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200.好奇心

 砦の方から樹海を眺めると、森の一角が大きく切り拓かれ、かなり広い道らしきものができていた。

 まだ切り株などが残っていることと、普通の道にしては広すぎるため、道と断言がしづらいのだが、大きな穴は砂利で埋められており、歩きやすく手が入っている。


「道にしては広いですよね?」


 茜は不思議そうに首を傾げている。

 王都に続く街道の倍の広さが切り拓かれているのだ。馬車なら4台くらいが並走できる広さなのだから、その疑問もやむなしだろう。

 そんな茜にキャシーが答える。


「道と、一種の緩衝地帯ですわ」

「緩衝ってことは……魔物ですか?」

「ええ。白の樹海の中に道を通すのですから、魔物に不意打ちされないように、道幅を広くしていますの。最終的には、道にも塀を作ると聞いていますけど、まだそこまでは完成していないようですわね」

「随分と手間とお金が掛かりそうな道ですね」

「迷宮の町にはそれだけの価値がありますもの」


 そう言ってキャシーは樹海の木々の向こうに形を成し始めている町に目をやった。

 広い道は作りかけの石の塀に繋がっており、その塀は高さが十分ではないため、町の建設予定地の中まで見通せている。

 仮組の木の塀に囲まれた迷宮の門までは見通せないが、迷宮の門を守るための石造りの建物の屋根の部分は塀の向こうに見えている。

 そのことから、大量の人手と資材を一気に投入した工事が順調に進んでいるのが分かる。


「それにしても随分と小さい街ですよね」


 石塀の工事範囲を見て、茜は呟いた。

 一辺の長さがミストの町の十分の一、面積にして百分の一程度しかないのだから、茜の言葉は正しい。

 だが、迷宮の町には農業や酪農といった第一次産業や、それらを加工する第二次産業に携わる人は殆どいないし、そのための関連設備もない。基本的には外からやってくる傭兵を相手にする第三次産業のための設備と、それに携わる人々の住居さえ確保できれば、後は一部管理者の住居だけで完結してしまうのだ。だから町はとてもコンパクトにまとまっていた。

 迷宮の町が消費する生鮮食品は、そのすべてをミストの町に依存することになるが、迷宮の町はそうしてもまったく問題がないだけの富を生み出すのだ。

 それに水源の問題さえクリアできるのなら、樹海の外に農業のための町を新しく作ってもいい。

 衛星都市のひとつやふたつなら、迷宮都市の生み出す富は余裕で支え切ることができるのだ。


「迷宮の町は、小さくても十分に採算が取れますから、このサイズで問題はありませんのよ?」

「そーゆーものですか……」


 美咲は前に青の迷宮に行ったことがあり、ネルソンの町を見ていたので、キャシーの言葉を素直に納得したが、青の迷宮の町を見たことのない茜には、迷宮の町の在り方は少し不自然に見えていた。

 首を傾げる茜を他所に、一行は仮組の木の塀に作られた通用口の前まで移動した。


「小川さんは迷宮の門を見たことはあるんですか?」

「いや、初めて見るんだ。大きな門が自動で開閉しているって聞いてるけど本当なのかい?」

「本当ですよ。開いているタイミングで一緒に入るとパーティと見なされます。パーティメンバーの半分が入れ替わると、別の迷宮になるんだったかな?」

「不思議な仕組みだね。今回はふたり増えるだけだから、美咲ちゃんたちが潜ったのと同じ迷宮に繋がるのか……迷宮の仕掛けを考えると転移魔法なんだろうね」


 小川の口ぶりに、美咲は不思議そうな顔をした。


「迷宮から出る時は転移ですよ? 階層間の階段も実際には転移だと思いますし」

「うん。転移魔法は魔法として確立されてないだけで、存在はするというのが魔法協会の見解だったはずだよ。迷宮に関しては神の奇跡とする意見も少なくはないけどね」

「転移ができたら便利でしょうね」


 美咲の言葉に、小川は苦笑した。


「うーん。多分、この世界の経済が大混乱に陥るだろうね。町と町の間の距離がなくなれば、宿場町はやっていけないだろうし、流通のあり方も変化して、荷馬車の護衛の仕事もなくなるし、馬も馬車も時代遅れになるからね……これは日本でも言えるけど、新幹線以前と以降では、新幹線が止まらない駅周辺が廃れるなんてのは珍しい話じゃないからね」

「なるほど。仮に転移魔法があったとしても、その運用には慎重を期する必要があるんですね」


 美咲たちの話を背中で聞きながら、キャシーは工事が始まってから立つようになった通用門の門番に傭兵組合長から預かった封書を渡す。

 門番は、封蝋を剥がして丸められた書類を広げて内容を確認する。


「迷宮に入るのですか……期間が書かれていませんが、どれくらいのご予定ですか?」

「最低でも三日。もっと長くなるかも知れませんけれど、問題はなくて?」

「そうですね。門周りの工事は一通り終わっていますので、問題はありません。荷物が少ないようですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、収納魔法が使えますから」

「分かりました。それではお気をつけて」

「ありがとう……みんな、行きますわよ」


 キャシーたちが仮組の木の塀の通用門を潜ると、目の前に大きな石造りの建物があった。

 そして、その屋根の下にはゆっくりと開閉する迷宮の門があった。


「……なるほど、門を守るための壁と屋根は完成してますのね……戻った時の魔法陣も部屋の中になってますし、迷宮の門に限れば完成してますわね」

「ネルソンの町の青の迷宮と同じ作りだね……帰還の魔法陣の部屋には相変わらず物がないし」


 帰還の魔法陣のある部屋を覗いていたフェルが呟いた。

 美咲が部屋を覗き込むと、床に魔法陣がある部屋には、照明器具以外の調度品は置かれていなかった。


「椅子も机も何もないね」

「ああ、帰還の魔法陣の部屋に物を置かないのは、そうするように神託があったからだって、何かで読んだよ」

「オガワ先生は、神託にも詳しい」


 アンナが感心したように言うと、小川は照れくさそうに頬を掻いた。


「いや、魔法陣の転移について調べた時にね。それよりアンナ君、回復魔法の腕は上がったかい?」

「……はい。傭兵組合で、回復魔法が使える傭兵として色々な仕事をしました。もう回復魔法の発動に失敗することはありません」

「そうか。回復魔法を使える傭兵は稀少だろうから、頑張ってね。それでキャシーさん、迷宮に入る前に僕に指示しておくことはあるかな?」

「そうですわね。まずは慎重に。第一階層では魔物は出てきません。暗いだけなので落ち着いて行動してください。第二階層に入ったら、できるだけミサキさん、アカネさんから離れずに。魔物と遭遇した時は、身を守ることを最優先にしてください。そんなところですわね」

「了解したよ。それじゃ、行こうか」


 そして小川たちは迷宮の門の開閉を待ち、開いたタイミングで迷宮内に足を踏み入れた。


 迷宮の第一階層は真っ暗な迷宮である。

 光の杖に照らし出された岩の迷宮を見て、小川は、


「まるで3Dダンジョンゲームのようだね」


 と呟く。

 それを聞いて茜が大きく頷いた。


「そうなんですよ。この階層では魔物は出てきませんけど、見た目は完全にゲームのダンジョンですよね」

「昔遊んだ、魔物を倒して食料にするゲームを思い出すよ……水場とかあるのかい?」

「見たことないですね。この階層は偵察隊が作った地図で、第二階層までの最短距離を進むだけですから」

「あれ? この迷宮は、パーティによって地図が変化するって聞いたんだけど」


 魔法協会で、新しい迷宮の情報に目を通していた小川は首を捻る。


「地形は変わるみたいですけど、私たちが歩いた範囲では、迷路部分は同じみたいですよ?」


 そもそもが迷路のように見えているが、この第一階層の位置付けには諸説ある。

 単に迷路だという説もあるし、魔素の流れを整えるための施設だという説もある。過去に否定された説としては、魔物が外に出ないようにするための防衛施設だという説もあった。

 いずれにせよ、美咲たちは地図に従って坦々と進み、第二階層に続く階段の前まで移動した。


「見た目は階段だけど、途中から不自然に真っ暗になってるんだね」

「階段に足を掛けると、下の階層の階段の上の方に立ってるんですよ。不思議ですよね」


 茜の説明に頷きながら、小川は疑問を覚えた。


「階段に何か放り投げたら、人間と同じく、下の階層に出るのかな?」

「さあ、試したことありませんけど、そうなるんじゃないんですか?」

「どれ……」


 小川はウェストポーチから銅貨を取り出し、階段に放り込んだ。

 銅貨は階段に飲まれたように見えた。しかし、銅貨が地面に落ちた金属音が聞こえない。


「うん。消えたね」

「多分、第二階層に落ちてますよ」

「そうだろうけど、階段に触れていなくても転移が発動するんだね」

「オガワさん、そろそろ下の階層に下りてもいいですか?」


 小川の実験を横で眺めていたキャシーが声を掛ける。


「うん……あー、できたら、最初に下りる人は杖かなんかつきながら下りてくれないかな?」

「いいけど、なんでだ?」


 不思議そうな顔をしつつもベルが聞く。


「うん。階段を棒で突いたら、棒と一緒にそれを持ってる人も第二階層に移動するんじゃないかと思ってね」

「剣でよければやってみるけどさ。賢者様は面白いことを気にするんだな?」

「転移を見たり経験する機会はそうそうないからね。魔法協会でも実際に迷宮に潜った経験がある人間は少ないと思うから、できるだけ色々調べておきたいんだ。手間を取らせて悪いけど、よろしく頼むよ」


 小川の言葉に頷いたベルは、剣を鞘ごと引き抜き、杖のように階段についた。

 すると、剣が階段の一段目に触れるのと同時にベルの姿が消えた。


「なるほど……面白い実験ですね」


 美咲は収納魔法にしまっていたナイロンロープを取り出す。


「……ベルが戻ってきませんから続きますわよ。ミサキさんとフェル、お願いします」

「それじゃ行こうか」

「あ、フェル、私もちょっと実験したい」

「何するの?」

「こうするんだよ」


 美咲はナイロンロープの端をしっかりと握ると、ナイロンロープの反対側の端を階段に投げ入れた。


「それで?」

「あれ? おかしいな……予想だと、これで私は二階に下りると思ってたのに」

「いいから行くよ。ほら」


 フェルは首を傾げる美咲の手を引いて、階段に足を掛けた。

 と、階段の一段目に足を掛けた訳でもないのに、美咲とフェルの姿が消えた。

 続いて茜と小川が階段に足を掛ける。

 キャシー以外の姿が消えた迷宮の中、キャシーはひとり呟いた。


「賢者と言われるだけあって、さすがの好奇心ですけれど、これは先が思いやられますわね」


 そしてキャシーも第二階層に下り、第一階層は暗闇に沈むのだった。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

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― 新着の感想 ―
[一言] >魔物を倒して食料にするゲーム Dungeon Masterは補助ツールを組むくらいにはやりこんだなぁ。懐かしい。
[気になる点] >「うーん。多分、この世界の経済が大混乱に陥るだろうね。町と町の間の距離がなくなれば、宿場町はやっていけないだろうし、流通のあり方も変化して、荷馬車の護衛の仕事もなくなるし、馬も馬車も…
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