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196.ナツの知識

今回、いつもの倍くらいになってしまいました。。。

「こんにちはー」


 小川と話した数日後の夕刻、ミサキ食堂に小川がやってきた。

 一階に美咲と茜の姿は見えない。

 美咲たちの代わりに出てきたエリーは、見慣れぬ来客に若干警戒の色を見せる。


「えーと、エリーちゃんだよね。美咲ちゃんから聞いてるよ。僕は小川って言うんだけど美咲ちゃんはいないかい?」

「……おじちゃん、おねーちゃんのお友達?」

「あー、まあそうだね。美咲ちゃん、今日ならいるって言ってたんだけどな……」

「おねーちゃん、ちょっとお向かいさんに行くって言ってたの」

「お向かいさん?」


 振り返った小川の視線の先に、雑貨屋アカネの看板が出ていた。


「なるほど。それじゃ、雑貨屋さんに行ってみるよ。教えてくれてありがとね」

「うん!」




 雑貨屋アカネでは、美咲が商品の陳列について、茜の相談に乗っていた。


「……それでここにカゴに乗せて商品を陳列しようと思ってるんですよ」

「それだと、下の商品取るのに邪魔じゃない?」

「あー、なるほど、そしたらですねぇ」


 そこに、玄関を開けて小川が入ってきた。


「お邪魔するよ。美咲ちゃんに茜ちゃん」

「あれ? おじさん、もう着いたんですか?」

「もうそんな時間でしたか」

「今日は道が空いてたみたいでね、ちょっと早めに到着したんだよ。で、ミサキ食堂でエリーちゃんに聞いてこっちに来たんだ」


 小川の説明を聞き、なるほどと納得する美咲。茜はその横で、お留守番できるなんて、エリーちゃん、天才。と感極まっている。


「僕はあんまり獣人と付き合いがないんだけど、利発そうな娘だよね。エリーちゃん」

「魔法協会とか通信省にはいないんですか?」

「魔法協会には少ないね。種族の特徴として、獣人はあんまり魔法に向いてないらしいんだ。通信省も、魔法協会から人員を異動したから、獣人は殆どいないね……ところで、ナツはどこだい?」

「あー、ミサキ食堂です。茜ちゃん、戻ってもいいかな?」

「はい、ありがとーございました。私はもう少し陳列を弄ってから戻りますねー」


 美咲は、茜に声を掛けると、小川を伴ってミサキ食堂に戻った。

 ミサキ食堂の玄関からその様子を窺っていたエリーは、美咲が小川を連れ帰るのを見て、バタバタと部屋に戻っていく。どうにも小川は、エリーに警戒され続けているようである。


「私の部屋だと狭いですから、空き部屋で待っててください」

「ああ、えーと、こっちかな?」


 小川はネームプレートのない部屋に入る。

 以前広瀬と一緒に来た時に、小川が使っていた部屋である。


「さて、ナツのボディを出しておこうかね」


 小川はベッドの上に、アイテムボックスからナツの体を取り出した。

 サイズは頭部なしの状態で150センチほど。

 二足歩行型で、体の表面は丸みを帯びているが、かなりゴツゴツしている。肩に棘のないザ○に似ているのは、小川の趣味なのかもしれない。

 色は白地に黒の縞模様。虎のゴーレムを彷彿とさせるカラーリングである。

 首の部分には銀色の金具があり、そこにナツの頭を固定できるようになっている。


「お待たせしましたー……大きいですね」


 ボディを見た美咲の最初の感想はそれだった。


「美咲ちゃんのオーダーに高いところに手が届くっていうのがあったからね。僕と同じくらいの身長だよ……ナツのセットの仕方を教えるよ」

「あ、はい」

「首の下部に蓋があるからそれをスライドさせて、その穴に、体の首の部分にある出っ張りを差し込んで……そうそう、ナツの箱の部分が胴体に埋まるように……それでこの部分を回して固定して」


 小川の説明を聞き、その通りにナツをセットする美咲。

 頭部が体に固定されると、ナツの頭部のフレキシブルアームが手を繋ぐように動く。


「よし、フレキシブルアームの収納もできてるね。ナツ、動作チェック。右手を上に、左手を上に、右膝を立てて、左膝を立てる。手足を戻したらベッドから下りて……うん、右足だけあげて片足立ち。直立待機状態で待機」


 小川の言葉に従ってナツは手足を動かし、ベッドから床に降り立った。

 そして最後は直立した状態で全身から力を抜く。


「へぇ……それでナツは話せるようになったんですか?」

「あー、とりあえず、はいといいえ、分かりませんだけは答えられるようにしてあるけど……ナツ、音声で返事をする場合は、はいなら右足の小指を曲げる。いいえなら左足の小指、分かりませんなら右手の小指を曲げること。理解したかい?」

「はい」


 落ち着いた感じの男性の声がそう返事をした。


「おー……しゃべりましたね。これって誰の声なんですか? てゆーか足の小指?」

「声は魔法協会の僕の助手に頼んだ。ナツの足には指は3本しかないんだ。残りの指は体内に仕込んであって、こういうその他の作業を行うためのスイッチにしているんだよ。手の指も4本にしたから、6ビットの信号を作れる。この世界の文字なら全部表現できるから、音声合成の仕組みができたら、話ができるようになるよ」

「二進数ですね? 6ビットだと、1、2、4、8、16、32、64だから63種類の信号を作れるってことですね……音声合成って、できるんですか?」

「この世界の文字は表音文字だからね。文字に相当する音を出すだけの仕組みなら、手間は掛かるけど難しくはないよ」


 こともなげに小川はそう答えた。

 基本的には信号がオンになったら決まった音を出すだけの簡単な仕組みである。個別に作るとなると、文字数と同じだけの仕組みが必要になるため、それらを小型化してナツの胴体に収めるのが手間なだけと小川は笑った。


「それができたらナツともっと簡単に話ができますね。よかったねナツ」

「わかりません」

「うーん。自我がないと話せるから嬉しいってならないのかぁ……小川さん、ナツ以外のゴーレムにはこの機能、搭載しないんですか?」

「んー、それがね。他のゴーレムは言語を理解しているけど、それを言語化していないみたいなんだ」


 魔法協会が管理するゴーレムに対して、はい、いいえで回答できる質問をすると、ゴーレムはそれなりに返事をしたが、美咲がやったようなこっくりさんもどきでは、はい、いいえ、わかりません、以外の回答をゴーレムは行えなかったのだ。

 だからこそ、小川はナツの知能を確認するという目的もあってミストの町に来たのだと言った。


「ナツの核はアーティファクトですからねぇ。そういえば、この体を作ってるマイクロマシンもアーティファクトかもしれないって言ってましたね……そうか、茜ちゃんに鑑定してもらえば何か分かるかも知れませんね」

「なるほど、その手があったね。それはそれとして、ちょっとここだと狭いから、庭に行かないかい?」

「庭ですか? なんででしょう?」

「フォームチェンジだよ。ナツの体は六本足に人間の上半身という形にも変形できるからね。ちゃんと機能するか確認しておきたいんだ」


 小川に促され、美咲とナツは連れ立って、部屋から出た。

 ナツは階段も難なく降りることができた。

 ナツの足が階段の板を踏む、カチカチという固い音だけが響く。


「なんというか、もっとこう、アクチュエーターの音とかないんですか? そもそも、ナツってどうやって動いてるんですか?」

「ものすごく大雑把に言ってしまうと、虫とか蟹に近いね。外骨格で筋肉的な部分があるという意味でね」

「なるほど……ところでナツってどれくらいの重量なんでしょうか?」

「ざっと……100キロくらいかな。割と空洞が多いから、材質と大きさの割に軽いんだ」


 庭に出た小川は、十分な広さがあると確認すると、ナツに向かって命令をした。


「ナツ。変形、蜘蛛型」


 ナツの下半身が溶けるように蜘蛛の胴体のような形に変形する。ただし足の数は6本である。蜘蛛の頭の部分にナツの上半身が乗っている。

 丸みを帯びた胴体に6本脚。足の先は爪のようになっていて、何かにしがみつくこともできそうである。


「ナツ、その場で右旋回。一回転」


 ナツがクルリとその場で回転する。

 動きは実にスムーズだが、地面にはナツの爪痕が深く刻まれている。


「沼地とかだと、沈んじゃいそうですね」

「この型は、荷を運ぶのに適してるからね。沼地とかを走行するようには作られていないよ。人間もふたりくらいまでなら乗せられると思うよ」

「馬車以上に振動が厳しそうなんですけど」

「いやいや、6本も足があるからね、振動はほとんどないはずだよ。まあ、魔素消費が結構多いだろうから、普段使いの乗り物には不向きだろうけど。ナツ、直進し、壁の手前でこちらへ戻ってきて壁の手前まで」


 小川の命令に従い、ナツは庭を端から端まで往復する。

 丸みを帯びた胴体と、人間の上半身だけ見ていると、まるで滑っているかのような錯覚を覚える。


「よさそうだね。ナツ。変形、人型」


 蜘蛛の胴体部分が溶けるように歪み、二足歩行の足に変化する。


「ナツ、そこで膝の屈伸運動を三回」


 命令通り屈伸運動をするナツを満足そうに眺める小川。


「うん。変形もスムーズだし、変形後も問題なさそうだね。さて、美咲ちゃん、ちょっとナツと話をさせてもらってもいいかな?」

「構いませんよ。中に戻りましょう。ナツ、付いてきて」


 美咲はナツを先導して先ほどの空き部屋に戻った。

 そして、小川が入ってきたのを確認すると、ちょっと待っていてくださいと退室し、こっくりさんもどきの紙を持ってきた。

 その紙を、机の上に置き、美咲は首を傾げる。


「ナツ? あなたは文字を書けるのかな?」

「はい」

「なら、こっちの方がいいかな」


 大学ノートとボールペンを呼び出した美咲は、それを机の上に置く。


「ナツ、小川さんが質問するから、はい、いいえ、分かりません以外の回答は、このペンで、こっちのノートに返事を書くこと。できるよね?」

「はい」

「それじゃ小川さん、どうぞ」

「あ、ああ。それじゃナツ。その体に不具合はあるかい?」

「いいえ」

「その身体について、何か要望はないかな?」

「わかりません」

「ナツは何を記憶し、何を記憶しないのか、教えてもらえるかな?」


 小川の質問に、ナツはペンをとった。

 そして、ノートに文字を書き始める。


【入力した全てを記憶する。一定期間経過後、重要度が低いと判断されたものは、概要のみ記憶しなおす】

「なるほどね。ナツには、何か優先命令はあるかい? 人間を攻撃できないというようなものが他にもあれば、教えてほしいんだけど」

【人間の行動を学ぶこと】

「その目的をナツは知っているかい?」

「いいえ」


 ナツの答えに、小川は首を捻った。


「目的を知らずに学ぶのは難しそうだね。これもまた女神様の命令ってことになるのかな?」

「ナツはもしかしたら色々な情報を得るためのゴーレムなのかも知れませんね。ナツが情報を集めて、それをゴーレムの核じゃないどこかに保存して、他のゴーレムたちがバージョンアップしていくとか」

「美咲ちゃんの話を聞いていると、ゴーレムがネットワークに接続された端末みたく思えてくるよ」

「実際、端末じゃないですか。言葉とか優先命令を女神様がどこかに保存して、それを読み取って動いてるんですから。他のゴーレムが会話できなかったのは、そのネットワークの中でも、使える領域が狭かったってことじゃないかと思うんですよ」

「ナツ、そうなのかい?」

「わかりません」


 その後も、小川とナツの会話は続いた。

 美咲は途中でお茶を淹れに厨房に下りたが、お茶を淹れて戻っても小川の質問は続いていた。


「ナツの体は細かな粒で構成されているけど、ナツはそれを、制御用の魔石を介さずに制御できるかい?」

「はい」

「つまりナツは、その体を構成する粒の正体を知っているんだね?」

「はい」

「それはアーティファクトかい?」

「はい」

「凄いな……ナツがアクセスできるネットワークにはアーティファクトの情報も含まれているのか……そうだナツ、その体にある黒い縞模様は何のためにあるのか、知っているかい?」

「はい」

「……何のためにあるか、教えてくれるかな?」

【太陽光を僅かな魔素に変換する仕組みに必要。生み出された魔素は接続された魔石に貯えられる】

「太陽電池の魔素版か……なるほどね。虎のゴーレムが魔素補給なしで動いていたのはこれが理由だったのか……ナツはその体で、魔素を生み出せるのかな?」

「はい」

「ということはナツも日の光さえあれば、魔素補給なしで活動できるのか……凄いな」


 それこそが、虎のゴーレム発見当時、魔法協会が知りたがっていた情報だった。

 魔素補給を受けずに虎のゴーレムが長年稼動し続けていた謎の正体である。これが解明されれば様々な魔道具が大きく変化する可能性を秘めていた。

 まさに大発見である。

 虎のゴーレムを作った魔法使いがそこまで理解していたのかは、今となっては確認する方法がないが、虎のゴーレムは実際に何十年も稼動し続けていた。

 一日あたりの稼動時間は短かったようだが、それでも晴れている日に毎日少しずつ砂浜を広げ続け、湖畔は砂で埋め尽くされた。虎のゴーレムには大した知能はなかったと考えられるが、もしもナツ並みのゴーレムの核を用意できたなら、人員配置なしで複雑な建造物を時間をかけて作り上げるようなこともできるだろう。

 マイクロマシンを建材に使えるのであれば、更にその効率は向上する。

 そして、もしもマイクロマシンを建材に使えるのであれば、建物そのものが、光に当たって魔素を生み出すようになるのだ。地球でも太陽電池を屋根に乗せた家があったが、その魔素版のようなものである。それを魔石にため込み、住人の生活に供することができれば、家に固定されるような、例えば照明、コンロ、冷蔵庫の魔道具に関しては、魔素補充が不要となる可能性もある。


「そうだ。ナツ。ナツは、その体を材料にして、魔素を通す線を作れるのかな?」

「はい」

「……もはや何でもありか。それは聖銀と同じ物を作れるということでいいのかな?」

「いいえ」

「聖銀ではない、魔素を通す線……それはいったいどういうものなんだい?」

【魔素を通す線。白い部分と黒い部分を一定の割合で混合すると魔素をよく伝導する】

「はぁ……聖銀のような性質を持つ石材みたいなものなのかな? そうするとナツ、その体の中には聖銀を使った命令伝達系があるんだけど、それなしでも同じように動けるってこと?」

【聖銀の方が伝達速度が速い。聖銀の伝達系を失えば、動きは遅くなる】

「へぇ……虎のゴーレムの頭部に聖銀の伝達系が組み込まれていたのは、それが理由かな。それとも作成者はそこまでマイクロマシンのことを知らなかったのか……ナツ、マイクロマシンの材料に聖銀を混ぜたら、聖銀の伝達系を作ることは可能かな?」

「はい」

「魔素を伝達しない物質も作れるのかな?」

「はい」

「魔剣のようなものを作れるってことか。石材だから使い勝手は悪そうだけど」


 小川は大きなため息をついた。

 ナツにより、様々な事柄が明らかになった。少なくともナツは、アーティファクトに関しては茜の鑑定並みの知識を持っていると判明した。だから、もっと色々なことを聞かなければならないと小川は思った。


「美咲ちゃん、ナツを魔法協会預かりにさせてもらえたりは……」

「それは駄目です。ナツはうちの子ですから」

「んー、そしたら、しばらく泊めさせてもらってもいいかな。ナツにはもっと色々教えてもらいたいんだ」

「それは構いませんけど……それじゃ、あとでマリアさんとエリーに紹介しますね」

「それと、もしもこの先、ナツのと同じゴーレムの核を手に入れたら譲ってほしい。この世界の百科事典だよ。ナツは」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。

大変申し訳ありませんが、今週は更新が滞りそうです。

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