190.対話
その夜、美咲が客室のソファで本を読んでいると、ノックの音が響いた。
「はい、どうぞ」
「美咲ちゃん、ゴーレムを持ってきたよ」
小川はそう言って、アイテムボックスの中から、木箱を取り出した。
「ありがとうございます。わざわざ梱包までしてくれたんですか?」
「いや、この箱には部品が入ってる。本体はこっち」
そう言って、小川は、広辞苑ほどの大きさの箱に、半球を乗せたようなものを取り出した。
箱の側面には、人間の耳を模したようなものがついている。そして顔箱の手前部分には、二つの目がついている。箱の上に乗っている半球の側面には、先端が三本指になったフレキシブルアームが二本ついている。
小川は、箱の裏部分を美咲に見えるように持ち上げてみせた。
「ここに胴体と接合するためのアタッチメントが付いてるけど、普段は蓋で閉じてある。ゴミとか溜まりそうだからね。この頭部部分には自走機能は付いてない。それと、この半球の後頭部側に蓋があって、それを開けると中に魔石をセットできるように作ってある」
「ありがとうございます。注文しといて何ですけど、フレキシブルアームなんて、よく作れましたね?」
「これは例の虎のゴーレムの研究成果から生まれた可変パーツを使ってるんだ。小さいパーツが組み合わさって指定した形状になるから、大抵の形は作れるよ? 剛性もかなりの物で、骨格まで構成できるんだ」
骨格まで自在に変化できると聞いた美咲の目が光った。
「胴体をそれで作って、色々な形態に変化とかってできたりしますか?」
「無限の可能性を求めているなら不可能だね。ゴーレムの核がそれに対応できない。美咲ちゃんのゴーレムの核なら、6本脚に人間の上半身を付けた形状とか、二足歩行には対応できるみたいだけど」
「あ、核でできることが決まっちゃうんですね」
「そりゃそうだよ。美咲ちゃんだって突然背中から羽が生えたって、動かせないでしょ?」
小川の問いに美咲は頷いた。脳に該当する部分がないのだから当然である。
「なるほど……でも、変形できるなら、六本脚の胴体も面白いですね……そうそう、迷宮の話は解禁でしたね。このゴーレム、茜ちゃんの鑑定によると、腕にアーティファクトの魔法の鉄砲っていうのを装着できるらしいんですよ」
美咲は、小川に魔法の鉄砲について知っていることを伝えた。
「なるほどね。腕を可変パーツで構成しておけば、ゴーレムの核が適切な腕を構築するだろうから、胴体を可変パーツにするのは悪くない考えかもしれないね」
「可変構造なら、屋内でも使えますし、何なら迷宮にも連れていけますし」
「戦闘もこなせるゴーレムか。ちょっと考えてみるけど、魔法の鉄砲には何の魔法を搭載するつもりなんだい?」
「アブソリュートゼロか氷槍ですね」
火は延焼が怖いので、美咲は氷の魔法を魔法の鉄砲に登録すると決めた。
「氷系か、なるほど。それじゃ胴体について考えてみるよ。しばらく時間が掛かると思うけど、大丈夫?」
「しばらくは食堂で大人しくしてるつもりです。女神様からは迷宮探索を勧められてますけど、それは、まだ先の話です」
美咲としてはゴーレムには戦闘までは期待していなかった。
一番興味があるのは、その知能なのだ。
「そっか、ところで、このゴーレムに名前を付けてあげてよ」
小川からゴーレムを受け取った美咲は、その重さに少し驚きながらも両手で持ち上げ、ゴーレムと視線を合わせた。
「もう動いてるんですか?」
「ああ。というか、停止ボタンはないね。魔素が尽きるまでは動くよ」
「そしたら、ナツって名付けます。ゴーレムさん、あなたの名前はナツです。問題なければ、右手をあげて」
スッと、音もなくゴーレムの右のフレキシブルアームが上がった。
「なんでナツなんだい?」
「春の次だから夏です。ほら、HAL9000が春だから」
「ああ、2001年か。古いの知ってるね」
「SFの基礎知識ですから」
美咲はナツをテーブルの上に載せると、質問を始めた。
「ナツ、これから幾つかの質問をします。答えがはいなら右手を、いいえなら左手を、回答不能なら両手をあげなさい。えっと、ナツ、今の命令を理解しましたか?」
右のアームが挙がった。
「面白そうだ……美咲ちゃん、僕も見ててもいいかな?」
「はいどうぞ……それじゃナツ。あなたには、自我がありますか?」
両方のアームが挙がった。
いきなりの回答不能である。
「回答不能なのは、自我の意味が分からないからですか?」
ナツは右手を挙げた。
「なるほど……それではナツ、ナツは、自分がナツという名前のゴーレムであると理解していますか?」
右手が挙がる。
「ナツは、ナツが置かれているテーブルとは別の、独立した個体であると認識していますか?」
またも右手が挙がった。
それを見て、小川は楽しそうに目を細める。
「えーと……自己と他者を区分していて、自分の範囲も把握してますから……自意識はあるけど、自我は不明ってことなんですかね?」
美咲の独り言に反応し、ナツは両手を挙げた。
「なるほど……ナツ、ナツはナツのことが好きですか?」
ナツは両手を挙げた。
好悪の感情のようなものはないらしいと判断した美咲は、質問を変えることにした。
「えっと、ナツ、私の名前は美咲です。ナツ、私は人間ですか?」
右手が挙がった。
「へぇ……ナツ、ここにいるのは小川さんです。小川さんは人間ですか?」
また右手が挙がった。
「どうやって人間を判別してるんですかね?」
「さあ? 魔法協会の見解は、魂で見分けている。だったかな?」
「どういう経緯でそういう結論になったのか、ちょっと気になりますね」
美咲は女神のスマホを取り出し、茜の写真を画面に表示させ、それをナツに見せた。
「ナツ、ここに写っているのは人間ですか?」
両手が挙がった。
美咲は首を傾げ、次に、エリーの写真を見せた。
「ナツ、ここに写っているのは人間ですか?」
またしても両手が挙がる。
どうやら写真を見て、それが人間であるかを判断することはできないらしいと美咲は判断した。
「小川さん、ちょっと、このソファの背もたれの後ろに隠れてください。ナツから見えないように」
「ああ、こうかい?」
「はい、ありがとうございます……ナツ、この部屋にいる人間の数はひとりですか?」
両手が挙がった。
「あれ? いいえになると思ったのに回答不能ってなんでだろ?」
「つまり、隠れた僕のことを認識できるかという質問だね? 多分、この部屋の中を全部確認してないから、回答できないって言ってるんじゃないかな?」
「あー、なるほど……ということは、視覚外に潜んでいる可能性を理解しているってことですね。なら、結構賢いじゃないですか」
「美咲ちゃん、僕も質問させてもらってもいいかな?」
「どうぞ」
「ナツ。僕は小川だ。僕が質問をするから、はいなら右手を、いいえなら左手をあげて、回答不能なら両手をあげて返事をすること。いいね?」
ナツが右手を挙げたのを確認し、小川は質問を口にした。
「それじゃナツ。ナツは人間を攻撃できるかい?」
左手が挙がる。
「人間を攻撃できないのは、ゴーレムの核にそう書かれているからかい?」
左手が挙がった。
「何らかの方法で、君に意図して人間を攻撃させることは可能かな?」
またしても左手が挙がる。
「……なるほど。美咲ちゃん、ゴーレムに質問をするというのを聞いて、大したことは分からないだろうと高をくくっていたけど、これは面白いね。もう少しいいかな?」
「はい、どうぞ」
「ナツ。君は言葉を理解しているけど、それは言葉に関する情報が核に刻まれているからなのか?」
左手が挙がる。
それを見た小川は首を傾げた。そして、楽しそうな笑顔を見せた。
「ナツ、ゴーレムが人間を攻撃できなかったり、言葉が分かるのは、神様がそう決めたからかい?」
右手が挙がった。
見ていた美咲が呆気にとられたように口を開いた。
「嘘……あ、でもこの世界には神様がいるんですよね。でも何で神様なんて思いついたんですか?」
「ああ、ゴーレムの核ってのは割とシンプルでね。ゴーレムの挙動を核だけでは説明できないっていう学説があって、そこに、神が介在しているっていうのがあったのを思い出したんだ……僕としては冗談のつもりで聞いたんだけど」
小川は、右手で頭をガシガシとかき混ぜた。
「この世界が神様の手によるものなら、神様が決めたと言ってしまえば何でもありなんでしょうけど、それだと科学は発展しなさそうですよね」
「そうだね。リンゴが木から落ちるのは神様が決めたから。なんて言い出したら、科学的な物の考え方は生まれない」
「……えっと、それならナツ、あなたの核を作ったのは女神様ですか?」
ナツは両手を挙げた。
「回答不能ってことは、分からないってことかな?」
美咲の問いに、ナツは右手を挙げる。
「そういえば、どんな知性体も、知性が発生した瞬間を記憶することはできないって何かのSFで読んだっけ……ならナツ、ゴーレムは女神様が基本設計をしたの?」
右手が挙がりかけ、両手が挙がった。
初めて見る、ナツの戸惑うような仕草に、美咲は知性を感じた。
「面白いな……僕も対話用ゴーレムを作ってみようかな」
「ナツの核はアーティファクトですから、人間が作った核で同程度の知能が出るかは分かりませんよ?」
「まあ、暇になったら試してみるよ。その前にナツには胴体を作ってあげたいけどね」
「ナツ、自由に歩ける足と重い物を持てる腕は欲しいですか?」
両手が挙がった。
「自我がないと、その質問には答えられないだろうね」
「なるほど。それじゃナツ、体があったら、私のために働いてくれますか?」
その質問に、ナツは右手を挙げるのだった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっております。