20.美咲の装備
傭兵組合を出た美咲は、道端でマン・ゴーシュを外し、左手で抜ける様に装備しなおした。
主武装はないが魔法使いの武器は魔法である。近接戦になった時に盾としても武器としても使えるマン・ゴーシュを装備している。と考えれば主武装なしもありなのかもしれない。美咲には魔法は使えないという致命的な問題はあるが。
取り敢えず見た目を整えた美咲は防具屋を目指した。
シェリーに教えてもらった通り武具屋の向かいに確かに防具屋はあった。
店頭に何種類かの鎧や盾を飾ってはいるが、ほぼ全てが見本である。
特に鎧はオーダーメイドかセミオーダーになる。金属鎧等は体に合わせて各部を組直し、場合によっては成形しなおさなければ、着ている内に体を痛める事になる。
当然、革鎧でも各部のサイズ調整は必須である、が。
「ほう、この鎧なら調整なしで行けるな」
という事も稀に発生する。
「黒い革鎧? なんか悪役っぽいなぁ」
革を硬化処理した革鎧だが、要所に金属板の補強がされている。
「そうかい? でも、その黒いブーツには似合ってるぜ」
太ももまでを覆った革鎧と、膝下までのブーツには殆ど違和感がなかった。
「あー、言われてみればそうですね」
「しかしこれを着ると、太腿まで覆われるからズボンが半分隠れちまうな。良いのかい? 青いズボンの魔素使いさんよ」
どうやら美咲の事は知られていたようだ。
「……むしろ望むところです」
◇◆◇◆◇
「へえ、見た目は随分まともになったわね」
装備を整えた美咲は、フェルに見せびらかしに広場に来ていた。
「……フェルも私の装備がおかしいって気付いてたんだ」
恨みがましい目でフェルを睨む美咲にフェルは肩をすくめて見せる。
「趣味だと思ってたの。だって一度でも抜いてみればおかしいって気付くでしょ?」
左手を保護するための大きなフィンガーガードが付いた左手用短剣である。
右手で抜こうとすればフィンガーガードが邪魔になる。
戦闘を想定して抜いてみればおかしいと気付く、筈である。普通ならば。
美咲も宿の部屋でこっそり短剣を引き抜いて構えてみたりした事はあるが、おかしいと気付かなかった。否、気付けなかった。
フィンガーガードの形状が左手を守るように作られているという事に。
「……教えてくれれば良かったのに」
「……本当に気付いてなかったのね」
フェルは苦笑し、美咲の全身を見直す。
「まあ、大体は大丈夫。本当は同じ店で対になるレイピアを買った方が恰好が付くんだけどね。あ、その腰に付けている袋は腰の右にして、マン・ゴーシュをもう少し左に回した方が良いと思うよ、剣を腰の後ろに付けるならね」
美咲はウェストポーチを右側に回してマン・ゴーシュを少し左側に寄せる。マン・ゴーシュの柄に左手を乗せてみる。
更にマン・ゴーシュをカチャカチャと抜き差ししてみせる。
「なるほど。抜きやすいかも」
「でしょうね。右側に付けて順手で抜く人の方が多いと思うけど、美咲の場合腰の後ろの方が安定するんでしょ?」
「そう、だね」
美咲は体を捻って腰の裏を確認した。
アタックザックが邪魔であまり見えなかったが、少なくとも前よりも使いやすくなったように見える。
「革鎧も悪くないね。革のグローブとブーツともあってる。でもそっか、ミサキってまともな戦闘経験がないんだよね?」
「なぜそれを」
「見れば分かるって」
フェルはそう言って笑った。
「で、でも一人で白狼を倒したことはあるんだよ。一頭だけだけど」
樹海の中で撃退した白い犬。額に目の様な物があったが、それが魔物の証であると今は理解出来ている。
「どうやって倒したの? ミサキは魔法は使えないんだよね?」
「包丁でこう、サクサクっと」
「いや、無理だから。魔剣でもないと白狼には刺さらないから。まあ、それはそれとして、明日、暇?」
「午後からなら暇だけど?」
最近のミサキ食堂は、たいてい午前中に30食が捌けている。午前中は忙しいが、その分、午後は暇を持て余して……いや、広場での人間観察に費やしている。
「よし、狩りに行こう。角兎ならそんなに危なくないし」
「狩り? いや、無理無理」
パタパタと手を振る美咲。
白狼以前、美咲は虫以外の生き物を殺したことはなかった。
しかも兎ともなれば愛玩動物という感覚が強い。
「角兎くらいは狩れる様になっておかないと、指名依頼来た時に困ると思うけど?」
「そういう物?」
「そういう物。魔物なんて角兎よりもずっと強いんだから。訓練だよ。指名依頼が来た時のための。実際に狩るのは私がするから、一緒に来て見学してなよ」
実際問題、狩りの一つもした事がない者が魔物退治に参加しても出来る事は限られる。
狩りの場での動き方一つとっても、美咲は知らないのだ。
それが戦い方でも、逃げ方でも、身の隠し方でも。
木の上に登って体を固定して包丁をばら撒く。それも戦い方であり逃げ方だが、それだけで毎回通用する訳がない。
「訓練……練習は必要かな。うん、分かった、明日はお願いね」
◇◆◇◆◇
翌日、樹海側の門の前で待ち合わせた美咲とフェルは町の外に出た。
今日のフェルは、ローブを着ておらず、革鎧に弓矢を持っている。
町から少し離れた所で美咲たちは道を外れ、草原に足を踏み入れた。
この辺りには木々は殆どない。道以外は膝位の高さの草が生えている。
暫く歩いたところでフェルがしゃがみ込み、美咲にもしゃがむ様に指示した。
「ミサキ、あっちに角兎がいるの、わかる?」
フェルが指さす方を見て美咲は首を傾げた。
草原しか見えない。
「どの辺?」
「あの、ちょっと背の高い草が生えてるところ、そこの右側」
フェルが言った辺りを見ても、美咲には何かが居るようには見えなかった。
「んー、ちょっと待ってね」
フェルは弓を構え、矢をつがえ、ゆっくりと弓を引く。ふいに弦が鳴り、少し先の方で
「キュウ」
と声が聞こえた。
「当たったみたいね。見に行ってみよう」
美咲たちの潜んでいた辺りから20メートル程離れた場所で黒っぽい角兎は息絶えていた。
フェルが、ここ、と指差すまで、美咲は角兎がどこにいるのかまったく分からなかった。
フェルの射った矢は角兎の首を射抜いていた。
「どうやって見分けたの?」
「最終的には慣れ。でも、草が不自然に動いていたから。で、これは収納魔法でしまうね」
フェルは矢を抜いて兎を消した。
「収納魔法ってどういう理屈なの?」
「魔力で空間を切り離してその空間に物を置くんだけどね。分かる?」
フェルの説明に美咲は首を傾げた。
そもそも魔素と魔力の違いが分からなかった。
「ちょっと想像出来ないかな。それで次はどうしよう?」
「ちょっと待ってね。暫く、ここでしゃがんで周囲を警戒……あー、あの辺、怪しいかな」
フェルが指さす方を見る。
確かに時折草が揺れている。
だが、角兎らしい生き物の姿は見えなかった。
「草が動いているのは分かる」
「上出来。季節が良かったね。今の時期はまだ草が育ち切ってないから、角兎が動くと草も揺れるんだ。草が育ち切ると草の下に獣道が出来ちゃって草も揺れなくなるんだけど」
「そうなったらどうやって見つけるの?」
「探すのは無理。追い込むか、巣を探す事になるかな。角兎まで魔素のライン、引ける?」
言われて美咲は目を凝らす。
揺れている草の下の付近に何かいるような気がする。
「やってみる……魔素のライン」
「胴体か……氷礫!」
美咲が引いた魔素のラインに沿って白い何かが飛んでいく。それは角兎の胴体に直撃し、瞬時に凍り付いた。
距離は15メートル程だっただろうか。
フェルと美咲は角兎を回収する。
収納魔法で角兎をしまい、フェルは問い掛けた。
「さて、狩りをしてみてどうだった?」
「どうって?」
「指名依頼が来た時、受けられそう?」
「多分大丈夫。最初は可哀そうって思ったけど、狩れた時は嬉しかったし」
フェルはほっとしたように息を吐いた。
「良かったよ、町に住んでる人の中には狩りを嫌う人もいるからね。さて、目的は達成したけどどうする?」
取り敢えず、ではあるが狩りの経験を積む事は出来た。
午後から狩りに出ているし、町から結構離れてしまっている。そろそろ帰らないと日のある内に町に戻れないかもしれない。
「んー、暗くなると怖いから、今日はもう帰ろうか。フェル、今日はありがとう」
「どういたしまして、指名依頼の準備みたいなものだし気にしないで」
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