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212.地球の歴史

 夕食は、魚と肉から選ぶことができた。

 魚は言うまでもなく湖で獲れたもので、肉は町の近辺で捕獲した山鳥の肉だとのこと。

 湖の周囲の森では、それなりに山の幸も獲れるとのことで、メニューはその数日前に何が獲れたかによって決まるらしい。

 それを聞いた美咲は宿の主人に確認をした。


「嵐とかで漁や猟ができないときはどうするんですか?」

「まあ、一応、何日か分の生鮮食品はあるし、燻製肉と干し魚も用意しているから、5、6日ならやりくりはできますね。それを超えると、宿の備蓄だけでは厳しいかも知れませんけれど、ルイスの町としても備蓄はありますから、傭兵飯になりますが出せます。少なくとも、お客様を飢えさせることはないはずですよ」


 この世界では魔物溢れにより町に籠城するのは当たり前のことなので、町にはそれを見越した食料備蓄があるのが一般的である。そしてルイスの町では、住民のみならず観光客の分も食料備蓄をしているということだった。

 備蓄している食料は乾燥した麦や豆、干し肉といった、日持ちするものが中心なので、味は保証できないが、量だけは十分にある。と宿の主人は美咲を安心させるように言った。


「なるほど。その管理は誰が行ってるんですか?」

「この町には商業組合と傭兵組合の合同詰め所があって、そこの所長が管理をしていますね。詰所は門のすぐそばの石造りの建物ですから、行けば分かると思いますよ」

「なるほど、ありがとうございました」


 出てきた夕食は、魚も肉も丁寧に下処理がされており、またミストの町ではあまり見かけない香草をふんだんに使っており、とても美味しい逸品に仕上がっていた。

 エリーには、子供向けに味と量を調整したプレートメニューが出てきた。甘めに調整されたそれを、エリーは美味しそうに食べていた。


「お子様ランチに似てますけど、木枠に小皿を乗せて実現してるんですね」


 エリーが食べている料理が載った皿を見て、茜は首を傾げた。


「お子様ランチ用のプレートって、それ専用になっちゃうし、特注品で作ったら高くつくからね」

「代用品としてはよく考えられてますよね。木枠なら、陶器よりも安く作れますし」

「代用品ていうか、多分、こういうのが元になってプレートランチのお皿とかになっていくんだろうね」

「そうでした。私たちは、たまたま完成形を知ってるだけなんですね」

「まあ、私たちが知ってるものが完成形とは限らないけどね」


 食事を終えた美咲は、マリアとエリーに感想を聞いた。


「美味しかったですね。気になるようなところはなかったですよ?」

「エリーはどうだった?」

「お水がおいしいの」

「お水?」


 美咲は自分のコップの水を飲んでみる。

 確かに美味しい水だが、エリーが絶賛する理由が分からない。

 席を立ち、宿の主人に話を聞いてみると、子供の水には柑橘類の果汁を少し入れているとのことだった。


「子供はそういうのが好きですからね」

「随分と細かいところまで考えられてるんですね」

「正直、子供用の食事は原価がかなり高いんですけど、子供に気に入ってもらえれば、次に続きますからね」


 子供がリピーターになれば、その親も付いてくる。

 子供が大きくなってからも、気に入っていた場所になら足を運んでくれるかもしれない。

 そういう狙いがあるんですという宿の主人に、美咲の横で話を聞いていた茜が感心したように頷いた。


「投資としては悪くありませんよね。広告が口コミメインであることを考えると、良い評判はいくらあってもいいですし」

「そういえば現社の授業で、お子様ランチって、かなり高度なマーケティングだって習った気がする」


 宿の主人に経営方針などを聞いた後、美咲たちは部屋に戻った。


 宿の風呂はそこそこ大きな岩風呂だった。

 髪をまとめ、体を洗った美咲は、ゆっくりと湯船に体を沈める。

 温泉というわけではないが、湧き出している泉の水を沸かしたということなので、それなりに効能がありそうな気がする。


「この世界、お風呂が普通にあるのはいいですよね」


 茜も風呂に入り、湯船の縁に顎を乗せ、体を浮かぶに任せている。


「そういえば、日本も昔はお風呂に入る習慣がなかったって聞いたかも」

「そうなんですか? 日本人はいつの時代もお風呂に入ってそうですけど」

「平安時代は、貴族はそもそも入らなかったからお香の文化が発達したとか習ったよ。あと庶民が入るのはサウナ形式だったとか」

「なんか昔のヨーロッパと似てますねー」


 茜はぷかぷか浮かびながらそう言うが、茜の言う昔のヨーロッパはファンタジー小説に記されたものを指している。茜にとって、中世ヨーロッパの知識は教科書に学ぶものではなかった。


「古代ローマなんかはお風呂文化がすごかったらしいけどね」

「あー、そんなマンガも見たことありますねー。古代ローマって何世紀ごろでしたっけ?」


 茜の問いかけに、美咲は天井を見上げるようにして記憶を引っ繰り返した。


「確か紀元前8世紀頃からで、西ローマ帝国が5世紀に滅びて、東ローマ帝国が滅びたのは15世紀中頃だと思ったけど……あそこは王制や共和制、帝政とか色々と長いからどこからどこまでがテルマエの時代なのかは知らないけど」

「へぇ、ちなみに紀元前の日本ってどうなってましたっけ?」

「紀元前1万年から紀元前3世紀までは縄文時代。そこから3世紀くらいまでが弥生時代で、6世紀までが古墳時代だね」

「よく覚えてますね……私なんか、すっかり記憶のかなたですよ」

「その辺りが登場する時間もののSFを読んだからね。他の時代はほとんど覚えてないけど」

「使わない知識はどんどん風化しちゃいますよね」


 身体を回し、ちゃぷんとお湯の中で正座して、茜はそう言った。


「受験向きの考え方じゃないけど、人名や年号より、事象の繋がりとか、なんでそうなったのかは覚えておいて損はないと思うよ」

「地球の歴史なんて、使う機会ありますかね?」

「戦争のきっかけとかは理解しておけば、安全に立ち回るための指針にはなるんじゃないかな」


 戦争に向かおうとする流れを理解していれば、逃げ出すことならできるのではないかと、美咲は言った。


「そこは戦争を止めるんじゃないんですか?」

「庶民にそんなのできるわけないじゃない。逃げ出すのが精いっぱいだと思うよ」

「まあ、現実はそんなものかも知れませんけど……知識チートって難しいなぁ」


 茜はお湯をすくって顔を洗う。

 そしてその場で座ったまま、思いっきり伸びをする。


「あれ? 茜ちゃん、胸育ってる?」

「どうでしょう? 美咲先輩から貰った下着(ブラ)で問題ありませんけど」

「下着は開発しといた方がいいかもしれないね。それ以上育つと、私が呼び出せるのじゃ、サイズ合わなくなっちゃうよ」


 美咲が出せるものは美咲が買ったことがあるものに限られる。

 当然だが買ったことのないサイズでは出すことができない。


「ホックは素材開発が難しそうですし、フロントボタン式とかにすればいいんですかね?」

「呼び出したのをベースに、カップだけ改造する手もあるね」

「でもアンダーが合わなくなったらそこまでですからね。真面目に開発を考えます。この世界の下着は、ほとんど固定しないから、不安定なんですよね」

「あと、靴も心配かな。サイズが合わなくなったらこっちの世界の靴でしょ? こっちの靴って使い心地はどうなの?」


 こちらの世界の靴を履いたことのない美咲が尋ねると、茜は首を傾げた。


「覚悟していたよりはマシでした。でも、全体的に固いです。完全オーダーメイドで作った場合、合わないってことはないんですけど」


 日本製のスニーカーがへたる前に、それなりのお金を手にすることができていた茜は幸運だった。

 オーダーメイドで作れるのは一部の金持ちだけである。大半の庶民は、固くて微妙に合わない靴に、足の方を合わせながら履いているのが現実なのだ。

 木靴などは慣れなければ足を痛める可能性がある。だからといって革靴なら問題がないかと言えば、エトワクタル王国の白人種と日本人とでは、平均的な足の形からして違うため、そもそも既製品の靴では足に合わない可能性が高いのだ。

 オーダーメイドなら、足形から作るので足に合わないということもないし、材質も指定できるので、踵の部分があたって足を痛めるということもないが、出来上がりまで時間がかかるし、値段も安いものではない。


「靴はこちらで作った物に、日本製の中敷きを入れるとかで多少は改善できるかな……お父さんの靴用の中敷きを買ったことがあるから、27センチのは出せるんだよね。切って使うタイプのだったから、私たちの靴にも使えると思う」

「日本製の中敷きですか、どんなのですか?」

「消臭メインで、クッション性があるやつ」

「あー、靴下にアルコールのスプレーしとくと、匂わなくなるっておねーちゃんが言ってました。殺菌しちゃえば匂いが出なくなるそうです」

「そうなの? お父さんたちに教えてあげたいなぁ」


 風呂から出た美咲たちは、洗面台の前で髪を乾かしていた。

 宿にドライヤーは設置されていなかったため、収納魔法で出した自前のドライヤーである。


「ドライヤーは宿の受付で貸し出しとかでもいいから、置いてあるといいですよね」


 茜は美咲の後ろに立ち、その髪の毛をタオルで拭いて、ドライヤーで乾かしながらそう言った。


「そうだね。ドライヤー欲しがる人もいるかもだから、販売委託とかもありかもね」

「あー、聞いたことあります。ホテルの枕とか、タオルとか、気に入ったらフロントで売ってくれるホテルがあるとかって前に何かで見ました」

「うん。そんな感じかな。これも戻ったらメモしとかなきゃ」




 翌日、美咲は湖畔に小さい砂山に棒を立て、棒を倒さないように交互に砂を取っていく棒倒しをエリーに教え、エリーがそれに飽きると、体育の授業で習った側転と前方転回をやってみせる。

 側転や前方転回は、旅芸人でも来なければ見ることができないので、エリーは大喜びだった。そして、側転はすぐにものにして、くるくると回って楽しんでいた。


「こんなに広いんですから、何かあるといいんですけどね」

「何か思いついたら教えてね。報告に書いとくから」

「砂浜ならではの遊びと言うと、スイカ割り、ビーチバレー? あ、棒とかありますか?」

「これでいい?」


 美咲は、アイテムボックスに入れたまま存在を忘れ去っていた金剛杖を取り出して茜に渡す。


「ちょっと長いかな? こう、棒でですね、砂浜に落書きとかするのも面白いかなって」


 杖で砂に絵を描き始める茜。

 地面にはデフォルメされた猫の絵が描かれていく。


「砂に絵を描いてコンテストとか、司会がトークで盛り上げられたら面白いかもね」

「砂に描いた絵じゃ、残せないのがちょっと残念ですけど」

「消えちゃうから、ここに来ないと見ることができないっていうのもある種の売りになるかもね」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。


二巻、令和元年5月22日、発売予定です。

原稿は現時点でまだ校正中だったりします。

1巻の時もかなりのタイトロープでしたけど、本の出版って、ギリギリのスケジュールなんだなぁと改めて驚いています。

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