194.傭兵組合にて
翌日、ミサキ食堂の住人は連れ立って傭兵組合に向かった。
魔物溢れの報酬を受け取るためである。
エリーはマリアと茜の間で、ふたりの手を握ってニコニコしている。
「報酬ってどれくらいになるんですか?」
茜の問いに、マリアは首を傾げた。
「魔物の素材を売ったお金の半額が傭兵組合の雑費に充てられます。残りを魔物を倒した人が、倒した魔物に応じた額を受け取って、その残りを参加した人が山分けですね」
「魔物を誰が倒したのかなんて、分かるものなんですか?」
「塀の上に傭兵組合の人がいて、誰がどれだけ倒したのかを数えてますし、魔石から魔物の総数ははっきりと分かりますから、そう大きく違ってることはありませんよ」
「なるほど」
「なるほどー」
エリーが茜の真似をする。
エリーの手を握っている茜は、そんなエリーを見て身悶える。
「あー、可愛いなぁ、もう!」
エリーは不思議そうにそんな茜の顔を見上げるのだった。
傭兵組合の中は、掲示板の前に数人の傭兵がたむろしているくらいで、それほど混雑はしていなかった。
総合受付窓口の前に立つと、珍しくシェリーではなく、美咲の父親程のくたびれた雰囲気の男性がやってくる。
「傭兵組合へようこそ。ディランです」
「えーと、美咲です。昨日の報酬を受け取りに来たんですけど」
「はい、それでは、こちらにお名前をご記入ください」
渡されたのはたくさんの名前が並んだ藁半紙だった。
その末尾に名前を書いた美咲は、茜とマリアに場所を譲る。
全員の名前を確認したディランは、窓口の後ろの席にいた女性に紙を手渡すと、美咲たちの方に向き直った。
「少々お待ちください。今、確認しておりますので」
待つことしばし、組合の女性が小さな皮袋が乗ったトレイを持ってきて、ディランに手渡した。
「えーと、こちらが、マリアさん。こちらがアカネさんで、こちらがミサキさんの分です。ご確認ください」
それぞれが皮袋を取り、中身を確認する。
美咲と茜には、それが多いか少ないかの判断はできなかったが、とりあえずマリアの真似をして頷く。
「それではご協力ありがとうございました。ご用件は以上でしょうか?」
「あ、ちょっと教えてほしいんですけど」
美咲は前に出て、そう言った。
「はい、何でしょうか?」
「あの、魔物の解体とかの勉強会とか、講習みたいなものってないでしょうか?」
「勉強会、講習ですか? ……そうですね、そうしましたら、相談窓口の方でご相談ください」
「あ、はい」
「ミサキさん、魔物の解体の勉強をしたいんですか?」
マリアの問いに美咲は頷く。
「魔石は取れるようになったけど、毛皮を剥ぎ取ったり、爪や牙を抜くのって、やり方が分からなくて……」
「腕利きの魔法使いには、そういう人も少なくないですよ?」
「そういうものなんですか?」
「魔法使いはできるだけ魔素回復に努めてもらわないと戦力低下に繋がりますからね。倒すまでが仕事で、倒した後は前衛職に任せるって人も結構いますね」
赤に昇格する際の試験で魔物の解体について触れられなかったのは、それが理由かと美咲は納得した。
解体を他者に任せてもいいのであれば、その技能は必須ではないのだろう。
だがそれでも、フェルたちができることを、自分だけできないままでいることに美咲は抵抗があった。
「それでもできるようになっておきたいので、お話を聞いてきます」
相談窓口にはディランと同年代の女性が待っていた。
「えーっと、教えていただきたいのですけど」
「はい、傭兵組合へようこそ。アンバーです。話は聞こえてましたけど、解体の仕方を勉強したいんですか?」
「はい。傭兵組合でそういうのを教えるようなことってしてないんでしょうか?」
アンバーは、手元の紙の束に目を落とした。
「解体は年に二回だけ講習会を開いています。解体の次回予定は……四カ月後ですけど、参加されますか?」
「どんなことをするんですか?」
「家畜を魔物に見立てて解体する練習です。血抜きして皮を剥いで、内臓を取り出して、肉を切り分けるって感じです。なので、講師は精肉業を専門にしている傭兵がやったりしますね」
なるほど、と美咲は頷く。
確かに解体の教材にいちいち本物の魔物を用意するのは難しいだろう。血抜きから学ぶとなれば、鮮度も重要となる。そうなると生きた魔物が理想的だが、そんなものを用意するのは不可能に近い。
「その講習って、何人くらい参加するんですか?」
「んー、ここだけの話、あんまり人気がないんですよね。ほとんどの人は先輩に習うから。だから開催回数も少ないんですよ」
「あの、ミサキさん」
美咲の後ろで話を聞いていたマリアが口を挟んできた。
「ミストの町には王都に加工肉を送る関係で屠殺場があるんですけど、そこで一頭買い取って、解体を教えてもらうという方法がありますよ。簡単なコツ程度なら私も教えられますし」
「なるほど、家畜で練習するなら、そういう方法でもいいんですね」
「素人が解体したものは売り物にならないので、一頭買い取りになっちゃいますけどね」
「その方向で考えてみようかな……あ、というわけで教えてくださってありがとうございました」
美咲が受付にそう告げると、アンバーは目を細めて微笑んだ。
「いえ、それではご相談は解決しましたね? また何かありましたら、お越しください」
「はい、お時間を頂き、ありがとうございました」
「美咲先輩、私も解体の練習に参加してもいいですか?」
「無理しない方がいいと思うんだけど。解体できなくても赤に昇格はできるんだし」
「それはそうなんですけど……でもやってみたいです」
美咲の話を聞くまで、茜は解体の仕方を学ぶつもりはなかったのだが、美咲ひとりが学んだ場合、今後、美咲にばかり苦労を掛けることになってしまうのでは、と考えを変えたのだ。
「そ? なら無理には止めないけど」
「大丈夫です。頑張ります」
心配そうな美咲に茜は笑顔でそう返した。
「それにしても、ちょっと勿体ないですね」
「勿体ないって何がですか?」
マリアが人差し指を顎に当てて何かを考えている。
その横で、エリーはマリアの真似をしていた。
「……可愛いなぁ」
「いえ、多分、家畜はイノブタを使うことになると思うんですけど、練習するのがふたりだけというのは、ちょっと勿体ないかな、と思いまして……一頭丸ごとじゃお肉も多すぎますし」
マリアの意見に、美咲は納得したように頷いた。
「あーなるほど……でも解体できない知り合いはいないんですよね」
解体の練習が必要な傭兵に、美咲は心当たりがなかった。アンナもベルもキャシーもフェルも、みんな解体ができるのだ。
他に誰かいないかと考え込む美咲に、茜が声をあげた。
「あの、それなら、グリンもいいですか?」
「え? グリン、傭兵になったの?」
「あ、まだです。防具とか揃えてからって言ってますんで。でも、傭兵を目指すなら解体できた方がいいでしょうし、お肉は孤児院に持ってってもらえばいいかなって思って」
「アカネさん、グリンって、雑貨屋で働いている子ですよね? たまにアカネさんに在庫の報告とかしに来る」
マリアの問いに茜は頷く。
「そうです。グリンは戦える傭兵になるのが夢みたいなので、解体は経験しておいてもいいと思うんですよね」
「それじゃ、茜ちゃん、グリンにも声かけておいてね」
「はい」
「それでは練習するのは三人ですね? 講師は私でいいですか?」
美咲はマリアに向かって頷きを返した。
「あ、でも私たちが解体で留守にするんじゃ、その間、エリーちゃんはどうしますか?」
「そうですね……いい機会だからエリーにも解体を見学させておこうと思います」
「大丈夫ですか?」
主に情操教育的な意味合いで美咲がそう尋ねると、マリアは、自分も子供のころから親が解体をするのを見ていたと答えた。
「血が怖いとか、そういうのは大丈夫ですか? その、お肉が食べられなくなっちゃったりとか」
「私たち狐人は狩りが得意な種族ですからね。そういう心配はないと思いますよ。エリーももっと小さい頃に小鳥とか獲ってきたことありますし」
美咲たちがそんな話をしている横で、エリーはニコニコと笑顔で美咲たちを見上げていた。
自室に戻った美咲は、女神のスマホを取り出すと広瀬に電話をかけた。
『美咲か。珍しいな』
「今、電話しても大丈夫ですか?」
『ああ、休憩中だし平気だ』
「えーと、昨日の魔物溢れ、大丈夫でしたか?」
『ああ、ちょっとは怪我人も出たが、小川さんの回復の魔道具で治せるレベルだったし、大したことはないぞ。それが用件か?』
「あ、いえ、えーと、聞きたいことがあるんですけど、モッチーさんて、枝肉渡したら、それをお料理できたりしますか?」
美咲の唐突な質問に、広瀬は少し考えてから返事をした。
『……ああ、王都では枝肉を買ってたからな。それがどうかしたのか?』
「ええと、今度、解体の練習するので、枝肉が手に入りそうなんですけど、そっちに行くタイミングで渡せないかなって思いまして」
『なんだ、また砦に来るのか?』
「しばらくは行く予定はありませんけど、まあ、アイテムボックスに入れとけば腐りませんから」
『昨日の魔物溢れで、対魔物部隊は、もうしばらくここに駐屯することになったから、正直補給は助かるよ』
「それじゃ、今度そっちに行くときはお肉と、あと、お酒とか持って行きますね」
『おう、よろしく頼む。完成してたら、チェスも何セットか寄付してくれるとありがたいと茜にも伝えてくれ』
「分かりました。それではまた」
美咲は電話を切り、枝肉の処理の当てができたことでほっと溜息を吐いた。
家畜を解体して枝肉が手に入ったとしても、美咲はそれを調理する自信がなかったのだ。
かといって、命を奪って得た肉を、アイテムボックスの削除機能で消してしまうことにも抵抗があった。
モッチーに預ければ、対魔物部隊の食事として、余すところなく利用してくれるだろうという思い付きから広瀬に電話をしてみたのだが、思いの外うまく転がったようだ。
「あとは……ナツ」
ナツははいを指差す。
「ナツって、体があったら魔物や動物の解体はできる?」
はい、と答えるナツに美咲は、少し考え込んだ。
「解体の練習とかしなくても、解体の知識はあるってこと?」
またしてもナツは、はい、と答える。
「解体の知識は神様に貰ったの?」
回答不能と答えるナツに、いいえではない以上、実質、はいと同じだよね。と美咲は呟いた。
様々な常識や専門知識を、ゴーレムは生まれながらに持っているようだ。それが神様由来の知識であるなら、実はゴーレムの知識は、とても広くて深いものではないだろうか、と美咲は想像した。
だから、
「ナツ、量子テレポートって分かる?」
美咲はこの世界ではまだ知られていないだろう概念を口にしてみた。
それに対してナツは、いいえと答えるのだった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。