横に振った。


「町を作った功績は父のものですもの。湖畔の町の開発の功績もありますから、最低でも子爵、うまくすると伯爵位を賜るかもしれませんわ。それにミストの町は、立地的に迷宮の町が栄えるほど、栄えることができますわ」

「何か協力できることがあったら言ってくださいね」

「ミサキさんにはいずれ、私か、妹の護衛になっていただきたいですわね」

「もっとこう、精神的なのでお願いします」


 美咲がそう答えると、キャシーは楽しそうに笑うのだった。




 白の樹海付近は、対魔物部隊が大々的に魔物駆除を続けており、町を囲む木々も、多くが伐採されている。そのため、最近では白の樹海の砦から観測される魔物の数は激減していた。

 そんな状態なので、美咲たちの荷馬車を襲おうとする魔物も出てくることはなく、美咲たちと、その後ろに付いてきた荷馬車は、無事に白の樹海の砦付近に到着した。

 ベルは、馬車を砦と迷宮の町の分かれ道で、砦に向けて馬車を停める。その横を、ミストの町から付いてきていた馬車がガラガラと音を立てて通り過ぎていく。

 荷馬車の馭者が会釈をしてくるのに手を振りながらベルは、


「なあ、もうすぐ砦だけど迷宮の町も塀が完成してるっぽいぞ。どちらに馬車を預けるんだ?」


 と声をあげた。

 今回、予定通りなら、ひと月近い期間、馬と馬車を預けなければならない。

 いつもなら砦に預けていくところだが、町も塀は完全に仕上がっているようで、見た限りでは、馬車で町に乗り込んでしまうのもありではないか、とベルがキャシーに振り向く。

 現に、美咲たちのあとを付いてきた馬車は、町の方に向かっている。


「わたくしたちは砦ですわね。まだ町は機能していませんもの。荷運びの馬車は町に荷を運ぶのが目的ですから直接向かいましたけれど、馬を預けるわたくしたちは砦に入るしかありませんわ」

「了解、それじゃ行くよ」


 軽い振動と共に馬車が動き出す。

 馬車が砦に近付くと、塀の上にいた兵士が門の内側に向けて合図を送り、門扉が開かれる。ベルはゆっくりと馬車を進ませると、厩舎のそばに馬車を止め、茜に教えながら馬を軛から外し、馬を厩舎へと連れていく。

 荷馬車ごと砦の中に入ってきたのを見て、塀の下にいた兵士が近付いてくる。


「その馬車はどうするんだ?」

「ええと、積み荷は砦宛の飼葉なんですけど、どこに運びますか?」

「それなら……」


 美咲たちは兵士に案内された場所に飼葉を運び込む。

 と言っても、収納魔法経由なので、大した手間ではない。荷馬車に積まれた飼葉を収納して置き場所まで歩き、収納魔法から出すだけである。

 全部片づけ終わると、今度は空になった荷馬車の処理だが、馬を外した荷馬車は砦の門の外に放置することになる。

 全員で荷馬車を押して門から出ると、邪魔にならなさそうな位置に荷馬車を転がしておく。

 対魔物部隊のものと思われる荷馬車も同じ場所に並んでいた。


「さて、それじゃ、迷宮に向かうか?」

「夜間行軍になるかもしれませんけど、第三階層の安全地帯までは進んでおきたいですわね」

「分かった。ちょっと待っててくれ」


 ベルは厩舎のそばにいる兵士のところまで走り、馬の世話を頼むと、すぐに戻ってくる。


「それじゃ行こうか」


 砦を出た一行は、建造中の町を目指して歩き出した。

 対魔物部隊が移動するためだろう、草原の中には、そこだけ土がむき出しになった踏み分け道ができていた。

 魔物は出ないと思いつつも、念のため周囲を警戒しながら歩いていると、前方に茶色い塊が動いているのをフェルが発見する。


「みんなちょっと止まって」


 そう言うなりフェルは魔法の弓を構えて見えない矢を放つ。

 直後、前方の茶色い何かがキュウと鳴き、動きを止めた。


「角兎。仕留めたと思うよ」


 フェルは茶色い塊に近付くと、角の部分を持ち、角兎を持ち上げた。

 その首には、矢が刺さったと思われる穴が開いている。


「ちょっと待っててね」


 フェルは角兎の首をナイフで大きく裂くと、後ろ足をロープで縛ってぶら下げられるようにする。

 そして、腹を裂いて内臓を取り出し、毛皮を剥いたところで美咲に手渡す。


「ミサキ、収納してほしいんだけど」

「いいけど……血が垂れてるよ?」


 フェルが切り裂いた首から血が流れ落ちているのを見て、美咲は少し怯んだような顔をする。


「血抜きしたいけど、ここじゃできないしさ、ミサキの収納魔法なら時間経過がないんでしょ? 安全地帯に着いたら出してもらって改めて吊るそうと思って」

「うん……分かった」


 美咲はフェルから角兎をぶら下げたロープを受け取ると、そのまま収納魔法にしまい込んだ。


「あ、内臓は埋めとかないとね」


 フェルは土魔法で穴を掘り、そこに内臓を蹴り入れ、穴を埋めるのだった。


 迷宮の町は、門と塀を見る限りにおいては、綺麗に完成しているようだった。

 塀の石は、かなり粗く削られた物だが、魔物がそれをよじ登るのは至難だろう。

 門の横には緑色の傭兵のペンダントを付けた門番が立っており、美咲たちが近付くと、門を開いてくれた。


「どうも、お疲れ様です」

「迷宮に潜るって連絡は受けてる。直接、迷宮の門に向かってくれ」


 美咲が挨拶すると、門番の傭兵はそう言って手を振った。


「組合長から連絡してくれてたみたいですわね」

「あ、ちょっと待って」


 美咲は慌てて女神のスマホを取り出し、広瀬に到着した旨を連絡する。

 すると広瀬は、迷宮の門の正面にある詰所に来てほしいと答えた。

 広瀬から頼まれた荷物を受け渡しに詰所に寄りたいと伝えると、キャシーは頷いた。いずれにしても迷宮の門に向かうのだ。大した寄り道ではない。


「あ、おにーさんがいますね」


 広瀬の姿を最初に見つけたのは茜だった。

 茜が大きく手を振ると、広瀬も片手をあげて答える。


「広瀬さん、お酒とか持ってきました」

「おう、助かる」

「かなり量があるので、箱に入れてきました。どこに出しましょうか?」

「なら、こっちに」


 迷宮の門の前にある、石造りの詰所に入り、広瀬が、ここに出してくれと言うと、美咲は、一辺1メートルほどの木箱を取り出した。


「でかいな。幾らになる?」

「金額は適当に。かなり前に買ったものばかりで、覚えてないので」


 美咲としては、暗に呼び出したものだから対価は不要と伝えたつもりだったが、広瀬には伝わらなかったようだ。


「それじゃ、モッチーに見積もってもらうことにしよう。それで、迷宮に潜るんだよな?」

「あ、はい」

「一応、俺のところが迷宮の門の管理をしてるから、ちょっと待っててくれ」


 自動でゆっくりと開閉を続ける迷宮の門。その門を囲むように作られた石塀の門のカギを開くと、広瀬は美咲たちを招き入れた。


「よし、好きなタイミングで入ってくれ。ああ、出口の方は鍵は掛かっていないから出るのは自由だ」


 迷宮の門がゆっくりと閉じ、また開く。

 そして美咲たちは迷宮の中に足を踏み入れるのだった。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

二巻発売まで3週間を切りました。

ストーリーは変えていませんが、かなり色々と加筆修正しています。

書下ろしにも挑戦しました。

よろしければ、お手に取っていただけますと幸いです。

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