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211.世界が激変する

遅くなってしまい申し訳ありません。そして、その分という訳ではありませんが、少々長めです。。。。

 湖の絵を描いたエリーは、砂浜の砂を蹴散らしながら浜辺を走り回っていた。

 何もない広い砂浜である。

 ミストの町の広場よりも広い。

 そんな広いところで遊べるということを理解したエリーは、あちこち駆け回り、浜にあげられた小舟などを探検していた。桟橋は、水の上に出るのが怖いのか近付こうとはしない。


「塀を拡張して、子供用に広い公園なんかを作れると、子供たちは喜ぶかもしれないかな」


 魔物の心配をせずに済む土地は、人が作らなければ存在しない。

 それでも町に広場や公園が作られるのは、人々には祭りや催しができる空間が必要だと、町を管理する貴族たちも理解しているからである。それがあった方が、採算がよくなると言い換えてもいい。

 美咲の考える広場は、運動公園のような場所だった。

 ただひたすら広くて走り回れて、何なら球技大会なんかもできるような空間は、人口密度が低いミストの町にも存在しない。まして、ミストの町よりも狭いこの町では、そんな空間を確保するのは困難である。

 そうした事情を知らない美咲は、ミストの町の5分の1くらいの大きさの広場を作り、そこでルールに沿った球技を楽しめるようにするとよいのではないかとメモに書き記すのであった。

 また、湖畔の一部に滑り台やブランコなどの遊具を置き、子供たちが遊べるようにすることも提案してみる。

 加えて、町の中に公衆トイレの設置を提案する。

 宿で済ませてこいということかも知れないが、子供がいればそうしたことへの備えは必要である。

 美咲のメモは、主にエリーをどうやって楽しませるのか、という点に特化しつつあった。


 探検を終えたエリーは、茜が砂浜で穴を掘っているのをみて、何をしているのかと近付いていった。

 少し穴を掘ると、染み込んできた湖水が出てくる。砂は少し粗目なので、固めるのには向かないが、砂と水があればそれなりに加工はできる。

 茜は濡れた砂を使って山を作り、それを削って砦のようなものを作り始めた。

 それを見て、エリーも砂で四角い何かを作り始める。


「大きな砂場みたいな感じで遊べるのはいいね。遊びの種類を用意できるともっといいんだけど」


 砂で遊ぶエリーの姿を写真に収め、美咲はあたりを見回す。


「んー、公衆トイレと手を洗う水場が欲しいかな」


 湖畔で遊び疲れて少しぐったりしたエリーを茜が抱っこして、一行は町の中に戻る。

 宿に戻ってもよいが、稼動している店舗もある。美咲は試しに食堂のひとつに入ることにした。


「いらっしゃいませ」


 店に入ると店員に出迎えられる。

 大きな魚の彫刻を看板として使ったその店は、外はカラフルな装いだったが、内装は落ち着いていた。

 店員は茜に抱かれたエリーを見ると、ゆっくり休めそうな広めのテーブルに美咲たちを案内する。

 メニューは壁に貼られた木の板に書かれている。


「えっと、できれば色んな種類を見てみたいから、みんな別々のを注文してね。お金は経費だから私が出すよ」

「それなら、エリーは甘露煮。私は塩焼きでお願いします」


 マリアが壁のメニューを見て、注文を決める。


「そしたら、私は定食にしてみます。美咲先輩はどうします?」

「んー、小麦焼きってのにしてみようかな」


 おそらくムニエルだろうとあたりをつけた美咲は店員を呼んで注文を伝える。


 美咲は料理が出てくるまで、エリーの描いた絵を見せてもらっていた。

 今回は美咲がエリーに絵を教えた時に、描き方のひとつとして教えた手法で描かれていた。


「点描で描いたんだね」

「うん。こっちの方がきれーになると思ったの」


 エリーの絵を横から覗き込んだ茜は、印象派という名前と、日傘をさした白いドレスの女性の絵を思い出すので精いっぱいだった。

 それでもエリーが凄い絵を描いたということは理解しているので、手を伸ばしてエリーの頭を撫でる。


「んー……エリーちゃん、この絵を傭兵組合とかに飾らせてもらいたいんだけど、いいかな?」

「うん」


 完成した絵には興味のないエリーは、元気よく頷くのであった。

 最近でこそ茜が研究開発に資金を投じた色鉛筆と上質紙という名の画用紙が出回っているものの、この世界の平民が描く絵は、その多くが木炭画である。

 だから、カラフルな色鉛筆で描かれた湖の絵は間違いなく人目を引く。日本と違い、広告ポスターが存在しないこの世界であれば、色付きの広告というだけでも目立つだろうが、点描で描かれた絵は、その存在を知らなければ人々を驚かせるだろうと、美咲は思っていた。

 この世界の美術の基準は、いかに本物らしく描くかという点が評価のポイントだ。そんな中、点描で描いた絵は、遠目に見れば湖だが、近付いてじっくり見ると無数の点になる。そうした面白さも受けるのではないかと、美咲は期待していた。

 置き場所は王都の傭兵組合がよいだろう。馬車の手配を考えると、商業組合が最適なのだが、商業組合は傭兵組合よりもハードルが高い。絵が話題になったからと言って、無関係な庶民がちょっと覗いてみようということにはならない。その点、傭兵組合であれば、庶民に馴染みがある組織なので、絵を見に訪れることもできるはずである。そんなところまで考え、美咲は、自分の仕事の範疇を超えていると頭を振るのだった。


 食事は、普通に美味しかった。

 魚とパンとスープという組み合わせで、スープには小さな魚を干したものが入っていた。

 パンは美咲が日本で食べたことのあるライ麦パンによく似ていた。

 単品で考えるとどれも特筆すべきところはないのだが、セットメニューとして考えると、味のバランスがよく、食べ応えもあった。

 分量は、美咲の感覚からするとかなりの大盛である。

 平民相手なら文句が出ることはないだろう。


「あとはお土産売ってる店とかあったっけ?」

「宿の向かいにそれっぽいお店がありましたよ。開いてませんでしたけど」


 食事を終えた美咲たちが宿の向かいの店を覗いてみると、看板は出ているものの、店員の姿が見えなかった。

 店の種別は土産物専門店ではなく、土産物も扱う雑貨屋と言った雰囲気である。


「すみませーん。ちょっと覗かせてもらいますよ」


 そう声をかけると美咲は店内に入り、壁に設えられた棚の上にあるものを眺めていく。

 棚の上には、小麦や豆、塩、干し肉といった、どの町の雑貨屋にもありそうなものに加え、魚の干物と、壺に入った甘露煮のようなもの、魚の彫刻などが並んでいた。


「まあ、定番と言えば定番なのかな? 干物と甘露煮、木彫りの彫刻……コティアだと、これに加えて塩と貝殻を使った土産物があったよね」


 海辺の町に行った時のことを思い出しながら美咲が呟くと、茜は頷いた。


「そうですね……湖には貝とかいないんですかね?」

「貝やエビはいてもおかしくなさそうだけど、そういえば食堂でも出てこなかったね?」


 川海老などがいれば、干した物を土産物にしてもいいし、素揚げなどを売ってもいいだろう。

 美咲の知る限り、淡水で育つ貝の貝殻はそれほど綺麗ではないので、貝殻の加工品は難しいかも知れないが、この世界の貝が美しければよい土産物になるだろう。


「お土産は魚系ばかりですね……エリーちゃんじゃないですけど、絵師を雇って、小さな額縁の絵を売り出すのもありじゃないでしょうか?」

「日本でいう絵ハガキみたいなものかな。値段は高くなりそうだけど、売れるかもね」


 訪れる全ての人に絵心があるわけでもないし、お抱え絵師を連れ歩いているわけでもない。

 湖畔の景色を絵にして売れば、そこそこ買い手がつくかも知れないと美咲は頷いた。


「あとは……日本だと定番なのがお饅頭とかのお菓子類とキーホルダー、シャツなんかもありますね」

「お菓子系は持ち帰り用じゃなく、おやつ用にクッキーとかあるといいかもね。キーホルダーは……魚の彫刻をペンダントトップにするような感じかな? 湖とか川で綺麗な石とか取れたら、そういうのもお土産になるかもね……プリントシャツは、そもそもこの世界で見たことないんだけど。そういう技術はあるの?」

「どうでしょう? カラフルな布なら見たことありますけど、模様はほとんどが刺繍か、布を織る時に糸を変えて付けてると思います」


 茜の答えを聞き、作製に手間が掛かり過ぎるのでは土産にはならないと美咲は断念する。


「そうすると衣類は難しいね……水遊びとかで濡れた時のための替えの大きめのシャツとかが売ってると便利かもだけど、お土産って感じじゃないし」

「墨で、大きくルイスの町とか書いちゃうとか?」


 この世界にも煤と膠を用いた墨は存在しており、様々な用途に使われている。看板なども木の板に墨で描かれていることが多い。

 墨で書けば水洗いしても落ちないだろうと茜が言うと、美咲は苦笑いをした。


「それってあれだよね。大きく東京とか書かれたご当地Tシャツ的な」

「んー、まあそうですね。この世界にはそういうのありませんから、物珍しいと思うんですよね」

「ある程度数を作らないといけないから、図案はシンプルな方がいいし、珍しさで買っていく人もいそうだけど……多分、あっという間に類似品が出回ると思う」


 この世界の特許の仕組みは、魔道具開発者保護のために発達したものを基礎にしているため、魔法陣など、特殊な模様や文字を保護することはできる。しかし、ご当地シャツを保護したとしても、すぐに色々な抜け道が考え出されてしまうだろう。そうなると衣類に地名を書くというのは簡単に陳腐化してしまう。


「取り敢えず、後のことは組合長に任せて、当面使える策として地名入りシャツとか提案してみようか」

「そうですね。そもそも私たちのお仕事としては、お土産のラインナップの多い少ないを報告すれば、それでいいような気もしますからね」


 今更な茜の指摘に、美咲はまた自分が考えすぎていたと気付いた。


「そうだね。お土産としてはコティアなんかと比べると品目が足りないってことを報告しとこう……茜ちゃんは町の中を見てて、何か気付いたこととかあった?」

「道が狭いですね。その、夢の国とかだと人がたくさん歩くじゃないですか」

「あれは、夢の国の人口密度が異常なんだと思うけど……でも屋台とかも出るんだから、それなりの広さはあった方がいいか」


 ルイスの町の道幅はそれなりに広い。しかし、遊園地の通路の広さが頭にある茜には、狭いと感じられたようだ。

 仮に狭いとしても、今からでは修正は難しい部分でもある。どうしたものかと悩んだ美咲は、それでも、道いっぱいに思い思いに人が歩き回るなら、通路は広場のように広い方がいいという意見を書くことにした。


「美咲先輩。この後どうします?」

「宿に戻ろうかな……マリアさんはどうします?」

「エリーが疲れたみたいなので宿に戻ります。夕食は宿ですよね?」


 ぐったりしたエリーを抱っこしながらマリアはそう答えた。

 エリーはマリアに抱かれながら、尻尾をゆらゆらと揺らしている。尻尾以外は動かす体力がないようだ。


「それじゃ、夕食の時に食堂で。茜ちゃんはどうする?」

「ちょっと試したいことがあるので、美咲先輩、部屋に戻ったらナツを出してください」

「いいけど、何聞くの?」

「いえ、やらせたいことがあるんです」




 雑貨屋を後にした一行は、宿に戻ると、それぞれの部屋に戻った。

 当然だが、部屋にはベッドとチェスト、ローテーブルとソファくらいしかない。個室に冷蔵庫やバス、トイレを配置するには、それらのコストは高すぎるのだ。

 部屋はひとり部屋と考えるとかなり広い。美咲がこの世界に来た頃に世話になっていた青海亭と比べると、倍くらいの広さがある。

 美咲は知る由もないが、この宿の部屋はベッドをふたつ置けるように作られていた。

 必要ならベッドを追加して、収容人員を増やすという運用が想定されているのだ。

 それはさておき、茜は雑貨屋で扱っているトートバッグを持って美咲の部屋にやってきた。

 美咲はナツを取り出すと、自分はベッドの上に座り、ナツと茜が対峙できるようにした。


「さて、茜ちゃんは何をするのかな?」

「そんな大したことじゃないです。ナツってロボットみたいなものじゃないですか。だから、もしかしたら機械的な作業ができるんじゃないかと思ったんですよ」


 茜はトートバッグから二冊のスケッチブックと色鉛筆セットを取り出し、ローテーブルの上に置いた。


「ナツ、こっちの絵を、こっちのスケッチブックに転写して。道具は色鉛筆を使うこと。芯が折れたら鉛筆削りはこれね」


 一冊のスケッチブックには、エリーが描いた湖の絵。もう一冊のスケッチブックは当然白紙である。

 ナツはエリーの絵を見詰め、色鉛筆を手に取ると、白い画用紙の上に無数の点を描き始める。

 それは、一見すると絵には見えなかった。

 黄色い色鉛筆で点を書き終わったナツは、青い色鉛筆を手にして点を描き始める。

 すると、画用紙の上に湖が浮かび上がってきた。

 ナツが一色ずつ色鉛筆で点を描き写していくたび、絵は完成に近づいていく。


「一色ずつ写し取ってるんですね……人間的な描き方じゃないですけど、出来は悪くないです」

「んー、まさかナツにコピー機能があったとは……筆写もできるだろうし、コピー機として運用できるかもね」

「ゴーレムですから正確でしょうし、疲れ知らずですよね。魔石一個でどれくらい描けるんでしょうね?」

「軽作業だから、燃費はいいんじゃないかな。そうそう、ナツは日向に置いとくと、太陽電池みたいに魔素を生み出すらしいから、案外、日向で作業させたら補給いらないかもしれないよ」

「ナツが高性能だからコピーできるのか、普通のゴーレムでもコピーできるのか、ちょっと気になるところですね」

「……これは小川さんに連絡した方がよさそうな案件だね」


 美咲は女神のスマホを取り出すと、小川に電話をして、ナツが絵を複写したことを告げた。


「それでですね。普通のゴーレムにこんなこと、できると思いますか?」

『難しいと思うね。それ、正直なところ、できないでほしい』

「なんでですか?」


 ゴーレムが絵や文字を複写できるなら、活版印刷には速度で劣るが、正確な印刷システムになると思っていた美咲は首を傾げた。


『普通のゴーレムがそんな汎用性を持ってたら、世界が激変するよ』


 迷宮産の核を持たないゴーレムには、命令を柔軟に理解するだけの知能が搭載されていない。だから、そこまでの汎用性はないが、もしも普通のゴーレムにそんなことができるとなれば、他に何ができるだろうかという研究が始まる。

 そして、もしも普通のゴーレムの汎用性が高ければ、地球における産業用ロボットの普及以上の衝撃がこの世界を襲うだろう、と小川は言った。

 地球風に言えば、ロボットやAIが人間の仕事を奪うというものであるが、ゴーレムの汎用性が高いほど、その影響度は大きくなる。


「ナツ以外のゴーレムの知能が低めに設定されてるのは、そういうことの防止のためかもしれませんね」

『ああ、迷宮でゴーレムの核は、今のところナツの核しか見つかってないらしいし、もしかしたらナツは、女神様が美咲ちゃんにプレゼントしたものなのかも知れないね』

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。


活動報告に書きましたが、二巻の発売日が5/22に決まりました。

かなり頑張りましたので、お手に取っていただけると幸いです。

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