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197.アキ

 小川の言葉を聞いた美咲は、少し考えるように天井を見上げた。


「ナツの核が欲しいのなら、呼び出せると思いますけど? 核は、一緒に迷宮に潜ったみんなから買い取ってますし」

「そういえば、女神のスマホも、番号が同じになるけど呼べるって言ってたね……それなら、核と一緒にナツの頭部ユニットとボディも頼めるかな。ナツのボディの金額は、後で呼び出してもらうから、銅貨一枚でいいよ」

「分かりました。それじゃ1ラタグです」


 美咲は小川に銅貨を渡すと、ベッドの上にナツのボディと頭部ユニットを呼び出し、更にゴーレムの核を呼び出した。


「おお、ちゃんと出てきたね。これで核がナツと別個体という認識を持ってくれればいいんだけど」

「同一個体って認識する可能性もあるんですか?」

「ネットワークに繋がった端末と仮定すると、シリアルコードが同じなら、うまく動かない可能性もあるからね……よし、と」


 小川は美咲が呼び出した頭部ユニットを開いて、そこにゴーレムの核をセットする。そして、その頭部を持ち上げ、目を合わせて挨拶をする。


「えーと、僕の名前は小川。僕の言葉が理解できたら右のフレキシブルアームを挙げて」


 小川の言葉に、その右のフレキシブルアームが挙がった。


「それじゃ、君の個体名はなんていうのかな? ナツなら右手を、それ以外なら左手を、分からなければ両手を挙げて」


 両方のフレキシブルアームを挙げるのを見て、小川は安堵の息をはいた。


「ナツとは別個体ってことになりますね。体に接続してあげないんですか?」

「そうだね。取り付けようか」


 小川は下部の蓋を開け、ボディの首の部分に頭部をセットする。


「えーと……どうしようかな。君の個体名はこれからはアキとする。アキ、これから君には色々な人が質問をすると思う。それに対して、音声で返事をする場合は、はいなら右足の小指を曲げる。いいえなら左足の小指、分かりませんなら右手の小指を曲げること。いいね?」

「はい」

「夏の次だから秋ですか……私もひとのこと言えませんけど、もう少し捻りましょうよ。それにしても、音声は別パターンが欲しいですね。ナツと混同しちゃいそうです」

「アキは魔法協会に持ち帰って研究するつもりだから、この先、ナツと並ぶことはないと思うけど、男の声と女の声の音声パックをそれぞれ用意して、どちらのパックを使うかを選択できるようにしておくのも面白そうだ。パック単位の選択なら、1ビットで事足りるし……美咲ちゃん、他に気付いたこととかないかな?」


 小川の質問に、美咲は腕を組んで考え込む。

 ナツに対する一番の不満は、こっくりさんのようにしなければ対話ができなかったことだが、それは小川によって解消される見込みである。少し考えてから、美咲は一つだけ気になる点があるのを思い出した。


「ナツが言葉を話せるようになれば、不満はありませんけど……そうだ、スリープモードとかできませんか?」

「スリープモード? 魔素の節約ということかな? なら、待機モードがあるけど」

「あ、あるんですね? それじゃ、待機モードじゃないときはどこかに電源ランプみたいな感じで灯りを点けましょうよ」

「なるほど、目の部分でも光らせるかい?」


 小川はそう言って笑った。


「カメラを光らせたら、視界が悪くなりそうですけど」

「確かにそうだね」

「でも、起動中の目印として灯りを点けるのは分かりやすいですよね」

「灯りの魔道具を小型化してどこかに付けるか。どこがいい?」


 美咲はナツの全身を眺めながら、各部位が光っている様子を想像してみた。


「目立つところがいいですよね。胸の辺りか、額の辺りとか?」

「それなら額かな……灯りの魔道具の小さいのを埋め込むか……細工なしだし白になるけど、色の希望はあるかい?」

「それなら緑がいいです。直視しても眩しくないくらいに……灯りの魔道具って色を変えられるんですか?」

「いや、白いのを色付きの魔石でカバーをするだけだから、あんまり期待しないでね」

「はい、それで、ナツの待機モードってどうやるんですか?」

「ああ、簡単だよ。ナツ、待機状態に移行しなさい」


 小川の命令を聞いたナツは、その場でしゃがみこんで動きを止めた。


「何でしゃがんだんですか?」

「一応、直立状態で魔素が尽きたとしても倒れにくいように作っているけど、体重100キロの岩の人形が倒れ込んできたら危ないからね……ちなみにこの状態になると、ナツの五感で生きているのは聴覚だけ。魔素の消費量は激減する」

「へぇ……ということは、起動も音声入力ですか?」


 聴覚が生きているという小川の言葉に、美咲はそう予想した。


「そうだよ。ナツ、待機状態を解除しなさい」


 小川の命令で、ナツは再び直立した。


「なるほど、ナツ、体が完成したわけですけど、これでお掃除はできますか?」

「いいえ」

「ナツはお料理はできますか?」

「いいえ」

「ナツはお洗濯はできますか?」

「いいえ」

「美咲ちゃん、ゴーレムに何を期待してるの?」


 小川は少し呆れたような口調でそう尋ねた。


「いえ、体があるんだから、家事を代行してもらえないかと思ったんですけど」

「教えれば覚えるとは思うけどね。基本的にゴーレムっていうのは建築用だから、最初から家事関連をインストールされていたりはしないんじゃないかな」

「なるほど……ナツ、ついてきなさい」


 美咲はナツを伴って厨房に下りた。


「ナツ、これがお湯を沸かすための鍋です。お湯を沸かすように指示されたら、このお湯の魔道具を使って鍋の8分目までお湯を注いで蓋をして、コンロの魔道具……こちらに乗せて、このスイッチを回しなさい。えっと、お湯が沸騰するのは知っていますか?」

「はい」

「それじゃ、お湯が沸騰したら、コンロの魔道具を停止して、お湯を沸かすように指示した人間を呼びなさい。えっと、覚えた?」

「はい」


 美咲は、鍋とコンロの魔道具を使って、ナツに一通りの操作を教え込む。


「あー、美咲ちゃん、ゴーレムにお湯の沸かし方を教えてどうするんだい?」

「この世界にはポットがないんですよ。だから、お湯が必要になったら沸かさないと手に入らないんです。それを自動化できないかと思いまして」

「あー、保温水筒とかも呼べないのかい?」

「小さいのなら呼べますけど、来客時にお茶を出すのに使えるほどの大きさじゃないんです」


 これです、と美咲は500mlペットボトルほどの細いステンレスの水筒を呼び出して小川に見せた。


「あー、なるほどね。コップ二杯分か。ちょっと足りないね」


 美咲たちが厨房でそんな話をしていると、階段の方からガタガタッという音が聞こえてきた。

 美咲が振り向くと、階段のところからエリーが恐る恐るといった雰囲気で美咲たちのことを眺めている。


「あ、エリーちゃん。ちょうどよかった、マリアさんいる?」

「いる」

「ちょっと呼んできてくれるかな?」

「うん」


 美咲は、いったんお湯を捨て、鍋を収納場所に戻すと、ナツにお湯を沸かすように命令を出した。

 ナツが鍋にお湯を沸かし始めた頃、二階からマリアとエリーが降りてきた。


「ミサキさんどうかしましたか?」

「あ、うん。こっちの人は小川さん。私と茜ちゃんの同郷の人で王都の魔法協会と通信省で働いてる人。何日かミサキ食堂に泊まることになったから……えっと、空き部屋使ってもらうので、紹介しておきたくて」

「小川です。よろしくお願いします」

「マリアです。ミサキ食堂で住み込みで働いています。こちらは娘のエリーです。見ての通り狐人です」

「ミサキおねーちゃん。そっちのシマシマの人はだぁれ?」


 エリーはマリアの後ろに隠れるようにしながらナツのことを観察していた。


「ゴーレムのナツ。仲良くしてね? 今、お湯の沸かし方を教えてるところ。ほら、前にじゃんけんして遊んだゴーレムに体ができたんだよ」

「こんな小型のゴーレムなんて初めて見ました。それにお湯を沸かすゴーレムも」


 マリアは不思議そうにナツの後頭部を見上げる。


「普通は建築用なんだってね。ナツは頭がいいから教えたら色々覚えるみたい」


 エリーは慎重にナツに近付くと、ナツの足をツンツンと突き始めるが、ナツは無反応にじっと鍋を見ている。


「エリーちゃん、ナツはお湯を沸かしてるところだから触っちゃだめだよ」

「……はーい」

「オガワさんはミストの町で何をされるんですか?」

「ああ、同型のゴーレムが手に入ったから、そんなに長期滞在はしないつもりだけど、ちょっとナツの研究をしたくてね」


 アキがナツと同じ性能を持つのなら、小川がミストの町に滞在し続ける理由はないが、小川は、美咲と茜のもとで少し成長したナツにも興味があった。

 アキがナツと同型だとしても、ナツのように育つとは限らない。


「さて、それじゃ今日は小川さんもいることだし、何か美味しい物を作りましょうか」

「それならカツ丼が食べたいな」

「カツ丼ですか?」

「うん。ロバートも作れるけど、卵が半熟じゃないんだよ。ロバートのは」


 この世界には生の卵を食べる習慣はない。

 マヨネーズの普及で変わってくるかもしれないが、生卵は危ないものなので、しっかりと火を通してから食べるのが常識なのだ。こちらの世界の人々にとっての半熟卵というのは、日本人の感覚だと、生焼けの豚肉に近いだろう。

 だから料理人ならしっかり火を通すし、毒になると思っているものを出したりはしない。


「卵半熟ですね……味付けは濃縮蕎麦つゆですけど、いいですか?」

「ああ、それは構わない。日本では結構好きだったんだけど、こっちだと中々食べる機会がなくてね」

「それじゃ、できたら呼びます」

「よろしくね、僕はアキと話をしてるかな」


 小川が振り向くと、足元にエリーがしゃがんで、小川のズボンの裾を摘まんでいた。


「何かな?」

「おじちゃん、ミサキおねーちゃんのお友達?」

「うん、そうだよ。エリーちゃんだったね。よろしくね」

「うん!」


 エリーは元気に返事をすると、そのままパタパタと走り去り、二階に上がっていった。


「おやおや、中々かわいい子だね」

「エリーちゃんは、私と茜ちゃんの大事な妹分なんだから、あげませんよ」


いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 勝手に「馬」のようなゴーレムの形体になるのかと思ってただけに「蜘蛛」になったのは正直怖かったです。
[良い点] SF成分がやや薄めな気もしますが、楽しい物語です。 [気になる点] その1 >「えーと……どうしようかな。君の個体名はこれからはアキとする。アキ、これから君には色々な人が質問をすると思う。…
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