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195.ディープブルー

 数日後、グリンを交えてマリア先生によるイノブタ解体教室が開かれた。

 観客はエリーである。


 鈍器で殴って意識を失わせ、吊り上げたイノブタの胸の辺りを切り裂き、頸動脈を切って失血死させ、内臓を取り出し、牙を抜き、毛皮を剥ぎ、枝肉にする過程で、美咲も茜も、精神的に色々削られたが、解体そのものは比較的順調に行われた。

 毛皮は穴だらけなうえ、付着する脂肪もかなり分厚く、到底売り物にはなりそうになかったが、全員、それなりに上達はしているとマリアがお墨付きを出した。

 内臓は傷を付けることなく綺麗に取り出せていたし、枝肉になれば、多少の傷があっても食べる分には問題ない。もっとも、美咲からしたら、せめて部分肉になっていなければ、そこから肉を切り取るのにも一苦労となるのだが。

 内臓の可食部分と、枝肉から比較的大きな後ろ脚一本を切り取ってグリンにお土産に持たせたところで解体教室は解散となった。


「なんか、洗っても洗っても血の匂いが取れません」


 茜が、自分の腕の匂いを嗅ぎながらそんなことを言う。


「ちゃんと着替えたのにね。帰ったらお風呂に入ろう」


 美咲も自分の肩のあたりの匂いを嗅いで不快そうに鼻に皺を寄せた。

 マリアはそんなふたりの姿を見て苦笑した。


「それは鼻の中に匂いが染み付いてるんです。帰ったらぬるま湯で鼻の中までしっかり洗ってくださいね」

「鼻の中を洗うんですか? 痛そうです」

「それにしても、こんな調子で本番でも解体できるのかな?」

「おふたりとも、筋はよかったですよ。後は慣れですよ」


 エリーの手を引いて歩きながらマリアがそう言うのを聞き、茜は疲れたように溜息を吐いた。


「慣れるほどの回数、解体とかしないで済めばいいんですけど」

「それはアカネさんがどういう傭兵になるかによりますね。魔物を相手にするなら、迷宮でない限り、どうしたって解体は付いて回りますからね」

「茜ちゃんの場合、傭兵しなくても生きていけるじゃない」


 茜ならばリバーシと魔道具各種だけで十分に食べていけるだけの収入がある。

 解体以前に、傭兵でいる必要すらないのだ。

 だがそれは、美咲にも言えることだった。


「それを言ったら、美咲先輩だって、食堂があるんですから、傭兵に拘る必要ありませんよね?」

「そこはほら、赤の傭兵になっちゃった以上は、ある程度、こういうのもできないと傭兵の恥さらしって呼ばれかねないからね」

「んー、Sランクになってもそれでゴールってわけじゃないんですね」

「あの、ミサキさん、赤の傭兵に求められるものについて勘違いしていますよ」


 マリアがポツリとそう言った。


「えーと、常識全般と傭兵としての能力じゃないんですか?」

「赤の傭兵に求められているのは攻撃力です。敵を倒せる能力が一番大事です。少なくとも、赤以外の傭兵たちはそう考えています」

「解体とか、そういうのはできなくてもいいと?」

「敵を倒せるなら解体なんてできなくても構いません。極論ですが他の傭兵に任せればいいんです」


 マリアのシンプルな意見に、美咲は腕組みをして考え込んだ。


「まあ、傭兵ですから攻撃力は大事でしょうけれど、そんなに単純でいいんですか?」

「強い傭兵が味方にいてくれるっていうのは、とても大きな力になるんですよ。何かあっても赤の傭兵がいてくれるって思えれば、実力以上の力で戦えたりもしますから」


 なるほど、と美咲は頷いた。だがそれはそれとして、


「それでも、解体とかを誰かに任せっ放しにするのは抵抗があるんですよね」

「それはいいことですが、赤だから何でもできなきゃいけないという考え方は危ないですよ。赤だからって、剣の腕や弓の腕が必要と言われたら、ミサキさんだって困りますよね?」

「それは……確かにそうですね。それじゃほどほどを目指すことにします」




 その数日後、茜が美咲の部屋のドアをノックした。


「美咲先輩、完成しましたよー」

「茜ちゃん? とりあえず入って……それで何が完成したって?」

「チェスです。そうだナツ」


 茜は、机の上のナツに声を掛けた。


「これ、チェスっていうゲームだけど、ルール分かる?」


 いいえ、と答えるナツに、茜はそれならと、一枚の紙を見せる。


「これがルールだから、覚えてね?」


 ナツに紙を渡した茜は、ナツの前の対話用の紙をどかし、そこにチェスボードを置き、駒を並べ始める。


「あー、茜ちゃん? 何してるのかは……まあ大体分かるけど、それって、意味あるの?」

「ナツがどれくらい賢いかを調べるのにはいいんじゃないかと」

「ナツが勝った場合、茜ちゃんが弱いのか、ナツが強いのかが分からないと思うんだけど」


 美咲の言葉に、駒を並べていた茜が固まった。

 茜のチェスの腕は初心者である。チェスの普及のためのルールをまとめたことで、ルールには詳しくなったが、定跡を知っている訳ではない。美咲に至ってはルールすら怪しい。

 もしもナツが勝ったとしても、その相手が美咲たちでは判断基準にならないということに気付いた茜は、それでも駒を並べる手を動かし始めた。


「とりあえず、万が一私たちに負けるようなら、ナツは賢くないってことで」

「ナツは教えたことを記憶して理解して対応できるんだから、最初のうちはともかく、後になるほど強くなっていくと思うけどね」

「学習能力はそこそこあるということですか?」


 茜はナツのフレキシブルアームを握って上下に動かし、これが握手だよ、と教え込む。


「二回目からは紙を使った会話をしなさいと命じなくても、自分から紙を指差して返事する程度には賢いよ? 犬よりも頭がいいんじゃないかな?」

「うーん、見た感じは無骨な大昔の映画に出てくるロボットっぽいんですけどね。もっと可愛ければ愛玩ロボットになれるかもしれないのに」

「デザインは20世紀のSFをモデルにしたからね……愛玩ロボって、茜ちゃんだったらほしい?」

「えーと、本当に賢くて、愛嬌があるなら欲しいかもですけど」

「ゴーレムの標準部品に、猫耳や尻尾はなさそうだけどね……あ、前に倒した虎のゴーレムの核があれば、猫型ゴーレムを作れたかも知れないのか」


 標準部品という言葉に、ナツのフレキシブルアームが僅かに反応したように見えた美咲は、ナツを持ちあげ、その目をまっすぐに見つめた。


「ナツ、ゴーレムの標準部品について、何か言いたいことがあるの?」


 持ち上げられ、文字を書いた紙に手が届かないナツは、その場でバタバタと両方のフレキシブルアームを動かしてから左手をあげた。


「これは、いいえってことかな。そうだよね。自意識がないんだから、自分から発言するはずないんだし」


 そんなナツに、横から茜が覗き込んで質問をした。


「ナツ、尻尾の標準部品の設計ってわかる?」


 茜の質問にナツは右手をあげた。


「……尻尾の標準部品なんてあるんだ」

「ちょっと待ってくださいね……えーと」


 茜は女神のスマホを取り出すと、小川に電話を掛けた。


「あ、おじさん。ゴーレムに尻尾の標準部品なんてありますか?」

『なんだい藪から棒に。ゴーレムの標準部品に尻尾? ああ、獣型ゴーレムの体重移動補助用の尻尾ならあるけどそれがどうかしたのかい?』

「ナツが尻尾の標準部品の設計が分かるって言ってるんですよ。それで、もしも魔法協会にその設計がなければ、ナツの記憶の中から出力できないかなぁって思ったんですけど」

『へぇ……ゴーレムに標準部品についての知識があるというのは面白いね。また女神様関連なんだろうけど……そうだ、茜ちゃん、美咲ちゃんに伝言を頼めるかな?』

「目の前にいるから代わりますね」


 茜から女神のスマホを受け取った美咲は、電話に出た。


「美咲です。小川さん、お元気でしたか?」

『ああ、元気だよ。ナツの調子はよさそうだね。数日中にナツの体を傭兵組合経由で届けるよって伝えたかったんだ』

「もうできたんですか? 随分と早いですね」

『虎のゴーレムのボディを作っていたマイクロマシンを使ったからね。これは凄い技術だよ。ゴーレム以外にも応用が利かないか、調査中なんだ』

「ゴーレム以外に応用って、どういう方面ですか?」

『主に建築方面に応用できないかを調査中。もしも応用ができたら面白いことになるよ』


 砂などを材料に、その場で石材を作れるようになれば、工事のしやすさは格段によくなる、石材を運び込むのが難しい場所に石造りの建造物を作ることができるなら、工法から変化するだろうと小川は興奮気味に語った。


「そうですか……ところで今茜ちゃんがナツにチェスのルールを覚えさせようとしてるんですけど」

『へえ……でも、ゴーレムにルールを教えるのは大変じゃないかい?』

「茜ちゃんが作った説明書を読ませたんですよ」

『ナツは文字を理解できるのかい? 魔法協会のゴーレムで実験した限り、ゴーレムは複雑な命令は理解できないし、文字も読めないみたいだったけど』

「ナツの核は迷宮産ですから、ナツが特殊個体なのかもしれませんね。こっちではナツに文字を指差してもらって会話できるようになったんですよ?」

『それは興味深いね……時間が取れたら、ナツの体を運ぶついでに、ミストの町に行こうかな』

「来るのが決まったら連絡くださいね」


 通話を切り、女神のスマホを茜に返そうと振り向くと、茜はナツとチェスをしていた。

 ナツがゆっくりと駒を動かすと、茜は楽しそうに参謀の駒を動かし、


「ナツ、チェックメイトだよ」


 と宣言した。

 ナツは、チェックメイトが理解できないのか、両手をあげてパタパタ振っている。

 茜はナツの将軍の逃げ道を指差しながら解説する。


「こっちに逃げたら魔法使いにやられるでしょ? こっちに行くと騎兵、で、こっちは砦。で、逃げないと参謀に取られちゃうから、チェックメイト成立してるでしょ?」


 茜の説明を聞き、ナツが右手を挙げた。


「というわけで美咲先輩、ナツはルールは理解できたみたいですけど、強さは初心者レベルです」

「んー、でも、回数をこなしたら強くなるかもね。ナツは学習していくみたいだから」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。


サブタイトルのディープブルーは、20世紀末に世界チャンピオンを破ったIBM社製のチェス専用コンピュータの名前です。

ナツはそこまで到達できないでしょうけれどw

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