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206.ビール

 町の工事に人手が取られてしまっているからか、砦にはあまり人は残っていなかった。

 砦の見張りに話を聞くと、王都から来ている対魔物部隊と憲兵隊は、共に新しい町の建設のため、待機メンバーを除き、全員出払っているという。

 今夜の宿を借りられないかというキャシーに、見張りは、


「倉庫になっている部屋ならある」


 と答えた。

 荷物で埋まっていても、キャシーたちなら大した問題ではない。荷物を魔法で収納すればいいだけである。


「なら、僕は別の心当たりがあるから、そっちにあたってみるよ」


 小川は女神のスマホで広瀬に連絡を取ると、広瀬が借りている部屋で休ませてもらえるように調整をした。


「オガワさんも同室でも大丈夫でしたのに」

「いや、着替えの度に部屋から出るのも面倒だろうからね。それに広瀬君の部屋でなら、お酒も飲めるからね」

「食事の時には、こちらにいらしてくださいね」

「ああ、それは助かるよ」


 広瀬に聞いた部屋に向かう小川と別れた美咲たちは、倉庫になっている部屋に入り、部屋の中に積まれている箱を収納し、箒で床を綺麗に掃除する。

 倉庫になっていたとはいえ、元々は大部屋として作られた部屋である。砦の石の床の上に、一段高く木の床が敷かれており、その上である程度生活できるようになっている。

 以前ならそこにコタツを広げるところだが、季節は既に春である。

 皆、マントを床に広げ、その上に座って寛いでいる。


「美咲先輩、なんでナツ、しまっちゃったんですか?」

「屋内でゴーレムを使う習慣がないみたいだからね。何、ナツと遊びたいの?」

「違いますよー、ただ、ナツの体に興味があるんです」

「巨大なナツを作るって話?」


 美咲の問いに、茜は首を横に振った。


「いえ、蜘蛛型の背中に乗った時、手すりとかあったらいいのにって思ったので、どの辺に付けるのがいいかとか、魔法の鉄砲を手に入れて斧が余りましたけど、斧を入れておけるホルダーがあったらいいなとか、解体用のナイフを持たせたら迷宮の外では魔物の解体ができそうだけど、ナイフをどこに保持させるのがいいのかとか、そういうのが気になるんです」

「あー、うん、なるほどね。ナツに喋らせるための改造が予定されてるから、そのついでに何とかできないか、後で小川さんに相談してみよう。アイディアだけまとめておいてよ」

「ナツが話せるようになるんですか?」

「理論上はね。抑揚とかはどうしょうもないけど、片言レベルにはなると思うよ」

「……ミサキ、ゴーレムが会話できるようになるって本当?」


 横で話を聞いていたアンナがそう尋ねると、美咲は頷いた。


「うん。ナツは、はい、いいえ、分かりませんっていう決まった音だけは内部に保存してあるでしょ? ナツは文章を書くことができるから、その要領で、全部の文字の音を記録しておいて……記録した音を発するようにすれば話せるようになるって小川さんが言ってたんだ……ちなみに、ナツのゴーレムの核が迷宮産だからできることで、普通のゴーレムは、同じ仕組みを使っても話せるようにはならないらしいよ」

「……さすが、オガワ先生」

「小川さんも凄いけど、この場合、凄いのはナツの核だと思うよ。小川さんも同じ核を持ってるから、魔法協会にも話をするゴーレムが誕生するはずだけど」

「……ゴーレムが何を考えているのか、話を聞いてみたい」


 アンナがそう言うと、美咲はナツを取り出し、鉛筆とノートを取り出した。


「ナツと話してみる?」

「……どうやって?」

「他のゴーレムじゃできないらしいけど、ナツは文章を作れるからね。筆談ができるんだ」


 美咲はアンナの前にノートを置いた。


「ナツ、ノートを使って会話してください。できますか?」


 ナツは鉛筆を手に取ると、はい、と記述した。


「こうやって話ができるから、聞きたいことを聞いてみたら?」

「…………ナツは人間に使役されるのが嫌ではありませんか?」


 アンナの問いに、ナツは、「回答不能」と記述した。それを見たアンナは首を傾げ、そのまま視線を美咲の方に向けた。


「あー、ナツには何かをしたいとか、好きとか嫌いとか、そういう意識がないみたいなんだ」

「……意識がない? それならナツはなぜ人間の命令に従うのですか?」


 ナツがノートに文字を書く。


「そう決まっているから……決めたのは誰ですか?」


 立て続けに質問をするアンナに対し、ナツは静かに鉛筆を動かしていく。


「……女神様? ……女神様が決めた内容を教えて?」

「面白そうな話をしてるね。混ぜてよ」


 フェルが覗き込んできた。


「えーと、人間を傷付けず、人間の命令に従うこと……へぇ、そうなんだ」


 文字を読み上げてフェルは腕組みをして考え込んだ。


「戦争でゴーレムに石を投げて攻撃させたりはできないって聞いたことあるけど……女神様が決めた規則に従ってたんだ……ナツ、女神様は他にどんなことを決めたの?」


 ナツは、再び「回答不能」と書いた。それを見て、アンナは不思議そうな顔をする。


「……なぜ今の質問の答えが回答不能なの?」


 ナツの返事をフェルが読み上げる。


「えーと……回答してはならないと決められているから? 女神様の秘密ってことらしいね」

「……それならナツ、なぜ魔素は人の思念に従うの?」

「そのように……そのように作られているから? まあそうだよね。女神様が世界を作ったわけだし」


 アンナとナツの対談に興味はあったものの、美咲は後ろ髪を引かれつつも、厨房に向かうのだった。

 厨房には誰もいなかった。


「お昼だし、モッチーさんは建設現場の方に行ってるのかな?」


 美咲はそう呟くと、大鍋に湯を沸かし、塩を一つまみ入れると、パスタを茹で始めた。

 小さい鍋には、レトルトパックの内容物を入れ、弱火で加熱する。

 レトルトパックのまま鍋で温めているのを見られた場合、言い訳のしようもなく異様な調理風景となるが、これならば予め作り置いたものを温め直しているだけだと言い張れる。というのが美咲の考えだった。


 少し待ち、鍋からパスタを一本掬い上げると、美咲はそれを冷ましてから口に入れる。

 アルデンテではなく、少し柔らかめが美咲の好みだった。


「うん。いっかな?」


 鍋のお湯を捨て、鍋の中のパスタに加熱したパスタソースを絡める。ソースはナポリタンである。

 しっかりとかき混ぜて味を馴染ませると、美咲は大鍋と、水を入れた水差しを抱えて大部屋に戻った。


「パスタできたから各自お皿出してね。茜ちゃんテーブル替わりに木箱をひとつ出して」

「はーい。それじゃここに置きますね」


 部屋の真ん中あたりに茜が収納魔法から、元々この部屋に積まれていた大きめの木箱を取り出す。

 木箱の上に大鍋と水差しを置いた美咲は、茜に、


「小川さんに食事だって電話して。私はちょっと厨房片付けてくるから」


 と頼むと、そのまま厨房に戻って使用した調理器具を片付け、大部屋に舞い戻ると、自分の取り皿にパスタを取り分ける。


「それじゃ、全員揃いましたし、いただきましょう。感謝を」

「「「感謝を」」」


 一斉にパスタを食べ始める美咲たちを見ながら、小川は収納魔法から缶ビールを取り出すと、思念詠唱魔法で缶を冷やし、ひとりビールを飲み始めた。それに気付いたのはフェルだった。


「あ、前にミサキに貰ったお酒。しゅわしゅわするやつ」

「小川さん、昼からお酒ですか?」

「迷宮では飲めなかったんだから見逃してよ……フェル君も飲むかい?」


 小川はビールを取り出すと、缶を冷やしてフェルに手渡す。


「コップ使わずに飲むものなの?」


 ビールを受け取りながらフェルが尋ねると、小川は頷いた。


「注ぎ口は缶から直接飲むことを想定して作られてるからね。美味しく飲むなら、缶から直接だと僕は思うよ?」

「なるほど……んっく、本当だ。コップで飲むより美味しい」

「もう……みんなも飲むなら出すけど?」


 美咲が尋ねると、茜以外は全員飲んでみたいと手を挙げた。

 木箱の上に美咲がビールを出すと、小川はそれを冷やして配る。


「振らないように気を付けて持ってね。開ける時は、ここを指で引っ掛けてゆっくり持ち上げて、そうそう。後は好きなように飲んでね」


 小川の説明を聞き、フェルの缶を見ながらキャシーたちはビールの缶を開ける。

 そして、それを一口飲んだアンナは、苦い、と顔をしかめた。


「エールより泡が多い発泡飲料ってところかな。アンナ君にはコーラの方がよかったかもね」

「これは……エールのように一気に飲む種類のお酒ですわね。香りはちょっと癖がありますが、慣れれば美味しいですわ」


 キャシーはそれほど悪い印象は持たなかったようで、ぐいぐいと飲んでいく。

 ベルはエールよりもうまいと嬉しそうにしている。


「みんな、まだお昼なんだから、酔うほどは飲まないでね? 小川さんも、飲み過ぎは駄目ですよ」

「ああ、ほどほどにしておくよ。それにしても、アンナ君以外はみんな結構飲めるんだね」

「嗜みですわ」

「お酒はおいしいからね」

「俺は普通に酒好きだな」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

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