191.普通の魔物溢れ
ナツとの会話を楽しんだ美咲は、小川に、ナツの胴体の作成を正式に依頼した。
虎のゴーレムの技術で、可変にすることができるということなので、6本脚に人間の上半身を付けた型と、人間型の2種類にフォームチェンジできるようにする予定だ。
なお、6本脚にした場合、頭部に付けたフレキシブルアームは使用できなくなるとのことだ。小川曰く、核から制御可能な本数を超えてしまうとのこと。6本脚にする場合は、フレキシブルアームは後頭部に回して、そこで繋いでおくことにした。
「このアームがなくなったらお話しするのが大変になりますね」
「話せるようにできればいいんだけどね。ゴーレムに言葉を話させるパーツっていうのは、作られてないんだ。固定音声を再生させるくらいならできるかも知れないけど」
「できたら、胴体にその機能を付加してください。あと、胴体が完成したら、ゴーレムの登録っていうのをお願いします」
「まあ、音声については試してみるよ。はいといいえ、分かりません、の3パターンくらいを再生できれば、今日の会話くらいはできるわけだしね。登録についてもやっておこう……おっと、忘れるところだった」
小川は木の箱の中から小さな箱を取り出し、蓋を開けた。中に粉のようなものが入っていた。
「何ですか? それ」
「ナツのフレキシブルアームの修理部品、かな? 壊れたら、この砂を壊れた場所に馴染ませると、それだけで直るから」
「どういう仕組みなんですか?」
「フレキシブルアームを構成するのはナノマシン、までは小さくないけど、かなり細かい多機能マシン……せいぜい、マイクロマシンかな。虎のゴーレムの技術で作られてるんだけど、まあマイクロマシンでいいか。そのマイクロマシンはケイ素とかを与えておくと、欠損部分を自動的に修復するんだ。これはその修復に必要なケイ素と鉄なんかの混合パウダー。本当に高性能なマイクロマシンでね、決められた信号を送ると増殖もするし、任意の形状にも変化する。魔素伝達もできる優れものなんだ。虎のゴーレムを作った人は、多分、天才だったんだろうね。僕らには地球の科学知識があるから理解できるけど、この世界の人にはこれはオーパーツだよ」
「マイクロマシンですか……ああ、だから」
美咲は、吹き飛ばした虎のゴーレムの足が、瞬時に復元されたのを思い出した。復元後の虎のゴーレムは一回り小さくなっていたように見えたが、それは、全身のマイクロマシンを足の復元に使ったからだったのかと納得した。
あの時、足を失った虎のゴーレムは一度丸い石のように変化して、そこから一回り小さな虎の形に戻った。丸まることで残ったマイクロマシンの量を計り、適切な大きさの虎の形状にフォームチェンジしたのだろう、と推測した美咲は溜息をついた。
「はぁ……地球でも実現できないような技術が実現されてるんですね。驚きです」
「まあ、この技術自体がアーティファクトな可能性もあるけどね。それを理解して使いこなすだけでも大したものだとは思うけど」
「ですよね……あれ? そんなすごい技術を私のゴーレムなんかに使っちゃって大丈夫なんですか?」
「ああ、それは大丈夫」
小川はそう言って苦笑した。
「この研究って僕のチームがやってることだから、文句を言われたら実証実験のひとつだって答えるよ」
虎のゴーレムの事件の後、虎の頭部だけを何とか入手した魔法協会は、その研究を小川以外の研究者に任せていたのだが、ナノマシンの概念すらない研究者にその正体が分かるはずもなく、最終的に小川のところまで回ってきたのだ。
ナノマシンの知識がある小川にしても、マイクロマシンの発見は偶然だった。入手した虎のゴーレムの頭部に強引にゴーレムの核を繋げ、それが傷まないように砂を敷き詰めた箱の中に保存したところ、翌日には頭部のサイズが目に見えて大きくなり、砂が減っていたのだ。そこから幾つかの実証実験を経て、小川は、虎のゴーレムを構成する岩が細かな砂の集合体であり、砂そのものが自身をコピーする能力を持ち、また、首の根元に埋まっていた魔石によって形をある程度自在に変化させられるということを突き止めたのだ。
小川の研究はほぼ最終段階に至っていたが、魔法協会が一番知りたがっていた、なぜ虎のゴーレムが長期間、魔素の補充なしで動作していたのかという点については謎のままだった。
「それにしても、フレキシブルアームも白黒の虎模様なんですね。虎のゴーレムがベースだからでしょうか?」
美咲はそう言いながら、ナツのフレキシブルアームを両手で持って、上下に軽く動かした。
「ああ、それは自然にそうなっちゃうんだ。何か意味があるのかもしれないけど、まだ研究中」
「色を変えられるなら、胴体は真っ白にしてくださいね」
「ああ、できるようならそうする。材料の砂の配合を変えて、色が変化するか試してみるよ。おっと、そろそろいい時間だね。僕はお暇するよ」
「はい、それじゃ、胴体ができたら電話ください」
翌早朝、美咲はナツをアイテムボックスにしまい、王都を出立した。
昼休憩の少し後、美咲の乗った馬車は、ミストの町と、湖畔に建設中の町との分岐路の付近で停車した。
「どうしました?」
美咲が馭者に声を掛けると、馭者は、
「いえ、道が塞がっちゃってるんですわ」
と返事をした。
美咲は馬車の扉を開き、半身を乗り出して道の先の方を見ると、湖畔の町に向かう馬車が、分岐路の付近にあふれていた。
ミストの町と王都の間を繋ぐ街道は、王都に大量の食糧を運び、ほぼ空荷の馬車がミストの町に戻るため、ほとんどの場所は馬車が二台すれ違えるほどの広さがあった。分岐路付近は湖畔の町の開発が開始されてから整備されたが、それなりに広く作られており、そうそう馬車が詰まるような構造ではない。
「何かあったんでしょうか?」
「湖畔の町の開拓も一段落したって話だから、移住者かも知れませんね。こりゃ、しばらくは立ち往生ですわ。あんまり遠くに行かないなら、下りててもいいですよ?」
「いえ……外は寒いので乗ってます」
美咲は馬車の中に戻って扉を閉めると、ダウンジャケットに包まりながら、呼び出した紙パックの紅茶を飲んだ。
そして女神のスマホを取り出すと、神殿で撮影した復活祭の写真をのんびりと眺めるのだった。
「そういえば、私の写真って撮ってないなぁ」
女神のスマホには今のところ、テレビ電話の機能はないとされているが、内側にもカメラが付いている。
美咲はそれを使い、狭い馬車の中で姿勢を工夫して自撮りを始めるのだった。
そんなことをしていると、不意に女神のスマホが着信音を奏でだした。
画面にはゴードンと名前が出ている。
「はい、美咲です」
『ゴードンだ。美咲か?』
「そうですけど、私に電話なんて珍しいですね」
『緊急だ、今からすぐに傭兵組合に来られるか?』
「あー、今、王都からミストに向かってるところなので、すぐにはちょっと」
『そうか。分かった、戻り次第連絡をくれ』
「それでいったい何が……って、切れちゃってるし……ま、いいか」
馬車が動き始めたのは、それから30分ほどが経過してからだった。
美咲がミストの町に到着したのは、空が茜色から紺色に変化し始めた頃だった。
「お客さん、門がしまってますぜ」
「え? 王都側の門って、結構遅くまで開けてると思ったんですけど」
夜中になれば閉門するが、王都から戻ってくる馬車を受け入れるため、普段なら王都側の門は日が暮れてから1時間程度は開けている。
「魔物でも出たのかも知れません。お客さん、魔物が出たら頼みますよ」
「はい、任せてください。大抵の魔物は一撃ですから」
馭者の言葉に、美咲は真剣な声でそう答えた。
美咲は馬車の乗客であると同時に、馬車の護衛でもある。そういう契約で箱馬車を借りているのだ。
美咲の乗った馬車が北門に近付くと、門はゆっくりと開き、馬車が通過するなり音を立てて閉じられた。
塀の内側では、傭兵が槍などを抱えて走り回っていた。
「何かあったのかな?」
町の中はすっかり暗くなっていた。
馬車を降りた美咲が、暗いミサキ食堂の中に入ると、二階からパタパタと足音が聞こえてくる。
「おねーちゃん、おかえりなさーい!」
「エリーちゃんただいまー!」
タックルしてくるエリーを受け止めた美咲は、跪いてエリーと目を合わせた。
「お出迎えありがとう。皆は中だよね?」
「おでかけしてるの。エリーはお留守番」
マリアと茜が揃ってエリーを置いて出ていると聞いて、美咲は首を傾げた。
ふたりが揃って出かけるような理由が思いつかなかったのだ。
「偉いねぇ。それでふたりとも、どこに行ったのかな?」
「よーへーくみあい!」
「へぇ……」
不穏なものを感じる美咲の首に、エリーは抱きついてくる。
美咲はエリーを抱っこすると、食堂の灯りを点けて厨房に入る。
「エリーちゃん、ご飯は食べた?」
「うん! パンとお肉!」
「そっか……」
取り敢えず、エリーの食事の心配はいらないと判断した美咲は、女神のスマホを取り出し、茜に電話を掛けた。
「もしもし、茜ちゃん? 今帰ってきたんだけど。エリーちゃんがひとりでお留守番してたんだけど何があったの?」
『あ、はい。ちょっと魔物溢れで、私とマリアさんは召集されちゃったんです』
「マリアさんて、まだ傭兵のままだったんだ。それで魔物って何?」
『白狼とかです。っと、アブソリュートゼロ!』
「って、茜ちゃん、戦ってる最中だった? ごめんね、邪魔しちゃって」
『大丈夫です。塀の上から魔法で狙い撃ちにしてるだけですから。魔素のラインは使えませんけど、私の魔法は射程が普通の倍くらいですし、魔法の弓や魔法の鉄砲もありますからね。もうほとんど終わりです。おにーさんからも連絡ありましたけど、砦の方はもっと凄いらしいですよ』
「えっと、私も行った方がいい?」
美咲がそう尋ねると、エリーは美咲の足にしがみついてきた。
美咲は、エリーの頭を撫でながら茜の返事を待った。
『大丈夫だと思います。一応、美咲先輩が戻ってることは、組合には伝えておきますね』
「あ、ゴードンさんに連絡しろって言われてたから自分で連絡するよ」
『了解です』
「それじゃ気を付けてね」
『はーい』
電話を切った美咲は椅子に座り、エリーを膝に乗せると、今度はゴードンに電話を掛ける。
『俺だ。ミサキか? 戻ったのか?』
「ええ、今食堂にいます。茜ちゃんから魔物溢れだって聞きましたけど」
『ああ、白の樹海の開拓で魔物を刺激しすぎたんだろうな。何種類か樹海から出てきたんだ』
「複数種類ですか? 珍しいですね」
『そうでもないぞ。普通の魔物溢れってのは、大抵が何種類か混じってたもんだ』
美咲が知っている魔物溢れは一種類の魔物が森から出てくるものだったが、過去の魔物溢れは、複数の魔物が森から溢れ出て、弱肉強食の戦いをしつつ、人間の領域に迫ってくるものなのだとゴードンは言った。
『それで、今から塀の方に来れるか?』
「えーっと、それは、傭兵の義務って奴ですか?」
『ああ、魔物溢れだからな……何か問題があるのか?』
「えーっとですね。私が出掛けるとミサキ食堂に小さい子がひとりになっちゃうんです」
『あー、分かった。それならちょっと待て、シェリー! 誰かミサキ食堂に子守に向かわせろ!』
「ゴードンさん! 問題なければ子守はマリアさんにしてください!」
ゴードンの指示を聞いた美咲は、スマホに向かって大きな声を出す。
美咲の膝の上のエリーの耳がぴくぴくとそれに反応した。
『ああ、シェリー、子守はマリアに頼め! ……ミサキは、マリアが到着したら、南門前に移動。そこで門に上がって警戒を頼みたい』
「警戒ですか? 駆除ではなく?」
『駆除も頼むだろうが、当面、門に近付いてくるの以外は放置で構わん。魔物同士で食い合って数を減らすから、それから駆除だ』
「分かりました。それじゃ準備して待ってますね」
電話を切った美咲はエリーを抱きしめ、髪の毛に頬ずりをすると、エリーを膝から下ろして跪いて目の高さを合わせた。
「エリーちゃん。もうすぐマリアさんが帰ってくるって。そしたら私はお出かけするから準備するね」
「おかーさん、帰ってくる?」
「うん、もうすぐね。あ、そうだ」
美咲はアイテムボックスからナツを取り出すと、テーブルの上に置いた。
「ナツ、この娘はエリー。私の大事な家族です。エリーちゃんが、はいいいえで答えられる質問をした時、返事がはいなら右手、いいえなら左手を、答えが分からない時は両手をあげること。ナツ、私の命令を理解しましたか?」
右手が挙がった。
「ミサキおねーちゃん、それ何?」
「ゴーレムのナツだよ。ゴーレムは知ってる?」
「うん。町の壁とか作るおーきいの!」
「そのゴーレムの小さいやつ。足はないから動けないけど、質問したらこの白黒縞模様のお手々をあげて返事するんだ。はいなら右手、いいえなら左手、よく分からないなら両手をあげるの。私は今からちょっと鎧に着替えるから、エリーちゃんはナツとお話ししてて」
「うー……うん」
エリーは椅子に座ってナツのことを人差し指で突くが、ナツは無反応である。
それを見ながら、美咲は収納魔法から革鎧と盾とヘルム、短剣を取り出して身に着け始めた。
「ナツはどこから来たの?」
エリーの質問にナツの両手が挙がった。
「エリーちゃん、はいかいいえで答えられる質問じゃないと、ナツは答えられないよ」
「はーい。えと、ナツはミサキおねーちゃんのゴーレムですか?」
右手が挙がった。
どうやら、個人に所有されていると認識しているらしい。
「ナツはじゃんけんできますか?」
この世界にもじゃんけんはある。日本のそれとはほぼ同じ三竦みで、簡単に公平に勝負がつく。
エリーの質問にナツは右手を挙げた。
じゃんけんは常識として女神が記憶させているのだろうか。と美咲は首を傾げる。
「それじゃナツ、じゃんけんしよう。じゃんけんぽん!」
ナツは右手を前に出して、三本指を全部閉じていた。
対するエリーは、親指と人差し指で指鉄砲のような形を作っている。
しばらくエリーとナツによるじゃんけんが続き、やがてミサキ食堂の玄関が開いた。
「ただいま戻りました。ミサキさん、エリーのこと、見ててくれてありがとうございます。急な召集だったもので」
「お帰り、マリアさん」
「おかーさん! お帰りなさーい!」
エリーは椅子から下りるとマリアの腰に抱き着いた。
その右手は、しっかりとマリアの尻尾を握っている。
「ただいま。いい子にしてた?」
「うん。ひとりでベッドでねてたらミサキおねーちゃんが帰ってきたの!」
「そっかぁ……あ、ミサキさん、南門にお願いしますと組合の人が」
「分かりました。それじゃ、行ってきますね」
美咲はナツをアイテムボックスにしまうと、ミサキ食堂を後にした。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。