215.小石のペンダント
ゴードンが部屋から出るのを待って、キャシーは口を開いた。
「それでは、依頼を受けるかどうか、皆さんの意見を聞かせてくださいまし」
「俺は受けてもいいと思うぜ」
考えがあるのか、ないのか、見た目では分からないがベルはそう答えた。
「……受ける」
アンナは淡々とそう言った。
そんなアンナの隣に座っていたため、皆の視線がなんとなく集中したフェルは、苦笑交じりに頷いた。
「そんなに見ないでも行くよ」
「それじゃ、私は美咲先輩が行くなら参加します」
「茜ちゃん、その辺は、自主性をちゃんと持とうよ……私も参加で」
美咲は、神託のことを思い出しながら参加すると答えた。女神の声は、最下層にお礼と褒美があると言っていたのだ。この機会を逃す手はない。
「全員参加ですわね? 一応念のために言っておきますけれど、アーティファクトよりも探索を優先しますから、報酬はそれほど高くはなりませんわよ?」
「ま、それは仕方ないよな。俺は迷宮の最下層まで踏破したって名誉が欲しいだけだから問題ない」
「……迷宮の最下層に興味がある」
ベルとアンナは即座にそう返す。
少し遅れてフェルも
「私は実績作りかな。今のところ、名ばかりの赤の傭兵だしね」
と答えると、美咲もそれに続く。
「迷宮の最下層に下りてみたいからかな」
「赤の傭兵目指すなら、迷宮踏破くらいはしといても損はないですから」
「あら、ミサキさんがいないとひとりで留守番になって寂しいからだと思ってましたわ」
「それもあります」
「自信を持って言い切ることじゃないと思うよ」
美咲が呆れたというようにそう言うと、茜は照れくさそうに笑った。
「それはそうと、ミサキさんにはお願いがありますの。今回の探索は往復と探索と予備を考慮に入れると、30日程度になると考えています。その間の食料の確保をお願いしたいのです。ミサキさんの収納魔法は生鮮食品の保存に適してますので」
ひと月、6人分の食料と聞き、美咲はその分量の想像ができずに固まってしまった。
それを、持ち運ぶ荷の多さに困っていると勘違いしたキャシーは助け船を出す。
「もちろん小麦や豆、干し肉のような、長期保存ができるものはわたくしたちの収納魔法にも入れていくつもりですわよ」
「いえ……多分大丈夫だと思いますけど……えーと、30×6×300グラムとして、180×300で、1000で割ると……肉は54キロか、案外少なく済むかな。芋を一日ひとり一個とすると、180個? 葉物野菜と根菜も同じくらいかな。玉ねぎも少しは欲しいね。となると木箱2箱くらいになるかな?」
美咲の考えている木箱は、一辺が1メートルほどの大きなものである。押し込めれば一箱にも入るだろうが、美咲は葉物野菜は押さえつけないようにしまうつもりだったので、かなり余裕を持った計算である。
「小麦は大袋で持っていけば足りるのかな?」
大袋で25キロほどである。一食各自が150グラムを食べると仮定すると少し足りないが、豆も同量を持ち込めば多すぎるほどである。
あと必要なのは調味料であるが、その程度なら体積はたかが知れている。
「えっと、肉と野菜、根菜、玉ねぎ、小麦と豆、塩、胡椒ってところでいいかな?」
「十分ですわ……計算、早いんですのね」
「まあ、これくらいの計算ならね」
佐藤家の食卓を預かるうえで、スーパーのまとめ買いが本当にお得なのか、などの計算を日常的にしていた美咲にとって、この程度の計算はどうということもない。
「パンも欲しいところですわね」
「手に入るなら持っていきますけどね。キャシーさんの実家で手配できますか?」
一食あたり、ひとり2つのコッペパンを食べると仮定すると、30×3×2×6となる。実に1080個だ。
ミストの町の普通のパン屋では、それだけのパンを一度に焼くことはできない。買いたくても買えないのだと美咲が言うと、キャシーは首を傾げた。
「一応確認してみますわね。焼けるようなら、ミサキさんに電話しますわ」
「とりあえず私はパン屋で買えるだけ買ってみますけど、買い占めるわけにもいかないので」
「ええ。手に入るだけお願いしますわ」
「そんでさ、キャシー、俺たちはなんかやることないのか?」
「忘れ物のないように、ですわね。もちろん、自分の分の非常食や嗜好品は各自で準備ですわ」
キャシーの言葉にベルは頷いた。
「了解。それじゃ干した果物でも持っていくかな」
「……ひと月だと色々必要」
「ミサキ、食料の買い出し、私も付き合おうか?」
「そうだね。フェルなら私の知らないお店を知ってるかもだし、お願いできるかな」
「それじゃ、この後一緒に行こう」
「わ、私も行きますからね」
買い出しを終えると、茜は商業組合と雑貨屋にしばらく留守にすると伝えに行くと言って、美咲たちと別れた。それを見送ったところで、フェルも留守の間の魔素補充要員の手配をしなければと魔法協会に帰っていった。
美咲がミサキ食堂に戻ると、エリーが珍しいことに絵筆を握っていた。
色鉛筆派のエリーが何を描いているのかと、美咲が覗き込むと、テーブルの上には綺麗に絵付けされた丸い小石が数個あった。
「エリーちゃん、何してるの?」
「いし!」
カラフルに彩られた小石は、まるでペンダントトップのように見えた。
「綺麗だね」
「うん!」
「でも、それだと水に濡れたら落ちちゃうね……」
「えのぐのしゅくめいなの」
難しい言葉を誰かに習ったので使いたいらしい、と理解した美咲は、微笑みながらエリーの髪を撫でる。
「そっか、宿命かぁ……完成したら、一個貰える?」
「んー……なら、これあげる!」
まじまじと小石を検分し、エリーは、細かい青と白の花柄の小石を美咲に差し出した。
「ありがとう。これ、絵の具が落ちないようにちょっといじってみるね」
小石を受け取った美咲は、自室に戻ると、机の上に厚めに紙を敷き、そこに小石を置き、透明なマニキュアと瞬間接着剤を取り出した。
小石の絵の具が完全に乾いていることを確認した美咲は、その表面を透明なマニキュアで覆う。
僅かに絵の具が浮くが、小石はマニキュアで綺麗にコーティングされた。
「うん。まあ、ちょっと絵が浮いちゃっているところもあるけど、まずまずの出来かな」
美咲は絵の付いていない小石の側面に接着剤で紐を固定し、紐に通した金属の輪っかに、呼べる中で一番丈夫なネックレスの鎖を通す。
紐がしっかり小石に固定されているのを確認した美咲は、それを首にかけ、エリーに見せに階下に降りた。
「ほら、綺麗なネックレスになったよ?」
「わー! これもネックレスにできる?」
エリーはそう言って、赤と黄色の花の絵が描かれた小石を美咲に手渡してくる。
「あー、うん。やってみるから、ちょっと待っててね」
「みてていーい?」
「んー、ちょっと危ないのを使うから、ここで待っててね」
エリーに受け取った小石を持って自室に戻った美咲は、マニキュアと瞬間接着剤を使って小石をネックレスへと加工する。
マニキュアが触れると、絵の具が少し溶けだしてしまうが、それも味になっていると言えなくもない。
部屋の窓を大きく開き、ドライヤーで小石に冷風を当てながら、美咲は、この世界も悪くないと思うのだった。
「ま、エリーちゃん、可愛いしね」
きっちりと接着剤が硬化したのを確認し、短めのチェーンを付けると、美咲は階下で待つエリーのもとにそれを届ける。
「わあ!」
首にチェーンを巻いてもらい、エリーが歓声を上げる。
小石とは言え、絵の具が落ちないようにマニキュアでコーティングされた小石の表面は、つるつるとした質感なので、遠目には中々美しい。
「うん。エリーちゃん似合ってるよ」
「ミサキおねーちゃん、ありがとう! おかーさんに見せてくるね」
尻尾をパタパタと揺らしながら、エリーは二階の部屋に駆け上がっていった。
その夜、迷宮に行く旨を広瀬に伝えると、広瀬からは酒と甘味の補給を頼まれた。
「買う時間はなさそうなので、呼び出したものでよければ持っていきますけど」
『ああ、もちろんそれで構わないよ。最近はこっちも人が増えたから、食い物は補給されるんだけど、嗜好品はあんまり流れてこなくてさ、士気が落ちてるんだ』
「なるほど。それなら、こっちの市場で買ったドライフルーツとか持っていきますね。お酒も、ケーキ作りの時に色々買ったから呼べますし。ところでモッチーさんはお酒飲むんですか?」
『あー、飲むな』
「なるほど、それなら甘いお酒も持っていきますね」
『なんで甘いって知ってるんだ? 茜と一緒になって酒飲んでるんじゃないだろうな』
この世界であれば酒を飲める年齢の美咲だが、広瀬は日本の法律的に、まだふたりには酒を飲ませたくないらしい。
「ケーキに混ぜるのに使えるかちょっと舐めただけですよ。お酒はあんまり得意じゃないです」
『ならいいけどさ。若いうちから酒飲んでると、色々育たなくなるぞ』
「セクハラですよ、それ」
『あー、そうなのか。気を付けるよ。酒と甘味を貰ったら、樹海の中で見付けた花見スポットで花見でもするかな』
「桜でもあったんですか?」
『ああ、いや、山桜な。染井吉野は江戸時代に作られた品種だから、あそこまで見事なのはないぞ』
「それは残念ですね……あ、でも余裕があったら苗木を取っておいてもらえませんか? 庭に植えてみたいです」
『ああ、小さいの引っこ抜いとくよ』
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。
明後日から二日ほどパソコンに触れなくなりますので、次回更新は二日程遅れる見込みです。
予めご了承ください。。。
あと、二巻は5/22発売予定です。
加筆修正はかなりの分量です(展開が大きく変わる部分はありませんが、WEB版を読み込んだ方は、こんなんだっけ? と思うような変更があったりします)。
また、初めて書下ろしに挑戦させて頂きました。一人称ですが、中々楽しく書かせてもらいました。
もしもご興味のある方は、ご購読いただけると幸いです。




